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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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呪が顔を出す

 ぐったりと伸びてしまったレインをカリンは抱え上げた。


「どっちが先に話すかなんて不毛な話はよしなさい。こういうのは賢く物事を進めるべきよ。……二人同時に話せばいいのよ。」


 なんとも阿呆丸出しの発言だったが、今のカリンの蛮行を見てそう意見する者はこの場にはいなかった。


「……分かった。同時には兎も角、俺はレインに、貴様は俺にも用があると言うのなら態々別々で話すこともあるまい。」


 理解不能な行動と極端な選択肢によって、パドは幸運にも冷静さを取り戻せていた。

 間を取り持つ新たな選択肢はグリーニヤにとっても願っても無いものだった。


「ええ、そうですね。では話は中で始めましょう。」


 そう言ってグリーニヤは目の前の建物へ二人を誘導した。



「んん……」


 レインが目覚めたのはあれから十分程経った頃だった。


「お、レイン起きたか。」


 寝かされていたレインが目を開けて初めに見た光景は青空でも何処かの天井でも無く、視界一杯に広がる見知った同居人の姿だった。


「あれ?何でライガがここに……」


 今は仕事中の筈のライガがレインの顔を覗き込んでいた。

 もしや自分は夜まで眠ってしまっていたのか。そう思い見渡すが、窓から入り込む光が今は昼時だと雄弁に告げていた。


「ん?というかここ……」

「あら起きたの。これから丁度本題に入る所だったから、良いタイミングよ。」


 見ると、テーブル席にカリン、パド、グリーニヤ、プルディラが座っていた。眠ってしまったレインは彼等の真隣の席に眠らされていたようだ。


「いやあ、まさかグリーニヤが商人の兄ちゃんの事だとは思わなかったぜ。良く知ってる奴らと知ってる人が同時に来店するものだから驚いちまったよ!!」


 ライガが言っていた商人とはグリーニヤの事だったのか。色々と合点がいった一方、笑うライガのその言い方でレインは今何処にいるのかはっきりと理解した。


「なあ、グリーニヤ。」

「どうされましたか?」

「何でこの店なんだ?この店は……ジェイルの奴と接触するかもしれないだろ。」


 そうここはあの夜グリーニヤと夜が更けるまで話し飲み、そして奴と接触してしまった、レインにとって近づくのも躊躇われる忌まわしき酒場であった。


「確かにジェイルはここの常連、その心配もあるでしょう。ですが、ご安心を。」


 グリーニヤは立ち上がり、自信満々の表情で高らかに宣言した。


「今日、この店はこの町のどの空間よりも安全です!!」

「……こんなただの店がか?」


 レインのその言葉にグリーニヤは鼻を高くする。


「ええ!!後ほど詳しく説明しますが、私達はこの数週間ジェイルの動向を見張っておりました。結果、奴は夜に活動することが分かった為、この集会を休日昼間の人通りが多い時間帯に決行することにしました。」

「それだけか?確かにそれなら時間的には良いのかもしれないが、それだけで安全と言うのもなぁ。」


 レインは強情だ。それだけジェイルとの接触を嫌がっていると言う事だろうが。


「もちろん、それだけでは御座いません!!本日出勤している店員、お客様、そして外を歩く通行人……全て私が手配した腕利きの傭兵となっております。敵の戦力が未知の為、戦闘は任せられませんが、早期の報告によって一手先に手を打てるでしょう。」


 確かに。グリーニヤの話を聞いて、レインは確かに周りの客や店員の堅気ではない雰囲気を感じ取った。


(この人達、五月蠅く騒いでいる俺達に一切目も向けていない。それに服の上からでは気付き難いが、こいつ等の身体は殺す者の肉体だ。鍛え上げ、人に振るう事をさも当たり前の様に出来る者達……グリーニヤ、お前は嘘吐きだな。)


 戦わせる気しか無いくせに。


「そして更に!!この店には強力な人除けを施しておきました。これによって万が一にも奴が貴方に近付く事は無いでしょう。」


 グリーニヤがレインに顔を寄せて来た。


「どうです?ご理解頂けましたか?」

「分かった!!分かったから、そんなに近づくな!!」


 グリーニヤの端正な顔立ちに狼狽えを見せるレイン。例え同性相手であっても美形の急接近と言うのは心臓に悪いものだ、とレインは胸に刻み込んだ。


「この店がそんなに厳重なのは分かったけどよ、と言う事はそれだけ隠したい、奴にとって奥歯の詰まり物の様な何かを話したいって事か?」


 ライガがそんな事を言い出した。しかし、実際の所厳重な警備に煌びやかな財宝はつきものだろう。


「……はい。それも、レインさんの言っていた言葉を肯定するような非人間的な情報が山ほど。」


 グリーニヤは目の前のテーブルに置かれた紙束を見つめてそう言った。きっとあの中にジェイルについての情報が記されているのだろう。

 レインは恐怖と安堵でごちゃ混ぜになった感情を抑え、席に着く。


「……話してくれ。」


 グリーニヤは頷くと、紙束を開いた。


「先ずは奴の概要から……名前はジェイルマン。そう名乗っているそうですが、恐らく偽名でしょう。奴と交流の有る者達からは通称“死にたがり”と呼ばれています。」

「死にたがり?」


 可笑しな通称に疑問を持つ一同。


「どうも会う人に殺してくれと頼み込んでいるそうです。ただ、奴の痛快な性格から冗談としか捉えられていないようですが。」

「そう言えば……あいつ俺にも言ってたよ。殺してくれって。」


 苦しくて、気持ち悪くて忘れていたが、あの夜レインも同じ内容の言葉を掛けられていた。


「外見ですが、何よりも目立つ全身の入れ墨に目が引かれます。額から爪先まで、間諜の報告によると秘部にまで彫られているようです。その他には、常ににやけ顔をしている、非常に高い身長等の特徴が多い存在ですが、町の住民からの印象はそれ程濃くないようです。」

「要素だけ聞くと地味そうには聞こえないけど……」


 誰もが思った事をカリンが言葉にしてくれた。実際に会った事のあるレインとライガも奴に地味な印象なんて一切受けなかったので、グリーニヤの報告に違和感を持っていた。


「いえ、地味ではなく印象が薄いのです。」


 対すグリーニヤの回答は首を傾げるものだった。


「それって同じじゃないの?」

「奴と話した人全員が言っていました。酷く目立つ奴だったが、後から思い返すと本当に会ったのか不安になる程記憶が薄い。でも次に会った時には記憶が濃くなっている……と。」


 地味と印象が薄いの違いをグリーニヤは話したが、レインとライガには当てはまっていなかった。後から思い返せるほど鮮明に残る強印象の男、それがジェイルマンだった。


「ええ、私もそうです。きっと奴は特定の相手だけ記憶を曖昧に出来る、もしくは記憶を鮮明に出来るのでしょう。使いに出した間諜も文書を見るまでは記憶が曖昧でしたから、ほぼほぼ確定ですね。」


 レインとライガ、グリーニヤと言う例外はあれど、多くの人間がそう供述していた事実を知った一同はグリーニヤの意見を飲み込んだ。

 反対意見が出ない事を確認し、グリーニヤは紙を捲る。


「次からが本題です。私共はこの数週間、ジェイルマンの動向を探っておりました。」


 グリーニヤは一枚の紙をテーブルに広げた。


「これはこの町の地図です。そしてこれらの線、これがジェイルマンの一日の行動です。」


 広げられた地図には道に沿って引かれた三本の線が入り乱れていた。


「数週間見張っていた割には気持ち悪い位に少ないな。つまり奴はこの三パターンでしか行動しない、おもちゃみたいな存在って事か?」


 レインは線を指で辿ると、ふと浮かんだ考察を口に出してみた。しかしグリーニヤは違うと首を横に振った。


「まあそうだよな。凡そ観測出来たのが三日間だけ、他の日は何時の間にか撒かれ、」

「これは奴の一日の行動パターンです。」

「たって……ところ、だ……ろ?」


 レインは意味不明過ぎて口を開いたまま固まってしまった。本当に文字通り意味不明過ぎて。


「は?意味分かんないんだけど。一日な訳ないでしょ。どう見ても全然別の行動をしてるじゃない!!」


 カリンは感情に任せて机を、地図を叩き始めた。木製の机からみしみしと嫌な音が滲みだしている。


「……瞬間移動でもしているって事か?だから行動パターンが飛び飛びに……いや、それだとこの店の厳重警備も無用の長物になるか。」


 ライガは冷静に分析をしていたが、グリーニヤが喜ぶ答えには辿り着いていなかった。


「……」


 パドはただ黙って考え込む。

 四人はグリーニヤに翻弄されていた。いや、本質はジェイルマンにだが。


「では、奴の行動パターンが測れたその経緯から話しましょうか。」


 そう言ってグリーニヤは地図のとある箇所、海沿い近くの店を指差した。


「ここがこの店です。前にレイン様にも話しましたが、奴はほぼ毎日のようにこの店に通っています。そこでこの店に来たジェイルマンを間諜の一人が尾行する形で奴の行動を書き出す事にしました。」


 グリーニヤは地図上の店から伸びて行く線の一本を辿って行く。


「奴はこの店を出た後、町中の風俗店へと足を運びました。一時間程楽しんだ後、一人の女性を連れて近場の高級宿屋へと飛び込み、一夜を過ごしました。」

「いやに俗物的だな。」


 何ら違和感の無い生活をあの男が送っているという違和感にレインはこう思った。人間をやっている、と。


「そして朝、女性を置いて先にチェックアウトを済ませたジェイルマンは、その足でデジットハーブの町を徘徊し始めます。この店以外の常連の店に立ち寄りながら、一日掛けて町全体を一周します。そして日もくれた夜、この店に立ち寄り酒を一杯飲み干しました。」


 グリーニヤの指は地図の線の一つを辿り終わり、出発地点のこの店まで帰って来た。


「仕事もしないで一日遊び歩く……か。気分の悪い生活ではあるが、特に変な点は見られなかった。結局他の二本の線の意味が分からず終いだが?」


 そうグリーニヤが辿った線は一つ。残る二つの線はどちらともジェイルマンの行動に一切の関りが無い様に思える。


「はい、私もこの報告を受けた時に同じことを思いました。しかし、事態が変わったのはその夜の事でした。」


 グリーニヤは硬く結んだ両手を開くと、再度結ぶ。


「私はその日の報告書を元にジェイルマンの行動をこの地図に書き記していました。何時間もその作業を行っていたものですから少々休憩をと思ったその時、ふと気付いたんです。……他の間諜からの報告書に名前があったんです。ジェイルマンの名前が。」

「……間諜が尾行中のジェイルマンに偶々遭遇しただけじゃ無いのか?」


 グリーニヤは深刻な表情で先程辿った線の一点を指し示す。


「ジェイルマンがこの地点に居たのは午後二時頃です。数分のずれさえあれど、この付近に居た事だけは間違いありません。そして、間諜から報告があったのは……」

「!?」

「ここです。」


 グリーニヤが次に指し示した点こそ、余っていた二つの線の内の一本に重なる点であった。


「直ぐに報告者に理由を問いました。何故ジェイルマンがここに居たのか、何故それを口伝で報告をしなかったのかを。すると彼は言いました。“忘れていた”と。」


 グリーニヤが依頼した間諜と言う事はきっとプロフェッショナルなのだろう。そんな者の発言とは思えない程、稚拙な言い訳にレインは目を丸くした。


「なるほど、そこでさっきの話にも繋がる訳ね。異常事態が起きても忘れてしまうなんて……厄介な事この上ないわね。」

「そうなんです。しかし忘れてしまったものはしょうがない、そんな甘い話ではありません。そこで私は間諜を町中に配置致しました。もちろんジェイルマンの動向を掴むためにです。」


 グリーニヤはとても目立つ赤いピンを地図上に刺していく。どうやら間諜がジェイルマンを補足した地点を可視化していくようだ。

 木製の机に硬い音を鳴らして立ち上がって行くピン共は、やがて点を魅せる物から線を描く物へと進化していった。


「線が……」

「全て埋め尽くされた……」


 結局、進化の果てに皆の目に残ったのは、三本の線が全てピンによって赤く染まってしまった光景だった。


「これらは同じ日にち、別々の間諜からの目撃報告です。これら三本の線の中には同じ時間に目撃されたものもあります。」

「……嘘だろ?」


 答えに辿り着いた一人が声を発した。震えるその言葉は皆の代弁であった。


「ええ、間違いありません。……この町に三人、最低でも三人のジェイルマンが、」

「せぇいかぁい……」


 空気が湿り、凍った。

 グリーニヤの正解発表に被せるように、邪悪な内部を隠しもしない何者かの煮凝りの様にどろついた声が空間へ奇妙に響いた。

 体面に座るライガの顔が緊張を帯びたものに変化する。隣のテーブルに座る四人の荒く乱れた息遣いが聞こえてくる。

 背後に何が立っているのか。レインはそれを分かっていながらも、振り返って確認する程の度胸を振り絞れなかった。

 ぽん……とレインの肩に手が置かれた。

 気持ち悪い、吐き気がする。

 入れ墨だらけの右手がレインの肩をしっかりと握りしめると、それだけでレインの中の誰かの覚悟が恐れを為して逃げて行った。


「正解だぁぁあ……ご褒美に俺を殺す権利をやるからよ、しっかりと噛み締めなぁ。」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は9月1日の12時頃です。

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