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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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結界またもや決壊

 十パーセント。

 魔法適性は概念とはいえ人体の一部には変わりない。それを十パーセントも自らの身体から切り出すとは……

 この行為が人体にとってどれだけの負荷を伴い、これから先どんな影響が出てくるか簡単には分からないが、少なくともレインにとっていい影響は一つも起こらないだろう。

 他者の為に身を削り、差し出すことの出来る博愛とも自暴自棄とも呼べるこの精神は、カリンの目には美しく煌めくどころか、濁り腐る汚泥の様に鼻の奥から脳髄を刺激していた。

 何故レインは笑っていられるのか。けして良感情を含んだものでは無いのだろうが、自分を失ってなお他人を想えるその精神がカリンには分からなかった。


「……う。」


 眩暈がした。カリンには分かっていた筈だ。レインが身を切れる人間だと言う事を。


「……うう。」


 また涙が出て来た。何に対するものか。今カリンの胸の内にあるものは自分自身に対する不甲斐なさだった。


(また、レインを一人にしてしまった……)


 静かに咽び泣き始めたカリンに対して、どう宥めるべきか分からず慌てるレイン。


「落ち着いてくれ。俺も色々考えた結果だから、そんなに心配しないでくれよ。」


 そう言葉で落ち着けようとしても今のカリンの耳には届かなかった。


「レイン。」

「パドも何か文句でも?」


 パドは重大な決断を勝手に下してしまったレインに掛ける言葉をずっと迷っていた。

 憤りなり不安の感情は多少あれど、それらを言葉にする程今の自分は余裕が無い訳では無かった。

 では、どんな言葉で迷っていたのか。それはもちろん感謝の言葉である。

 自分が生まれてから十云年、大義を胸に収めてから六年余り、悩み続けて来た一つの課題の終わりが見えて来た事に感謝の思いがあった。

 満足に力を振るえず鬱屈とした心を晴らしてくれた事に感謝の思いがあった。

 本当はそれを伝える為に医務室まで足を運んだ。しかし、レインの話を聞いてこう思った。


“何の為の感謝だろうか”


 独りよがりではいけない。自分以外の世界があると、パドはこの時初めて他者を実感したのだった。


「俺を信頼してくれてありがとう。」


 だからこの言葉は、立場という重圧を脱ぎ捨てた混じりっ気無しのパドの言葉だった。


「……おう。期待してるからな。」


 思ってもみない感謝の言葉に照れ気味のレイン。そんなレインの様子でパドもまた恥ずかし気な表情を浮かべていた。


「……」


 そして二人の様子を冷めた目で見つめるカリン。じとっと温い眼差しが、恥ずかし気に視線を逸らしたレインとぶつかった。


「……なによ。」

「何でもないです。」


 カリンの視線の意図に気が付き、気まずそうにレインは目を逸らす。


「……もう!!いいわよ!!」


 カリンは腹を立てたまま医務室を出て行った。

 残された二人はカリンの声で気を持ち直した。


「んんっ……照れている場合じゃ無かったな。」

「そうだな。これからの事を……」


ビー!!ビー!!


 屋敷内をけたたましい騒音が鳴り響いた。


「またかっ!!!!」

「このサイレンって……」


 レインはこの音に聞き覚えがあった。


「屋敷の魔法か!?」

「ああ、また誰かが防護壁を壊しやがった!!」


 響く音の正体は、屋敷を守る幻惑魔法の防護壁に起こった異常を知らせるサインだった。

 話を中断し、外に向かう二人。


「防護壁の魔法、詳しく仕組みは見てないがそんなに脆いものなのか?」


 レインはここ最近で三度も破壊された防護壁の強度を案じていた。


「そんな訳有るか。あいつ等は戦闘は駄目だが、魔法の腕は俺が認める程だ。それが本気で作った防護壁だぞ。そんな簡単に破られて堪るか。」


 苛立ちを隠そうともしないパド。それにしても先程まで喜びに満ち溢れていたと言うのにこの変わり様。相当フラストレーションが溜まっている案件だったのだろう。

 医務室と屋敷の入り口は同じ一階同士、一分と掛からずに二人は入り口の扉に手を掛けた。


「さあ、不遜者の面でも拝んでやろう。……どうせこんな事が出来る、やる奴なんかこの町に一人しか居らんがな。」


 そう言ってパドは扉を開け放った。

 青い日差しと冷たい風が肌を冷やす。

 爽やかな青空の下にレインは人だかりを見た。


「キャー!!」


 聞こえてくるカリンの喜びを含んだ甲高い叫び。それだけで人だかりの中心に誰が居るのかレインは察することが出来た。


「おい貴様ら退け!!」


 パドによる鶴の一声で、人だかりが散らばった珠のように中心を開けて広がって行った。

 人だかりが失われ露出した中央で、幸せそうな表情を浮かべるカリンと、予想通りの人物の姿が見えた。


「プルディラちゃん可愛いい!!」


 興奮したカリンに為されるがまま、髪の毛を小さく結ばれたプルディラの姿がそこにあった。

 いつも変わらぬ無表情のプルディラへ、パドは怒りの表情を携えて向かって行く。


「おい、ガキ。」


 パドはプルディラの首根っこを引っ掴むと、顔の高さまで持ち上げた。


「ちょっとパド!!何してんの!!」

「また壊して入ってきやがったな。次やったらどうなるかレインから聞いているだろう?」

(ん?)


 以前プルディラがこの屋敷にやって来た時、怒り心頭のパドがそんな事を言っていたのをレインは思い出した。


(確か……結構物騒な事を言っていたような気が……それをプルディラに伝えろって言ってたよな……)


 伝えたか?


……


(忘れたなぁ……)


 パドの警告どころか、魔法を壊してはいけない事、挙句の果てに屋敷の入り方すらレインは伝え忘れていた。

 そりゃあ何も知らないプルディラは前と同じようにやってくるに決まっていたのだ。


(心なしか無表情のプルディラの顔に困惑の色が見える気がする。)


 レインの目には彼女の頭の上にクエスチョンマークが見えた。


(自分のミスなんだから、このままプルディラを宙釣りにしておく訳にもいかないよな。)

「な、なあパド。降ろしてやってくれよ。」


 プルディラの現状を申し訳なく思ったレインはパドに相談を持ち掛けた。


「何故だ?何か理由でもあるのか?」


 未だ苛立ちの治まらないパドは、レインに突っかかり始めた。その時、


「!!」


レインの顔を見たプルディラが暴れ始めたのだった。


「おい!!暴れるな!!」


 吊るされたプルディラがその恵まれた四肢で腕をどたどた、足をばたばたさせるものだから、堪らずパドは掴むその手を放してしまった。

 宙釣りの状態から両の手を付き、上手く着地したプルディラは、獣の様に四つ足で駆け出した。

 限りなく低い姿勢にプルディラの小柄な体格が合わさって、瞬間的にパドは彼女を捕えられなかった。


「え!?俺?」


 プルディラが向かう先は一人離れたレインの元。四足のまま猛スピードで走り、そのままの速度でレインの腰元に抱き付いた。


「……」

「……え、何?どうしたプルディラ?」


 少しよろけながらもバランスを保ったレインは、急なプルディラの行動に驚きを隠せなかった。


「……」


 じっとレインの目を見つめるプルディラ。


(プルディラのこの癖……)


 それは自分から意思疎通を測れないプルディラが、誰かに意思を伝えたい時にじっと誰かの目を見つめる行為そのものだった。


「何か言いたいことがあるんだな?」

「……」


 プルディラからの返答は無いが、レインはプルディラがなんとなく頷いている様な気がした。


「何を言いたいかは分からないけど、君が来るって事はきっとグリーニヤだろ?うん、オーケーだ。」


 レインからの返事にプルディラの雄弁な瞳がきらりと光った。


「じゃあ返事をグリーニ……何で持ち上げるの?」


 レインの身体が浮いている。足の底がプルディラの細腕によって大地から切り離された。

 プルディラはレインの質問に答えようと、いや答えられない。しかし、彼女の瞳はやはり雄弁だった。


「ちょっと待って、ちょっと待って!!」


 プルディラが小さく屈んだ。レインの足は地面に多少触れたが、プルディラの腕力に敵わなく、逃げ出す事は出来なかった。


「おい、何をやってる!!」


 異変を感じたパド達が駆け寄って来るが、少し遅かったようだ。


「待って、まっっっっ!!!!」


 二人の影は突風、爆音、衝撃波、そしてレインの情けない断末魔を残して瞬く間に消え去った。

 地面の石畳には激しい損傷、罅割れが刻み込まれた。

 周りで見ていた凡人達にはレインと少女が風と共に溶け消えたようにしか見えなかったが、戦闘慣れ、動体視力の優れた二人には全部見えていた。


「……レインが攫われたぁぁああ!!」


 少女の跳躍によってレインの身体もろとも飛び去って行く光景が。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

昨日は更新日を間違えてしまい、ごめんなさい!!

次回の更新は明日の12時頃です。嘘じゃないです。予約もしました。

ツイッターでも更新の告知をしているのでフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

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