禁断の裏技
医務室に運ばれたレインは意識の無いまま、女医アリアの適切な処置によって一命を取り止めた。
アリアの診断に寄ればレインの発熱は病的なものでは無かったようだ。外部から来た熱の蓄積と魔法への過度の集中、所謂知恵熱が全身に回ってしまったとの事だった。
「じゃあ、レインはもう大丈夫って事?」
「ええ、解熱薬はちゃんと効いているようですし、しばらくすれば起きると思いますよ。」
カリンは安心したのかその場に座りこんだ。
「良かったぁぁ……死んじゃうかと思ったぁぁ……」
緩んだ気から涙が溢れ出る。真っ白なシーツが薄暗く湿って行く。
「……ふふっ!!」
アリアが小さく笑った。
「何よ。」
「いえ、何でも。」
「何よ、言いなさいよ。」
そんな不毛なやり取りを数度交わした後、折れたアリアが笑って一言。
「微笑ましいなって。そう思っただけですよ。」
何それとカリンがアリアの意図を掴もうとした時、医務室の扉が開かれた。
「レインの体調はどうだ?」
「はい、今に目覚め……きゃああ!!」
振り返ったアリアは血に濡れたパドの腕を見てしまい、甲高い絶叫を上げた。
「どうしたのそれ。」
流石に見過ごせない大怪我にカリンはパドに質問を被せた。
「質問していたのは此方なんだが……まあ良い。この腕は魔法を試してみた結果だ。」
そう言ってパドは無傷の腕を前に差し出した。
「何?」
「手を出せ。」
カリンが恐る恐る手を出すと、パドは握っていた拳を開いた。
同時にカリンの手の上に何かが落ちた。目には見えないそれは明確な重さと形を持っていた。
「わっ!!なにこれ!!」
「俺の魔法だ。先程試してみた。」
興味津々に見えない何かを捏ねくり回すカリン。これが凄い魔法か、とレインが前に言っていた事を思い出した。
「で、その腕はこの魔法の代償って事ね。」
カリンはパドの腕を見た。潤いを欲す熱砂の大地の様に、罅割れた腕の肉から絶えず落ちる血雫が非常に赤い。
「理解が早くて助かる。」
「ふぅん……で、それはどうなのよ。あたしには大怪我に見えるけど。」
始めてパドの魔法使用後の姿を見たカリンには、その怪我が改善されたものか判断しかねるものだった。
パドはふっと笑い、今度は傷だらけの腕を前に出した。不快そうに顔をゆがめるカリン。
「見ろ。」
「いや、余り見たくは無いんだけど。」
「肉が付いている。」
だから何だとカリンの口から本音が思わず飛び出した。
「肉がぼろ雑巾の様に溶け落ちていない。骨が剥き出していない。俺の身体が血で染まっていない!!」
今のパドの腕ですら見苦しいと言うのに今まではそんな惨状だったのか、そう思うとカリンはそれだけで気分を悪くした。
「こいつの仕事は完璧なものだった。だからこそ聞きたい。何故俺ではなくレインが苦しむ結果になった?」
それはカリンも疑問に思っていた。
事前の話では魔法を受けるパドだけが苦しい思いをする筈だった。しかし、蓋を開けてみればパドが立ち、レインが倒れていた。
「あたしにも分からない。身体の熱とか背中の痣とか他の要因もあるんだろうけど、あの悶え方は尋常じゃ無かった……」
「お前も知らないか……背中?背中に何かあったのか?」
カリンの発言に疑問を持ったパド。どうやらレインの背中の様子までは気が付いていなかったようだ。
「レインの背中に変な模様の痣が浮き出て来たのよ。多分、というか絶対あたし達と関係あるものよ。」
「何故そこまで言い切れる?」
「あたしの時にも言ってたもの、背中が痛いって。そしてその後増えていたのよ、背中の模様。それに増えた模様は全部で三つ。あたしとライガとアンタ、レインが魔方陣を刻んだ祝福者の数に対応してるの。ね、あたし達と関係ありそうでしょ?」
パドは腕を組んで熟考し始めた。苦しみの原因はそれか、祝福の影響か、そもそもそういう魔法だったのか、パドの頭の中で様々な理由が浮かんでは消えていく。
きっとその中に答えの一つくらいはあったのだろうが、パドは一抹の違和を覚えその思考全てを手放した。
「関係あるかどうかは直接本人に聞くとしよう。なぁ、レイン。」
その言葉でカリンははっと息を飲み、ベッドの上のレインの顔を凝視した。そこには薄目で二人から目を逸らすレインの姿があった。
「……レイン。」
「お、おはよ……」
ぱあんっ!!
カリンの強烈な張り手がレインの頬を襲った。
目を丸くするレイン。張られた頬は赤く腫れていたが存外痛みは少なかった。
「ばかっ!!!!本当に心配したんだから!!!!」
そう言ってカリンは泣き出してしまった。
「ごめん……」
「次こんなことになったら許さないから!!」
泣き崩れるカリンの背を撫でるレイン。高ぶった感情が収まるのにそう時間はいらなかった。
「ぐずっ……で、さっきのは何なのよ。」
「そうだ。お前、俺達に黙っていた事があるだろう。全部話せ。」
鼻をすすりながらカリンが話を切り出した。二人のやり取りを離れて見ていたパドがその機を見て寄って来た。
「ああ……うん、その……そのな?えっと……」
余程言い辛いのか、もごもごと意味の無い言葉を発し続けるレイン。
ようやく話し始めようとした時、パドの手が伸びた。
「いきなり何だよ。」
パドの手がレインの首元、胸倉、服の襟を握りしめた。
怒りの表現であるそれは今の状況に相応しい物だろうか。
ああ、彼の表情は間違いなく怒りを、レインに対する憤りを示していた。
「レイン貴様、今嘘を付こうとしたな。」
なんて事を言い出すのか。隣で見ている事しか出来ないカリンは目を丸くした。
(何でそんな事……そんな癖あったかしら?)
レインとはもう結構な日数寝食を共にしているが、一目見て分かる程簡単なレインの癖などカリンは知らなかった。
嘘を付こうとしたと半ば言い掛かりをつけられたレインは溜息をついて一言。
「そんな訳ないだろ。」
「それが嘘だと言っているだろう。」
しかし、その弁明すらも嘘だと吐き捨てられ……いや、見抜かれた。
「……はは、何で分かるんだよ。サトリみたいだ。」
レインは嬉し気に笑ってそう言った。
「巫山戯ている積りは無いんだ。お前が何を隠していたのか全部、」
憤るパドの口にレインの指が触れる。まるで黙れと命令している様に。
「……聞いてくれるか?」
レインが目線を向けるとパドは渋々ながら頷いた。隣でカリンも勢いよく首を振っている。
「俺は最初、パドの魔法適性をどう改善させるかを考えていたんだ。でも、無いものを創るのはやっぱり難しかったよ。この数ヶ月、手がかりも見つけられなかった。」
レインは荷物袋から一冊の本を取り出した。
「その時、この本が教えてくれたんだ。発想の転換って奴をね。」
レインが取り出したその本、『落第者のアトリエ』はカリンにとって見覚えがあるものだった。
「それ偶に読んでた奴よね。」
「そう、前にグリーニヤから買ったものだ。魔道具技師の話だが……まあ作者は魔道具技師では無いだろうからしょうがなくはあるが、現実的ではない魔道具が幾つも登場するから本職としては突っ込み所が多くてな。物語に焦点を当てると案外楽しめるぞ。」
そう言ってレインはカリンに本を手渡した。受け取ったカリンは表紙を一瞥した後、レインに本を押し付けた。
「いや手渡されても。」
「ごめんごめん。で、造詣が浅いこの本だけど、造詣が浅いからこそ思いつく表現もあるんだ。」
レインは本を捲り出す。開いた頁は二百と三十二頁。物語が終わりへと近付く最終盤だった。
「ここ見てくれよ。『俺の炎とお前の雷、合わせてファイア・ボルト。何処までも飛んで狙いを外さない。互いの強みを分け合えるなんて……俺達みたいだな。』だってよ。魔法と魔法がくっつく訳が無いからさ、強みを分け合うなんて現実的に考える俺にはこんなやり方思いつかないんだよ。」
レインはぱたんと本を閉じた。
「だからこの表現を見た時にぴんと来たんだ。そうか、既にあるものを分ければ良いと。」
そうレインは言った。
話の流れ的には変な所は無かった。言った内容もおかしな点は無かった。それなのに二人の内には不気味な違和感があった。
それは間違いなく“あるものを分ける”ここにあった。違和感が全てそこに集中していたからだ。
あるもの……物質として存在しない魔法適性が既にあるものとして扱われている。これは概念的に魔法適性が存在していると言う事だろう。
ともすれば、概念的、接触の出来ない魔法適性を分けると言う考えが二人には理解できない。いや、それは仕方の無い事だ。話しているレイン本人も先程言っていたではないか。自分も思いつかなかったと。
しかし、理解できなくとも分かる事もある。分けるという行為が有る者から無い者への一方的な行為だと言う事だ。
無い者は恐らく、いや間違いなくパドの事だろう。ではある者とは?あの状況の中で最も影響を受けた者は……
以上、カリンの脳内である。永くも臾い思考の結果導き出された仮説があった。
「「ねえ(なあ)、レイン……」」
全くの同タイミングでカリンとパドが話を切り出した。
「「アンタ(貴様)、何を犠牲にした?」」
二人の言葉が重なった。二人共、嫌な想像に表情が暗い。
二人の気持ちを受け止めるようにレインは悲し気に、何処か諦めたような複雑に笑った。
「十パーセント。」
「「……」」
「俺のを十パーセントだけ、託しただけさ。」
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