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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
81/119

四枚目

「三階の一番奥の部屋だ。適当に扉を開けまくればパドが出てくる訳じゃ無いぞ。」

「分かってるわよそれくらい。でも試してみないと分からない事ってあるじゃない?」


 先に屋敷に入ったカリンが行き先も分からずにあちこちの扉を開け閉めしていたので、レインは彼女を三階のパドの私室まで引っ張っていた。

 カリンは子ども扱いしないでと喚きたてるが、勝手に動かれて迷子になって貰っては困るのでレインはカリンの手をしっかりと握った。

 階段を昇り終え、最上階の長い廊下の奥に一際目立つ豪華な扉があった。


「あれだ。な、分かりやすい扉だろ?」

「むう……」


 むくれるカリンを引っ張ってレインはパドの私室の扉を叩いた。


「入れ。」


 中からパドの声が聞こえた。ぶっきらぼうないつもの口調だ。

 レインは空いている片方の手で扉を開いた。扉は不快な音など鳴らさずに滑らかに開き切った。


「ん、レインか。今日は何の用事だ?更に追加の計測か?調査の進展か?それとも……」

「魔法が完成した。」


ばたぁん!!!!


 パドが椅子ごと後ろに転がった。レインとカリンの目にはパドが消え去ったようにしか見えなかった。


「完成しただと……?」


 椅子の上に倒れて仰向けのままパドはレインの言葉を反芻した。


「そうらしいわよ。信じられないけど。」


 レインの隣でカリンがぼそっと呟いた。


「本当か!?嘘じゃ……嘘じゃ無いんだな!?」


 勢いよく起き上がり、パドはレインに詰め寄った。


「本当だ。」


 自信の程を伺わせる得意げなレインの頷きがパドの胸に直撃した。


「そ、そうか……そうか……!!」


 パドは自分の腕を見つめる。これまでの人生で幾度となく酷使を繰り返してきた自分の両腕。

 死ぬほどの激痛苦痛に耐えて来た苦労がようやく報われる。そう思うと自然に自分の身体が震えるのを感じた。


「よし、早速始めよう。直ぐやろう。今の時間、訓練場は空いていたか?」

「アルネに空けて貰うよう頼んでおいたよ。」

「完璧だ。早く行こう。」


 そう言ってパドは二人を引き連れ意気揚々と私室を飛び出して行った。

 道中、担架に乗せられた怪我人が二人ほど見られたが、パドはそれを一切気にすること無く訓練場まで辿り着いた。


「お前等、出て行け。」


 パドは訓練場の中の扉を開くと、掃除をしていたと思われる団員達へそう言い放った。


「え、でも掃除がまだ……」

「アルネから聞いていないのか?これからここを使うんだ。早く出て行け。」

「は、はい!!分かりました!!」


 団員たちはパドの剣幕に押され、そそくさと訓練場を立ち去った。


「さあレイン、早速始めようか。」


 そう急かすパドだったが、生憎レインは何の準備も終えていない。レインがそれを伝えると、


「ならさっさと用意だ。手伝ってやるから直ぐにでも始めるぞ。」


パドはレインから荷物袋を引ったくり、何の気無しに逆さに振った。

 パドはてっきり以前までの魔方陣数枚程度の量だと思っていた。しかし現実は……


「あーあ……」


 百枚の巨大な紙筒が三人の足元に積もりに積もったのだった。絶句するパド。訓練場にカリンの嘆声が響いた。

 パドがレインに視線を向ける。これは何だと言いたげな視線だ。


「今回のは前の二十倍はあるぞ。手伝ってくれるんだろ?さ、さっさと用意を始めよう!!」


 そう言ってレインはパドに束を十個程、持てるだけ持ち上げて押し付けた。

 手伝うと言った手前パドは断る訳にもいかず、レインの指示のもと魔方陣を床に敷き始めた。

 ついでに死んだ目で作業をするパドを笑っていたカリンも作業に巻き込まれた。パドと同じく死んだ目のカリンは黙々とほぼ同じ、いや全く同じに見える魔方陣を床中に、果てには壁や天井にも貼り尽くして行った。


「よし!これで最後だ。」


 最後の一枚、最も複雑で最も大きく、最も後に描かれた知識という至宝の賜物たる魔方陣を訓練場の中心、貼られた全ての魔方陣が囲む一点に広げた。


「つっかれたぁ……まさか床だけじゃなくて壁や天井にまで貼るとは思わなかった。」


 そう言って座り込むカリン。口には出していなかったがパドも飽き飽きの様子。


「でもカリンにはもう一つ仕事を頼みたいんだ。」

「ええ!!まだあるの!?」


 レインの発言に文句を垂れ流すカリンだった。


「そんなに難しいものじゃ無いよ。」


 レインは床一面に広がる魔方陣の一枚に手を触れた。


「この魔方陣達はパドの身体を計測していた魔方陣を改良したものだ。元が魔道具の改良だから、改良の改良だな。元々の魔方陣にはパドが立つ為の一枚と周りに四枚の魔方陣があっただろ?」

「……あったな。」


 確かに自分の身体を計測していた魔方陣は五枚構成だったとパドは思い出した。そして思い返すと、当時は何も気にしていなかったが複数枚一組の魔方陣は珍しい気がしてきた。


「周りの四枚は、実は只の魔成素蓄積装置でしか無かったんだ。あれらに始めに一気に魔成素を送り込んで、蓄えた魔成素で一枚の魔方陣をを動かしていたんだ。」


 レインの話は専門的なものだったが分かりやすかった。成長したわねと内心上から目線で褒めるカリンだったが、分かりやすかった事で一つ気付いてしまった。


「ん?」


 カリンは辺りを見渡す。複雑なメインっぽそうな魔方陣を中心に似たような絵柄の魔方陣がぐるっと貼られている。


「ん……?」


 まるで周りの魔方陣が中心の一枚の為にあるような形に見えた。


「今回改良した魔方陣はパドの計測結果を元により複雑な処理を行う様に設計した。その分、元々の魔方陣よりも多量の魔成素が必要になったから、蓄積用の魔方陣を床壁天井に、」

「え!?じゃあこれ全部只の魔成素蓄積用って事!?じゃあ適当に重ねて使っても良かったんじゃないの?」


 よっぽど地味な作業が嫌いだったのか発狂したカリンが騒ぎ出した。


「別にそんなこと無いぞ。で、その蓄積する魔成素なんだが、残念な事に俺一人じゃ全く足りないんだ。だからカリンには思いっ切り魔成素をぶち込んで欲しいんだ。」

「……思いっ切り?」


 騒いでいたカリンが急に大人しくなった。


「ああ、思いっきりだ。カリンが魔成素を入れ、その魔成素を俺が上手い事魔方陣に嘗めしていく。集中するのは俺だけだ。」

「うぅん……まあそれなら良いわ。発散できそうだし。」


 鬱憤を晴らせると聞いてカリンは納得したようだ。


「話が纏まったならさっさと始めるぞ。」


 パドは待ちきれない様子。既に中央の魔方陣の上に移動し終わっていた。


「分かった。カリンもここに手を。」


 レインは足元の魔方陣に片手を付いた。続いてカリンはレインの手の上に自らの手を重ねた。


「これでいつでも始められる……が、」


 レインは俯いたまま、神妙そうな顔付きになった。


「パド、少し聞いてくれ。」


 今にも始められる状況の中、レインは懸念事項を口にするのだった。


「何だ?」

「魔法が発動している間は絶対に動かないで欲しい。」


 今までもそうだっただろ、と口を挟むパド。しかし、レインは首を横に振った。


「今までのは只の計測。パドの魔法適性を外側から観察していただけに過ぎないんだ。でもこれからやるのは魔法適性に直接手を加える治療だ。魔法を司る精神体に、不可侵領域に足を踏み入れなければいけない。それがどれだけの苦痛になってお前を襲うか俺には分からない。きっとお前はこれを聞いても意思は揺らがないだろ?」

「当然だ。」

「だから覚えていて欲しい。どんな苦痛が、どんな災難がお前を襲っても絶対に動かない事を。二度と取り返しのつかない事態になるかもしれない事を。」


 了解した、と答えたパドはレインの緊張が伝わったのか少々真剣な面持ちを見せる。

 レインの手の上に重ねるカリンもレインの緊張をその手から……いや背中からひしひしと感じていた。


「それともう一つ、これは終わった後の話だ。」


 そう付け加えてレインは本当の不安要素を話し始めた。


「この魔法、試運転が出来ていない。ま、パド専用だ。当然っちゃ当然だけどな。しかし、精神体に触れる繊細で神秘な魔法であるにも関わらず、その繊細性から試しに一度……という訳にも行かない。この魔法の使用は正真正銘一度きりだけだ。」

「だから失敗しても文句は言うな……違うな、お前ならこう言うか。失敗なんかしないから安心して苦しんでろ、とな。」


 言わない。安心しろまでは概ね考える通りだったのでレインは通じ合えたと感動していたが、余計な一言が全てを台無しにしていた。


「……まあそう言う事で良いや。兎も角、覚悟を決めてくれ。苦しみに耐える覚悟、一度きりのチャンスを掴み取る覚悟、そして……戦う覚悟を。」


 俯いていたレインが上を向く。覚悟を決めた墨色の瞳がパドの視線と重なった。


「……聞くまでもないか。カリン、頼む。」


 レインの合図でカリンは手の平から魔成素を放出し始めた。


「……っ!!」


 魔成素はレインの手の平を通り、魔方陣に吸い込まれていく。レインは自分の内に触れたカリンの魔成素を、まるで自分のものかの様に上手く操りながら魔方陣に込めて行く。


(手の平が焼けるように熱い……)


 レインは魔成素が通って行く自分の手の平に途方も無い熱量を感じていた。只でさえ他人の魔成素を操るという集中力の必要な作業の途中だと言うのに、手の平の熱はこれが試練だと言わんばかりにレインの気力を削いでゆく。


(魔成素は只の物質。まだ魔法じゃ無いんだ。熱なんてある筈も……)


 そう自分に言い聞かせるが、確実に無視できない痛みを覚えている。


「レイン!!汗酷いわよ!!」


 集中による脂汗と痛みによる冷や汗が混ざり合って、始めてから一分も経たない内にレインは全身びしょ濡れとなってしまった。


「……気にするな。カリンは魔成素を出し続けてくれ。」

「……分かったわ。」


 どんな状態にあろうとも、カリンはレインの言う通りに手を緩める事は無かった。そのお陰か、魔成素は順調に魔方陣に広がって行く。


(凄い……!!あたしは適当に魔成素を出してるだけなのに、綺麗に魔方陣に広がって行ってる。)


 レインが魔成素を均一に嘗めしていく事で、蓄積魔方陣全体が徐々に均等に光を帯び始める。

 流れ出るだけの魔成素がレインの手によって魔方陣に癒着していく光景に、カリンは尊敬の念を持たずにはいられなかった。

 魔方陣が光り出してから十分後、全体では三十分は経っただろうか。魔方陣の光は眩い程輝き、その光がレインの下に出来た汗の溜まりに弾けて広がっている。


「カリン……もう、十分だ。」


 レインからの息も絶え絶えな制止の声が掛かった。魔成素を言われるまま流し続けていたカリンには分からないボーダーラインがあったのだろう。

 カリンが魔成素の放出を止めた。すると途端にレインの身体から力が抜け落ち、前のめりに倒れ込んだ。


「レイン!?大丈夫?……酷い熱。」


 レインに駆け寄るカリン。抱き起こしたレインの身体は燃えるように熱かった。


「カリン……まだだ……」


 そう言って伸ばしたレインの手の平は真っ黒に焦げていた。どうやら手の甲から平まで熱が貫通していたようだ。


「まだじゃないわよ!!こんな酷い怪我……これじゃあ、」

「でもやるんだ。頼むカリン……この手を魔方陣の上へ。」


 身体は熱で侵され、自分で立つことも出来ていないと言うのにレインの意思は固いままだ。


「……もう!!分かったわよ!!こうすれば良いんでしょ!!」


 カリンはどうしても断り切れなかった。

 レインの黒焦げの手の平を魔方陣の上へ押しつけた。


「ありがとうカリン。……パド、行くぞ。」

「ああ、何時でも来い。」


 レインは熱に揺らめく世界の中、魔方陣を起動した。


ぶぅぅぅん……


 魔方陣が唸りを上げた。輝く魔方陣が一瞬鮮明な赤へと変貌し、白く透き通る光が中心に立ち尽くすパドの周りに広がった。

 光達が形を成し、パドを囲う数多の陣へと生まれ変わった。静かに回転し、交差し、胎動する光の魔方陣はゆっくりとその狙いを中心の人物へと定めた。


「うああああああ!!!!」


 男の叫び声が響く。魂を削られた死人の様な刹那の慟哭。

 傍から見ていたカリンは何が起こったのか理解出来なかった。魔方陣から透明、不可視の光線が音も無くパドの胸元を撃ち抜いた事は辛うじて認識出来たのだが、何故……何故……


「なんで……何でアンタが苦しむのよ!?レイン!!」


 何故レインが叫び声を上げて苦しみだしたのか理解できなかった。

 術を受けたはずのパドは平気か、いや実際には苦しみの表情を浮かべている。しかし、拳から血が流れている様子から苦しみを必死に耐えているのだろうが、レインの尋常ではない様子に比べれば平気と言って差し支えないだろう。

 レインはのた打ち回り、頭を掻き毟り、それでも焦げ付いた手の平だけは魔方陣から離さない。


「うあああああああ!!!!」

「レイン!!どうしたのよ!?何が起こってるの!?」


 激しく苦しむレインの前でどうすることも出来ずにただ涙を浮かべるカリン。


「ああああああ!!!!せ……な……」


 レインが何かを言っている。


「どうしたの?何か伝えたいことがあるの?」

「せ……なか……が……う、ああああ!!!!」


 何かを伝えようとしていたが、半ばで再び叫び出してしまったレイン。しかし、カリンはしっかりと聞いていた。


「背中?背中が痛いの?ちょっと待ってて!!」


 カリンは聞き取れた単語“せなか”をそう解釈し、暴れ回るレインを押さえつけて服を引っぺがした。


「……嘘。なにこれ……」


 レインの背中に浮き出た三枚の花弁模様の痣。

 一枚はカリンが出会った時には既に。二枚目はミッシュで。三枚目はアウスレイで。それぞれレインの知らぬ間に増えていた。

 そして今、三枚の花弁に連なる様に四枚目の花弁模様がレインの背中に浮き上がり始めていた。


「痣が増え始めてる!!何で今……あ。」


 その時カリンは思い出した。カリンに魔方陣を刻んだ際に背中に痛みがあったとレインが言っていたことを。


「もしかしてこの痣……こっちがあたしで、こっちがライガってこと?もしかして、あたし達に魔方陣を刻むとレインの背中に模様が浮き上がるの?」

「あああああああ!!!!」


 レインの謎の一つに迫ったカリンだったが、思考を凝らす前に叫び声が耳を突き抜けた。

 そうだ、今はそんな事を考えている暇じゃない。そう思いつつ、自分に出来る事は何かと考えても答えは見つからないカリンだった。


「あああああああ!!!!」


 レインの叫びが続く。喉の奥が擦り切れ、血反吐が出ても彼は苦しみの声を上げ続けた。


「レイン……頑張って……」


 カリンは結局祈る事しか出来なかった。

 背中の痣が濃くなっていく。深淵の様に深く暗い、暗黒一色へと。


「あああああああ!!!!」

「……ぐっ!!」

「レイン……!!」


 レインを想うカリンの涙が落ちる。

 その瞬間、痣は花弁の一枚と成り果てた。


ぱぁぁぁぁん……


 爆ぜる光円。響く無音。荒ぶる呼吸。跳ねる四肢。落ちた一滴。

 魔法が壊れた。辺りに光の粒を撒き散らしながら二人を苦しめた魔法が壊れ去った。

 魔方陣の中心で真っ赤に目を充血させたパドが荒ぶる呼吸を抑える。

 一方レインは動かない。駆け寄ったカリンは微かな呼吸音を聞いたが、レインの身体は生きているのが不思議なほど熱に侵されていた。


「レイン!!しっかりして!!」


 カリンはすぐさまレインを抱きかかえると、訓練場の外へと走って行った。

 一人残されたパドは両手を広げた。握りしめた爪跡から赤い血がどろりと流れ落ちる。


「ふぅ……」


 息を吐き、呼吸を整え……


「パド様!!カリンさん達が大慌てで出て行ったっすが、中で一体何が!?」


 慌てた様子で入って来た双子。様子が変だったカリン達の事を聞きに来たのだが、


「パド様!?何スかその血飛沫は!?」


パドの周りに広がる豪快な血飛沫が彼等の話題を持ち去って行った。


「は、早く医務室へ。」

「そんなことはいい。皆に伝えろ。」


 慌てる双子にパドはその血だらけ、傷だらけ、されど肉は綺麗に残る腕を差し出した。 


「決着は直ぐそこだ。各自配置に着いておけ。」


 パドはそう言って見えない何かを握りしめた。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は8月24日12時頃です。

ぜひ感想をお待ちしております。

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