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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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酔いが醒める程

 グリーニヤに連れられて入った店内は中々の賑わいを見せていた。

 一体いつから飲んでいるのかべろべろに泥酔した大柄な男に、他の客に絡む厳つい男、喧嘩を売る者と買う者等、いつかの昼間に見たむさ苦しい賑わいがそのまま展開されていた。


「うわぁ、凄まじいな。」

「ははは、はぐれ者が集まれる場所がテーマの店ですから。」


 引き気味のレインと何処か楽し気なグリーニヤは近くの開いていた席に腰を下ろした。すると奥から店員が喧しい男達の波を掻き分けて三人のテーブルの前にやって来た。


「いらっしゃいませグリーニヤ様。本日はどのようなご要件でしょうか?」

「普通の食事ですよ。説教をしに来た訳ではありません。」

「左様ですか。では御注文が決まりましたらこの……ベルをお鳴らし下さい。生憎今日の店内は騒々しいので。」


 店員はテーブルに小さなベルを一つ置くと、静かに店の奥へと下がって行った。


「ではメニュー表をどうぞ。」


 グリーニヤはテーブルに置かれていたメニュー表をレインに差し出した。


「なあ、もしかしてこの店のオーナーだったりする?さっき説教とか言ってたけど。」


 メニュー表を受け取りながら気になった事を口にしたレイン。グリーニヤは軽く笑った。


「いえいえ、色々と出資させて頂いただけですよ。説教も大した内容じゃありませんよ。」

「あんた、前から思ってたけど結構な商人だったりする?一々出てくる内容が俺みたいな弱小とは大違いなんだけど。」

「はっはっはっは!!」


 レインの質問は笑って受け流された。悪い奴ではないのはレインはもう流石に分かっていたが、彼の拭い切れない程の胡散臭さにはどうしても鼻を摘まみたかった。


「話す気が無いならいいや。」


 レインはメニュー表を開いた。意外と充実したメニューの数々。レインが今まで旅して来た国々のメニューが並んでいる。


「おお、懐かしいメニューが多いな。フーガの食だけじゃ無くて、ドグアのメニューやブラシュのメニューまであるじゃないか。」

「博識ですねレイン様。此方にはヴィアで親しまれている香草料理も御座いますよ。」


 グリーニヤが頁を捲ると、レインが聞いたことの無い料理名がずらりと。


「良いね。まだヴィアは行った事無いからさ、ちょっと新鮮だよ。うん、これにしよう。」


 レインは香草料理の一メニューを指差した。


「ほら、プルディラも好きなのを選べ。」


 グリーニヤがメニューをプルディラの前に置くと、プルディラは迷いなくメニューの一つを指差した。


「やっぱりそれですか。では……」


 からんとグリーニヤはベルを鳴らした。喧騒に掻き消されそうな程軽い音だったが、店員は迅速に駆けつけた。


「お待たせいたしました。」

「良い反応です。精進するように。では注文を……」


 グリーニヤは香草の肉料理を二皿、スープを一皿、追加で大皿のサラダを注文した。


「承知いたしました。」


 店員は内容を聞き入れると、注文を通す為店の奥に下がって行った。


「料理が出来上がるまで少々時間が掛かりますので、その間にお話でもどうですか?交友を深めるためにも。」


 賑わいの中グリーニヤがレインに話を切り出した。


「手紙にもそんな事書いてあったけどあんたの事だ、目的は他にあるんじゃないのか?」

「ふふ、ふふふ……」


 グリーニヤの不敵な笑い声。不気味な男だが、彼の底知れぬ本意が少しでも見られたらとレインは期待半分で言葉を待つ。


「いや無いですよ。」

「へ?」


 予想外の返答に間抜けな音で返してしまうレイン。


「だから言ったじゃないですか。話をしたいだけだって。せっかく協力関係に成れたと言うのに、この前もその前も私が語るだけ語ってしまいましたから。今日はとことん貴方の話を聞かせて貰えればと。」

「なんだそんな事……それなら何も、手紙を出したその日に待ち合わせじゃなくても良かっただろ。」


 何か重要な事でもあると思って急いで転んだ自分が阿保らしくなり、レインは頭を抱えてしまった。その滑稽な光景をプルディラはじっと見つめていた。


「そんなの簡単な事ですよ。」

「簡単ん?」

「ええ、とてもシンプル。今を大事にしない者に明日はありませんから。」


 何が簡単だ、とレインは内心毒づくと、深く大きい溜息をついた。


「良い言葉でしょう!これは私の故郷に伝わる諺でしてね。元々はアルミラージの角を、」

「また自分の事を語ってるぞ。今日は俺の話を聞くんじゃなかったのか?」


 レインがそれを指摘すると、グリーニヤはしまったと表情を崩した。そして小さく咳ばらいを。


「んんっ、失礼しました。では、お話しください。」

「やりづらいな……話って言ってもどんなものが良いんだ?」


 グリーニヤが求める話とは漠然と面白い話なのか、それとも感動、冒険、恋愛の様にジャンルがしっかりと定まっているものなのかレインは分からず悩んでいた。


「何でも良いのですよ。例えば……そう、貴方の故郷の話とか。」


 故郷。その言葉を聞いた瞬間、レインは力が抜けたようにテーブルに項垂れた。


「おや、どうしました?」

「故郷ね……余り良い思い出が無い、って言うか悪い思い出の方が強いんだ。」


 レインは十五年前、自分の人生で最も忌むべきあの夜を思い出した。紫に煮えたぎった炎が笑顔の思い出を焼き尽くしていく。


「俺の故郷はな、なんというか田舎特有の閉鎖感と言うか……ゴドルー大陸の端っこの島って言ったら分かるか?」

「ゴドルー大陸の端の島ですか……ちょっと失礼。」


 グリーニヤは服の内ポケットから折り畳まれた一枚の地図と眼鏡を取り出した。そして、まだ料理が置かれていないテーブルに地図を広げた。

 地図には五つの大陸と小さな島々が幾つも描かれていた。五つの大陸にはそれぞれフーガ、ドグア、ヴィア、ブラシュ、ゴドルーと大きく記載されていたが、島々には小さく名前が書いてあるだけだったので、グリーニヤは目が大きく歪むほど度の強い眼鏡で凝視し始めた。


「……もしやこの島ですか?」


 グリーニヤが指差す小さな点を覗き込むレイン。書かれていた島の名前は……


「ああ、それだ。その世界の端っこの小さな孤島だよ。」


 間違いないと首を振るレイン。それを聞いたグリーニヤは、不快そうな嫌がるような初めて見せる表情を顔に描いた。


「ここですかぁ……うぅん、確かに……ここは、その……少々閉鎖的と言うか……」

「暈さなくても良いよ。言ったろ?良い思い出なんか無いって。小さい頃に追い出されたんだよ。」


 レインはそう言って真水を一気に飲み干した。


「追い出されたとは中々物騒ですが、確かにこの島の住人ならやりそうではありますね。」


 グリーニヤは実際に行ったことは無いが、レインの故郷の島の噂話だけは知っていた。なにせ有名なものだから。


「だろ?あいつらどんな境遇の子供でも、自分達と少しでも違えば全部敵と見なす屑どもだからな。」


 鬱憤を晴らすようにレインは記憶の中の連中に唾を吐いた。


「はぁ、なるほど。因みに追い出された理由等は聞かせては貰えませんか?」


 それを聞いたレインは真っ直ぐと首を横に振った。


「言いたくないね。まあ少なくとも俺が悪い事は一切無いとだけ言って置こう。」

「その心配はしていませんでしたが、安心しました。では良ければその後の話、貴方の冒険譚をお聞かせ願えませんか?」


 冒険譚なんて壮大に言われてレインはやり辛そうに頬を掻いた。


「そんな仰々しいものじゃ無いぞ。そうだな……あれは旅だって直ぐだったか。あの島には珍しい心優しい船頭が居てな……」


 そうしてレインは語り始めた。自分の半生を。


「ゴドルー本大陸に渡って直ぐの事だ。まだ魔道具を作ろうとすら思っていなかった頃、その辺の雑草を食べて飢えを凌いでいた俺に一人の男が話しかけて来たんだ。」


 厳しかった幼少期を朗らかに語り、


「ドグアで初めて恋をしたんだ。馬車の窓から顔を出したあの子を見た時、つい自分で作った魔道具を差し出したんだ。誰にも見つかられず、こっそりと。すると彼女は笑って受け取ってくれたんだ。」


甘酸っぱい思い出を憂い気に、


「知ってるか?ブラシュではパーティって言う冒険者ギルド独自のルールがあるんだ。気の合う仲間と冒険をするんだ。楽しかった。あの経験が無ければ今の俺は絶対に無かっただろうけど、何処かで……組まなければ良かったと後悔してるよ。」


切ない思い出を笑って語った。グリーニヤは嬉しそうに相槌を打ち、プルディラは一心不乱に肉を頬張り続ける。

 夕方に始まったこの会は夜まで続いた。大人二人は酔いが回り、プルディラはもうおねむの時間。


「あの本読み終わりましたか?あの……あの本。」

「ああ、まだなんだ。半分くらいなんだが忙しくてな。」


 酔いが回って朦朧気味の二人は直近の出来事しか思いつけない。最近の取り留めの無い話ばかりを繰り返していた。


「あれ、近々新作が出るって噂がありまして……なんでしたっけ?」

「そうなのか。それまでに読み切らないとな。特に最近は俺の仲間が……そうだ。仲間で思い出した。」


 急にレインが何か思い出したようだ。


「仲間の一人がアレに関する噂を一つ持って来たんだ。割とありふれてそうな情報だったけど、一応共有しないとと思って。」

「おお!!助かりますよ。」


 どうやらライガが持って帰って来た奴隷問題に繋がりそうな情報について話す様だ。


「内容は確か……何か月か前にこの辺りじゃ見ない大きな船を見たって。おかしいと思って辺りを見回して居たら何時の間にか消えていたそうだ。」


 内容を聞くとそれまで蕩け切っていたグリーニヤが表情を変えた。


「ほう……確かによくありそうな内容ですが、そう言った内容の噂話は我々が調査を始める前に都市伝説チックに存在していたものばかりです。それが数ヶ月、恐らく言い方的にここ一年以内と考えると……少々価値がありそうですね。」


 グリーニヤはメモ帳に聞いた情報を書き記して行った。


「本当か!!これであいつも喜ぶよ。」

「因みにどなたから提供された情報かはお聞きでしょうか?」

「ええと確か……」


 確かこの話を聞いた時、ライガは前に話したある男からの情報と言っていた。レインは酒でぼやけた頭からそれを引っ張り出そうとした。

 その時、ぱちんと鼻提灯が弾け、プルディラが目を覚ました。


「邪魔するぜ!!」


 レインの耳に勢いよく開かれた扉の音と上機嫌な男の声が入って来た。それが今は邪魔となり、引っ張り出された記憶の頭がすっと引っ込んでしまった。

 余計な事を、と思い入って来た男を赤く染まった目元で睨もうとした。視界に入った男の姿はとても印象的で、どこかで聞いたような……


「あ、あいつだ。」


 レインは反射的に指差した。


「え?彼ですか?」


 レインが指差した男はとても大柄で、筋肉質で、身に着けた派手な装飾が眩しかった。自信たっぷりの表情と何処か弱そうな目。そして何よりも見せびらかすように露出した上半身にこれでもかと言う程彫られた入れ墨がレインの記憶の言葉と一致した。


「確か、いや間違いない。全身に入れ墨のある男。あいつがさっきの情報元だよ。」


 二人が見ている先で男はカウンター席に座ると、コインを三枚放った。


「マスター、いつものを。」


 白髭のマスターは棚から一本の瓶を取り出した。小気味良い音を鳴らし開かれた瓶の口からとくとくと注がれる黄金のシャンパン。

 男はそれを一口で飲み干す。そして上品な酒を下品に飲み干す快感を酒気の混じる息と共に吐きだした。


「あいつは常連なのか?」

「ええ、いつも夜にやって来てはあの一杯だけを注文して行くそうです。そしてこの店に来た日は決まって……」


 男は席を立ちあがると、未だ騒々しさの治まらない店内を向き、大きく息を吸って一言。


「今日は俺の奢りだああああ!!好きなだけ飲みなああああ!!」

「「「うおおおおおお!!!!!!ジェイルさんあざーっす!!!!!!」」」


 店内がこの日一番の盛り上がりを見せた。男どもの音圧で建物が歪むほどの。


「うるさっ!!」

「彼はこの店に来るといつも他の客の代金を肩代わりするそうです。」


 騒々しさに耳を塞ぎ、顔を顰める二人。プルディラは男をじっと見つめている。


「マスター、取っときな。」


 男はバーカウンターのマスターへ極厚の紙束を手渡した。マスターが紙束を捲って行くと見えるのは一万ドラの群れ、延べ百万ドラはあるだろう。


「いつもこんなに……流石に受け取れません。」


 流石に多すぎる金額を突き返すマスターだったが、


「迷惑料も兼ねてるんだ。素直に受け取ってくれよ。」


と突き通す男に押されて渋々店の裏へ入って行った。


「いつもありがとうございますジェイルさん!!」


 一人になった男に客達が近寄って来た。


「いいさ、俺だって好きでやってるんだ。」

「でもいつも奢ってくれるじゃないですか。何かお礼位させて下さいよ。」


 一人の客がそう言うと、男はとても良い笑顔でこう言った。


「なら、俺を殺してくれよ。」


 男の言葉で騒々しかった店内に一瞬凪が訪れた。傍から聞いていたレインは何て事を言い出すんだと男の笑顔が怖くなった。


「「「……ぷっ、あっはっはっはっは!!!!ジェイルさんいっつもそれじゃねえか!!!!」」」


 遅れて訪れた特大の爆笑。耳が破裂したかと思う程の音の爆弾にレインは圧倒された。


「ジェイルさん冗談きついぜ!!」

「お?前も言ったか?」

「前も、その前も、その前もですよ。」


 どんな事を言われても笑い飛ばす彼らの豪快さにレインは別世界を感じていた。


「凄いな、彼等。」

「ええ、彼等漁師はおおらかな心を持っています。だから見ていて飽きませんし、そんな彼等が集まるこの町が好きなんです。」


 グリーニヤは残った酒をぐっと喉に流した。レインはそろそろ帰るかなと思い始めた時、男たちの大声がまた聞こえて来た。


「ええええええ!?もう帰っちゃうんですかぁ?」

「ああ、近くに来たから寄っただけなんだ。」

「じゃあ今度は一緒に飲みましょうよ。」

「おう、また今度な。」

(帰るのか。)


 話を聞いていたレインは、先程の情報について尋ねてみてはどうかとグリーニヤに提案するつもりだった。


「なあぐりー、」

「よおレイン。」


 レインの肩に大きな手が置かれた。横目で見える手の甲には刺々しい入れ墨がずらり。


(名前……?)


 掛けられた言葉は自分の名前。その声は知り合いでは無かったが知っていた。しかし、レインが一方的に彼を知っているだけの筈だった。


「待ってたよ俺ぁ。ずっとな。……なあレイン。リードさん、どうだった?」


 レインは肩に置かれた手が熱を持ったように感じた。


「リー、ド?」


 言われた言葉を言い返すので精一杯だった。


「そう、リードさん。あの人の封印術は厄介だったろ?」


 レインはその手から悍ましい悪意を感じた。身体の震えが止まらない。口から吐息だけが漏れ出てくる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

「……そうか。ま、いいや!!次会った時は……俺を殺してくれよな。」


 そう言って声の主は去って行った。扉が閉まる音がすると、レインの肌から滝の様な汗が流れ始めた。


「ん……レインさん、どうかしましたか?」


 眠ってしまっていたグリーニヤが顔色の悪いレインに気が付いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……あいつだ。間違いない、あいつだ!!」


 レインは震える身体を抑えようと、触れられていた肩を震える手で触れた。


じゃり……


 奇妙な感触。見ると肩には細かい砂粒が。血の気が引いて、レインは勢いよく砂を払った。


「どうしましたか、レインさん!?」


 様子がおかしいレインを宥めるグリーニヤと、静かにレインの顔を凝視し続けるプルディラは今この場において対極の存在だった。


「さっきの入れ墨の男、ジェイルと呼ばれていたあの男が……犯人だ。」

「え……?いや、そんなまさか……」

「間違いないんだ!!あいつから、奴と同じ死の香りがした……」


 レインは感じた。ミッシュに繋がれた百年の呪いリード・ジストロックと同じか、いやそれ以上の悪意の気配と憎悪の予感を感じたのだった……

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は8月14日12時頃です。

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