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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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レインの実力

「お前があいつらを止めてこい。」

「ん????」


 レインの脳は受け入れを拒んだ。考えてすらいない選択肢、レイン的には一番ありえない選択肢が突如降って湧いて来たのだ。当然脳は稼働を止める。


「チョット、ワカラナイ。」

「レインが喧嘩中のあいつらを腕尽くで止めてくれば、全部丸く収まる。」


 防護壁の外は魔法嵐の雨あられだと言うのに、パドは何を冗談を言っているんだとレインは内心笑い飛ばす。それは余裕か逃避か。少なくとも正義感では無かったが。


「ナンデ?」


 レインの口からそんな言葉が漏れる。ナンデとは何で俺を戦わせたいのと言う意味だろう。

 冗談と断ずるレインにその答えは要らない筈なのに、それを聞いてしまうと言う事はやはり何処かで認めていない自分が居るのだろう。


「お前があいつらと戦ったら面白そうだからだ。」

「お前も馬鹿かよおおおお!!」


 遂にレインが叫んだ。認めたくない想いを馬鹿すぎるパドの回答が上回ったのだ。


「俺がそんな理由であの中に飛び込めと!?冗談にしてくれよそれは!!見ろあれを!!」


 レインが指差した先では丁度タイミング良く炎が爆裂した。防護壁は健在だったが、あれは命を消し飛ばす火力だ。


「あれを喰らったら死ぬだろ!!と言うかあいつら結構な使い手だろ!!一般人の蝋燭みたいな炎じゃないんだからさあ!!死ぬんだよ、喰らったら!!俺はパドとは違って戦闘は不向きなんだよ!!」

「いや、俺もあれは死ぬ。」

「じゃあ余計に駄目だわ!!!!」


 レインの激高は止まることを知らない。自分の生死が関わっているのだから、そこは譲れないのだ。


「なら仕方がない。俺が行こう。」


 すると、パドがそう言って魔方陣を離れようとした。


「は!?いや待て待て。それは困る。今そんな事をされたらお前にどんな影響が出るか分からん。それだけは絶対に許さないからな。」


 レインには魔法を生業としている者のプライドがある。パドを自分が作った魔方陣の悪影響に晒す訳には行かず、全力でパドを止めに掛かる。

 しかし、パドはレインが止めに掛かるのを見越していた。そうすればレインの感情が揺さぶれると思ったからだ。実際レインは脳の十割が怒りに満ちていたのが、六割七割がパドへの心配に置き換わってしまっていた。


「しかしそうなると……あいつらを止める者が居なくなるぞ。アルネは戦力には成らんし、俺もここを出られない。レインならやれると思ったんだけどな。」

「俺がこれから防護壁を作り直すんじゃ駄目か?」

「その壁が壊れるまでに出来るのか?難しそうに見えるが。」


 図星!!その通りだった。レインの見立てでは壁が壊れるまでおよそ十分無い位。パドの計測が終わるのが二十分。新たに防護壁の魔方陣を作るには……十六、七分だろう。


「いや、それは……」

「なら一番可能性があるのは何だ、レイン?」


 レインは膝を付いた。認めたくは無かったが、パドの言う通り時間的に一番余裕が有るのがレインが彼らを直接止めに行く事だろう。

 嫌な顔だ。パドが悪魔の笑みでレインを見ている。こんなのに言い負かされるなんて、とレインは屈辱を感じた。


「決定だな。」

「ま、待ってくれ。アルネ、アルネはどう思う?部外者の俺に危険な橋を渡らせる事についてさ。」


 レインはこれまで話に一切入って来なかったアルネを巻き込むことにした。これにはパドもしまったと顔を歪ませる。


(我ながら嫌な言い方だが、自分の命をそう易々と捨てて堪るかよ。)


 三人の未来はアルネに委ねられた。レインとパドは彼の答えを待つ。一体彼はどんな決断を下すのか!!


「あ、レインさん。頑張ってくださいっす。」

「あああああああ!!!!」


 レインの負けだ。敵の身内に運命を委ねてはいけないとレインは学びを得たのだった。


「決まりだ。レイン頑張れよ。」


 パドが満足そうな顔でレインに声を掛ける。


「ああ!!分かったよ!!やりゃあ良いんだろ!!やりゃあ!!!!」


 レインは頭を掻き毟り、自分の荷物袋から幾つかの道具を取り出した。


「こうなったら本気の本気だからな!!アイツ等が再起不能になるまで叩きのめしてやる!!」


 脱ぎ捨てた上着が地面に落ちると、レインは魔法に守られた空間を飛び出した。

 自分を襲う魔法の流れ弾を素手で弾き、争う二人へ迫って行く。


「凄い……あの二人の魔法をあんなにも簡単に!!」


 壁の中でレインを見守っていたアルネは、二人の魔法をもろともせずに突き進んでいくレインの雄姿に感嘆の声を上げた。


「違う。レインの手をよく見ろ。」

「え、手っすか?……なんか光ってるっすね。」


 魔法を弾く瞬間、レインの手の甲から白い光が放たれた。レインの手の動きに合わせて白い軌道が空中に浮かび上がった。


「あの現象はアープ、力魔法の抵抗能力だろう。身体に触れた物体を内に燃える力の魔成素が弾く魔法だ。」

「へぇ、と言う事はレインさんは力魔法適性者だったんすか。」

「しかも、飛んで来る炎魔法を破裂させずに弾くなんて並大抵の練度じゃ出来ない。あいつ、隠してやがったな。」


 そう言って笑うパドの横顔は、アルネや仲間達には絶対に向けないだろう喜びを秘めた笑顔だった。


「ふん……」

「そろそろ二人に接触するな。レイン、お前はどう戦うんだ?」


 レインはもう残りわずかで二人に辿り着く。近づく程より激しく燃え、刻まれる地獄の様な戦場に足を踏み込もうとしていた。

 手を伸ばせば届きそうな程レインが二人に近付いても、二人は一向に気付きそうにない。

 引っ切り無しに飛んで来る魔法をレインは決して二人には当てないように弾く。一定の間合いを取りながらレインは彼らを観察している。

 すると、二人の攻撃が噛み合い、一瞬止んだ。その隙を逃さず二人の間にレインは両手を。


「「ん?」」


 目の前に現れた誰かの右手。流石の馬鹿もそれには気づき、その手を止めた。

 右手は徐にオッドの両目を覆う。左手はシーラの腹を捉えた。


「「なっ!?」」


 そしてレインの口からは二つの呪文。


「【ラグリズ】、【ブレムズ】」


 右手から閃光が迸った。オッドは予期せぬ目潰しに体が固まる。

 一方、レインの左手が触れる腹には魔方陣が浮き上がった。魔方陣が透明に輝くと、シーラの身体が目にも止まらぬ速度で壁際まで吹き飛んだ。


(……光魔法に風魔法?何故三つも属性が使えるんだ?)


 パドの顔から笑みが消えた。

 視界を奪われながらもオッドは戦士らしく膝を付くことはしなかった。


「てめぇえ!!ぶっ殺す!!!!」


 腕に纏う炎をより強固な炎が飲み込んだ。言葉に違わぬ殺気を孕んだ狂気の拳をオッドは振りかぶった。


「やってみろよ。」

「おおおおおおお!!!!」


 オッドは聞こえたその声を頼りに拳を振るった。並の人間なら一撃で破壊される一撃だった。当たっていればの話ではあるが。


(外した!?)


 手応えの無さで自分の渾身の一撃が躱された事をオッドは即座に察知した。白しか見えぬ眼の代わりによく耳をすますが、


(足音が聞こえない!?野郎どこに……)


全くと言って良い程の無音。精々遠くから聞こえる若い声だけ。


 視覚に頼れなければ聴覚も無理となると、オッドは何処から情報を得れば良いと言うのか。

 正解は触覚。オッドの喉に触れる何か有り。


「遅いぞオッド。」

(上か!!)


 気づいた時にはもう遅い。

 オッドの喉を掴んだレインは空中から急降下。勢いでオッドの身体が持ち上がった。


「おおおおおお!!!!」


 叫んでも状況は好転しない。宙に浮かんだオッドの身体はそのままレインの為すままに……


「喰らえやああああ!!!!」


 硬い訓練場の床へと叩きつけられた。


「うっぐううう……!!」


 前歯は折れ、噴き出た鼻血が罅一つ無い無垢の鉄床を染めた。アルネのものと思われる短い悲鳴がレインの耳まで届く。

 地面に倒れ伏すオッドだったが、そのタフな身体はまだ敗北を認めていなかった。

 未だ見えぬ眼と血液が流れ続ける顔面。どう見てもまともに戦える状態では無かったが、それでもオッドは立ち上がった。

 怒りは痛みで消え去った。冷静になった頭にあったのは上司と部下に無様な姿を見せられないと言う彼の誇りだけだった。


「しつこい。」


 その声と共にオッドは陰部に電撃を受けた。男の最も守るべき急所への無慈悲な一撃。それは生命への冒涜的な一矢。

 オッドの脳内には痛みや苦しみは無く、ただ白い平野がただ広がって行った。白の平野に走馬灯の様に己の過去が流れて行く。


(ああ……良い人生だった。)


 人生を振り返り、その神秘に触れた彼は穏やかに崩れ落ちた。


「ふう、あと一人。」


 泡を吹いて倒れたオッドを背に、レインはシーラに向き直る。


「うらああああ!!!!」

「っっぶな!!」


 反射的にしゃがんだレインの頭上を、全身に真空の刃を纏ったシーラが過ぎ去って行った。切り裂かれたレインの髪の先がぱらぱらと床に落ちた。

 シーラは器用に着地をすると、女性とは思えない程の咆哮と共にレインに斬りかかった。

 即座に飛びのくレイン。シーラが攻撃してはレインが器用に身を翻す。当たれば重症間違いなしの攻撃をレインは器用に躱して行った。

 そんな攻防に苛立ちを隠せなくなったシーラは大胆にも風魔法を腕に集中させ始めた。


(焦ったな。)


 レインは手の平に仕込んだ魔方陣に魔成素を送り込んだ。すると、白く光り輝くその円の中心から小さな木筒が一つ、シーラに向けて飛び出した。


「うらっしゃああああ!!!!」


 暴風と化した彼女の腕が雄叫びと共に振るわれる。レインの脆い頭蓋を狙い撃つ彼女だったが、怒りで周りを認識出来ていなかった。

 風の腕はレインが魔方陣から取り出した小さな木筒を粉砕した。渦巻く強風にはただの木筒などマクレイド産のパルベンの様に脆弱なものだった。

 しかし、木筒は筒。内にある空洞に仕込まれた正体不明の鱗粉が外に露出した。

 それらは渦巻く風に巻き込まれシーラの全身に絡まった。


「……ぎ、」


 シーラの拳が止まった。それと共に渦巻く嵐が晴れる。後ほんの筈かでも前に出ていればレインの鼻先はミンチになっていただろう。


「ぎいやああああ!!!!目があア嗚呼!!!!」


 微かに震えていたシーラの目から尋常ではない量の涙が噴き出した。顔面は体液でぐちゃぐちゃ、ほつれの目立つ服の胸元は溢れ出る涙で色が変わっている。

 悶え苦しむシーラはもうレインを気にしていられる余裕が無くなっていた。故にレインは自由だった.


ガン!!


 そんな音と共にシーラの脳は揺れた。涙でぼやける瞳がぐるんと回った。


(なに……が……)


 顎先が痛む。強く打たれた様だ。

 ぼやける瞳では何が彼女を襲ったのか上手く視認することは出来なかった。黒い影が滲んだ世界で踊る。


(あ……やばい。)


 黒い影がシーラの顔に迫る。それはゆっくりと迫って来るようにシーラは見えていたが、実際はそうでは無かった。

 死の間際の様にスローになった世界の中で、彼女は孤独を感じてはいなかった。


(今……真理が、見え、)


バギッ!!!!


 シーラの右頬にレインの蹴りが刺さる。

 人体から鳴ってはいけない音を鳴らしながら、シーラは防護壁にぶち当たった。


「う……うあぁ……」


 壁からずり落ちたシーラはぴくりとも動かなくなった。


「はぁ、はぁ……」


 レインはシーラの元……否、防護壁の中で待つ二人の元へと歩いて行く。レインが指で合図を送ると半透明の防護壁がきれいさっぱり消え去った。


「レインさん凄いっす!あんな綺麗な蹴り技は初めて見たっす!」


 仲間二人がぶちのめされたこの状況で、純粋にレインを褒められるアルネは大物になるだろう。


「ああ、ありがとう。」

「なんであんなに強いのに戦いたがらなかったんすか?」

「そりゃあ誰しも死ぬかもしれない舞台に立ちたくなんか無いだろ。それに……人を殴るのは気分の良いもんじゃないからな。」


 レインは照れたような、どこか影を帯びたような顔でそう答えた。


「良い動きだった。どうだ、うちで戦闘員にならないか?」


 魔方陣の中でパドが茶化すようにそう言った。


「遠慮しておくよ。」

「残念だ。……そうだレイン。あの、」


 パドが何かを言いかけたその時、


ビー!!ビー!!


けたたましいサイレン音が訓練場に響いた。


「え!?……嘘!?解除してない筈なのに!?」


 アルネが狼狽えの声を上げた。


「何だ?この音は一体……」

「やばい、やばい、やばいっス!!!!」


 訓練場に大声を上げながらアルンが飛び込んで来た。


「何があった!?」

「幻惑魔法のカモフラージュが壊されたっス!!!!」


 その報告で辺りに緊張が走る。

 アルネとアルンによると、二人の幻惑魔法が館の不可視化と周囲への溶け込みを行っているらしく、それが何者かによって破壊されてしまったそう。

 基本四種なら変では無いのだが、変化三種である幻惑魔法は余程の事が無い限り、外部による解除はありえないだろう。

 つまりその何者かはそれだけの実力を持っていると言う事。これには慎重にならざるを得ない。


「それでパド様とオッドさん、シーラさんを呼びに来たんスが……また喧嘩したみたいっスね。」

「タイミングが悪かったな。二人は当分起きん。パドもまだ動かす訳には行かない。俺達だけでその侵入者を抑え込む必要がある。」


 レインはそうは言ったものの、今の戦闘で体力も物資も消耗した自分では足手まといになるだろうと考えていた。


「分かったっス。取り合えず他の皆さんが今対処に当たっているので、俺らも急ぎましょう!!」


 そうして三人は急いで訓練場を出た。


「うっ!!事態は最悪だな。」


 外は死屍累々。屈強な戦闘員たちが一人残らず地に伏せている。皆ぼこぼこに崩れた鎧が目立っている。


「レインさん、あいつっス。」


 アルンが指差す先に小さな影が一人立っていた。


「あいつが俺等の魔法を破壊した犯人っス。」


 レインはよく目を凝らした。距離が開いている今なら先手を打てると踏んだからだ。


「……ん?」


 犯人の姿を確認出来たレインはそこで気が付いた。


「ちょ!?レインさん、危ないっすよ!!」


 レインは小さな影に近付いて行く。双子は止めるが、レインはそれを一切無視し犯人の前に立ちはだかった。


「こんな所で何やってるんだ、プルディラ?」

「……」


 屋敷に一時の大混乱をもたらした小さな脅威の正体、グリーニヤの奴隷プルディラはレインへ無言で一枚の手紙を差し出した。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は8月10日12時頃です。

感想を頂けると僕がパソコンの前で小躍りします。

ツイッターでも更新の告知をしているので、ぜひフォローお願いします。

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