パドの屋敷と仲間達
結局レインとパドはアリアに押し敗けて、二人の屋敷へ向かう為に町を出て近くの林へと踏み入った。
アリアが先行する形で林の中を進んで行くのだが、レインは踏みしめる地面に違和感を持ち始めた。
「あれ?なんかこの地面、見た目に反してしっかりしてるな。」
レイン達が歩く林道は見た目こそ枯れ葉や腐葉土で覆われた柔らかいものの様に見えるのだが、実際に地面を踏みしめるレインの感触は全くの逆だった。
「まるで舗装されたばかりの石畳みたいだ。」
レインが足で地面を叩いてみると、ごつごつと硬い音が聞こえてくる。
「もうそろそろで着きますよ。」
アリアがそんな事を言い出したが、林の奥はただ木が続くばかりで彼等の屋敷など欠片も見当たらない。
「もうそろそろって……ああ、そうか。」
アリアの言葉に疑問を持つレインだったが、足元に起きている視覚と他感覚の不和でおおよその理由を察した。
数歩先でアリアが足を止めた。
「この辺ですかね?では失礼します。」
前置きを入れつつ、アリアは自分の口に指を二本差し込み、
ピィィィィ……
甲高い指笛を響かせた。音は木々を抜けて林を通りすぎる透き通った色をしていたが、音は何処までも遠くへ行けず、透明な見えない何かに当たり反響した。
絡繰りに気が付いているレインは跳ね返る音を聞いて期待を膨らませた。
すると、突然目の前の空間がうねりだした。透明なカーテンが空間に浮かび、巨大な何かを包み隠している。
「「【ミロジュナ】」」
カーテンの奥、見えない空間から男達の声が聞こえた。よく似た二人の声が重なり合い、一つの呪文と成り、魔法のヴェールを剝がしていく。
解けたカーテンの奥から巨大な屋敷が姿を現し始めた。何もない空間に建物が自然発生したかのようなその光景は、レインの長い旅路の中でもお目に掛ったことの無い不思議な光景だった。
「幻惑魔法でこんな所に屋敷を隠していたのか。」
「おお。」
「一目で見抜くとは、お兄さんやるっすね!!」
レインの呟きに対してベールの奥から反応が帰って来た。
幻惑魔法が無くなり去り、その全貌が明らかになった屋敷の前に背丈の同じ男が二人立っている。一人が腕を大きく振って三人に走り寄って来た。
「パド様、アリアさんお帰りっス。そちらの粋なお兄さんはどちら様で?」
「レインだ。前に言っただろう。」
「ああ!!」
栗色の髪と笑顔が輝く彼はレインの前に立つと、右手を差し出した。
「アルンって言うっす。貴方がレインさんっスか。」
「ああ、そうだ。よろしく。」
レインはアルンの右手を取り握手を交わした。
「パド様から話は聞いてるっスよ。ささ、どうぞ中へ。」
独特な話し方をするアルンはレインを屋敷の方へ誘導するが、
「待て。用があるのは訓練場だ。」
パドはそんなアルンを止めると、屋敷に隣接している小屋を指差した。恐らくあの小屋が訓練場なんだろうとレインが考えていると、レインの腕を引っ張っていたアルンがぎこちない動作で振り返った。
「えぇ……今訓練場に行くのはやめておいた方が良いっスよ……」
少々青ざめた顔のアルン。パドが何故だと問い詰めてもいやぁとはぐらかすばかりで話が進まない。
「もしかして、アルンまた貴方馬鹿な事でもしたんじゃないでしょうね?こら、目を逸らさないの!!」
「今訓練場でオッドさんとシーラさんが決闘中っす。そいつが煽ったのが原因なんで二人を近づけさせたく無かったんだと思うっす。」
アリアの指摘が図星の様で視線を逸らすアルンだったが、彼の思いもよらぬ所から追い打ちが掛かった。
「もおおお!!なんで言っちゃうんだよ!!」
憤慨するアルンを他所目に彼はレインの前へと歩いてくる。
「初めまして。僕はアルネと言うっ……ます。レインさんの話はかねがね聞いておりました。」
丁寧な彼の容姿はアルンと瓜二つ。声も非常に似通って、明るさや態度の差が無ければどちらがどちらか見分けが付かなさそうだ。
「二人は双子か?」
「はい。不本意ながら僕がアルンの弟っす。」
「やっぱり。さっきの魔法も君たちが?」
「そうっす……です。詳しい話は後ほど。パド様が待っておられますので、先に訓練場の方へ。」
「そうだな。じゃ、行こうパド。」
そうして三人は説教中のアリアとアルンを置いて訓練場の中へと足を踏み入れた。
訓練所内はやけに騒々しく、中で行われている決闘とやらが気になるのか重厚な鉄の扉の前には多くの見物人が詰めかけていた。
皆の話題はたった一つ。オッドとシーラ、どちらが勝つのかという興味だけ。中には賭け事まで行っている者までいる。
「そんなに強いのか?その、オッドとシーラって奴は。」
レインは隣に立つアルネに耳打ちをした。
「はい。パド様を除けば我々の中で一番強いお二人です。その実力は拮抗しており、お二人の戦績はこの二年間ずっと引き分けです。」
「へえ、そりゃあどっちが勝つか気にもなるよな。」
レインが呑気に話を聞いていると、ざわめきの収まらない連中に業を煮やしたパドが扉に向かって歩き出した。
「お前等、邪魔だ退け。」
「ああ?誰に言って……あ、パド様でしたか。おいお前等!!道開けろ!!」
急に謙った大男の鶴の一声で見物人が一斉に避け始め、扉への道が出来上がった。
パドが進むその道をレインとアルネも通って行く。見物人達のあの小僧は誰だという好奇の視線に晒されるのはレインにとって心地良いものでは無かった。
少し開いた扉から声が漏れている。揉み合う様な喚く様な、そんな子供の喧嘩の様な。
「ちっ、扉を閉めろといつも言っているだろうに。全く……入るぞ。」
二人に合図を送ると、パドは扉を一気に開け放った。
中は存外広かった。これだけの広さがあれば魔法で跳ね回っても壁にぶつからなさそう、なんて呑気な事をレインは考えていた。
すると、
ボウゥッ!!
レインの顔の横で炎が弾けた。レインは声も出せない程驚きすぎて動けなかった。
「やるな、レイン。」
軌道から逸れるように避けていたパドが何故褒めたのかレインには分からなかった。
よく見ると訓練場の中心で二人の大柄な男女が戦闘訓練を行っているようだ。しかし、彼彼女の表情に鬼気迫るものをレインは感じた。一歩間違えば殺し合いに発展しそうな程の。
「おいお前等!!殺し合いは止めろ!!」
殺し合いだった。なんて殺伐とした空間なのだろうか。レインは呑気に付いて来た自分を少し悔んだ。
パドが柄にもなく大声で制止したのだが、白熱する二人はそれに気が付かない。
「……はぁ。仕方ない。レイン、アルネ、お前等はそこでじっとしてろ。」
アルネがその場に座り込んだのを見たレインは真似してその場に腰を下ろした。
「それでいい。」
パドはそう言って戦う二人の元へ歩いて行く。
「レインさんはパド様の戦う所を見た事はあるっすか?」
眺めるアルネがレインにそんな事を言った。
「いや、無いよ。」
「じゃあ驚きますよ。あの人の戦闘。」
男は炎、女は風。魔法を纏い組み合う二人の手。焼かれ、裂かれる二人の戦士の元へパドが辿り着く。未だに気が付かない二人の腕をパドが掴み引き剝がす。
「「誰だ!!」」
戦いに水を差された二人は怒りの表情で乱入者を見るが、
「「あ……」」
それが彼らの親玉と気付いてしまった。レイン達にはパドの表情は見えなかったが、二人の青褪め方が尋常ではない。きっとパドは修羅と化しているのだろう。
「「す、すみませっ!!」」
二人が謝罪を言いかけたその時、パドが二人の両腕を思いっ切り引き寄せた。勢いよく打ち付けられた二人の顔面が赤く腫れ、鼻から一筋の血が落ちる。
よろめく二人は倒れかける。男は痛みで顔を伏せ、女は天井を見上げた。
そしてパドは二人の無防備な脳天と顎に一撃ずつ、非常な拳を叩き込んだ。
まるでギャグの様に天井に頭を突っ込む女と地面に頭を沈ませた男。何でも無い様に手を拭うパドと感動したように拍手するアルネ、それに背後から湧き上がる歓声でレインは別世界に迷い込んだように錯覚した。
「ね、パド様凄いっすよね?」
「まあ……そうだな。」
確かにパドの怪力には目を見張るものがあった。人を天井まで殴り飛ばすなんて簡単な事ではないからだ。
しかし、レインは密かに期待していた。形魔法で作られた槍で戦うパドの姿
いや、もちろんレインも分かっている。体質の影響で簡単に使えるものでは無い事は。それでも期待はしていたのだ。
「どうしたんすか。テンション低いすけど。よく分からなかったっすか?」
「いや、魔法は使わないのかなって。」
「ああ……パド様、見せてくれないんすよ。」
アルネは語ってくれた。パドが体質の影響で魔法を使いたがらない事は彼ら仲間の中では周知の事実らしい。奥の手として戦場で使う事もあるらしいが、非戦闘職のアルネには見る機会がまるで無いらしい。
まあそうだよなと納得したレインだったが、少し疑問も増えた。
(戦場?そういえばパド達は何の為にこの町に来たのだろうか。大所帯で戦闘も見越しているなんて……まるで、)
「おいレイン。聞いているのか?」
「え?あ、パド。何時の間に。」
レインが考え事をしている間にパドはレインの前まで戻ってきていた。よく見ると、先程戦っていた傷だらけの二人も後ろに控えている。
「訓練場は空いた。さっさと始めよう。」
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