デジットハーブの内情
「ば、化け物……分かった。一先ず俺がその祝福者だってのは飲み込んでおく。それで、俺達にその子を合わせたかった理由ってのは何なんだ?」
化け物呼ばわりでついに諦めがついたレインは話を戻そうとした。
そもそもこの話は本題の奴隷売買の話に入る前の前座に過ぎない。プルディラに会って欲しいという所から始まって、逸れに逸れて今に至る訳だ。
プルディラとレイン達二人、祝福者同士を顔合わせさせた事に、一体どういう意図があったのだろうか。
「いえ、会わせたかっただけです。」
予想外の答え。
「じゃあ、何だ。特に理由も無いと。」
「強いて言えばプルディラに同胞と言える存在に会わせて上げたかったとか、私が祝福者が三人集まるところを見たかったというのもありますが、特に大きな理由はありませんよ。」
まさかの好奇心混じりの行動だったと知り、レインは呆れてものも言えない。
「そんな馬鹿な……」
「いえいえ、これは凄い事なんですよ。普通は町に一人が限度ですから。」
それは凄い、奇跡だと盛り上がるカリン達に温度差を感じるレイン。冷めがちな溜息を吐いた。
すると、その様子に気が付いたグリーニヤが小さな咳ばらいを一つ。
「おや、レイン様は余りお乗りでない様子ですね。では本題に入りましょうか。」
「そうしてもらえると助かる。」
レインは漸く話が進むと胸を撫でおろした。話に入るつもりが無いカリンはまたプルディラにちょっかいを掛けだす。
「先程も言ったように私は違法奴隷問題の解決の為にこの町に来ました。ですが、この話を市街の何も知らない住民達に言い触らす訳にもいきませんので、約二ヶ月の間秘密裏に調査してきました。その結果、幾つか判明した事があります。」
レインは真剣に聞く意思を見せる為、テーブルに身を乗り出した。
「先ず、この町に奴隷問題の解決を目的とした団体が幾つも集まってきています。私共の様に個人で来ている者や他国の間諜、人権団体の調査員等です。まあ、彼らの方は余り気にする必要は無いです。」
「その言い方、気にする必要のある問題児でもいるのか?」
グリーニヤはご明察とレインを褒める。
「次に、反乱軍がこの町に来ています。それも相当の戦力を揃えています。……反乱軍はご存じですか?」
「あれだろ?マギドラ王国内の各地で王国の批判を謳ってるって奴ら。興味なくても聞こえてくるよ、結構過激だって。」
レインがマギドラ王国内を旅していた中で何度も聞いたニュースの主役、反乱軍ブラグドッグ。腐れ切った王国各地で反乱を引き起こす過激な集団。
悪政を強いる権力者を打ち倒す事から英雄視される一方で、仮初の平和を害すると忌み嫌われている組織である。
「彼らの理念だけは正義よりなんですがね……ただ、彼らがここに居ると言う事は、ここが戦場になると言う事です。」
グリーニヤは深刻そうに顔を伏せた。
「相手がどれくらいの規模の組織かは分かりませんが、出来れば穏便に、静かに事を運びたかったです。……まあそこは住民の避難を優先すれば良いでしょう。前向きにいかなきゃ上手く行くものも上手く行きませんから。」
暗い雰囲気から一転、笑顔を見せるグリーニヤ。その切り替えの早さは見習うべき所があるとレインは思った。
「そして、最後。これら団体全てが奴隷商の情報を何一つ掴んでいません。これは、大問題です。」
そして明るい雰囲気のまま絶望的な事実を口にした。
「まじかよ。あんた二ヶ月前から居るんだよな?何か一つくらいは無かったのか?」
「細かい情報なら幾つか頂きましたが、一つとして裏取りが取れませんでした。他の団体の方々も状況は変わらなさそうですね。」
グリーニヤはやれやれと首を振る。余裕そうな雰囲気を醸し出しているが、額に浮かぶ汗が状況の悪さを感じさせていた。
その絶望的な状況にレインも何も言えずにいる。
「そこで、レイン様達にも協力して頂きたいのです。」
「……それはどの程度をだ?情報を共有する位か?」
「はい、それで十分です。私はほんの二ヶ月ですが、他の方々の中には年単位で情報収集をされておられる方も居ます。もうどんな情報でも無いよりはマシなのですよ。」
グリーニヤは笑顔で話し続ける。ずっと笑顔なのが妙に不気味なような、胡散臭いような。この人は信用されにくそうだな、とレインはふとそう思った。
「余り積極的に聞き込みは出来ないぞ。そもそもその問題に積極的に関わっているのはもう一人の仲間だからな。」
「おや、そうでしたか。ですが、本当にそれで十分なのです。」
怪しさ満点の笑顔。こんな話でも無ければ確実に無視をしていただろう。
しかし、この話は悪くない話ではあるとレインは考えた。事態が好転した、何か大きなものを得られた訳では無いが、この同盟はライガの助けに必ずなるだろうなと淡い希望があった。
「後、手伝って頂ければ当面の生活費は保証しますよ。」
「手を組もうじゃないか。」
レインは手を差し出した。仕方がない。宿に泊まりっぱなしの日々は家計に大怪我を負わせていたのだ。レインが半分金に流されたのだとしても仕方の無い事なのだ。
「必ず、やり遂げましょう。」
グリーニヤはレインの手を熱く握りしめた。それほどこの問題に真摯に向き合ってきたのだろう。
しかし、これでレインの頼まれ事は三件。パドとロビーとグリーニヤ。重要度の度合いはあれど、そろそろパンクしてしまうのではないか。
「……同盟も無事結べたことですし、私共は帰ると致しますか。立て、プルディラ。」
握手を終えたグリーニヤは間髪入れずにそう言うと、プルディラを連れて立ち上がった。
「ええ!?もう行っちゃうの?せめてプルディラちゃんだけでも……」
「いえ、この後も仕事が残っていますし、その仕事にはプルディラも必要なので。」
プルディラを惜しみ、粘るカリンだったが、グリーニヤは断固拒否し部屋の出入り口……ではなく、カリンの寝室へと入って行った。
「寝室は出口じゃ無いぞ。そこから入って来たけど。」
開いた窓に足を掛けたグリーニヤとその身体を背負う様に構えるプルディラを見て、レインは突っ込まざるを得なかった。
「私達は入り口から入った訳ではありませんからね。此方から出るのが丁度良いではありませんか。」
まあグリーニヤがそれで良いと言うのならレインに止める理由も無かった。
「では、行きましょうか。プルディラ、用意しろ。」
プルディラが足に力を入れ始める。子供の足とは思えぬほど肥大化した筋肉が直ぐに訪れる衝撃の程を思わせる。
別に何時でも会えるのだけれど、軽くまたと言う位はしようとレインは思ったが、ふと思い出した事があった。
「なあグリーニヤ。最後に一つ質問を良いか?」
「手短かであれば。」
「何でカリンが祝福者だって分かったんだ?魔法も見て無いだろ?」
すると、グリーニヤは簡単ですよと笑ってこう言った。
「勘ですよ。只の直感です。」
「勘ん?」
「ふふ、ではまた。プルディラ、飛べ。」
不敵な笑みを携えて二人は雲の向こうへと消えて行った。
「勘って……掴めない奴だな。」
「プルディラちゃん、またねえ!!」
空を眺め、グリーニヤに一言呟くレイン。しかし、言葉とは真逆の笑顔を見せる。頭が痛くなるような人物だったが、同じ目的を持つ仲間が出来た事は心強かった。
隣では見えぬ相手に手を振るカリン。
「カリン、お前そんなに子供好きだったのか。」
「何よ、プルディラが可愛いのが悪い。」
「おい!大ニュースだ!!」
夜、部屋の外から宿中に響き渡る程の足音が響いて来た。二人の同居人ライガが大声を上げて部屋に飛び込んで来た。
「奇遇だな。俺達も話があるんだよ。」
「いやいや、こっちの話はかなり重要だぞ。」
どうも自身気なライガ。取り合えずレインは先に話を聞くことにした。
「この前羽振りの良い男の話しただろ?そいつと今日話す機会があったんだよ。で、そいつにいつもの如く怪しい奴を知らないかって聞いたんだよ。もちろんこんなに直接的じゃねえけどな。そしたら……見た事あるって!!人じゃないけど、怪しい現場に出くわしたらしい!!」
デジットハーブに来てから初の目撃情報にライガはテンション上がりっぱなしだった。
一方、グリーニヤから話を聞いているレインと後から概要を聞いたカリンは微妙な表情をしている。
「詳しい日時は覚えていないらしいが、数ヶ月前にこの辺りじゃ絶対に見ない船を見かけたらしいぞ。かなり巨大で目立つ筈なのに、その船が港に到着する所を見なかったから不思議がって辺りを見回して居たら、何時の間にか跡形も無く消えていたんだと。近くに居た他の漁師に聞いてもそんな船は知らない、見てないって言われたらしい。どうだ気にならないか?」
ライガは元気十分、自信満々に語ってくれるが、
「……え。祝福者?世界中から集まってる?年単位で居る奴もいる?……嘘お。」
レインが今日の話をすると、その勢いは途端に鳴りを潜めた。
嘘だと悲しく否定するライガにレインはただ事実を伝えるだけ。
「……もお、なんだよお!!それじゃ俺が持ってきた情報も微妙じゃねえか!!」
「いやでも、もしかしたらがあるからさ。今度グリーニヤに伝えてみるよ。な、もしかしたら問題解決の糸口になるかもしれないじゃないか。」
「下手な励ましは止してくれえ……」
落ち込み切ったライガはソファの上で溶けて行く。その悲惨さにレインとカリンは目を逸らす。
「……でも、そのグリーニヤって奴の話は聞けて良かったな。俺達自身の事も分かったし、この町でこれからどう動くかも変わって来るぞ。」
蕩けたスライミーライガは冷静に話を続け出した。
「ふふ、そのまま話すのか……確かにそうだな。いつ戦いが起こるか分からないから、やるべきことがあるのなら早めにやっておいた方が良いだろうな。」
かく言うレインも明日からの予定は決定済みだ。
「はあ……つっても俺は明日も酒場で聞き込みだ。面子も変わらない中で使えるかも分からない情報を求めてな。」
やっぱり冷静では無さそうだ。
「じゃあ止めるか?止めてさっさとこの町を出て行くか?」
「嫌な質問するなお前は……やるに決まってんだろ。よし、飯にするか!!」
レインに発破を掛けられたライガは気合を入れるように顔を叩く。赤くなった頬を擦りながら台所に立ったライガの後ろ姿を見て、二人は嬉しそうに顔を見合わせるのだった。
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