祝福
「は?……待ってくれ。その、祝福者ってのは何だ?何処かで聞いたような気もするが……そんなものになった覚えは無いぞ。なあカリン?」
「ん?何が?」
グリーニヤが語った内容はとても刺激的で衝撃的なものだったが、レインには全く身に覚えは無かった。祝福なんて大層なものを受けた記憶も無ければ、呪いなんて物騒なものを受けた覚えも無い。
同じく祝福者扱いをされているカリンに同調を求めたが、残念なことにプルディラに夢中で一切聞いていなかったようだ。
「おや、祝福をご存じありませんでしたか。そうですか……」
グリーニヤは少し困ったように頬を掻いた。そして飲み干した空のコップを吸い続けるプルディラを一目見ると、内ポケットから一本のペンを取り出した。
「ではまず実際にお見せ致しましょう。プルディラ、これを持て。」
「ん。」
ペンがプルディラの手に渡った。子供の手には不釣り合いな大きさのそれを、プルディラは二人に見えるように両手で持っている。
「お二人共、ご覧下さい。彼女が持っているこれは私の私物であるグリム鋼製のペンです。」
「グリム鋼!?」
「それでペンなんて作っちゃったの!?」
二人が驚くのも無理はない。グリム鋼はドラゴンが踏んで壊れるのは足の方と言われる程の硬度と、魔法を一分のずれも無く伝達させることが出来る究極の魔法伝達能力を持つ。有用な性質を併せ持つ為、その価値は非常に高く、宝石扱いをする地域まであるという。
「そんな高級品で何をするつもりだ?」
「はは、ただの安物ですよ。ではプルディラ、軽く潰せ。」
グリーニヤの声でプルディラの瞳がペンを向いた。碧眼に銀色のペンが映る。見定めるかのように瞳が右から左へと流れて行く。
「……!!」
その時、レインは感じた。肌寒さすら感じる程の力の圧を。この数か月、嫌という程感じた魔成素の圧を。
(おいおい、またか!いや、もしかして祝福って……)
レインが何かを察したその時、プルディラの腕が黒く変色した。あ、とレインが思う間もなく黒色は銀色に、銀色が金色へと鮮やかに変化していく。
「お二人共、お気を付けて。」
グリーニヤの忠告でレインが一歩下がった瞬間だった。
バギバギィ!!
長く、太く、硬く、金属の光を全身に纏っていたそのペンは小柄な少女の手の中で音と破片を撒き散らしながら永きペン生に幕を下ろしたのだった。
「えぇ……」
愛らしい外見に似合わない超暴力を目の当たりにしたカリンは少し、いやかなり引いた様子。それを一切気にする事なくプルディラはペンの残骸をごりごりと擂り潰している。足元にはきらきらと金属粉が落ちていた。
「これ、力魔法か?」
「え!?これも魔法なの?」
カリンは魔法だと気が付いていなかったようだ。
「さっきプルディラの腕が黒く染まっただろ?力属性の魔法は使用者の肉体が黒色に染まる特徴があるんだ。腕力の強化なら腕が、脚力なら足がな。そしてこの魔法を極めた者は黒く鈍色の肉体から、真なる鋼の肉体に生まれ変わると言われている。だが、あの金色の肌は知らないぞ。」
レインがカリンに力魔法について話していると、グリーニヤがレインに向かって拍手を始めた。
「その通り。プルディラは力魔法の使い手、それも到達者です。人類の目標である鋼の肉体。それを超える黄金の肉体を彼女は見せました。しかも、今見せたのは彼女の力のほんの一部でしかない。まさに真なる意味の天才です。」
グリーニヤは話しながら完全に粉末と化したペンを未だ砕き続けるプルディラの腕を掴み、優しく制止させた。彼女の手の平はグリム鋼の粉で黒く染まってしまっている。
「あぁあぁ、こんなに汚れてしまったか。……ではレインさん、カリンさん。この子はこれから如何すべきでしょうか?」
プルディラの手を憂いつつ、グリーニヤは二人にこんな問い掛けをした。二人は何か捻った答えでもあるのかと首を捻ったが、ここは素直に手を洗うべきと揃って答えた。
「当然正解です。ではプルディラ、どうぞ。」
グリーニヤはプルディラの手を放し流しへと導いた。
自分の手を見つめるプルディラ。汚れた手は間違いなく本人も認知している筈だ。しかし、プルディラはその場から動かない。グリーニヤを見て、レインを、カリンを、自分の手を、何度も何度も視線を動かすが全く動こうとしない。
「お、おいどうした?手、洗わないのか?」
不審に思ったレインがそう尋ねると、プルディラはレインの顔を凝視した。その目は何かに縋るように弱く儚く潤んでいた。
「ちょっと意地悪し過ぎましたか。プルディラ、自分の手を洗え。」
見かねたグリーニヤが命令を与えると、プルディラはぱたぱたと小走りで蛇口に近づき、その手を洗い始めた。
「何故だ。何故プルディラは手を洗わなかったんだ?奴隷だから自分から動いてはいけないのか?」
不可解な一連の動きに怪訝な顔を見せる二人。レインの質問にグリーニヤはいいえと否定の回答を返した。
「彼女が奴隷である理由に関係はありますが、奴隷だから自分で行動しなかったのではありません。」
「なら……祝福者ってやつだからか?」
グリーニヤは笑顔を見せると、手を洗い続けるプルディラを止め、ソファへと座らせた。
そして、突然過去を語り出した。
「プルディラとの出会いは四年ほど前の事です。仕事の都合で辿り着いた遠い辺境の土地で私はある盗賊団に出くわしました。」
多くの種族が混ざり合った巨大な盗賊団。地元で有名な暴れ者で、襲われればたちまち命は無いと言われていた。
有無を言わさず襲ってくる盗賊五百に対して、グリーニヤは手練れの護衛が百人余り。五倍の戦力はあれど相手が能無しの愚図共となれば話は別だ。
猪の様に真っ直ぐ突撃してくる盗賊達を護衛は魔法で、戦術で叩きのめし、やがてその戦力差は毛ほどのものとなっていた。
その状況に業を煮やした盗賊の頭領が一団の奥から姿を現した。頭領は熊人だった。恵まれた肉体を持つ熊人ほどこの巨大盗賊団の頭領に相応しい人物も居ないだろう。
すると、頭領の背後から小さき獣が一匹飛び出した。いや、あれは獣では無い。子供だ。獣と見紛うばかりのみすぼらしい熊人の子供だった。
四、五歳だろうか。戦場に似付かわしくないその小さな体に気が付く護衛は居なかった。遠くから俯瞰してみていたグリーニヤ以外は。
頭領が子供の耳を引っ張り自分の顔の高さまで持ち上げた。恐らくではあるが、自分の子供に暴力を振るう様子を見たくなかったので、グリーニヤはその様子から視線を逸らした。
突如響き渡る叫び声。何事かと見れば護衛達の首が次々と弾けていくではないか。
戦場にどよめきが起こる。風が吹いたかと思えば戦友が死んでいく。護衛達は半狂乱になりながら目の前の敵と戦うしかなかった。
その時、グリーニヤの傷ついた目は見ていた。紫色の闘気が跳ね回る光景を。グリーニヤは直ぐに気付いた。さっきの子供だと。
グリーニヤは直ぐに行動に移した。とは言っても貧弱な自分が動いてもどうにもならないので、側近にある指示を行った。
頭領だけを殺せ、と。
側近は優秀だった。十秒と掛からずに頭領の胸元にナイフを突き立てた。
しかし、命を狩り切れなかった。厚い胸板がナイフの刺さりを妨害してしまったのだろう。
死にかけで焦る頭領は何かを叫んだ。遠くで見ていたグリーニヤには叫んだ光景は見えたのだが、何を言っているのかまでは聞こえなかった。
すると、風の動きが止まった。棒立ちになった子供の姿がとても鮮明に見えた。何時の間にか子供は側近の背後まで接近していたが、側近の命を奪うことは無かった。
もう大丈夫だとグリーニヤは判断し、子供に近寄って行った。
すると気が付くことが幾つかあった。側近の影に隠れて見えなかったが、頭領の首がナイフで一突きにされていた事。暴れていた子供はぼさぼさの髪や傷だらけの肌に隠れて気付かなかったが、愛らしい女の子だった事。それと、祝福者だったことだ。
子供に近寄るグリーニヤに側近が耳打ちをした。危険だと言う忠告に加えて、頭領が死に際に放った“俺を助けろ”という言葉をグリーニヤに伝えた。
グリーニヤは子供に近付き話しかけた。名前や戦意の有無を問うが答えは帰って来ない。
諦めたグリーニヤは一先ず町に戻ろうと思った。しかし、子供を馬車へ乗せようとするが動こうとしない。
困るグリーニヤを見かねた側近が子供に歩けと命令を与えた。強く、怒気と一匙の怯えを含んだ声色で。
すると、今まで何の行動も取らなかった子供が素直に歩き出したのだ。直ぐに、待てと命令を掛けたグリーニヤと足を止める子供。
その時グリーニヤは気が付いた。これが彼女の縛りなのだと。
そこでグリーニヤは話して貰う為の質問では無く、話させる為の命令を与えた。すると、子供は話し始めた。単語だけのたどたどしい口調ではあったが。
産みの親に戦うだけの道具として育てられた事、言う事も憚られるような最悪の名前で呼ばれていた事、暴力を振るわれる事が日常だったことを彼女は話し続けた。
周りで聞いていた兵士はその生い立ちに同情し、涙を流すものまでいた。もちろんグリーニヤも同情はしていた。ただそれよりも、絶対に一人で生きていく事が出来ないその悲しき性に憐れみを覚えていた。
しかし、どれだけ同情を、憐れみを覚えても、この子は野放しに出来る程安全な生物では無い。
「そこで、私は彼女を犯罪奴隷として縛る事にしました。……さて、ここまで聞いて聡明なレイン様なら祝福者がどんなものか少しは理解頂けたでしょうか。」
語り終えたグリーニヤはレインを指し示した。
「ああ。つまり祝福者ってのは……強力な魔法能力と多大な代償が混在している人間って事だな?」
レインの回答はどうか。グリーニヤの反応は……笑顔の拍手。
「はい。ほぼほぼその通りです。祝福者とは人知を超えた能力を持ちながらも、その優位性を帳消しにする程の劣悪な欠点を持つ人間です。」
カリンは飽きてしまったようで、グリーニヤの話を聞かずに無反応のプルディラで遊んでいる。
「利点と欠点は多種多様です。プルディラの場合は世界最高峰の力魔法をその身に宿す代償として、自分で行動を決める事が出来ない操り人形として生まれてしまいました。」
「なるほど。その祝福者についてはよぉく分かった。でも一つ気になることがある。何で俺達をその祝福者だと決めつけた?」
レインは一連の説明を受けて、それでもこの点がどうしても納得できなかった。
「カリンは分かる。」
「ん?あたしがどうしたって?」
「カリンも到達者と言える位の炎魔法の使い手だし、体に欠陥もあった。でも俺は……欠陥はあれど強み何て無いぞ。」
レインは俯いた。自分の人生、カリンの炎、ライガの雷、そしてパド。三人の魔法を思い浮かべて話す。魔法に関する自分の欠陥は彼彼女達に匹敵する筈なのに、利点が一切思い付かなかったのだ。
「グリーニヤ、あんたは俺も祝福者だと言ったけどそれは間違いだよ。俺はそんなに大した人間じゃないよ。」
卑屈な自分に嫌気が差して、レインは顔を上げた。
「お前等、何だその顔。」
二人は物凄く微妙な顔をしていた。ちらちらと目配せをしながら目線とジェスチャーで何かを相談している。十数秒後、相談が終わったのか、カリンが口を開いた。
「レイン、アンタ変だよ。」
「誤解です。カリン様、それは余りにも略しすぎです。」
突如暴言を吐かれたレインは驚きの余り固まってしまった。
「レイン様、カリン様は暴言を吐きたかったのではありません。ただ、レイン様の魔法が常軌を逸していると言いたかっただけなのです。」
「もっと酷くなったじゃないか。それに、俺の魔法は普通だぞ。そりゃ自分で作り出した技術を使っているから目新しさはあるだろうけど、基本は応用技術ばっかりだぞ。」
レインは自論を主張するが、グリーニヤは全く認めはしない。
「それでは説明できない程、貴方の魔法は常識を外れています。貴方が気が付かない祝福の証がそこにはあると思いますよ。」
「そんな事言ってもな、俺は大層な事は……プルディラ、何か言いたいことでもあるのか?」
プルディラがレインを見つめている。自分の意思を伝えられない彼女が誰かに思いを伝えるときに出来る唯一のアクション、それが見つめると言う行為だった。
「おや、レインさん、よく気が付きましたね。プルディラ、話せ。」
「ん。れいん、ぐりーにや、もつ。とおく、ろじうら、とぶ。ここ、くる。」
プルディラはゆっくりと話していく。恐らくレインがグリーニヤを持ち上げて、遠くの路地裏から魔法で飛び跳ねてこの宿まで来たあの出来事の事を言っているのだろう。
「ぷるでぃら、かんたん、ちがう。おかしい。」
おかしい。その言葉でレイン以外の二人が吹き出してしまった。
「ぷふぅ!!おかしいって……ぷふぅう!!」
「プルディラも難しいって、言ってますよ。」
二人の笑いとプルディラのどこか自信げの有る表情に、レインは苦笑いするしか無かった。
「れいん、ばけもの!」
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