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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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動き出す歯車

 レインは濁した、自分達の目的を。この町に来た目的の一つであるパドの悩みを聞く事については別に言っても良かったが、奴隷商人の捜索の事は言わなかった。そんな事を言っても信じられず、鼻で笑われるのが関の山だったからだ。

 だからソレを言われた時、最初に思ったのは何故自分の目的を知っているのかと言う疑問だった。直ぐに異常なのはそこでは無いと気が付いたが。

 耳元の男を振り払う様に振り向いたレインは、声の主がたった一分前まで楽し気に話していたグリーニヤだと気付いた。そして反射的に彼の服の襟を掴んだ。放さないようにぐっと力を込めて。


「ロビー。先に帰っていてくれ。」


 先を歩くロビーはその言葉をしっかりと聞いた。尊敬する師匠の声、聞き逃しはしなかった。


「どうかしましたか、レインさん……レインさん?」


 レインが何かを見つけたと思い、振り向いたロビー。しかし、そこにレインの姿は無かった。


「あれ!?レインさん、どこ行ったんですか?」



 路地裏。魔法を用いて、人気の無い薄暗い路地裏へと移動したレイン。瞬きをする間も無い速度だった。きっと目撃者は居ないだろう。


「今のは……何時の間にここへ!?」


 レインに掴まれていたグリーニヤは状況を把握できていない。視界がぶれたと脳が認識した瞬間には、既に路地の壁に背を付けた状態だったのだ。

 レインはグリーニヤの質問を無視し、彼の首に刃を突きつけた。グリーニヤの荒い息と冷や汗が鏡面の刃に映り、湿らせる。


「何故俺にそれを聞いた?奴隷貿易がこの町で行われている事、何故お前が知っている?」


 ぷつりと刃が薄皮を裂いた。触れる刀に滲む血の跡。

 グリーニヤは声を出せずに居た。もちろん恐怖から来る緊張によるものだ。

 彼の永い人生で幾度となく訪れた死の恐怖。忘れたころにやって来るそれは彼にとって悪友の様なものだった。しかし、大抵は強盗等の殺意が本意では無いもの、流行病の様な自然的なものばかりだった。今のレインの殺意が前面に押し出たものはそう無い。

 飄々と自分を強く見せて生きて来た彼だが、こんな状況ではその皮も引っ剥がされると言うもの。


「……はぁ、答えないか。」


 答えられずにいるグリーニヤに溜息をつくレイン。仕方ないので宿に連れ帰るつもりでいた。この路地裏で問いただすよりかは、ライガとカリンに相談をした方が良いだろうと。

 そうしてレインが再び魔法を発動しようとしたその時、


「待て!!止まれ!!」


グリーニヤが大声で叫び出した。大声を出して人を呼ぼうとしている、とレインはそう思ったが、止まれと言った後グリーニヤは落ち着いたように息を吐き、視線をレインに合わせた。


「お待ち下さいレイン様。私は奴隷商ではございません。神に誓っても。」

「信じられると思うか?」


 猜疑の目でグリーニヤを睨むレイン。グリーニヤもただで信じて貰える等と甘い考えは持っていなかった。


「お前……何を、」


 グリーニヤは自らの喉に突き立てられた刃に右手の平を当て、横一線に肉を引き裂いた。

 飛び散る飛沫がレインの頬に付着する。怯える表情を映していた銀の刃は一瞬にして赤い鉄色に染まってしまった。


「これは、わ、私の里に伝わる信服の証です。利き手を潰す事で武器を持てない、持たない。貴方と敵対する気はありません。」


 グリーニヤは手の平を見せつけた。彼の白い手の平に綺麗な一文字の傷跡が出来ている。目を逸らしたくなる程の鮮血が地面に滴り落ちた。


「どうでしょう。少しは信用してもらえますか?」


 余裕な雰囲気で笑う彼の表情は硬い。

 レインは傷跡を凝視する。

 これでは当分何も持てないだろう。

 ここまでの覚悟は信頼に値するか?

 でも俺には本当に信服の証かは分からない。

 心の中で考えに考えた末、レインは一つの答えを出した。


「やっぱりあんたは宿に連れ帰る。……手当はそれからだ。」

「本当ですか!!」


 レインは刀を払い、鞘に納めると、発動しかけの魔方陣に魔成素を流し始めた。


「しっかりと掴まって……無理だな。じっとしてろよ。」


 グリーニヤの細い体をレインが抱え上げると、白の魔方陣が二人を上空へと弾きあげた。


「おおおおおお!!」


 凄まじい速度、鳥だけが見られる絶景、そして浮遊感から来る恐怖心。グリーニヤは声を抑えられなかった。


「新型の性能は上々だな。後は……」


 落下する中、レインは双眼鏡で遠くを見ている。落下し始める身体に襲い来る気持ち悪さ。これが地に足が付かないと言う事か、とグリーニヤは半ば諦め気分だった。


「しめた、窓が開いてる!グリーニヤ、今から一気に飛ぶから、片腕でもしっかりと掴まってろよ。」

「え!?は、はい!!」


 グリーニヤは言われた通りにレインにしがみ付いた。


「行くぞ!!」


 グリーニヤは反射的に目を瞑ってしまった。遥か下方にある宿の一室に飛び込むなど、グリーニヤの理解できる範疇を超えていたからだ。

 グリーニヤが目を瞑ってたった一秒程だろうか。身体に掛かる浮遊感がたちまちの内に消え去った。


「……あれ?」


 宿の一室だ。目を開けたグリーニヤは困惑している。


「カリン!!ちょっと来てくれ!!」


 グリーニヤをゆっくりと床に下すと、レインはリビングに居るカリンを呼び始めた。


「レイン、アンタいつ帰って来たの?というか何であたしの寝室にいるの?」

「説明は後だ。ちょっとこの人を見ていてくれ。」


 レインは言うだけ言うと、カリンの返事を聞く前に開きっぱなしの窓から飛び出して行った。


「アイツ、ほんと勝手ね。アンタ誰?アイツの知り合い?」


 カリンはレインに悪態を付くと、呆然としているグリーニヤに近寄った。


「まあ……知り合いですかね。」

「そ。じゃあアイツが帰って来るまでこっちで……って怪我してるじゃない!それもこんなに酷い傷。待ってて直ぐ手当するから。」


 カリンは自分の荷物袋から治療用の包帯と脱脂綿、そして……


「沁みるわよ。」

「っ!!」


 カリンは安物の治療薬を傷口に振りかけると、素早い手つきで手当てを施して行った。酒が傷口に沁みて苦い顔をしていたグリーニヤは、その手捌きに関心の顔を見せていた。


「はい、出来たわよ。」

「ありがとうございます。……このリボンは一体?」


 グリーニヤに巻かれた包帯には可愛らしいリボン結びがあしらわれていた。


「可愛いでしょ。怪我した時は何時もやってるの。」

「はは、そうですね。」


 グリーニヤの愛想笑いが炸裂した直ぐ後、レインがハニープラムに残した荷物を持って宿に帰って来た。今度はちゃんと宿の扉を通って。


「ただいま。」

「レイン、アンタこの人に何やったのよ。あの切り口、アンタの刀でしょ?」


 手当の際にしっかりと傷口を観察していた抜け目のないカリンは、レインに刀を抜いた理由を問い詰めたのだった。


「カリン、これにはちゃんと理由が。」

「こんな無害そうな人を傷つける理由があるっての?」


 レインの弁解を押しのけるカリン。そこに割って入る包帯の手。


「お嬢さん、これは私が悪いのです。」


 グリーニヤはレインの顔を真剣な眼差しで見つめると、深く、深く頭を下げた。


「レイン様、試すような真似をしてしまい、大変申し訳御座いませんでした。」


 グリーニヤは謝罪の言葉を終え、頭を上げると、胸に手を当てた。


「私、グリーニヤ・フォレストと申します。以後、お見知りおきを。実は私、ある目的があってこの町にやってきました。そしてレインさん、貴方が私と同じ目的を持っていると推測を立てた為、少し鎌をかけさせて頂きました。余り良い選択ではありませんでしたが。」

「なるほど。それで奴隷に興味はあるか、と。」

「はい。デジットハーブを発端とする拉致事件及び違法奴隷売買の問題を解決すべく、私は一個人としてこの町へやってまいりました。」


 グリーニヤとレインは今視線で繋がっている。レインは彼の強くはっきりとした目から、嘘は言っていないと確信できた。

 彼らの隣では状況を飲み込めていないカリンが唸りながら首を捻っている。


「本題に入る前に、お二人にぜひ会ってもらいたい者がおります。この部屋へ入れても宜しいでしょうか?」


 レインは頷いた。特に断る理由も無かったからだ。


「ありがとうございます。……来い!!」


 グリーニヤは大きく息を吸ったかと思えば、部屋の窓に向かって力強く叫んだ。

 てっきり外へ呼びに行くものだとばかり思っていた二人は、何をやっているんだと言う奇異の目でグリーニヤを見ていた。すると、先程レインが飛び込んだカリンの寝室から大きな衝突音が響いた。


「よし、入って来い。」


 かなりの音だったにも関わらず、グリーニヤは一切動じず、部屋に侵入した何かを招き入れた。

 どんな怪物的な男がやってくるのかと緊張の面持ちで扉を見つめる二人。奥から木目を踏みつける音が聞こえてくる。

 レインがごくりと唾を飲み込むと同時に寝室の扉が開かれた。風吹き抜ける部屋から姿を現したその人物は、


「……子供?」


褐色の肌、固く尖った黒髪、頭部に丸い熊耳が目立つ、年端も行かない小さな女の子だった。


(どこから入って……窓から?だとするとあの音は一体……)


「この子はプルディラ。ほら、彼らに挨拶をしろ。」


 グリーニヤは女の子、プルディラへ近づき頭を撫でると、荒い口調で二人への挨拶を促した。


「ぷるでぃら、ぐりーにや、どれい。」


 言われた通りにたどたどしい口調で挨拶をするプルディラだったが、その中にレインが見逃せない言葉が一つあった。


「奴隷?その子、あんたの奴隷なのか?」


 禁止されている筈の奴隷の所持。それを行っていると言う事は……即座にレインは敵意を剥き出しにした。


「この子の言葉足らずです。プルディラは犯罪奴隷です。この国ではまず見かけないでしょうが、禁止されているものではありません。」


 確かにレインはこれまでの旅の中で、肉体労働を強いられている犯罪奴隷の姿を何度も目にしてきた。世界的に禁止されている行為は暴力や脅迫等による奴隷化の強要、またそうして奴隷となった者を所持することである為、グリーニヤは間違いを犯している訳では無いと言う。


「そうなのか?」


 レインはプルディラに問いかけるが、彼女からの返答は無い。よく見るとプルディラの目がグリーニヤを見つめている。


「答えてやれ。誠実に、間違いの無い様に。」


 グリーニヤが荒っぽく命令をすると、プルディラはこくんと頷いた。


「ぷるでぃら、わるい。グリーニヤ、やさしい。ごはん、くれる。」

「きゃあ、可愛い!!ねえ、ジュース飲む?美味しいわよ。」


 プルディラの拙い喋り方がカリンの琴線に触れたようだ。カリンが腕を引っ張る中、プルディラはグリーニヤを見ている。


「好きなだけ飲め。」


 プルディラは頷くと、カリンによってソファに座らされ、用意されたジュースをストローでちゅうちゅうと飲み始めた。


「なあ、グリーニヤ。さっきからあの子に対する態度が気になっているんだが。もしかしてあんた、奴隷は雑に扱うタイプか?それとも身内だからか?」


 レインはプルディラに対するグリーニヤの言葉遣いがずっと気になっていた。入って来い、挨拶しろ、答えてやれ。奴隷に厳しく当たる人間がいるのは知っているが、レインはなにもこんな子供にまでと軽い憤りを覚えていた。


「まさに、貴方に彼女を紹介したかった理由がそれです。」

「どういう事だ?」


 グリーニヤがプルディラを雑に扱う理由にレインの存在は関係無い筈だ。なんせ今日この日までレイン一行と彼女には一切の接点が存在しなかった。関係など出来る筈も無い。しかし、グリーニヤは知っていた、気付いていた。彼らが捕らわれし運命の残酷さを。

 グリーニヤがこれから語るのは世界の真理の一つ。この物語を進める上で最も重要な要因の一つ。知るべき最初の一欠片。


「彼女は生まれながらにして海を割り、大地を砕き、空を裂く程の強靭な肉体を持ちながら、引き換えに自らの意思をその決定権を失いました。そう、プルディラは祝福者です。貴方方と同じく世界に呪われた悲しき子です。」


 祝福者。レインの中に微かに残るそれは彼等の旅をより美麗に、より醜悪な物へと変えて行く。運命はそう決まっているのだから。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は7月29日の12時頃です。説明回に近いですが、重要な話なので是非とも宜しくお願いします!!

ツイッターでも更新の告知をしているので、ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

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