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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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昼食を食べよう!!

 レインのあの素晴らしき休日から、もう直ぐ二週間が経過する。


「レインさん!!これはどうですか?」


 あの休日からレインは魔道具店『ハニープラム』に備え付けられた工房に出入りしていた。もちろんハニープラムの店主、ロビーの了承を得ての事だ。


「どれどれ……機能には問題は無いな。」


 ロビーは自分の技術と知識の薄さを嘆き、レインに是非とも指導して欲しいと頼み込んだのだった。一度は断ったレインだったが、工房の設備を自由に使って良いと言われ、それならと二つ返事で了承したのだった。


「でも細部がまだまだだ。見てろよ。ここに線を一本、二本、三本。これだけで魔法が完璧に書き換わった。」


 レインがロビーの作った魔道具に線を書き足すと、それまで魔方陣の上を浮いていた魔法のキューブが跳ねる魔法球へと変化した。


「良いか?魔道具技師にとって自分が編み出した魔方陣は財宝だと思え。簡単に暴かれ無い様に魔方陣を隠せ、欺け。」

「分かりました!!」


 ロビーは元気よく返事をすると、自分の机に戻って再び魔方陣を作成し始めた。レインに書き換えられた魔法陣をよく観察しながら、紙に筆を滑らせている。


(今度のは良い出来栄えになるといいな。)


 心の中でロビーに激励を飛ばしつつ、レインは自分の作業に戻った。

 レインが目にしているのは大机一杯に広げられた巨大な魔方陣。これはレインの二週間の成果の一つである。


「近い内にパドに見せに行かないとな。」


 レインは細かい修正点を筆で治していく。大机一杯の修正点、とてつもない時間が掛かるだろう。それをレインは簡単に熟していく。


「おお……」


 それを見るロビーは尊敬の眼差しで見つめている。自分と年も大きく変わらない青年が、理解の出来ない規模の魔方陣を描いている。その光景が輝いて見えているのだろう。


「ロビー、どうした。出来たのか?」


 その視線に気が付いたレインがロビーに声を掛ける。


「い、いえ。そういう訳では無いんですが……」

「何だ。気になるじゃないか。……もしかしてこれか?」


 レインはロビーの視線がこの大きな魔方陣に向かっている事に気が付いた。いや、当然目に入る大きさなのだが、ロビーはちらちらと何度も見ている。

 それを指摘されたロビーは照れた様子でこう話しだした。


「いやあ、その……格好いいなって!!」

「か、格好いい!?」


 始めてそんな事を言われたので、レインは動揺してしまう。


「はい!!こんな精密な魔法陣は初めて見ました!細かく書き込まれた要素の数々、正直独学でやって来た僕には一つも読み取れません!素直に尊敬します!!」


 真っ直ぐな気持ちを言葉にできるロビーはちょっと素直すぎる。レインはきらきらとした彼のオーラに飲み込まれそうだったが、間違いを訂正するために気を持ち直す。


「うっ……いや、俺も独学だよ。魔法学校には通っていない。」

「えっ!?独学でこんな技術を得れるんですか?」


 てっきりレインが魔法学校に通っていたものだと思っていたロビーは事実を知り、驚きを隠せない。


「基礎をしっかりと完成させられるのなら、学校に通っていても独学でも結局の所変わらないと思うぞ。大事なのはどれだけ作り続けたかだと思う。俺は……まあ色々、属性問わず作り続けて来たからな。専門の技師よりも相応のスキルはあるさ。」


 レインは机の上の魔方陣を撫でる。ロビーはしっかりと聞いていたが、それでもこの魔方陣を独学で完成させるその技術はレインが言う程簡単に手に入れられるものでは無いと気づいていた。きっと生まれ持った才能と、厳しい世界で生き抜く為の努力があったのだろう。祖父の店をただ継いで、変革を求めなかった自分では到達できない域だと思ったのだ。


「レインさん……僕、僕は。」


 ロビーは自分がどうしたら上のステップに上がれるかを真剣に考えていた。そしてこの目指すべき人にどうしても伝えたかった。


「僕、が、頑張ります!!」


 しかし、彼の愚直な脳みそでは凝った言葉は思いつかなかった。


「あ、ああ。頑張れ。」

「はい!作業に戻ります!!」


 まずはやれる事をやろう。そう思い、ロビーは作業に戻ろうとした。すると、それをレインが呼び止めた。


「いや、もうお昼だ。そろそろ昼食でも食べに行かないか?」


 ロビーが時計を見た時、丁度長針と短針が重なった時刻だった。


「確かにそうですね!では外へ食べに行きましょう!!」


 ……と言う事で、二人は商店街へ繰り出した。

 人で賑わうお昼時の商店街は、辺りから様々な香りが漂ってくる。甘い香り。刺激的な香り。上品な香り。何度も通った通りだが、二人はいつも目移りしてしまう。


「今日はどこにする?」

「あそこのスパゲティのお店何てどうですか?この前レインさんも気になるって言ってましたよね!」

「お、良いな。そこにするか。」

「あ!レインさん、あの看板!レティーザさんのお店が新作を出したって書いてありますよ!!」

「何!?行先変更だ!」


 こんな小芝居めいたやり取りをしつつ、二人は顔馴染みの店に顔を出すことにした。

 洒落た外観の小さなお店の扉を開けると、華やかなテーブルで舌鼓を打つ客達の奥に小柄な女性が一人立っていた。


「いらっしゃい!!あら、あんた達かい。」

「こんにちは、レティーザさん!!今日も小さくて可愛らしいですね!!」

「ロビー、あんたこそ今日も五月蠅いね。次に小さいって言ったらどうなるか覚えてるかい?」


 子供の様なレティーザはにこやかにロビーの足を踏みつけた。短く悲鳴を上げて飛び上がるロビーを無視し、レティーザはレインに近づいて来た。


「いらっしゃいレイン。ちょっと待っててね、直ぐにテーブルを片付けるから。」

「急がなくても大丈夫ですよ。」


 そんなレインの言葉も聞かない内に、レティーザは空いた席の片付けに戻ってしまった。

 レインは席が片付くのを待つ為に、苦悶するロビーを壁際の席へと引き摺って行った。


「いたた。レティーザさんってば、何もここまでやらなくても良いのに。」

「いや、流石にお前が悪いと思うぞ。」


 えぇ!とロビーがレインに裏切ったと非難を浴びせていた時だった。店の扉が開かれて、一人の男が店に入って来た。


「いらっしゃい!!」

「一人です。席は空いていますか?」


 男は指を一本立てた。お昼時、席はレティーザが片付けている四人掛けの席が一つ。もちろんそれはレイン達が座る為の席である。


「悪いね。今は丁度満席さ。そいつらの横で待ってておくれよ。」

「そうですか。分かりました。」


 男は席が空くのを待つ為に二人が座る待合席へ近づいて来た。深く被られた帽子の影から男の顔がちらりと見えた。


「あ。」


 レインはつい声を出してしまった。それを聞いた男はレインの顔をまじまじと見つめた。


「おや?おやおや、これはこれは。」


 男もレインの顔を見て驚いたように声を上げた。

 男の細長い目、高い背丈、低く通る声、そして何よりも目を引く長い耳。レインはその胡散臭い見た目に見覚えがあった。


「グリーニヤさん、どうも。」

「お客様ではありませんか。奇遇ですね。」


 本屋の店主グリーニヤが帽子を取って優雅に挨拶をした。二人の関係を知らないロビーがレインに誰かと尋ねた。


「彼はグリーニヤさん。商店街で本屋を営んでいる方だ。」

「あれは趣味の様なものですがね。」


 グリーニヤはロビーの隣に腰掛けた。


「初めまして!僕はロビー・プラムです!」

「プラム……もしや、ハニープラムの跡継ぎの方かな?」


 初対面の男性に自分の素性を言い当てられ、驚くロビー。どうやらグリーニヤとロビーの祖父は旧知の仲だったらしい。


「葬式にくらい出てやろうと思ったんですがね、最近この町についた頃にはどうやら終わっていたようで。取り合えずボケ防止の為に別荘で本屋を始めたという訳ですよ。」


 笑ってそう言うグリーニヤ。レインがあの店じゃ売れる物も売れないだろうと呆れてる一方、ロビーは別の事を気にしていた。


「え……葬式はもう五年前ですが。」

「いやあ、時間の感覚は何時になっても慣れないもので。てっきり葬式がまだ続いているものだとばかり。町に着いた時に装飾が無くて、そこで気が付いたのですよ。ははは、あれには困りましたね。」


 グリーニヤの言い分に絶句するしかないロビー。長耳種をレインは知っていたのでさほど驚きはしなかったが、知らないロビーには信じられない話だったらしい。


「長耳種は長命なんだ。他の種とは時間の感覚がまるで違うんだよ。だから俺達短命とすれ違いが起こりやすい。」


 なるほどと感心するロビー。知らなければ距離を感じる事でも、知れば理解できる事もあるのだ。

 三人が話している間にレティーザは机の拭き取りを終えていた。待っているレインとロビーを待合席まで呼びに来たのだが、


「おや、あんた達知り合いだったのかい。だったら一緒に食べて行きなよ。そうすりゃ待ち時間も無くなるだろう。」


と三人が何も言う間も無く、あれよあれよと言う間に席へ通してしまった。

 同じ卓に座る三人。強引に話を進めるレティーザに惑わされつつも、三人は新作料理を注文するのだった。


「はい、お待ち!!」


 三人が話しながら待つ事三十と数分。オムドラック・シルクの山吹色のヴェールに包まれた幾千もの命の結晶と、異国生まれの血濡れソースが織りなす絶品の一皿が三人の前に運ばれた。レティーザはそれをこう名付けた。


「これが……オム・ライス。」

「そう、オム鶏のご飯でオム・ライス!!よおく凝られたいい名前だろう。」

「って、そのまんまじゃないですか!?そんな雑で良いんですか?」


 名前を聞いたロビーは思わず突っ込み所を指摘してしまった。レティーザはそうかいと太々しく笑った。


「でも、美味いな。新商品に釣られて良かったよ。」

「全くです。やはり料理は味ですよ。故郷にヴェドルー、金玉の実と言う意味の料理が……」

「やめろ!その話は後だ。」


 三人は余計な話をしながら黄色の卵を掘り進めて行った。塩と胡椒で味付けされた大盛の白米を胃に落としてゆき、皆の皿が衆目に晒された頃、時刻は一時を回った。


「はあぁ……腹いっぱいだ。」

「ですね。」


 大盛のオム・ライスで膨れた腹を擦る二人と、ハンカチで口元を拭うグリーニヤ。三人のテーブルには下品と上品が混在していた。


「あら!もう食べ終わったのかい。」


 忙しなく昼のランチタイムを働いていたレティーザが三人のテーブルに近づいて来た。


「はい、お勘定お願いします。三人別で。」

「あら、もう少し落ち着いてけばいいのに。そろそろ暇になり出すからさ。」


 確かに店内は少しずつ空席が目立ち始めていた。まだお昼時だとは思うが、ピークは過ぎたと言う事だろうか。


「いえ、お構いなく。」

「そうかい。なら、一人千と二百五十ドラだよ。」

「おお、結構しますね。」


 レインは財布から金額ぴったりの小銭を取り出した。他の二人も同様に。


「うん!丁度貰った。また来なよ。」


 レティーザの言葉に合わせて厨房の奥から図太い腕が飛び出し、ひらひらと上下に振られている。


「旦那もまたって言ってるよ。次に来た時にはもっと美味いもん作ってやるって。」


 それを聞いて、腕は固まって厨房の奥へ引っ込んでしまった。プレッシャーに弱かったみたいだ。


「はい。また来ます。」


 そうして三人は店を出た。通りの多い街路に取り残される。


「では、私はこれで失礼致します。」

「じゃあ、俺達も店に戻るか。」

「そうですね。」


 外に用事は特に無かったので、二人は真っ直ぐ帰る積もりで歩き出した。


「そう言えば、レイン様も魔道具技師でおられましたね。ハニープラムで働いておられるのですか?」


 去り際に聞こえたレインの言葉が引っかかったようで、グリーニヤは疑問を口にしてしまう。


「ハニープラムには手伝い?場所を借りてるだけ?とにかく本業じゃ無いよ。デジットハーブには……ちょっとした用事があっただけで、普段は流れの技師職人だよ。それじゃあまた。」


 レインは立ち止まりその疑問に答えると、今度こそ本当に店に向かって歩いてゆく。

 グリーニヤは離れて行くレインを見ている。


「……ちょっとした用事、ねぇ。」


 レインが先程言った言葉を復唱する。レインは違和感の無い様に言葉を濁したつもりだった。しかし、グリーニヤには……


「よし。」


 意気を込めてグリーニヤは歩き出した。早い。素晴らしく速い徒歩。遠くのレイン達がどんどんと近付いて来る。


「レイン様。」


 レインだけに聞こえる声で話しかけた。振り返ろうとするレイン。声の主がグリーニヤだと気づいているだろうか。

 レインの顔が振り替え切る前に、グリーニヤはレインの耳元に口を近づけた。辺りに声が漏れないように手で覆いながら。


「レイン様。奴隷、興味ございますか?」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は7月27日12時頃を予定しています。

ツイッターでも更新の告知をしているので、ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

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