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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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ライガは仕事を始めるらしい

 その日の夜。パドが宿屋を去ってから数時間後の事だった。


「レインのえっち。そんなにあたしの裸が見たかったの?」

「はいはい、そんな軽口を叩いている暇があったら、早く一人で着替えられるくらいには回復してくれよな。」


 レインは奥の部屋で一日中寝ていたカリンの湿った服を着替えさせていた。カリンは弱い声で茶化していた。レインがカリンの言葉を軽くあしらっていると、部屋の扉から誰かが入って来る音がした。


「誰だ?」

「俺だ。ライガだ。」


 朝から外に出ていたライガが帰って来たようだ。レインはカリンの着替えを終わらせると、リビングへと戻って行った。


「お帰り、ライガ。」

「おう、ただいま。」


 ライガは市場で買って来たジュースを一吸いした。


「ライガ、何か情報は得られたか?」


 レインは早速ライガに今日の成果を聞いた。ライガは大きく首を横に振った。


「いいや全然。それとなく聞き込みはしてみたけどな。ま、当然と言えば当然だ。そもそも奴隷貿易が今この時代で起きてるなんて考えもしないだろうからな。怪しい事がもし起こったとしても、そこに結びつかないだろうよ。」


 それは残念だったな、とレインがライガの肩を叩くと、ライガは突如意味深な笑みを浮かべだした。


「何だよその顔は。」

「ふっふっふっ…実はな、情報は得られなかったが、ちょっとだけ進展はあったんだよ。」

「本当か!?」


 ライガは自分の荷物から一着のウエイター制服を取り出した。


「実はな働き口が見つかったんだ。短期間だけどな。そこなら金を稼ぎつつ、店に来た客に聞き込みも出来るってもんよ。」

「おお、やるじゃないか!でも、どうやって見つけたんだ?聞き込みをしながらそんな簡単に仕事が見つかるとは思えんが。」

「ああ、それなんだけどな…」


 ライガは妙にバツが悪い顔をした。


「どうした?」

「いやあ、最初は普通にその辺を歩いてる人へ聞いて回ってたんだけどな、途中で変な商人の兄ちゃんに会ったんだよ。怪しい奴に覚えは無いけれど、情報を集めたいのならその為の場所を用意してあげようなんて言われてさ。」

「はあ?じゃあその働き口ってのはその商人に紹介されたのか?怪しすぎるだろ。」

「いや、まあ、その…そうなんだけどな。」


 レインは額に手を当てた。余りに軽率なライガの行動に愕然としたのだった。


「そんな奴に着いて行くなよ!!子供達にもそうやって教えなかったのか?」

「教えてたけど。俺なら大丈夫かなって。」


 レインは額を抑えたまま仰け反った。ライガは焦りながら弁明を始めた。


「でも、紹介してもらった店は至極全うな普通の店だったぜ。来る客にも変な奴は居なかったしよ。」

「そういう問題じゃ無いだろ。大人なんだからそういう所にはもっと気を付けてくれ。」


 しかし、レインはそんな弁明には屈せず、ライガを詰めて行く。


「…レインは今日どうだったんだ?パドの悩みって何だったんだよ。」


 ライガは耐えきれずに話を逸らしに掛かった。話を逸らそうとしているのは見え見えで、レインは冷ややかな目でライガを見ていたが、はぁと溜息をついて話し始めた。


「パドの悩みは非道いものだったよ。魔法を使うと腕の血管が破裂して血が飛び散るんだ。正直、外に出ていて正解だったよ。」


 レインは数時間前の光景を思い出す。青ざめたパドの顔と血に染まる魔法壁。あの時は頭に血が上っていたが、冷静になった今、少し胃酸が喉を昇る。


「おい、大丈夫か?」

「ちょっと…思い出していただけだ。」

「大体どんな惨状だったかお前の顔で分かったよ。パドの体質は相当酷いんだろうが、俺にとっては昨日会ったばかりの奴よりお前の方が心配だよ。辛かったら言えよ、仲間なんだからな。」


 ライガの言葉で胸の奥に熱いものを覚えたレイン。喉の痛みも忘れて礼の言葉を口にした。


「そんないいって…なあ、パドの魔法そのものはどうだった?」

「いきなりだな。そうだな…簡単に言ったら希少な魔法をライガとカリンと同じくらいの規模で放てるって感じだな。」


 レインは自分が感じた通りの事を口にした。その後、パドと自分を比べた事に関してライガの機嫌を損ねるかもと気が付いたが、案外ライガは平気そうな顔で物思いにふけっていた


「前に風呂で言った奴覚えてるか?」


 少しの静寂の後、ライガがレインに問いかけた。何の事を言っているか分からず、レインは覚えてないと口にする。するとライガは緩りと話し始めた。


「あれだよ。魔法に代償があるんじゃないかって奴。」

「ああ、言ってたな。確かにパドもそんな感じがするな。」

「結構居るんじゃないか、俺達みたいな人間。」

「そんなに居て堪るかよ。言っておくけど、十五年旅してきてカリンが初めてだぞ。」


 へぇと聞き流そうとしたライガだったが、聞き逃せない一言があった。


「…十五年?レイン、そういやお前今何歳だよ。」

「二十一。今年で二十二歳だよ。」

「嘘だろ!?六歳からこんな旅続けてんのかよ!?」


 ライガは信じられない物を見る目をするが、


「そんなこと言ったらお前は俺が旅を始める前から地下暮らしだろ?」

「た、確かに…じゃあ意外と平気?」


レインの鋭い返球がライガの意見を鈍らせた。困惑して首を傾げ続けるライガの向かいでレインは話を続けている。


「お前が平気かは知らないけど、俺は全然平気じゃ無かったぞ。カリンの魔法がどれだけ羨ましかったことか。」


 レインは初めてカリンの魔法を見た森の光景を思い返す。その顔を見てライガは…


「へえ、カリンの魔法はそんなに凄いのか。俺はちょっと見ただけだがよ、実際の所、俺とカリンの魔法はどっちが強いと思う?」

「どっちが強い?そんな子供じゃあるまいし、どっちもそれぞれの良さがあるに決まってるだろ。」

「じゃあ、どっちの魔法が心に響いた?」


 それを聞かれてレインの表情がころころと変わり出す。苦く、渋く、酸っぱく…そして顔が元に戻った。


「で、どうなんだ?」

「…カリンだ。」

「マジか!!俺のあれより上か!!」


 ライガは自分の魔法を思い出したが、あれより心が震える魔法は無いと思っていた。


「もちろんライガの魔法も破茶滅茶な規模だったが…なんたってカリンは山を切り裂いたからな。あれは別格だったよ。」

「山…?嘘だろ?それは…勝てねえな。…そうか。」


 自慢だった自分の魔法。それが同じ土俵の上で打ちのめされた。ライガの顔は少し、いやかなり苦しそうだ。レインもライガの様子が気がかりだったが、嘘は付きたくなかった。


「悪いな。でも、これが俺の本心だよ。」

「…よし、取り合えず、俺の目標が決まったよ。」

「目標?」


 急に出て来た目標という単語。ライガの眼はやる気に満ちている。


「いつかお前に俺の魔法が一番って言わせてやるさ。」

「ライガ…。」

「じゃ、お休み。」


 ライガはそう言って、そそくさと奥の寝室に入って行った。



 翌朝、レインが起きた時にはもうライガは外に出ており、代わりにパドが椅子に座っていた。


「ようやくお目覚めか。机で寝るとは、随分と研究熱心なようだな。」

「おはようパド。ライガはもう居ないか?」

「俺が来た時に丁度出て行ったよ。あの男、俺を見るなり苦虫を食ったような顔をして去って行ったぞ。どうなってるんだお前の仲間は。」


 ライガは未だにパドに対しての苦手意識が抜けていないようだ。


「多めに見てやってくれ。あれはあれでお前に対しての言動に悩んでるんだ。」

「ふん、どうだかな。」


 目を擦りながらレインが計測の準備を始めた。昨日も使用したパドの血が滲んだ魔方陣の紙を敷くと、魔方陣の上に乗るようにパドを促した。


「今日は何を?」

「昨日は出来なかったパドの魔成素量と形魔法の効果を調べたい。先ずは魔成素量を調べるために長時間魔成素を吐きだし続けて貰う。はいこれ。片手で持ってくれ。」


 レインはパドに木の板を渡した。板には魔方陣が描かれていたが、パドは心無しか描かれている模様が異なっているような気がした。


「これは、昨日のものとは違うな。」

「分かるか!!魔法球が出るのは同じだが、一度出現させると直ぐに魔成素切れで消滅するように設計してある。だから、魔成素を入れ続けなければいけない。魔法球が勝手に消失するまでの注入量を一割として計算すれば魔成素の全体量が分かる。」

「…なるほど。」


 パドは興味無さそうに返事をした。その様子にレインは全く気が付かない様で、気分良く準備を進めている。


「後はこれ、治療薬。今日は血が飛び散らないと思うが、痛々しいのは見たく無いからな。良かったら使ってくれ。」


 レインは瓶に入った治療薬を開いた手に持たせた。


「…ありがとう。」

「何時間掛かるか分からないから、心持が十分になったら言ってくれ…ってもう始めるのか!?」

「時間が惜しい。さっさとやるぞ。」


 パドは早々に板を構えた。レインはそんなに早く始めるとは思っておらず、慌てて時間計測器(市販品)を机の上に置いた。


「は、始め!!」


 掛け声と共に板に魔成素が集まり始めた。魔法陣から魔法の球が飛び出すとパドの腕から鮮血が滴る。パドは平気そうな顔で魔成素を送り続けている。


(安定しているな。この調子なら一時間は持ちそうだ。)


 十分、二十分と時間が流れ、計測開始からおよそ三十分が経った頃、奥の部屋の扉が開かれた。


「パド様、診察が終わりました。結果は…きゃあああ!!ぼ、ぼぼ……」


 部屋から出て来た女医がパドの血に濡れた左腕を見て悲鳴を上げた。


「騒々しいぞ、医者なら血液くらい見慣れたものだろう。」

「ですが、貴方は別です!!このことはお父様に報告させて頂きますからね!!」

「残念だったな。これは父上の意向だ。いいからお前はそこの男に結果だけ伝えてろ。」

「な!?…ぐぐ。」


 言い返せないからってこっちを睨むなよと内心思ったレインだったが、態々気分を逆撫ですることも無いだろうと口を噤んだのだった。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は7月13日12時頃の予定です。

ツイッターでも更新の告知をしているので、ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

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