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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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手あたり次第の計測作業

 レインは血濡れの布を回収すると、魔方陣が描かれた別の布を床に敷いた。


「そこに立ってくれ。」


 レインはパドに魔方陣の中心に立つように促した。パドは素直に魔方陣の中心に移動した。


「これを両手で。」


 陣の中心に立つパドにレインが一枚の木の板を手渡した。木の板には手彫りの魔方陣が刻まれている。


「何の魔方陣だ?」

「魔法球の魔法陣さ。特に変哲も無い魔法球が板の上に浮かぶだけだよ。」


 パドの周りに魔法壁を張り終わったレインはメモ用の紙を構えた。


「取り合えず普段魔法を使う要領でその板に魔成素を流してみてくれ。」

「分かった。」


 パドは木の板にその膨大な魔成素を注ぎ始めた。刻まれた魔方陣が魔成素をどんどんと吸って行き、透明な光を放つ。すると光から魔法の球が木の板からおよそ十センチの高さに浮かび始めた。


「俺が良しと言うまでその高さに止めてくれ。」


 ふわふわと漂っていた魔法球がその場で止まり、動かなくなった。パドの操作が魔法球に届いている事を確認したレインは口頭で秒数を計測しだした。


「一、二、三…」

「……」


 レインは手に持った紙へ一秒毎に線を書き足していく。


「…九十九、百。よし、もういいぞ。」


 レインの合図で魔法球は光となって霧散した。パドの腕からぽたぽたと血が滴り落ちる。


「細かな傷は見られるが、破裂はしていない…と。キャンセル、出てきて良いぞ。」


 魔法壁が剥がれ、傷口を抑えたパドが魔方陣の外に出た。


「これ使ってくれ。安物だけど。」

「そうか。」


 パドはレインが渡した安物の治療薬を傷口に振りかけた。薬は傷口で固まり、出血を止めた。


「今の計測で少し分かった事がある。」


 レインは記入していた紙をパドに見せた。


「これは魔法球の秒数毎の変化を記録したものだ。目視での記録だから正確な測定結果では無いが、大体の状態は分かる。」


 レインはペンで一列ずつ指し示しながら説明していく。


「魔法球の大きさは魔成素量に繋がる。魔成素が無駄に注がれ続ける等の異常があれば大きさのブレ幅が酷くなる。魔法球の左右上下の位置は魔法をどれだけ正確に一定の場所に止めて置けるか。即ちどれだけ思考と魔法が一致しているかを見られる。そして、最後が色だ。魔法球の色は魔法に余分な属性が紛れていないかを確認できる。」


 レインが指し示した三項目の列。秒数毎の変化の行には全て横線が引かれていた。


「で、この横線はどういう事だ?」

「結果、全部異常無し。むしろ常人よりも変化が無かったように見えた。この紙を見てくれ。」


 レインは二枚の計測結果の紙を取り出した。その紙に書かれていた結果はパドのものとは大きく異なっていた。


「こっちは記号ばかり、こっちは五秒目以降何も無し…」

「それはある二人の計測結果だ。」


 レインが見せたのはレインが手を加える前のライガとカリンの結果だった。ライガは地下街に居る時に、カリンのものは病室に居る時に隠れて計測した。


「こっちは大きさも位置も色合いも常に変動し続けていた。こっちは異常に高く上がった後時間を待たずに消えたものだ。どちらも先天的に魔法に関して異常があった者の計測結果だ。」

「確かに。俺のものとは随分と違う。混沌としているな。」

「厄介なことに、パドの魔法の基礎的な部分には異常が無いって事だ。」


 レインは紙を机の上に置いた。


「ただ、少し分かったこともある。魔法球を発生させるとその腕から血が流れはしたが、破裂までは至らなかった。」


 レインは治療薬が塞ぐ傷跡を見ながらそう言った。


「理由は恐らく二つ。形魔法を使わなかった事か、規模の小さい魔法を作り出した事か。」


 机の上に置いていた形魔法の棒をレインは手探りで手に取った。


「この棒と魔法球に注がれた魔成素の量は変わらないのに血の出る量が変わったと言う事は、魔成素量は自傷に関わっていない筈だ。だから次は規模の小さな形魔法を作って貰いたい。出来るか?」


 レインはパドにそう尋ねた。再び自傷をさせてしまう事に対して心ばかりの気遣いであった。


「ふん、当然だ。幾らでも見せてやろう。」


 パドはそんな気遣いなど不要とばかりに鼻で笑うと、魔方陣の中へと戻って行く。


「助かる。直ぐに準備を始めるよ。」


 レインは再度魔法壁を展開させた。半透明の壁が外を内を遮断した。


「完了だ。始めてくれ。」


 パドが左手の平を上に向けるとそれを中心に魔成素が集まり始めた。レインの眼には見えないが、きっと形魔法が構築されているのだろう。


「…来た。」


 パドの腕が赤く充血しだした。相当苦しいのだろうがパドはそれをおくびにも出さない。

 腕がどんどんと赤く膨らんでいく。そして遂に、


ぱあん…


破裂した。血液が魔法壁に張り付いた。


(さっきよりも血飛沫が若干少ない…様な気がするな。)


 レインは至極冷静に飛び散った血液と裂けた腕を観察していた。


「レイン…もう十分か?」


 パドが抑揚のない声でレインに尋ねた。


「あ、ごめん!!もう大丈夫だ。」


 レインの返事を聞くと、パドは腕に治療薬を振りかけた。


「で、何か分かったか?」

「キャンセル。多分な。」


 レインは今しがた見ていて感じた事を話した。


「そうか、少なかったか。」

「自分では分からなかったか?」

「余り気にしている余裕が無いのでな。」


 パドは自分の腕を擦った。


「…これで大体の推測は出来た。」

「何が悪かった?」

「身体、魔法、属性。恐らく全部が噛み合っていない。身体の魔法適性が多少低いから無属性の魔法で血が流れる。属性適性が恐らくほぼ無いから血管が破裂する程の負荷が掛かっているんだと思う。」


 レインは溜息をついた。


「魔成素量が凄まじいが魔法に向いていない人と会うのは初めてだ。適性を得られる手段があるなら俺が使ってるしな。正直、魔法を使うのは止めた方が良い位だ。」

「それは無理だ。俺にはこいつが必要だ。」


 パドは即答した。その顔に表情は無かったが、どこか暗がりがあるように見える。


「お前はそうだよな。」


 自分の腕が破裂してもパドは苦しい顔を一切見せなかった。痛みが無い訳では無い筈だ。絶対に死ぬほど痛い筈だ。それでも顔に出さないのはそれだけ魔法を使ってきた証拠だろう。


(弱みを見せたがらない奴ってのは、大抵何か大事なものを持ってる。)


 レインは優しい顔で溜息をついた。


「当分時間をくれ。」

「…やれるのか?」

「知らん。初めてに初めてが重なってるんだ。断言は出来ない…が、あれだけ啖呵を切った手前、やれませんなんて言って逃げる訳にも行かないからな。」


 レインは袋から追加の紙束を取り出した。


「最低でも飛び散る血の量くらいは減らして見せる。これでどうだ?」

「そんなんじゃ全然足りんが…まあそれくらいを落とし所としておいてやる。」


 少し嬉しそうに話すパド。


「もうちょっと計測を続けるか。次は魔法の変換効率を、」

「のどかわいたあ…」


 魔法の計測を再開しようとした時、奥の部屋からカリンが顔を出した。相変わらず顔が赤く、熱は冷めていないようだ。


「分かった。持っていくよ。」

「おねがあい。」


 カリンは奥の部屋に引っ込んでいった。レインが水を取ろうと立ち上がる。


「あれが昨日言っていた病気の仲間か?」

「ああ、そうだ。病気って言っても、本人は大丈夫って言って医者に行きたがらないんだけどな。」


 レインは容器に入っている冷たい水をコップに注ぎ始めた。からからと涼し気な氷の音が鳴っている。


「うちの医者でも連れて来てやろうか?」

「うちのって何だよ。医者の身内でもいるのか?」

「ああ、居る。ただで診察するさ。」

「本当か!?ならお願いしても…パド、お前…」


 振り返ったレインは言葉に詰まってしまった。パドの眼から涙が流れていたからだ。


「泣いているのか?」

「今日はもう帰る。」


 パドは強引に涙を拭うと、立ち上がって窓の傍へ歩いて行った。


「明日また来る。」

「ちょっと待、」


 レインが引き留めの言葉を言い切る前にパドは窓から飛び去ってしまった。レインが窓の外を覗き見た時には、もう遠くの空に埃のような影が見えるだけだった。


“いつか、また会えるから”

 パドの頭に忘れたかった言葉が蘇る。

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は7月11日の12時頃です。

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