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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第三章:デジットハーブ
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温泉街クーティ

「到着!!」


 三人はあれから数日間歩き続けた。森を抜け、山を越え、降りしきる雨の時も照り付ける強い日差しの時も三人はひたすらに歩き続けた。服に染み込んだ汗の臭いと、裾に付いた泥がその旅路の険しさを物語っている。

 そうしてようやく到着した。ホルタア海の潮風香るマリンブルーの港町、デジットハーブ…の隣町クーティに。


「ようやく汗を流せるわね。」


 何故直接デジットハーブに向かわなかったのか。それはカリンの我が儘によるものだった。

 道中でやれ疲れただの、汗を流したいだの、服が汚れただの散々文句を垂れ流して二人を困らせた。最終的には目的地の直前に町があると知るや、そこに行くと言って聞かなかったので、三人は一日だけクーティに泊まることにした。


「全く、本当なら今日の夜にはデジットハーブに着いてたんだぞ。」

「休める時には休むのも大事よ。さ、宿を探しましょ!!」


 そう言ってカリンは歩き出した。


「おいレインあれ見ろよ!!人形が勝手に動いてる!!」


 レインがカリンを追いかけようとした時、興奮する様子のライガがレインの肩をばしばしと叩く。


「なんだ?…ああ、あれはマリオネットって言うんだよ。


 ライガが指差す先には、曲芸師の足元でダンスを踊る人形があった。


「魔法の糸で動かしているから勝手に動いている様に見えるんだ。アウスレイにもあれくらいあっただろ?」

「いや、あんなものを見てる余裕なんて無かったからな。見るのは初めてだよ。」


 ライガは嬉しそうに笑った。レインは思った。


(そうか、ライガにとっては夢見てた外の世界だもんな。)


 ライガの眼には少年の頃の様な純粋な輝きが見えた。


「じゃあ、近くで見て来いよ。俺はあっちの…カリンが居ないな。」


 レインはカリンが歩いて行った方の道を見るが、既にカリンの姿は見えなくなっていた。


「取り合えずあっちの道の適当な宿屋に居るから、見終わったら探して来てくれ。」

「おう!!じゃあ、行って来る!!」


 ライガは曲芸師の方へと走って行った。


「…俺達はゆっくり行くか。」

「うおんおん!!」


 一人になったレインはフーコを抱きかかえて、街道をゆっくりと散歩気分で歩いて行く。


「あれ美味しそうじゃないか?」


 レインは屋台で売られていた野菜の肉巻きをフーコに食べさせる。フーコは嬉しそうに目を細めると、一気に貪り始めた。


「おお、良い食いっぷりだねえ。」


 屋台の店主がそれを見て、また嬉しそうに笑った。


「おじさんはねえ、若い子が美味しそうに食べてるのを見ると嬉しくなっちゃうよ。そうだ。サービスで一つ上げよう!」


 店主はレインに肉巻きを一つ手渡した。悪いですと断ろうとするレインだが、店主の圧に負けて仕方なく受け入れた。


「…!野菜が甘い!肉と滅茶苦茶合う!」

「だろう?なんせ家の畑で作った最高のパニルだからな。」


 自慢の野菜を褒められて店主は鼻高々。どうやら普段は農家をやっているらしい。偶にこうして市街に出かけて屋台業をしているのだとか。


「運が良かったな。なあフーコ。」

「うおん!!」


 フーコも美味しいものが食べられて嬉しいのか、短い前足をぶんぶんと振っている。


「そう言ってもらえると嬉しいね。」

「本当に美味しかったです。ご馳走様でした。」


 レインは包みを設置されていたくず入れに捨てた。


「良かったらまた来てね。やってるか分かんないけどな。」


 店主の陽気な声を聴きながら立ち去って行くレイン。しかし、直ぐに戻って来た。


「あのお、ここら辺で赤髪の女を見ませんでしたか?居なくなっちゃって。」

「赤髪ねえ…ああ!!確かそこの湯屋に入って行った派手な女の子が居たよ。」

「多分そいつです。ありがとうございます!!」


 お礼を言うと、レインは店主に言われた通りに近くの温泉屋に入った。


「…居た。」


 レインが中に入ると、見回すまでも無く五月蠅い程の赤色が目についた。


「おい、カリン。何やってるんだ?」

「あら、レイン。何って、当然温泉に入りに来たのよ。」


 カリンは料金を番台に渡すと、更衣室へと向かう扉に手を掛けた。


「じゃあ、あたし暫くここに居るから宿探しておいてね。」


 そう言ってカリンは中へと入って行った。


「…本っ当に勝手だな!!」


 レインの叫びで辺りの客がレインに注目しだした。居心地が悪くなったレインは温泉屋を後にするのだった。



「レイン!!待たせたな。」


 一通り曲芸を楽しみ、上機嫌のライガが宿の前に立つレインの元へとやって来た。


「カリンは中か?」

「はあ…いや、今温泉中だ。」

「あ、なるほどな。じゃあ、中に入ろうぜ。もう部屋は取ってあるんだろ?」


 レインの表情から何かを察したライガは、それ以上は聞かずに宿に入るように促した。


「ああ、小さめの部屋を二部屋。ライガは俺と同じ部屋で良いよな?」

「おう、ありがとな。俺が何も持たずに出て来たばっかりに払わせちまって。」

「今度何かで返してくれればそれでいいよ。」


 二人はレインが借りた二階の部屋へと向かう。


「なあ、この後何処かで飯でも食わないか?」

「いいね。近くの店でも探してみるか。そういや、ここ来るまでに屋台見なかったか?」

「有ったな。美味いのか?」

「美味いぞ。値段以上だよ。」

「じゃあ、後で寄ってみるか。」


 レインが部屋の取っ手を引いた。

 部屋の中には机が一つと、ベッドが一つだけだった。


「結構狭いだろ?格安ならこんな物だけどな。」


 レインが机に腰を掛けた。


「ん?ベッドが一つしか無いぞ。俺は男と一緒に寝る趣味は無いからな。」

「俺だって無いよ。ちょっと作業したいから俺は机で良いってだけだ。」

「それなら俺はベッドでぐっすりと眠らせて貰うよ。」


 ライガはベッドに飛び込んだ。安物の布団で硬かったのか気持ち悪そうに顔を離した。


「で、これから如何する?」

「そうだな…俺達も風呂入りに行くか?」

「いいな…ちょっとゆっくりしてから…」


 そうして二人は少しの間、穏やかな時間を過ごした。窓の外から聞こえる町並みの賑音を聞きながらレインが軽い眠気に身を委ねていると、


「失礼します。レイン様のお連れだと名乗る方がロビーに来られました。」


従業員が部屋の外からそれだけ言って去って行った。


「ふああ…漸く来たか。」


 レインは完全に眠りこけていたライガを起こすと、宿のロビーへと降りて行った。


「あ、二人共お待たせ。」


 温泉帰りで肌を艶めかせたカリンがロビーで寛いでいた。


「いやあ、良かったわよここの温泉。お陰でほら!ずたぼろだった肌がこんなに綺麗に!」

「ふあ、良かったな。俺達もこれから行って来るから、帰ったら飯にしような。」

「分かったわ。行ってらっしゃい。」


 二人はカリンを置いて温泉屋へと向かった。道中、肉巻き屋に寄って小腹を満たし、万全の状態で温泉屋の扉を潜った。

 レインは先程来た時には注視していなかったが、店の内装は古めかしさが在りつつも奥ゆかしさの感じる上品なものだった。

 レインが番台に二人分の料金を渡すと、二人は更衣室へと入って行く。

 衣類と荷物袋を棚に仕舞うと、二人は浴室の扉を開けた。中から特大の湯けむりが飛び出し、温泉への期待感を高める。


「変な匂いだな。温泉ってのはこんな物なのか?」


 湯船からは泉質独特の卵が腐った様な匂いが漂ってくる。温泉に来るのが初めてのライガはその匂いに眉をひそめた。


「温泉ってのはこういう種類のもあるんだよ。慣れると心地良い物だぞ。」


 レインは身体を軽く洗うと、湯船に足を入れた。

 心地良い熱さが足先から伝わってくる。温泉に溶けだした効能が皮膚に染み込む。旅の疲れが癒しの声と共に吐き出された。

 ふと隣を見ると、ライガもさぞ心地良さそうに寛いでいる。


「な、良いだろ。」

「ああ…これは…良いなあ。」

「他の町のも行ってみるか?」

「ああ…絶対行こう。」


 ふわふわと浮動する会話を続けていると、レインは濃い湯けむりの奥に一人の男が居る事に気が付いた。


(俺達だけだと思ってた。)

「あの、すみません。五月蠅くしちゃって。」


 レインは湯気の向こうに居る人物に向かって軽く詫びの言葉を放ったが、奥の人物は一切の返答が無い。


「ライガ、静かにしよう。」

「そうだな。」


 それから二人はただ黙って温泉を堪能していた。


「なあ、坊主共。ここの湯に入るのは初めてかい?」


 すると、二人が風呂に入ってから一度も動くことの無かった男が二人に話しかけて来た。


「え?俺達ですか?」


 急に話しかけられたのでレインは思わず聞き返してしまった。


「もちろん。三人しか居ないんだからそうに決まってるだろ。」

「あ、そうですね。はい、初めてです。」

「そうか。じゃあ、聞いたこと無いだろ。この地に伝わる龍の伝説。」


 レインは全く聞いたことが無かった。ライガの方をちらりと見るが、ライガも無いと首を横に振った。


「その様子じゃ無さそうだな。しょうがねえ、俺が教えてやるよ。」


 二人が何も言っていないのに男は意気揚々と話し始めた。


「昔この辺りはな龍の集落が在ったんだ。それはそれは強大な力を持っていた。ある時その龍たちが大地に力を還したんだ。その力は凄まじいもので、各地の龍脈から力の源が噴き出した。やがて力と共に噴き出した地下水と混ざり合い、力を秘めた泉となった。力を求めて泉の周りに街が出来て行った。そうして出来たのがここ、クーティ。そしてその泉と言うのがこの温泉って訳だ。」

「へえ…にしては人が少ないじゃねえか。」

「かああ!!痛い所突くなあ!ま、今となってはただの伝説。この街に住んでても知らない奴ばっかりだろうな。それでも、俺は龍が好きでよ。暇があったらこの温泉に浸かりに来てるって訳だ。」


 湯けむりの向こうで男が立ちあがり、レイン達の方へと歩いてきた。


「ただのおっさんの戯言に付き合ってくれてありがとな坊主共。」


 男はレイン達の傍まで来るとそれだけ言って浴場から出て行った。


「レイン…凄かったな今のおっさん。」


 ライガがついそう漏らしてしまうのも無理はない。湯けむりの奥から現れた男の身体は、高身長のライガが見上げる程巨大、鍛え抜かれた筋肉の鎧、そして何よりも目立つ全身の傷跡。男を一言で表すなら歴戦の勇士と言った所だろうか。


「あの身体はもう人間じゃないかもな。」

「ぶはっ!確かにな。」


 二人の笑い声が広い浴場に反響するのだった。

ご閲覧ありがとうございました!!

次回は7月3日12時頃の更新を予定しているのでぜひ読みに来てください!!

ツイッターでも更新の告知をしているのでぜひフォローして下さい。

https://twitter.com/sskfuruse

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