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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
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魔法は届くか

 レンディルの身体が壁に向かって吹き飛び、壁に張り付いた。衝撃音は無く、ただ壁に引っ付いている。


「な、なんじゃあこれはあああ!?」


 手足は動くが、体が壁から離れない。腕と足をじたばたと動かし暴れるその姿は滑稽だった。


「何だあれ?」

「話は後だ!キャンセル、落ちてこいライガ!!」


 レインが指を回すと、ライガが手に持っていた紙束に描かれていた魔方陣が一斉に弾けた。


「え?うわっ!!」


 ライガを浮かせていた魔法が無くなった為、ライガの身体は無防備に空中に投げ出された。真下に向かって落ちて行く。それもただの落下じゃない、普通ではありえない速度を持って地面に迫って行く。


「よっ…とお!!」


 落下地点に先回りしていたレインがライガの身体を受け止める。それでも凄まじい速度を殺し切れずに、レインの身体ごと前に崩れ落ちた。


「っ痛う!!」

「ッぐ…ライガ、剣を持つ手は右手だな?」


 背中を打ち悶えるライガにレインが一つ確認をした。


「ああ…そうだ。」

「分かった。じっとしてろよ。」


 そう言ってレインはライガの右手の平中央に長い針を突き立てた。


「つづっ!!ぐうう…」


 痛みで更に悶えるライガの右腕を全身で抑え込むと、レインは懐からペンを一本取り出した。


「ここから更に苦しくなるぞ。手でも噛んで我慢しとけ。」

「!?…やってやるよ。」

「それで良い。」


 涙目のライガが左手の母指球に噛みついたのを確認すると、レインはペンをライガの手の平に押し当てた。


「ーーー!!がっ、うう…うううう!!」


 三度目の呻き声。余程苦しいのか噛みつかれている左手からは血が流れている。

 レインが押し当てたこのペン、以前ミッシュの屋敷でカリンに魔方陣を施した魔鉱筆である。身体に魔成素の印を刻める特殊な筆だが、受け側には多大なる苦痛が現れる。


(…やっぱり、背中が熱い。線を引く毎に痛みが増していく。)


 レインがゆっくりと正確にライガの手の平に光の線を引いて行く。すると、カリンの時と同じくレインの背中にも激痛が走った。


「はあ、はあ、はあ…」


 正確に描かねばならない緊張感と背中の痛み、ライガの強い呻き声がレインの心を乱していく。


(集中できない。早く終わらせようと考える心が邪魔すぎる。時間はまだあるんだ。あの時と同じ、重要なのは正確に描く事だけだ。)


 自分を鼓舞するレインだったが、館の時とは明らかに状況が違う。魔法の時間制限が迫る。レインの過呼吸が酷さを増していった。


「はあっ、はあっ、はあっ!!」


 汗と涙で視界が悪くなる。技師としての意地が魔方陣を刻む手を止めなかったが、それが逆にレインの心の余裕を奪い去って行った。

 段々とペースが落ち始める。それを取り戻そうと更に焦り、負の循環が始まってしまう。それを察知したのだろう。ライガがレインの背中を擦った。


「大丈夫だ、レイン。ゆっくりやろう。俺はもう平気だから。」


 ライガの温かな手がレイン背中を撫でる。ライガの額には大粒の脂汗が滲んだまま。それでもライガはレインを落ちつけようと、手にも声色にも苦しみを出さなかった。


(そうだ…今は俺一人じゃないんだった。)


 結果、ライガの行動は功を奏し、レインの心は安寧を取り戻した。レインは汗と涙を拭い、鮮明になった眼で作業を再開した。

 すると、レインはあの時、カリンに感じた何かが繋がる感覚をライガにも感じたのだった。作業の遅れを取り戻していく。


(何処に線を引くのが最適か分かる。無駄な個所が、描くべき要素が見えてくる。)


 レインはどんどんと描き進めて行き、残すはペアの魔方陣との接続部、ジェントル・タイガーアイの柄に刻まれた魔方陣に繋げる為の接続部のみとなった。それを描き切るまでにもう十数秒と言った所だろうか。レインの誤算が無ければの話だが。

 レインの後方から重たい着地音が聞こえた。


「よくもやってくれたなあ、貧乏人風情が!!」

(もう魔法が解けた!?時間はまだあったは筈だぞ!!)


 レインは一つ認識違いがあった。それは彼らを囲う檻が圧縮魔鉄鋼で出来ている事である。

 魔法が圧縮魔鉄鋼に触れると消失してしまうと言うのはレインは事前に聞いていた。だからこそ、魔法そのものが檻に当たらないように魔法を扱っていた。しかし、圧縮魔鉄鋼は触れる以外にも魔法が近づくだけで弱い阻害効果を起こしてしまうのだった。レインは一瞬しか発動しない魔法ばかり扱っていた為気が付かなかったが、実際にライガに掛けられていた浮遊魔法は想定よりも消耗が激しかった。

 レンディルに掛けられた拘束魔法もその圧縮魔鉄鋼の影響をもろに受けており、レインの想定よりも数十秒だけ早く拘束が解けてしまったのだった。


「レイン、どうする?」


 レンディルが迫り来る。レインは考えた。


(もう魔方陣を描ききる時間は無い。ライガを逃がす魔法も無い。逃走魔法もあと一つ…か。)


 最悪の状況。先程までの余裕の無いレインならきっと間違った選択をしてしまっただろう。しかし、今のレインは選べた。正しい選択を。


「ライガ、よく聞け。こことここだ。」


 レインはライガの右手に描かれた魔方陣の開いた部分と柄に描かれた魔方陣の一部を指差した。


「剣を握ってここを魔法で繋げろ。じゃあ、頑張れ!!」


 レインはそう言ってライガに最後の逃走魔法を使った。

 ライガの身体が離れた位置に落ちる。そこからライガは見た。背後に迫ったレンディルの腹に自ら飛び込むレインの姿を。


「レイン!!!」


 どぷんと腹が揺れると、それっきりレインは姿を見せなかった。


「…ぶふぉ、ぶふぉふぉふぉ!!」


 レンディルが高笑いを上げる。


「自ら飛び込んで来るとは、奴は最高の道化じゃのう!!そ・れ・に…」


 レンディルは自分の手を見つめているライガを横目にいっそう声を出して笑うのだった。


「こんなまともに戦えない奴を残すなぞ、最後の最後に判断を見誤ったのお!!」


 ライガはレンディルの嘲笑を他所にレインが言ったことを考えていた。


(剣を握って、魔法で繋ぐ…この弱弱しい雷でも良いのか?)


 手の平からは誰も痺れないだろう小さな雷がぱちぱちと音を鳴らす。いつもなら憂鬱な気分になるこの雷が今は希望の種だった。

 ライガは剣をしっかりと握りしめる。レインに刺された一点が頗る痛んだ。その痛みから魔成素の線が伸びて行く。複雑な模様はライガには理解は出来なかったが、きっとその線の全てに意味があるのだろう。その線の果てに一か所だけ抜けを感じる。きっとレインが指し示した場所だ。そこに集中、自分が今出せるだけの魔法を全て使って細剣に接続した。


「レイン…お前最強だよ。」


 ライガの身体に蒼電が満ちて行く。生まれて何度目だろうか。ここまでの絶好調オブ絶好調は。先程まで維持するのがやっとだった接続部が、意識などしなくとも最適な状態に保ってくれている。

 ライガは足に巻き付いていた鎖を切り裂いた。細剣の切れ味も問題なし。


「お、お前何をした?何故魔法が使えるようになった?それにその魔法の規模…貴様も…」


 予想外の事態に狼狽するレンディル。


「お前の腹ん中に居る友のお陰さ。返してくれるかい?」


 青白く輝く剣先をレインディルに向けた。


「そういやお前は魔法は苦手だっけな。ただ、お前を脅かす魔法何て今まで存在しなかったんだろう。」


 剣に纏わりつく雷が音を上げて弾ける。まるで威嚇するかのように。


「そんなに距離を取るなよレンディル。天敵が目の前に発生しただけじゃないか。いつもの様に人を馬鹿にしながら余裕こいて居たらどうだ?あの日のようになあ!!!」


 ライガの全身から雷が溢れ出した。雷は鋼鉄の檻に吸い込まれていく。圧縮魔鉄鋼が傍に降って湧いた魔法を食い散らかしたのだ。しかし、それはレンディルにとって幸福な事では無かった。


「な、罅が!!」


 鋼鉄に罅が入った。許容できる魔成素量を遥かに超える雷を吸収した檻はゆっくりと瓦解を始めていた。


「やめろ!!こいつを壊せばあの女もやって来る!!」

「俺は平気だってか?…まあいいや。そんなに怖いなら守ってやるよ。」


 ライガはそう言って雷の出力を高めた。ただでさえ限界突破していた鋼鉄の檻が満腹の苦しみで声を上げた。


「やめ、やめろ!!それ以上は!!」

「ほら、どんどん上がるぞ。」


 電撃は益々威力を上げていく。飲みきれなくなった雷が鋼鉄の檻の表面に膜を作り始めた。

 罅割れがどんどん増えて行く。みしみしと悲鳴を上げてどんどんと。

 レンディルが悲鳴を上げているが、轟音の前には無音に等しい。

 そして限界が訪れる。


「ぶっっ壊れろおお!!!」


 ライガの怒号と共に超量の雷が噴き出した。鋼鉄の壁が粉々に、礫となった鉄片が付近に降り注いだ。

 民衆の視界を遮る鉄の壁は崩れ去った。代わりに球状の蒼雷が外と内を遮っていた。


「あの怯えた巨体、あれはレンディル様じゃないか?」

「何でスラムの男が立ってるのよ!!」

「中で何が起きていたんだ?」


 民衆が見たのは、頭を隠して怯えるレンディルと剣を掲げるライガの姿。見えなくなる前とはまるで正反対のその構図は、レンディルの勝利を望んでいた民衆を困惑させるのだった。


「ライガ!!アンタが立ってるって事は上手く行ったのね!!」


 蒼雷の上からカリンが喜びの声を上げる。


「おう!!まだ、やる事はあるけどな。」

「やる事って…レインは?」


 その言葉でレンディルが元気を取り戻した。


「そうじゃ!!今儂を殺せば、儂の中に居る小僧も死ぬぞ!!貴様にそんな残酷なことが出来るのかのう?友を切り捨てるなどおお!!」

「はあ!?アイツ捕まったの?信じられない。気い抜いたんじゃないの!!」

「そう言わないでくれ。レインの選択は完璧だったよ。さて、どうしたものか。」


 ライガがレインを救う方法を考え出した時、


ピーーーーーーーー


甲高い音が辺りに響いた。

 耳に障るその音は民衆を黙らせるほど強烈な物だった。


「ライガ!!ライガ!!」

「何だ?今の音か?」

「これ、あたしのペンダントから鳴ってる!!」


 カリンは胸元からペンダントを取り出した。その見た目はライガも見覚えがあった。


「それ…レインと揃いのか?」


 それはレインと出会い、語り明かしたあの日に鳴っていたペンダントと同じ物だった。


「うん、多分レインが鳴らしたんだと思う。」

「そうか…そうか…レイン、お前は待っているんだな、今も俺を!!」


 ライガはそう言うと、剣を構えた。


「レンディル、知ってるか?」

「な、なんじゃ今の音は。お前達か?何を考えて、」

「魔法ってのは、届くところにしか届かないんだぜ。」

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は5月3日12時頃です。

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