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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
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醜悪

 レンディルの額に青筋が走る。大胆不敵に佇むその男は、レンディルの浅い、浅い自尊心の盃に汚泥を引っ掛けたのだ。


「その反応。どうやら、その体は魔法までは取り込めないみたいだな。」


 レインは懐から取り出した小さな玉を弾き飛ばした。


「ふんっ!!」


 レンディルは再び体内から取り出した斧で小さな玉を半分に斬り割った。それはそれは見事な一撃。しかし、斬られた玉の内側から、レインの魔方陣が空中に姿を現した。俊敏な動きで躱すレンディルだったが、持っていた斧が後方へと飛ばされ、壁に張り付いた。


「…触れてはいけない類か。」

「ただの木偶の坊じゃないみたいだな。まだまだ行くぞ。」


 レインは両手で数個の玉を放った。それらは空中で形を崩し、魔方陣の模様を描いていく。レンディルはそれらを器用に躱して行った。そして、腹から取り出した斧を振りかぶる。


「ふうん!!!」


 横薙ぎに斧が振るわれた。レインの身体が後方に引っ張られ、斧の射程を抜ける。斧は鉄の壁に当たり、金属が衝突し合うけたたましい音を響かせた。


(ひえ、あれは掠っただけでも死ぬな。)


 壁に打ち当たった斧の刃が粉々に砕け散った。レンディルは腹から四本目の斧を取り出した。

 何本出てくるんだ。心の中でそんな言葉を吐きながらレインは玉を投げ付ける。レンディルはそれらを躱しながらレインに接近し斬りかかるが、レインは自身の魔法で距離を取って戦う。そんなやり取りが続いた。


「ええい、ちょこまかと!!」


 レンディルが近づけばレインは距離を取る。距離が離れればレインは謎の玉を放って来る。現状レインが有利に動いているという訳では無かったが、自分の思ったように事が動いてくれないもどかしさが嫌で、レンディルは一気に片を付けようとした。


「ふんっ!!」


 レンディルはレインに向かって斧を投げつけた。


「そんな攻撃当たる訳ないだろ。」


 レインは軽く横に躱した。今更、一切捻りの無い直線的な投擲ではレインに隙も生まれないだろう。しかし、レンディルの目的はそれでは無かった。

 斧を手放し、空になったレンディルの両手は自分自身の腹の中へと沈んでいる。余りに隙だらけなその姿を見たレインは絶好のチャンスだと思い照準を合わせた。


「ぬうんっ!!」


 レインが玉の照準をレンディルに合わせ、弾こうとしたその時、レンディルの腹の中から謎の物体が姿を現した。


(何だ、あれ。)


 レインも見たことの無い謎の物体。筒状の一部分しか外に出ていなかったが、レインは感じ取っていた。


(あれは…存在しちゃいけない類だ。)


 筒の中、黒の禁断がレインを真っ直ぐと覗き見ていた。やばいと思ったレインは相手の出方など伺わず、即座に逃げ出した。自慢の魔法を使ってなるべく離れ…

 閃光が迸った。

 筒から放たれた砲撃による凄まじい爆風が空間内に轟いた。外と中を隔絶する魔鉄鋼の檻が数メートルずれた。それだけの衝撃だったのだ。

 当然中に居たレインとライガにもその衝撃が伝わっていた。レインは狙いから逃げようとに魔法で宙を駆けていた為、衝撃を受け流せず地面に転がった。同じく空中に浮かんでいたライガは自身に掛けられた魔法の影響かその場から動くことは無かったが、その体に爆風の衝撃をもろに喰らったのだった。それでも彼はレインから渡された紙束を意地でも放すことは無かった。


(耳鳴りと眩暈が酷い…何が起こった?)


 受け身も取れず、地面に倒れ伏すレイン。身体の痺れで上手く立ち上がれない。


「レイン!!後ろだ!!」


 ライガの声が聞こえた。振り向くと後ろから襲い来るレンディル。腹から筒を覗かせたまま素手でレインに向かって走って来た。きっとレインを体内に取り込むつもりなのだろう。


(間に合え!!)


 レインの服が光り輝いた。しかし、レンディルとの距離はもう無い。レインの居た場所にレンディルのボディプレスが炸裂した。


「レイン!!!」


 ライガの叫びが空間に木霊する。レンディルのプレスは街路の石畳を砕き、その下の地面から砂煙を巻き上げた。上から見ていたライガには下の様子が確認できない。

 レンディルが起き上がる。その顔には…苛立ちが。


「喰らえええ!!」


 レインの声だ。レンディルの攻撃を間一髪で避け切ったレインが、レンディルの背後から魔法の玉を打ち出した。

 軌道は完璧。速度も十分。しかし、余裕の無いまま打ち出したからか、十分な距離を稼ぐことが出来なかった。

 玉はレンディルの背中に当たると、弾かれる事無く体の中に沈んでいった。


(近過ぎた!!それに…動かないか。)


 レンディルは何事も無かったかのようにレインの方に向き直った。


「儂の攻撃を躱し切るとは…なんと不敬な。しかし、分かったぞ。お前がさっきから飛ばしてくるあの玉っころ、魔法そのものでは無いな。飲み込めないと思っていたが…どうやらそうでも無いみたいだのう。しかも、発動したみたいだが、儂にはなあんにも起きていない!三流が出しゃばりおって、恥を知れ!!ぶふぉっふぉっふぉお!!」


 レンディルは非常に楽しそうに高笑いしだした。


(最悪だ。)


 レインは自分の失敗をひどく嘆いた。

 レインが投げていた玉。それにはレインの最も得意としているブレムズ、疑似風魔法の応用型が込められていた。

 ブレムズは一言でいえば万能の魔法である。物体を落下などの衝撃を与えずに、決められた距離まで一足飛びに素早く移動させることが出来る。その為ブレムズは単純な移動だけでなく、敵からの逃走、敵への接近、物資の様な壊れ物の輸送まで幅広く使用することが出来る。

 この戦闘でレインが狙っていたのは、ブレムズの基本特性である決められた距離に移動させる能力をレンディルに付与することだった。ブレムズは決められた距離まで移動させようとするあまり、その場所に着くまで物体を別の場所に移動させることが出来なくなる。物資の輸送や移動の用途で使用した場合はその特性は邪魔なものとなってしまう事もあるが、対人、対獣であればその特性はある種の拘束の様に働かせることが出来る。更に場所までの間に壁が存在していた場合、魔法の効果切れまでの三分程の間敵は壁に張り付き、身動きが出来なくなる。攻撃手段が乏しく、魔法の準備に手間が掛かるレインにとってはブレムズは最も信頼の出来る魔法だった。

 しかし、どんなに有能な魔法でも無力化されてしまえば何も出来なくなってしまう。

 レンディルの体内は魔法を吸収することは出来ないが、魔法になる前の魔道具は吸収出来てしまうようだ。しかも、レインは魔法の発動を感知した筈なのにレンディルは微動だにしなかった。これによってレンディルはレインの魔法が発動する前に魔道具を吸収するように動くのだろう。レインの数少ない勝算が更に厳しいものとなってしまった。


「ほら、来んのか?千個程投げてみたら一つくらいは上手く行くやもしれんぞ。」

「…じゃあ、やってやるよ。あとで泣きべそかいても知らないからな。」


 と、強気に発言するレインだったが、他の手は相手に触れる必要があったり、準備時間が必要だったりと今の状況で使えるものは存在していなかった。つまり、


(現状、手詰まりだな。)


レインは今、敗北したのである。

 それからの戦い、レインは防戦一方となってしまった。

 レインの扱う魔道具は全て魔法となる前にレンディルが飲み込まれた。偏差で投げて見たり、動きに変化を付けてもその全てを力任せに打ち崩される。

 レンディルも魔法に当たる心配が無くなったからか動きが大胆になり始め、真っ直ぐ突っ込んでくるようになった。並程度の相手ならその動きは脅威とは成り得ないが、巨体に備わった怪力と触れてはいけない呪われた肉体が対処の難しさに拍車を掛けていた。


「どうだああ!!儂の魔導砲の威力はああ!!」


 そして合間に飛んで来る腹に生えた筒、魔導砲からの砲撃。最初程の威力は出ていなかったが、それでも即死級の火力でレインに襲い来るのだった。

 レインはそれらを躱すので精一杯になって行き、鉄の壁の中はレンディルの苛烈な攻撃の音と外から響くカリンの攻撃の音で騒々しくなっていた。


(レイン…あいつ、明らかに失速してやがる。)


 それは上から見ていることしか出来ないライガだけで無く、


(レインさんがピンチだ。)


壁の外で群衆に紛れて様子を伺っていたコーデウスにさえ伝わってしまっていた。



「俺とカリンがライガの救出に向かう。お前達はここで待機していてくれ。」


 工房内で目覚めた子供達にレインがそう伝えた。


「待ってください!!私も行きます!!」


 すかさずラスが反論に入った。


「駄目だ。」

「何でですか!!ライガさんを助けるために行動しろと言ったのはレインさんじゃないですか!!」

「それはライガを助けるために何の行動もしないのか説いただけで、何もお前達子供に戦いに行けと言った訳じゃない。荒事は俺に任せて、ここで待つんだ。」

「レインさん。それは僕も同意しかねますね。」


 レインとラスの言い争いに誰かが割って入って来る。


「コーデウス。お前もか。」


 声の主はコーデウス。部屋の入り口に立っており、妙に毒気の抜かれた顔をしている大人たちを引き連れて工房まで来ていたようだ。


「僕はラスさんみたいに戦いたい、と言っている訳ではありません。その戦いの場に二人だけで向かわす事に対して同意できないと言っているんです。」

「でも、危険な現場にお前達を連れて行きたくは無いんだ。」

「ライガさんを救出した後や有事の際に、近くに動けるものが居た方が良いのでは?」


 レインは考え込んでしまった。コーデウスの言葉に同意できる気持ちとそれでも連れて行きたくない気持ちが鬩ぎ合っているのだろう。


「ねえ、レイン。近くで待機しているんじゃ駄目なの?」

「…分かった。近くで待機していて良い。但し、何かあった時に自分で動けるものだけだ。」

「本当ですか!!」


 ラスが嬉しそうな顔をした。


「僕は駄目ですか?これで案外動けるんですよ。」

「…コーデウスも許可する。これ以上は駄目だからな!」


 そうしてレインは動きの予定について話し始めた。


「広場に設置された処刑台にカリンは空から、俺は地上から一気に近付く。一番理想的なのはカリンがそのまま戦闘、その間に俺がライガを回収する事だが、そこまで上手く行くとは思ってない。多分、カリンは戦闘に入ることも出来ない気がする。相手も馬鹿じゃないから」

「馬鹿よアイツは。」

「…馬鹿じゃないからカリンの対策くらいはしてくると思ってる。その時は俺が逃げながらライガに魔方陣を施してライガに戦わせる。」

「ライガさんにですか?」

「俺は全然強くないからな。他の人の協力が無かったら今の俺では傷すら付けられないよ。だから、もしカリンが戦闘を行えず、ライガへの施術も滞るようなことがあったらお前達は迷わず逃げるように。約束出来るか?」


 皆は答えられなかった。それは見殺しにしろと言っているのと同義だったからだ。


「約束してくれ。そうじゃないと俺は安心して戦えない。」

「…分かりました。約束します。」


 …


(約束出来るわけ無いでしょうが!!)


 コーデウスは頭の中で現状を整理した。


(カリンさんは未だに外で壁を壊そうと足掻いている。壁の中では激しい音が鳴る戦いをしているが、レインさんもライガさんもそう言った戦い方をするタイプじゃない筈。そうなると、残りはレンディルだ。力任せの動き、彼奴らしい。そうすると、この状況はレインさんが言っていた逃げるべき状況。けど…ここで逃げたらこの街は、僕たちは何も変われないんだ!!)


 コーデウスは走り出した。人ごみを掻き分けて。


(今僕が出来る事は何だ?レインさんにああは言ったけど、戦いは苦手だ。なら、戦況を変えられる様な人員…は無理だ。ライガさんとカリンさん以上の強さを持った人は知らない。なら、道具。それも飛びっきり上等の代物が必要だ。生憎僕はそういうのは集めて無いけど、この街にはそんな宝が世界中から集まる場所がある!!)


 コーデウスは走って行く。この街で一番高いあの場所へ。


(待ってて下さいレインさん。必ず、見つけて見せます!!貴方を助けられる宝具を!!)


 そんなコーデウスの後ろ姿を見つめる者が一人。手に持ったナイフを一瞥すると、コーデウスを追って走り出して行った。



「コーデウス様城には現在立ち入らないようにと命令が、」

「ならば貴様は王を見殺しにするつもりか!!あの鋼鉄の向こうで王が賊とどんな戦いをしているかお前に分かるのか!!私は王の身を案じて行動しているのだ!!私の代わりに貴様があの中で戦闘をすると言うのであれば、」

「も、申し訳ございません!!直ちに門を開かせて頂きます!!」


 城の門番を権力と暴論で捻じ伏せ、コーデウスは城に入ることに成功した。長い階段を息を荒くしながら駆け抜けて行き、目指すは城の最上部。

 廊下には兵士の姿が見えない。それもそうだろう。広場の周りにあれだけの兵士を配置しておけば城は手薄にもなる。コーデウスは誰の目も気にせず、廊下を突っ走り、城の最上部。

 勢いよく扉を開けて入るのはレンディルの私室。過剰な程、財宝で彩られたその部屋の奥にコーデウスが目指す目的地があった。

 コーデウスはその扉を開いた。その先には暗く長い廊下が続いており、脇には絵画や財宝、巨大生物の剥製などありとあらゆる芸術的、学術的価値のある至宝が並んでいた。

 そこはレンディルの宝物庫。世界中から取り寄せた彼のコレクションが詰め込まれた、マギドラ王国で最も贅と呼ぶに相応しい場所。コーデウスもその部屋に入るのは初めてだった。

 宝物庫の廊下の奥、人影が見える。コーデウスに背中を向けていたが、コーデウスには分かっていた。この男が誰なのかを。


「コーデウス。やはり来ると思っていた。」

「お前は何故ここに居る。私は用があるのだ。王の危機を救うためにな。」

「戯言はいい。全部分かっている。」

「ならばそこを退け、ロット!!」

「…少し、話をしようじゃないか。」

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は4月27日12時頃です。

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