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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
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落胆

「ライガさんが!!ライガさんがああ!!」


 号泣するラス、呆然とする隠密班、苦い顔をしたカリンが地下街に雪崩れ込んでくる。


「大丈夫か!?一体何が…フィリト!?酷い傷だ。早く救護室へ連れて行ってやれ!!」


 駆け寄って来た待機組の男が周りの子供に指示を出す。子供達は慌ててフィリトを抱えて行った。


「ライガさんが…私のせいで…私がもっと…」

「ライガさんに何があった?ライガさんは何故帰ってきていない?」


 ライガの名前を言いながら泣き続けるラス。男はそこでライガがその場に居ないことに気が付いた。


「それはあたしが説明するわ。」


 ラス達の後ろに立っていたカリンがそう切り出した。


「…どちら様ですか?」

「それは後で。まずこの子達が落ち着ける場所へ。」


 そうして彼らは食堂で話をするのだった。


「それで、貴方は何者でしょうか。」

「あたしはカリン。アンタ達の所に居るレインの…」

「カリン!!大丈夫か?」


 食堂に慌てた様子のレインが入って来る。


「レイン…無事で良かった。そうそう、あたしはこいつの仲間よ。」


 カリンがレインを指差した。


「…ライガはどうした?」


 レインが辺りを見回し、ライガが居ないことに気が付いた。


「これから話すところよ。アンタも聞いて行きなさい。」


 レインが近くの席に腰を下ろすと、カリンが話し始める。


「まず結論から言うわ。ライガは捕まった。オーピッグの奴にね。」

「何だと!?あのライガさんが!?」


 辺りがざわついた。彼ら地下街の住民にとって最も頼れる男が捕まったのだ。動揺もするだろう。


「順を追って説明していくわ。先ずは…アンタ達の作戦が失敗した理由についてから。」



 これは数十分程前の出来事。


「…これはどういう事?」


 カリンは黒服の男を見下ろしている。カリンよりも背丈が大きい筈なのに。


「早く降ろしなさい!!」


 カリンは今、宙づりにされていた。手錠に繋がれた鎖によって。

 カリンが暴れると、がちゃがちゃと鎖が鳴り、体が大きく左右に揺れた。しかし、頑丈な手錠は外れそうに無かった。


「ああ、なんて美しいんだ。」


 男はカリンの足に触れ、頬ずりを始めた。


「気持ち悪っ!!!」


 カリンは男を蹴飛ばした。男は数歩後ずさる。


「ああ、舞台の上程、可憐では無いのか。そこも愛おしい。」

「アンタ誰?まさか、アンタがレンディル・オーピッグ?」


 男は少し微笑むと、自分の顔を両手で挟み…押しつぶした。ぐしゃっと気持ちの悪い音が狭い部屋の中を反射する。


「アンタ…何して…」


 すると、男が両手を離すと、男の顔から骨の折れる音が鳴り始めた。それに呼応して顔が歪に変形し始める。そしてそれは次第に全身へと伝染していった。

 その光景は余りにグロテスク。何かに押し潰されたように体の至る所が折れ曲がり、形を変えて行く。

 成人男性のがっしりとした体つきが萎み始め、若い細身の体に。背丈はカリンが見上げる程の大きさだったものが、レインより小さい小柄な体つきに。薄っすらと皺の見えていた年齢を感じさせる顔から、瑞々しい青年の顔へと変化し終わった。

 その見た目は十六歳くらいだろうか。元々の見た目の面影など全くなく、若返ったと言うよりも変身したように見える。


「なに、それ…」

「私はデメディル・オーピッグ。レンディル・オーピッグは私の父だ。」


 デメディルはぶかぶかになった服を捲り上げた。


「なんでそんな奴がここに居るのよ。レンディルは?レンディル・オーピッグは何でいないの?」

「…ふっ、来ないよ。今日、ここには。」

「そんな、嘘!!昨日の話は何だったの!?」

「それは、本当。あの馬鹿は本当に来るつもりだった。」


 デメディルは部屋の隅に放置されていた椅子を引っ張って来た。


「ちっ、埃被っていやがる。」


 胸元からハンカチを取り出し、下敷きにして座った。


「さて、何から話した物かな。」


 デメディルは椅子の手すりを指でこんこんと叩く。


「…父は以前からの困り事があった。そう、スラムの奴らの事だ。」

「…何も言ってないわよ。」


 デメディルはそれを無視して続ける。


「奴らは父の事業をある時から悉く邪魔をし始めた。それを目障りに感じた父は私にある命令をした。…スラムに潜入し、情報を掴んで来いと。実際、生まれながらに祝福されし私の力を持ってすれば、そのような事造作も無かった。小さな子供に化けて泣いていれば奴らから近づいてきたのだから。そうして私は仕入班に属することで容易に外に出て、スラムの状況を父に報告することが出来たって訳だ。」

「…場所が分かってるなら、さっさと攻め込めば良かったじゃない。」

「それだよ!!!」


 デメディルは立ち上がった。


「私も何度そう進言したことか。だが、我が父は何よりも金と人の嫌がる事が好きでね。奴らの頭であるライガの絶望する顔が見たいと言い張り、私の貴重な半年を無駄にしやがった!」


 凄い勢いで鬱憤を吐きだすデメディル。


「何時もそうだ。あの考え無しの馬鹿は思い付きと楽観で行動しやがる。お前達の事だってそうだ。正体不明の魔道具技師と女の協力者が居ると報告した時には、気にするなと捨て去った。何度その楽観で痛い目を見て来たと思っている!!あんな能無しがよく世界規模の商会を作れたものだ。コーデウスの事だってそうだ!!奴が裏切り者だと報告した時も泳がせておけと言うだけだった!!」


 デメディルは溜息をつくと椅子に座った。


「だが、奴らの情報は着々と手に入っていた。作戦の決行日も手に入れた。その日に城内にあらゆる罠を張ってライガ一味を全滅させる予定だった。そうして祭り初日。私は荒む心でこのホールにやって来た。私が来たかったんじゃない。ライガの命令でだ。こんなものを見ているくらいならあの馬鹿を見張っておきたいとずっと思っていた。…しかしカリン、君の舞を見た瞬間…」


 デメディルは再び立ち上がり、体中で想いを表現している。カリンは内心、動きの五月蠅い奴だと毒づいていた。


「私は恋に落ちたのだ。今まで生きてきた中で唯一の衝撃だった。何と美しいのだろう。何としても彼女を手に入れたい。そう思った。あの時ばかりはこの嫌な現実を全部忘れる事が出来た。その数分後まではね。君も知っての通りだが、父は君のショーを見に来ると言った!宣言しやがった!!」


 デメディルは椅子を蹴飛ばした。椅子は壁に当たってばらばらになった。


「そんな事をすれば全部お釈迦だ!きっとライガは父がショーに来ている間に城に忍び込むだろう。全部分かっている!!どれだけ馬鹿でもそれだけはしないと思っていた!!だが、奴はそれをしてしまった。もちろん、止めてくれと言う事も出来るが、それを聞く頭を持っていないんだあの馬鹿は!!どうすればいい!!どうすれば父を止められる!!そう思って辺りを見回して見つけたよ。…冷血コーデウスの姿をな。」


 デメディルはカリンに向き直る。


「奴が君を見ていた。あの冷血が熱い視線を送っていた。私には分かる。あれは私と同じだ。そこで大体が分かった。女の協力者の正体とコーデウスの企みが。信じられない作戦だったがな。それを手土産に私は城へと戻り、父に報告した。あのショーは奴らの罠だと。行ってはいけないと。明日はここで奴らを待ち伏せするのだと。それでも馬鹿は首を振らない。何度も何度も何度も言い続けて、ようやく首を縦に振った。それも、上手く行かなければどうなるか分かっているなと脅しを付けてだ!!巫山戯るのも体外にしろ!!」


 デメティルは椅子に座ろうとしたが、自分が壊してしまったことに気付くと、壁に寄り掛かった。


「しかし、その甲斐もあって、父は奴らを罠に填めることが出来る。私は君を手に入れた。終わりよければ全て良しだ。」

「誰がアンタの物になったっていうのよ!!」


 カリンは激怒した。自分が物扱いされたことに。レンディルの企みの悪辣さに。直ぐにでもここを出て城に向かおうと腕に魔成素を集め始めたが、魔法が発現されずに消失した。


「無駄だよ。それは高圧縮魔鉄鋼と言ってね。魔法の働きを阻害するんだ。」


 カリンはそれを聞くと魔法の発動を止めた。


「…アンタは何でこの話をあたしにしたの?」

「それはもちろん、私の頑張りを知ってもらいたくてね。どうせ君はずっとここで私に飼われることになるんだ。今日死ぬ奴らの事なんか考えないで諦めた方が気が楽になるよ。」

「そう…」


 カリンは黙ってしまった。


「…なんだか部屋が暑くなってきたな。地下だからって涼しいわけじゃないんだな。」

「あたしね…元々魔法に異常があったの。」

「それがどうかしたのかい?」

「それが最近完治したの。もっとあたしは自由に生きれるようになったの。だから、」


 デメティルは汗が止まらなかった。目の前の女が怖いのか?そうじゃない。ただ、部屋が暑すぎた。真夏でももっと涼しいだろう。身体から急速に水分が奪われていく。視界が、ぼやけ、て…


「な、んだ、これ。」

「だから、ここに居たきゃ一人で居なさい。あたしは籠の中の鳥になる気は無いから。」


 カリンの手錠が溶け落ちた。魔法を防ぐ最強の金属が意図も簡単に。


「う、うあああああ!!!!」


 デメディルは逃げ出した。部屋の外に出ようとして取っ手を掴むが、熱さで手の皮が剥がれた。それでも、そんな事が些細に思える程、デメディルは命の危機を感じていた。扉を開け放って外に出た。


「見せてあげるわ。あたしの…奥の手を!」


 カリンを中心に炎が横に広がっていく。それは部屋を。廊下を。臆病者を。階段を焼き、地盤をも焼き尽くした。そしてその炎はカリンに集まって行き、爆発した。

 物凄い勢いでカリンは昇って行く。渦巻く炎を完全に支配して。

 あっと言う間に炎はホールの舞台を突き抜け、青空に届いた。

 ここなら見える。あの忌々しい城が。カリンは城へ向かって突き進んでいくのだった。



「と言う事で、アンタ達の作戦は最初から筒抜け。あたしが仕組んだ作戦も最後の最後で見破られた。だから。」


 カリンは泣きじゃくるラスの頭を撫でた。


「アンタ達のせいじゃないわ。相手が上手だったってだけよ。そんなに自分を責めないで。」

「でも、でも…」


 話を聞いてなお、泣き続けるラス。


「なるほど、他の二人が先に帰って来たのはそう言う事だったんですか。」

「で、ライガは奴の腹に飲み込まれていて。回収できたのはこの子たちと、ライガに言われて回収したこの剣だけ。」


 カリンは回収した細剣を机の上に置いた。


「それがライガさんの求めていた剣ですか…しかし、当の本人が居ないのでは何にもなりませんな。」

「…しかも、壊れているらしいです。それで…気を取られている内にライガさんは…」


 地下街の住人に絶望感を襲う。頼みのライガは敵の腹の中。唯一の希望だった剣は壊れて使い物にならない。


「カリンさん。あの炎でオーピッグを倒せませんか?」

「難しいわね。まずあれだけの炎は当分は使えないわ。明日、明後日では無理ね。そしてあれだけの炎が無くても奴は倒せるわ、多分ね。でも、あの…圧縮魔鉄?ってのは突破できないわ。」

「そうですか…」 


 この中で唯一まともに戦えるカリンからも難しいと言われてしまい、さらに空気が重くなる。


「ちょっとこの剣見せてくれ。」


 レインが剣を手に取った。


「うぅん、ここに何かが填まっていた跡…ちょっと失礼。」


 レインは荷物袋をひっくり返した。大量の物質が床に雪崩れ落ちた。中で寝ていたフーコはその衝撃で飛び起き、レインに噛みついた。


「ごめんごめん。ええと、これだ。宝石図鑑。」


 レインは図鑑を捲って行く。


「安定、一定、平均、制御、加減…」

「レインさん、何をやっているんですか…」


 男がせわしなく頁を捲り続けるレインに質問をした。


「ん?そりゃ、この剣を治すんだよ。刀身が壊れているなら未だしも、魔法の制御装置が壊れているなら俺の領分だからな。」


 そう言うとまたレインは黙ってページを捲り続ける。


「意味ないですよ。そんなことしたって…」


 大人組の中からそんな声が上がった。


「ライガを助けたら必要になるだろ。」

「誰が助けに行くのですか。」

「そりゃ、俺達だろ。俺達が行かなかったらアイツは、独りのまま死んでいくんだぞ。」

「でも…」

「もういい。」


 レインが立ち上がり、床に散らばった私物を袋に詰めだした。


「俺は工房で作業しているから用があったら来てくれ。」


 レインはそれだけ言うと工房に向かって去って行った。


「じゃあ、あたしもそっち行ってるから。」


 カリンもレインを追いかけて食堂を出て行った。

 残された者達は黙って俯いたまま。いや、落ち着いたラスが口を開いた。


「…私達、ずっとライガさんに頼り切ってた。」

「…うん。」

「ライガさんがいない今でも、どうしたら良いか…」

「大変です!!ショーにレンディルが来なくて、カリンさんも…皆さん、どうしましたか?」


 暗い空気の中にコーデウスが入って来た。ショーにレンディルが来なかったもろもろの事を伝えに来たようだ。


「コーデウス…」

「ラスさん!!貴方が居ると言う事は無事だったんですね!!ライガさんは何処に居ますか?」


 安心した顔でコーデウスが残酷なことを聞いてきた。


「…うっ、うあ…ら、ライガさんは…」


 泣きそうなラス。代わりに近くに座っていた男が全てを説明した。


「そんな…全部、筒抜けだったなんて。…レインさんとカリンさんは?」

「工房に居る。ライガを助けるって…」


 男が気まずそうに答える。


「…じゃあ、なんで皆さんはここに座ってるんですか?」


 コーデウスの顔が無表情に変わった。答えられない一同。


「なんで貴方達はここに何もせずに座っていると聞いているんだ。」

「…それは、」

「何か言い訳があるのかビリス。この地下街に来て五年のお前が動かない全うな理由が。」


 ビリスと呼ばれた男は黙ってしまった。


「無いだろう!ここに居る全員!!レインさん達だけじゃないか!ライガさんの仲間は!!お前達は彼の子供じゃないんだぞ!!」


 コーデウスが声を張り上げた。それは皆が良く知るコーデウスでは無かった。その威圧感は皆を震え上がらせたが、その中で一人立つ者が。


「どうした、ラス。」

「私は…私はライガさんを助けたいです!!!」


 色々な想いがあるのだろう。その細い体が震えている。それでもラスは立ち上がり、想いを伝えた。

 すると、その姿を見て思うところがあったのだろう。食堂で黙って座っていた数人の子供達が次々に立ち上がり、想いを伝えていった。


「…貴方達の気持ちは分かりました。それならば、何をするべきか分かるでしょう?」


 それを聞くと子供達は食堂を出て行った。コーデウスはやれやれとばかりに溜息をついた。


「さて…」


 コーデウスが再び真顔になった。目線の先には立たなかった大人たちが。


「腰抜け共、そんなんだからお前達はライガさんに信用されていないんだよ。この際だ。その性根を叩き直してやる。」

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は4月21日12時です。

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