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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
40/119

夜、二人は

 アウスレイ城王室前、そこで二人の男が邂逅するのだった。


「…ロットか。私はお前なんぞに用は無い。失せろ。」


 コーデウスはロットの話を聞かずに立ち去るつもりだった。


「王が明日から十二番街で行われるショーに興味を持った。」


 しかし、ロットの言葉に思わず足を止めてしまった。


「…それが何だ。」

「初めての事だ。王が下の世界に興味を持った事も、下の世界の下賤な文化が噂となってこの城まで届いた事もだ。」


 ロットはコーデウスの行き先を阻むよう目の前に立ち塞がった。


「貴様の差し金だろうコーデウス!!知っているぞ。貴様がこの一月ほど、ショースペースに通い詰めていることを。何を企んでいる貴様!!」

「職務を終えた後に私が何をしようと勝手だろう。お前は人の事よりも自分の心配をしたらどうだ。」


 コーデウスのその言葉はロットの酒杯に炎を与えたのだった。ロットは感情のままにコーデウスに掴みかかった。


「ガキが…調子に乗るんじゃねえぞ!!!」

「そのガキに尻拭いをしてもらったのは誰だ、ロットお!!!」


 コーデウスはロットの手を振り払った。よれた襟元を正す。


「ロット、商才が無いお前が作り出した多大なる赤字、それを清算してやったのは誰だか忘れたのか?無能ばかりだ。父上もお前も。」


 ロットは唇を噛み締めた。悔しそうな顔を見せ、目はコーデウスを睨み続けている。


「もう一度言うぞ。人の事よりも自分の心配をしろ。自分の甲斐性の無さがばれないようにな。」


 ロットは何も言い返せなかった。コーデウスはそのまま歩き去っていく。


「…必ず、必ず貴様の裏切りを暴いてやる。」


 誰も居なくなった廊下を殴るロット。唇から落ちた憎しみの一滴が絨毯に跡を残すのだった。



「カリンさん。き、今日の演舞もす、素晴らしかったです…」


 赤い顔をしたコーデウスがカリンの楽屋に入って来る。


「こ、これどうぞ…」


 コーデウスは手に持った花束をカリンに差し出した。


「あら、コーデウスさん。ありがとう。」


 不気味なほど穏やかな口調のカリンはコーデウスから花束を受け取る。綺麗な花なんて言いながら花束を机の上に置いた。


「あの、カリンさん。ショー、明日からですね。」

「ええ、今からもう楽しみでしょうがないわ。…選ばれなかった奴らが無駄にちょっかいかけて来るからそこだけ鬱陶しいけど。」


 カリンが溜息を吐いた。相当参っている様子だ。


「そんな事…僕が言ってやりましょうか?」

「いえ、良いの。どうせあと数日だけだから。」


 そう言ってカリンはコーデウスの為に椅子を用意した。


「ありがとうございます。」

「それより、何か話があったんじゃないの?ここに来たってことは。」

「わ、分かっちゃいますか。ちょっと良いですか。」


 コーデウスはカリンに耳打ちをしようと近づいて行ったが、カリンの横顔が余りにも…


「どうしたの?」


 中々話をしないコーデウスにカリンが声を掛けると、コーデウスはすみませんと言いカリンの耳元に口を近づけた。


「失礼します。実は…」

「…そう、王様がね。分かったわ。」

「後は成り行きに任せるだけですが、良いんですね。」

「ええ、こんな運任せの作戦がここまで行ったんだから上々じゃない。ここからはアンタ達の頑張りだけよ。上手くやんなさい。」

「ありがとうございます。」


 コーデウスはそう言ってカリンの楽屋を出て行った。


「…レイン。アイツは今、何やってるのかしらね。」



「おい、レイン!!何だこれ!!べたべたして離れねえ!!動けねえ!!」

「ははははは!!ライガ、すんごい事になってるぞあははははは!!」


 レインは今、笑い転げていた。ライガの周りに半透明の物体が纏わりついており、剝がそうとライガが身を捩るとその物体はより酷く絡まって行く。その光景が余りにも可笑しいのでレインは床を転げまわっていた。

 レインと潜入組の面々は、三日後に控えた潜入作戦で使用する魔法道具の確認を行う為に訓練場に集まっていた。

 魔道具は潜入班の彼らの目から見て想像以上の出来の物ばかりで、これにはライガも満足そうな顔をしていた。

 そうして最後にレインが取り出した一つの魔道具。言うには、前回最初に見せた防御用の魔法の完成版が出来たようだ。どうやら前回とは理論を変えたらしくレインは魔法の受け役にライガを指名した。

 どんな魔法が出てくるのかとうきうきでレインの前に立ったライガ。魔方陣が光り輝き始めた瞬間、ライガは見たのだ。にやりと笑うレインを。

 凄まじい勢いで弾き飛ばされたライガ。直後に粘性の物体がライガの身体の自由を奪ったのだった。


「レインてめえ嵌めやがったな!!」

「くくっ、だって子供達で試す訳にはいかないだろ。」


 ねばねばの物体の中で暴れるライガ。その滑稽な姿にレインだけでなく後ろに控えていた潜入班も笑い出す。


「おい、お前らも笑ってないで…消えた。」

「そりゃあ魔法だからな。いつまでも存在はしないさ。」


 いきなり自身を捕えていた魔法が消失し、呆けるライガと冷静に説明を始めるレイン。


「という訳で、この魔法は初めはドーム状の防護壁を展開する。これは前と同じだな。だが、その後に粘性の壁に変化して相手の身体を、」

「おい、レイン…」


 得意げに説明を続けるレインの肩を、何時の間にか背後に立っていたライガががっしりと掴んでいた。


「やってくれたなこのおお!!」

「ぐえええ!!痛い、痛い!!ごめん!!悪かったって!!」


 やり返しとばかりにライガはレインの関節を決めた。痛がるレインにフィリトが近づいてきた。


「凄い魔法ですけど、これじゃ周りの仲間も巻き込んでしまうのでは?」


 フィリトがこの状況に触れることなく、真面目な質問を投げかけて来た。


「痛てて…ああ、大丈夫だ。この魔法は同じ魔方陣を持つ者の周辺には発生しないようにしている。」


 これくらいで勘弁してやるとライガから解放されたレインが再び説明を始めた。


「この理論には自信があってな…」

「レイン、今は理論はいい。取りえずこの魔法陣を仕込んでおけば危険な時に自動で発動するんだよな?」

「…そうだ。」

「よし、明日は各自この魔方陣を身体に仕込んでおくこと。また、後ほど今日見せて貰った魔方陣を武器等に仕込むためにレインに相談しておくこと。以上だ。」


 不満そうなレインとフィリトを他所に、ライガはこの会を閉めるのだった。


「レインさん、後で教えてくださいね。」

「もちろんだ。」

「おい、レイン。これやるよ。」


 魔法好き二人が話している所にライガがやってきてレインに何かを手渡していった。


「レインさん何ですかそれ?」


 それは畳まれた紙だった。レインが紙を開くと、そこには地図の様なものが描かれていた。


「地図?と、夜ここに来い?何だこれ。」

「あ、これ分かります。地下街の地図ですよ。ほらここが訓練場で、ここが工房ですよ。」


 覗き込んでいたフィリトが指を指してレインに教える。


「ってことはこのバツ印の所に…あれ?ここ特に何もありませんよ。」

「でもライガが来いってことは何かあるんだろ。後で行ってみるよ。」

「あ、でも気を付けてくださいね。今日は…」


 そうして夜。レインは指定された場所に向かっているのだが、


「本当に真っ暗だ。一歩先すら見えやしないな。」


地下街に一切の灯りが無かった。普段なら深夜になっても明るい廊下が、今はレインが照らす魔方陣の明かりだけで照らされている。


 フィリトが言うにはこの時期には必ず照明が付かなくなるらしい。


「しかし、こうも暗いと今どこにいるか分からなくなりそうだ。」


 レインは壁を伝いながらゆっくりと進んでいく。周りに光を当てながらゆっくりと。


「あそこに便所。あそこに食堂ってことはこの辺か。別に何も無いな。」


 レインは地図に記してある場所に着いたのだが、何処を見ても変わった所は無い。壁を叩いてみるが何も起きない。


「待ってれば何かあるのか?」


 レインは少しの間待ってみることにした。

 いつもは騒がしいこの地下空間が、今夜は恐ろしい程静まり返っている。明日から祭りが始まる。皆早めに寝てしまったのだろう。


「明日からは暇になりそうだな。」


 外に出られないレインは祭りを楽しむことも無ければ、作戦の中枢に関わることも無い。魔道具作りは大体終えてしまっている。


「あれでも作ろうかな。…ふああ。」


 大きく欠伸をする。何分待っても何もない。いつもなら眠りについている時間だ。なんで俺はこんな夜中にここに居るんだ。レインがそんなことを考え始めた時、


「ん?何か聞こえる。」


何処からともなく音が聞こえて来た。鉄を踏む硬い音が直ぐ近くから聞こえてくるような気がする。


 レインは辺りを見回すが、怪しいものは無い。


「じゃあ何処から?…上か?」


 レインはそう思い、少し離れてみた。音が離れていく。


「やっぱり上だ。天井に何が…」


 すると、天井の一部が大きく揺れ出した。中で何かが揺さぶっている様に。これにはレインも警戒を強めた。


(何かが出てくる。こんな地下の天井から何かが出てくる!)


 ばこんと大きな音が鳴り、天井の一部が外れた。何かが顔を出す。


「お、レインもう来てたか。待ってろよ。直ぐに下すから。」


 ライガだった。


「ライガ、こんな所で何をやってるんだ?」

「まあ、待ってろって。よし、上がって来い。」


 ライガは天井の穴から縄梯子を下ろした。レインは言われるがまま縄梯子を昇って行った。

 天井の裏には小さな空間があり、そこにライガは座っていた。


「先昇っててくれよ。俺はここを閉めてから行くから。」


 縄梯子には続きがあり、ライガはレインを先に上らせると縄梯子を回収し始めた。

 レインはそのまま昇って行く。真っ暗な空間の中慎重に昇って行く。


「まだかあ!!」


 レインが下のライガに向けて叫ぶと、


「もうちょっとおお!!」


と大分下の方から声がした。かなりの高さだと分かると少し恐怖心が出てくるが、引き返すわけにもいかないので続きを昇り始めた。


「あ…おおい!何も無いぞおお!!」


 レインは天井の天井まで到着してしまった。下のライガに報告すると、


「そこ開くから入っていてくれえ!!」


と聞こえてくるので、暗闇の中レインは手探りで取っ手を探し当て、天井を開いた。


「あ、星空。」


 レインの目に入って来たのは満点の星空だった。外は月明りで照らされており、今の地下街よりも明るく街を見渡せた。


「綺麗だ。」


 レインは屋根の上に居た。梯子を昇りきり、星空を視界一杯に収めた。


「良いだろここ。今日限りの特等席だ。」


 後ろからライガの声がする。レインが振り向くと、屋根に空いた穴からライガが上半身だけを覗かせていた。


「よいしょっと。レイン。立ってるのも良いが、そこの椅子に座ってたらどうだ?」


 ライガが促すので、レインは近くの椅子に座った。背もたれが星空を見るのに最適な角度に調整されており、無理な姿勢を取らなくても星空を堪能できるようになっていた。」


「今日は祭りの前日。あらゆる照明の点検の為に、この眠らない街が唯一眠る日。この日だけは日陰者が唯一外に出られるし、この目に優しくない街で唯一星空が顔を出す。」


 そんな事を言いながら隣に座ったライガ。


「この街の人間は手に収まらない物の価値を知らない。だから今この景色を見ているのは俺達だけ…ってことにして一杯飲まないか?」


 ライガがグラスを差し出した。


「良いね。この街に来て一番贅沢してる気分だ。」


 レインがグラスを受け取るとライガがワインを注ぎ始める。


「俺はこの日にここでこの酒を飲むって決めてるんだ。似合うだろ?」

「この酒はこの景色によく合うが、お前はどっちかって言うと昼間に酒場でがぶ飲みしてるのが似合うよ。」


 なんだそれと笑いながらライガはワインを一口含む。


「俺はこの景色が好きなんだ。皆が忘れちまったあの素晴らしい日々が脳裏に浮かぶ。」

「ライガは、この街が好きなんだな。」

「好き…か。そうだな。俺は好きだよ、アウスレイが。」


 ライガはグラスに入ったワインを一気に飲み干し、二杯目を注ぎ始めた。


「こんなに広い空があるんなら、世界はもっと広いんじゃないかって思うんだ。…レインは何で旅をしてるんだ?」


 その質問にレインは直ぐには答えられなかった。別に答えられなかった訳じゃない。ただ、長くなりそうだから少し整理する時間が欲しかった。


「…偶々だよ。」


 結果こんな雑な言葉になってしまったが。


「偶々あ?そんな事あるかよ?んなことあるかよ。もっと、こう、何かに憧れてとかさ。」

「悪いけど、そんな理由で旅に出る奴にはあったこと無い。大体が旅をしないと生きていけないから旅をするだけさ。俺だってそう。偶々親が死んで、偶々魔法が使えなくて、偶々住む場所が出来なくて、偶々フーコと二人になっただけだ。」

「そうか、って魔法が使えないって何だよ。使えてるだろ?」


 しまったとレインが苦い顔をするが、まあライガなら良いかと呟いて自身の体質を話し始めた。

 不安げに聞いていたライガが急に何かを考えるように腕を組み始めた。


「って訳なんだ。だから使えないと言っても全部が使えない訳じゃ…ライガ、どうした?」

「いや、俺もあるんだ。そういうの。」

「え?」

「日によって魔法の強さが変わっちまうんだ。お前を助けた日は絶好調!誰よりも強くて疾い俺の雷魔法が敵を貫く!!今日は…普通だな。」


 ライガは手から電撃を放った。レインの記憶に残っていたものよりも遥かに弱い電撃。


「大大大絶好調の日もあれば全く出ない日もある。確か前に言ってたよな。カリン嬢ちゃんも魔法に問題があったって。なんか、そういうのあるんじゃねえのか。弱い所があったら強い所もあるみたいな。」

「でも俺にはそんなの無いぞ。」

「あるだろ。お前の魔方陣、色んな事が出来るじゃねえか。少なくとも俺はこの街であれほど万能な魔法は見た事無えよ。」


 そうなのかと自覚の無いレインだったが、自分にそんな特別があるかもとは考えたことも無かったので少し、嬉しかった。


「もしくは出会いの力。俺って言う奇跡に出会えたんだ。それだけで特別な力だとは思わ無えか?」

「無い。」


 冷たいなと言いながら二杯目のワインを飲み干して三杯目を注ぎだすライガ。


「飲み過ぎじゃないか?」

「何時もならもっと飲むぜ。」

「やっぱりワインは向いてないよ、お前。」


 楽しそうにワインを飲み続けるライガにレインは呆れてしまった。

 それからは出会ったあの日と同じ、何でもない話を続ける二人。


「ライガのその猫耳、」

「虎だ。次間違えたら、噛むからな。」

「はは、ごめんって猫ちゃん。…おい、噛むな、噛むなよ。痛てえ!!」



「レインはこの後何処に向かうんだ?」

「アウスレイから出られたらか?俺は王都に向かうつもりだよ。」

「へえ、楽しみだな。」

「全然。だってな…」

「うわ、そいつは酷い。と言うか良く生きてられたな二人とも。」



「そうだ、レイン。これ返すよ。」

「魔方陣?…ああ、あれか。」

「片方返すよ。何かの時に使えるかもしれないからな。」

「それなら一緒に動く奴に渡してやれよ。まあ、貰っておくよ。お守りみたいになるからな。」

「おまもり?」

「魔法ってのは届くところに居たら必ず届く。その魔法が動く以上、仲間は無事だってことだ。…今考えたんだけど、どうだ?」

「なんだそれ!!」



「もう、ねむい。」

「あんなにワインを飲むからだろ。もうだいぶ時間も経ったんだからこれ位にしようぜ。」


 酒に酔ったライガを抱え上げたレイン。


「なあ、レイン。」

「ん?何だ?」

「もし、もしもだ。この戦いが綺麗さっぱり終わったらさ、」

「終わったら何だ?」


 話の途中で黙り込んだライガ。そんな所で止められたら気になってしまう。


「なあ、終わったら何なんだよ。」

「…やっぱ何でも無え。先に戻るわ。」


 ライガは暗い穴の中へと入って行った。途中で話を切られてもやもやしたが、酔っ払いの言う事だと思い、レインも地下街へと帰って行くのだった。

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年4月13日12時です。

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