地下街の安息
「レインさん!今度魔方陣の作り方教えて下さいね!!」
子供達の訓練が終わりを迎える夕方の事。地下街は何時もと変わらぬ白い光で照らされている。
魔法の確認を終え、訓練場を去るレインにフィリトが手を振っている。
「随分懐かれてんじゃねえか。」
訓練を終えたライガがレインの肩を組んで来た。
「おい、汗でびしょびしょじゃないか。」
「良いだろ、それくらい。そんな事よりよ、飯の前に風呂行かないか?」
「風呂があるのか?この地下に?」
ライガが言うには、この地下街には浴場もあるらしい。地下に来てから落ち着く暇も無かっただろうレインに、少し落ち着く時間を持ってはどうだと言う事で言ってきたらしい。
「まあ、そう言う事なら行って来るかな。」
「先に行って待っててくれよ。俺も直ぐに行くから。」
そうしてレインは地下街の一番奥にある浴場へと向かった。
浴場の入り口は男女で仕切られていた。入り口の受付に代金を渡し、レインは男用の扉を進んんだ。中に設けられていた脱衣所で衣類を脱ぎ、自分の荷物袋に突っ込んだ。
「じゃあ、失礼しますっと…おお、これは中々…」
扉を開けたレインは感動した。石造りの巨大な浴槽に張られた透明な湯。真っ白な湯気がレインの視界を満たした。
少しの懐かしさを感じながら、レインは湯舟に足を付けた。熱さを感じる。レインは両足で湯の心地よさを感じていた。そして思い切って腰を下ろす。
「ああ、いい湯だ。」
全身が熱で赤らむ。この数日で溜まった疲れが湯に溶けていくのを実感していた。
(眠ってしまいそうだ。)
一時の安息に心までも洗い流される。思ったよりも疲弊していたんだなとレインが静かに、穏やかに湯を楽しんでいると脱衣所の方から足音が聞こえた。
「レイン!楽しんでるか?」
大きな音を立てて扉が開かれた。ライガがレインの近くに寄って来る。
「ああ、五月蠅い奴が来るまではな。」
それは良かったと笑いながらレインの近くに勢いよく腰を下ろした。飛沫が舞う。
「何かお前、今日ずっと機嫌良いな。」
「分かるか?…ふう。」
ずっと笑顔のライガは気持ちよさげに息を吐く。
「フィリトと随分仲良くなってたな。」
「魔法に随分と興味を持ったらしくてな。魔法が使えないけど理論を覚えてみたいって。」
「そうか…ははっ、信じられないだろうけどよ。アイツ、この地下街で全然友達がいないんだ。」
そんな事を言われ、レインの脳内には興味津々で魔法を見るフィリトの顔が浮かんだ。
「…そうなのか?あんなに無邪気で明るい子に友達がいないなんて信じられないが。」
ライガは湯を一掬い。顔を濡らし、髪を掻き上げた。
「…あいつ、めちゃくちゃ真面目なんだよ。どんな事でも一切音を上げない。任された仕事はきっちりとやりきる。出来ないことは出来ないと言い切れる。良く出来た奴だよ。ただ、真面目過ぎるが故に殆どの子供が付いていけないんだ。自由な時間があっても明日の仕事をしたり、剣の練習をしてる。はっきり言って自分が無いみたいで不気味にすら思ってた…」
一瞬、間が出来た。レインは何も言う気は無かった。ライガの顔がどこか嬉しそうだったからだ。
「でも、今日初めてあいつの嬉しそうな顔を見たよ。十年一緒に生活して初めてだぞ。ああ、フィリトはちゃんとここに居るんだって思ったよ。密かに抱えてた不安が一つ無くなったんだ。今日は良い日だ。」
ライガはけらけらと笑う。
「本当はフィリトだけじゃない。他の子供達へも不安はあるんだ。仕方なくとはいえ子供達に戦闘訓練だったり、商売の真似事をさせているけどよ。いざ外の世界に出た時にあの子達は自分の世界を見つけられるのかって、俺がその選択肢を狭めてるんじゃないかってずっと考えてた。相談しようにも子供達に直接は言えないし、ここの大人は…正直頼りない奴らばっかりだからな。俺が自分で何とかするしかないのかって。」
湯船に水滴が落ちる。水面に波紋が広がった。
「今日、フィリトの心を十年一緒に暮らした俺じゃなくて出会ったばかりのお前が溶かした。…こんなに嬉しい事は無い。だって、俺が何かをしなくてもあいつ等は夢を見つけられるんだって知れたからな。これで俺は…迷いなく戦える。」
「そうか。じゃあ、今日はちょっと良いもの食べたらどうだ?」
「お、良いじゃねえか。」
ライガの話が一区切りがついた頃。脱衣所から子供達の声と足音が聞こえて来た。
「お前等、走るなよ!」
ライガの注意が響くが、そんな事は一切聞かずに子供達が脱衣所から勢いよく飛び出し、二人が入っている湯船に飛び込んだ。水飛沫が思いっ切り二人の顔に降り注いだ。
「お前等…」
「つかまえれるならつかまえてみなあ!!」
「上等だああ!!」
ライガは子供達の挑発に乗り、湯船の中を駆けだした。
途端に騒がしくなった浴場。こんな風呂も良いもんだとレインがのんびりしていると、騒ぎに加わっていない男の子達がレインに近寄って来る。
大人しい子達だなとレインが思っていると、レインの顔に水が掛かった。
「わぷっ!」
「へへえ。引っかかったあ。」
そうして始まる水かけバトル。
逃げる子供をライガが捕まえて、レインが指水鉄砲の作り方を教える。賑やかな風呂の時間。皆が笑顔だった。
「よし、頭でも洗うか。」
レインが一緒に遊んでいた子供達と共に立ち上がり、蛇口へと向かう。その時、
「レイン兄ちゃん、背中に何つけてるの?」
ライガと遊んでいた子供がレインの背中を見て声を上げた。皆の注目がレインに集まる。
「おい、レイン!!背中に入れ墨かよ!!そんな見た目して意外とやるじゃねえか!!」
ライガが背中を指差し、大声を出して笑う。そこでようやく自分の背中に何があるのかを思い出したレイン。
「ああ、これか。入れ墨じゃないんだよ。良く間違われるけど。」
寄って来た子供達がぺたぺたと触りだす。くすぐったそうに身を捩るレイン。
「なんかおはなみたい!」
「入れ墨じゃないなら何なんだ?」
ライガの問い掛けに首を傾げるレイン。
「これ、生まれた時からあるらしいんだよ。痣みたいなものかと思ってるんだけど」
「へえ、こんなきれいなもようみたいになることあるんだ。」
子供達が模様に沿って指を滑らす。
「くすぐったいから止めてくれ。」
「何も手を加えて無いのにこれなのか。正に奇跡だな。」
そのライガの言葉にレインは、はっと思い出したように話し始めた。
「そういや、最近増えたんだよ。この模様。」
レインが言うには、前の町で巻き込まれた事件の後に背中の模様が一つ増えていたらしい。
「何だそれ。思い当たる節はあるのか?」
「うぅん…まあ言って良いか。」
思い当たる節があるようで数秒考える素振りを見せるレインだったが、特に深くは考え無かったようで直ぐに話し始めた。
「カリンが元々魔法を数秒しか使えないっていう病気を患っていたんだよ。それを治すためにカリンの背中に魔方陣を描き込んだら俺の背中にも痛みがあったんだよ。なんか関係ありそうだろ。」
「なんか魔法的な繋がりがあるみたいなことなのか?」
「さあ?カリンが何をしてるみたいなことを感じ取ことは出来ないからな。現状ただの模様だよ。」
そこまで話し終えると、もう飽ききっていたのかレインの手を引っ張る子供達に引っ張られるようにレインは蛇口の方へと連れていかれた。
「そのカリンって姉ちゃん、ライガみたいだね。」
ライガの近くに居た子供がライガに話しかける。
「…本当だな。」
風呂から上がり、一行は商業班が運営している食堂へと向かった。
「なあ、シェフ。エスト豚のボンテーヨを一つくれ。」
ライガが厨房に立つ中年男性に注文を伝えた。
「え!?いつもは“あんな高いの食ってられるか”って愚痴っていたのにですか?」
シェフと呼ばれた男性は驚愕の声を上げた。レインがメニュー表を見ると、エスト豚のボンテーヨ、一皿三千八百ドラと書かれていた。
「中々良いもの頼むな。」
「ああ、なんせレインの奢りだからな。」
ライガが聞き捨てならないことを口にした。
「は!?誰の奢りだって?」
レインがライガに掴みかかった。
「良いだろ?さっき言ってたじゃねえか。今日は良いもの食べろって。」
「奢るとは言ってないだろ!!」
「俺はそう捉えた。見ろ、シェフももう準備始めてるぞ。」
厨房ではシェフが豚肉に下ごしらえを始めていた。腹の奥から唸るような音を出すレインは、ライガのにやついた顔が気に入らなかった。
「…ライガ、覚えとけよ。シェフ、野菜炒めを一皿だ。」
必ず倍返しにしてやると心に決めたレイン。俺にも買ってと縋りつく子供達を追い払って席に座って待つことにした。すると、端の方の席にコーデウスが座っているのが見えた。
「あ、コーデウス。帰ってたんだな。」
声を掛け近寄るが返答が無い。コーデウスの向かい側に座るがレインの事が見えていない様で一切の反応が無かった。
レインはコーデウスの肩を揺さぶるがそれでも反応は無い。
「無駄ですよ。」
隣で声がした。何時の間にかラスが座っていた。風呂上りなのか髪が少し湿っている。
「ラス。気づかなかったよ。」
「そいつ。夕方ごろに帰ってきてずっとその調子だ。」
二人が近くで会話をしていてもコーデウスはずっと上の空で、頬杖を付いて溜息ばかりをしていた。
「おーいレイン。お前の料理出来たってよ。」
ライガがそう言っているのでレインは席を離れて料理を受け取りに行った。ラスもその後を追って行く。
「…はあ。」
コーデウスの思慕の溜息は誰も聞こえず、騒がしい食堂内に紛れて消えて行ったのだった。
ご閲覧ありがとうございます。
次回の更新は22年4月9日12時です。
良ければ評価と感想をお願いします。
ツイッターをやっています。ぜひフォローお願いします。
https://twitter.com/sskfuruse




