本音
地下街の一角に作られた工房。その中にレインは居た。
昨日の作戦会議でライガからレインに与えられた使命、ライガと共に潜入する数人の子供達の為に戦いを補助できる魔道具が欲しいとの事だ。ライガ曰く、
「これは内密にして欲しいんだが、あいつ等はまだ未熟だ。だが、あいつ等が居ないと成り立たない作戦でもある。だからせめて生きて帰る事が出来るような魔道具を作ってくれないか。」
との事だった。
子供が生き残る為と言われればレインも俄然やる気が出てくる。丁度新しい魔法を構築している最中だったので、レインはいい機会だと張り切って机の前に腰を下ろした。
そうして一時間が過ぎただろうか。レインは今、
「ねえ、兄ちゃん。まほうじんってどうやってつかうの?」
「かっこいい魔法つかってよ!!でっかい敵をぶっとばせるようなやつ!!」
「おにいちゃん…これあげる。…きゃーわたしちゃった!!」
「ねえーおなかすいたあ!!」
たくさんの子供達に囲まれていた。
最初は魔方陣を作っていたレインの傍に他の技術班の子供が近寄って来るだけだった。どうやらこの地下街に魔道具作成を行える者は居ない様で、興味津々に見ているだけだった。
大した人数でも無かったので、そんなに興味があるのならとレインは子供達に魔法を体験させてあげることにした。その場で上に跳ねる魔法や壁を作り出す魔法等、子供達にとって今まで体験したことも無い珍しい魔法の数々だった。
すると、レインが工房で珍しい魔法を見せてくれるとどこかから広まったのだろうか、工房内に次々と魔法目当ての子供が集まって来た。
最初はレインも魔法を見せて上げていたが、段々と増える子供に魔法が追い付かなくなる。子供達の中には無茶な要望をする子や、全然関係の無い話をする子が出て来た。
レインは子供の群れにもみくちゃにされ、全く魔方陣作りをしている場合では無かった。これはどうしたものかとレインが考えていると、入口から怒声が響き渡った。
「お前達!!何をやっているんだ!!!」
「やべ、ラスさんだ!」
「にげろお!!」
子供達は鼠の様に部屋の中をわーきゃーと騒ぎ、走り回りながら出て行った。
「全く、走り回るなと言っているだろうが。」
ラスは小言を言いながらレインに近づいてきた。
「貴方も貴方だ。ライガさんから頼まれた仕事だろう。周りが邪魔なら邪魔と言ってさっさと始めるべきだ。」
そして小言の矛先がレインに向く。
「助けてくれてありがとう。」
「別にそういうつもりじゃ無い。貴方の頑張りがライガさんの勝利に繋がるのだから、その自覚を持てと言っているだけだ。」
「手厳しいな。」
ラスは冷たく言い放った。レインは苦笑いしつつも作業台で手を動かし始める。
「それは一体どんな魔法を作っているんだ?」
「あぁ…」
レインは迷った。この魔法はライガから依頼された命を守る魔法。常にライガの傍に居るラスとはいえ気軽に話して良いものか答えに迷ったのだ。
「ちょっとそれは…」
「…心配するな。ライガさんから事情は聴いている。今は周りに誰も居ない…誰も?あいつ等騒ぎに乗じて出て行ったな。」
工房内に誰も居ないことを確認するラス。他の技術班の子供が居なくなっていることに気付き、怒り出すその顔を見たレインはつい笑ってしまう。
「ははっ!」
「何だいきなり。」
「いや、何だ、その…子供らしい顔だなって。」
「馬鹿にしてるのか?」
「いや、そういう訳では無いよ。そうだ、魔方陣の事だったな。これは威力を吸収する防護壁を作り出す魔法…になる筈だ。」
レインはラスが事情を知っていると分かると魔方陣の説明を始めた。
「元々使っていたのはこう、バチンと弾く様な防御用魔法だったんだけど、体に掛かる衝撃とかそのまま放り出されることによっての危険が結構あったんだよ。そこでライミアとアープズの効果を応用しつつミディで形を作り出すことで、柔らかくも強い弾力性のある球状の壁を作り出せないかと思っているんだ。」
「は、はあ…」
魔法の理論について捲し立てるレインに困惑するラス。
「そこまで分かっているなら直ぐにでも作れる。そう思うだろう。」
「いや、全然。全く何を言っているのか分からない。」
「でもな、同じ魔成素量で強度の違う魔法を構築すると強い効果を持った魔法の方が発生時間が短くなるんだ。壁なら頑丈さ、炎なら火力が高い程その魔法を維持できる時間が短くなってくる。」
「うああ、ああ…」
ラスは初めて聞く魔法の理論に目を回し始めた。
「俺が魔方陣に込めて置ける魔成素量には限りがある。今まではその魔成素全てを弾く一瞬に込めれば良かったんだが、今回の魔法はそうもいかない。たった一瞬だけ壁を作り出しても子供達が逃げ切る時間は作り出せないからな。」
「子供が…逃げ切る?」
ラスはそこで我に返った。
「そうだ。ライガも言ってただろ。子供達を守るのが最優先だって。」
「…なんで、こんな奴に。」
ラスが小声で何かを言った。
「ん?何か言ったか?」
「…何でもない。」
そう言ってラスはレインに背を向けてしまう。
「私はもう行く。次の仕事があるのでな。」
ラスは入り口に向かって歩き始めた。しかし、直ぐに足を止めた。
「言い忘れていた。コーデウスが帰ってきたら伝えてくれ。お前の所の新入りがまた勝手に外に出ていたと。」
「分かった。伝えておくよ。」
レインの返事を聞いて、ラスは部屋を出て行った。
「よし、俺も始めるか。」
そうして作業に没頭する事、数時間。
レインは肩への衝撃で目が覚めた。
「わっ!!何だ?」
「よう、レイン。随分と熱中していたようだな。」
「お疲れ様です。レインさん。」
驚き振り向いたレインの後ろには見知った顔が二つ。朝から出かけていた筈のライガとコーデウスが居た。
「あれ?二人とも遅くなるって言ってたのに意外と早かったな。」
「馬鹿言うな。もう夜だ。」
レインがヒマワリ時計を見ると時刻はもう夜中を迎える頃だった。
「子供達が心配していましたよ。」
「そうか、悪いことしたな。」
余りにも没頭しすぎだと自責するレイン。すると膝の上から小さな鳴き声が聞こえた。
「うおおおん…」
「ん?レイン何だそいつ。」
膝の上には丸まったフーコが座っていた。ぐうぐうと腹の鳴る音が聞こえる。恐らくお腹を空かせてレインの荷物袋の中から這い出て来たのだろう。
「こいつはフーコ。俺の家族だよ。いつもはずっと袋の中で眠ってるんだが。」
「腹でも減ったんじゃないのか?レイン、お前も腹減っただろ。なんか買ってきてやるよ。」
そう言ってライガは部屋を飛び出して行った。すると、コーデウスがレインの隣に腰を下ろした。
「そう言えば、ラスが言ってたぞ。たしか新入りが勝手に外に出たとかで。」
「ああ、ロン君ですね。注意しておきます。」
コーデウスの雰囲気がおかしいとレインは直ぐに察した。今朝までは元気だったコーデウスの声に元気が無い。
「コーデウス、どうかしたか?」
「…レインさん。僕、昨日今日とカリンさんに会ってきました。」
そう言えばコーデウスの用事はカリンに会ってくることだった、とレインは思い出した。
「どんな様子だった?」
「とても心配されていました。毎日探し回っていたみたいです。」
「あぁ、これは後から特大の我が儘言われそうだな。」
レインが苦い顔をしながら膝上のフーコを撫でている。
「それと、協力のお願いもして来ました。」
「カリンなら直ぐに了承しただろ。」
「それなんですが…」
コーデウスが言葉を濁す。かなり言い辛そうな雰囲気を感じ取ったレイン。
「何かあったのか?」
「…自分に何かあったら子供達を守って欲しい、と言うライガさんの願いをそのまま伝えました。」
「そう言う事ならカリンは戦ってくれると思うけどな。」
「でも、答えは無かったんです!!挙句の果てには今度ショーに連れて行って欲しいと関係の無い事を言う始末です!!私が殺すと言っていましたが、勝手なことをされては困るんです!!それにレインさんを疑いたくはありませんが、あんな華奢な人が戦えるとは到底思えません!!僕は正直信じられないです。本当にあの人に期待をしても良いんですか!!!」
コーデウスは声を荒らげる。目元には涙が滲んでいる。
「カリンは、ショーに行きたいと言ったんだな。」
それに対してレインの声は落ち着き払っていた。
「…言いました。」
「じゃあ、大丈夫だ。それはカリンが本気になった合図だ。」
「そんなの信じられるわけ無いじゃないですか!!」
コーデウスの言葉に更に熱が帯びていく。
「僕達が、ライガさんが目指す未来を台無しにされたくないんだ!!!」
言いたい事を全部吐き出したのだろう。コーデウスが泣き崩れた。
「…ごめんなコーデウス。俺も正直なんでライガがこんなにも俺を信頼してくれるか分からないよ。こんなぽっと出の旅人に自分達の頑張りを邪魔されたくないのも十分すぎる程に伝わった。」
レインがコーデウスにハンカチを手渡した。
「でもな、俺もカリンもあんな話を聞いて黙って見ていられるほど薄情に出来てないんだ。」
レインが立ち上がった。コーデウスは釣られて上を見る。
「だから、一月でお前の信頼を掴み取って見せる。そして必ずお前達の刃を奴の首へと届かせて見せる。」
コーデウスはハンカチで顔を覆っている。微かな嗚咽が聞こえてくる。
「お前の気持ち、カリンにも全部言ってやれ。燃え上がったアイツはこの世で一番強いから、きっとお前の期待にも必ず応えてくれるさ。」
レインはそう言ってコーデウスの背中を叩いた。はい、と擦れた声が聞こえて来た。
「おーい、買って来たぞ!」
丁度良いタイミングでライガが帰って来た。レインとフーコに飯を渡した。
「おっ、フーコ。良い食いっぷりじゃねえか。」
ライガがフーコの頭をがしがしと撫でる。フーコは煩わしそうに鳴き声を上げながらも皿に盛られた肉を貪った。
「ほら、レインも食えよ。温かいうちが美味いぞ。」
「あ、ああ。そうだな。」
ライガに促されるままレインも食事を始めた。
レインの横では未だコーデウスが俯いていたが、ライガはそれに触れようとはしなかった。
「ライガ、明日作った魔法を試してみてくれよ。」
「もう出来たのか?魔道具ってのはそんなに簡単に出来るものなのか?」
「そんな事は無い。ただ、原型を以前から考えていたから早かっただけだよ。それにまだ試作品だ。」
二人は雑談を続けるがコーデウスは黙ったまま立ち上がった。そのまま部屋を出ようとしたので、ライガが呼び止めた。
「コディ。」
「……」
「オーピッグは俺が必ず仕留める。」
「…わかりました。」
そしてコーデウスは部屋を出て行った。
「それだけで良いのか?あいつかなり落ち込んでたぞ。」
「大丈夫だ。コディはちゃんと分かってくれる。」
「信頼してるんだな。」
「まあな。そうだ。俺にも魔道具作り見せてくれよ」
そうして地下街の夜は更けて行ったのだった。
ご閲覧ありがとうございます。
次回の更新は22年4月5日12時です。
よろしければ評価と感想をお願いします。作品のクオリティの向上に繋がります。
ツイッターをやっています。更新の無い日はツイッターでこぼれ話を話しています。ぜひフォローお願いします。
https://twitter.com/sskfuruse




