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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
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憂鬱

 レインが帰って来ないまま丸二日以上が経った。カリンはペンダントからの返信を待っていたが、ペンダントはうんともすんとも言わない。部屋で待つのを止めて再び外へと繰り出したのだった。

 カリンはもう周りの事など考えずに街中を飛び回った。街を西から東へ、北から南へレインを訪ねて回った。

 やがて日が落ち始め、カリンは宿前へと帰って来た。曇ったその表情が何の成果も得られなかったことを如実に表していた。


「はあああ…」


 大きな溜息までついてしまった。


「アイツ、本当に何処行ったのよ…」


 愚痴を吐き出すカリン。街には明かりが点き始め、その光たちは街に夜の訪れを感じさせていた。


「…カリンさーん!」


 カリンは一瞬、自分を呼ぶ声を聴いた様な気がした。軽く辺りを見回すが、近くには何も見えなかった。


「カリンさーん!!」


 それでも自分を呼ぶ声が聞こえる。再び見回すと遠くの暗闇で手を振る影が見える。

 レインかとも思ったが、にしては背が小さく、声も高い。その影は此方に向かって走り出す。カリンが怪訝そうな顔をして見ていると、丁度点いた明かりがその影の姿を映した。


「アンタ、コーデウスじゃない!」

「はい!お久し振りです!」


 カリンにとって恩人とも言える少年、コーデウスの姿がそこにはあった。コーデウスは満面の笑顔でカリンに近寄って行く。


「何でここに居るのよ?」


 カリンが当然の質問をする。コーデウスは笑顔のまま指を立てた。


「ふふふ、驚かないで下さいね。僕、こう見えてもかなりの資産家なんですよ。」

「まあ、そうよね。」

「更に、驚かないで下さいよ。あれを見てください。」


 コーデウスはそう言って宿の向かいの建物を指差した。


「あの建物を買い取って新たに事業を始める積もりなんですよ。レインさんは無事です。」


 コーデウスは早口でそう言い切った。

 突然出て来たレインの話。カリンが探し求めたその情報を何故コーデウスが握っているのか。

 カリンが声を問いただそうとした時、コーデウスが振り向いた。笑顔のままのコーデウス。だが、目が笑っていない。カリンも思わず震える程の冷たい眼差しだった。

 カリンは声を出せないでいる。


「かなりの規模になると思いますよ。ねえ?カリンさん凄いでしょう!!」


 目は笑っていないが、声や話し方はあの優しいコーデウスのままだった。


「ねえ?」


 コーデウスの眼力が強まる。そこでカリンはなんとなくコーデウスが話を合わせろと言っているような気がした。


「ええ、そうね。凄いと思うわ。」


 取り合えずカリンはコーデウスの話に合わせてみることにした。


「でしょう!!僕、巷では天才コディって呼ばれてるんですから。絶対に成功させて見せますよ。」


 カリンが話を合わせた途端、コーデウスの眼力が消え失せた。


(合ってたあ…)


 カリンは安堵する。コーデウスの話が耳に入って来なかった。


「カリンさん?カリンさん?」

「…あ!?な、何?」

「もしまた会えたら言おうと思ってたんですけど…もしよければ明日二人でお食事でもしませんか!!」


 コーデウスが顔を赤くしてそう叫んだ。


「僕と二人きりで会って欲しいんです。レインさんも従者も入れずに二人だけで…)

「え?だってレインは…」

「レインさんがどうかしたんですか?もしかして明日二人の予定があったとか?」


 カリンの言葉にコーデウスの眼力が強まる。声色は一切変えずに、余計なことは言うなとばかりにカリンに圧を掛けてくる。


「…いや、別に大丈夫よ。明日二人で食事しましょうか。」

「本当ですか!!やったああ!!じゃあ明日の夜に五番街のブレスというお店で待っていますね。では、また明日!!」


 それだけ言ってコーデウスは走り去って行った。

 夜の街に消える後ろ姿を見つめるカリン。コーデウスのあの子供とは思えない瞳を思い出す。


「レイン…アンタ何に巻き込まれたのよ…」



「カリンさん!!待ってました、此方へどうぞ!!」


 翌日、カリンはコーデウスに言われた通り、五番街にあるレストラン・ブレスに赴いていた。

 辺りには明らかに高級そうな店が並んでおり、その中でもブレスはカリンの目から見ても他の店より数段格上に見えた。

 店の前で唖然とするカリンの手をコーデウスは取り、エスコートしながら店の中へと入って行った。

 二人はコーデウスが予約していた個室へと案内された。


「ねえ、ここ大丈夫?」


 席に着くなり、浮かない顔をしていたカリンが小声で話しかけた。


「大丈夫って何がですか?」

「値段よ値段!こんな高級店幾らするのよ?」


 どうやらカリンは金額の事を気にしていたらしい。コーデウスは笑ってカリンに一枚の紙を差し出した。


「そんなにしないですよ。これ位です。」


 カリンは差し出された紙を開く。そこにはこの店のコース料理、その値段が掛かれていた。


「きゃあああああ!!」


 カリンはつい悲鳴を上げてしまった。そこに書かれていた金額はカリンが持ったことも無いような莫大な数字。数日前にレインと止まった高級ホテルに桁を一つ増やした数字よりもまだ高い。


「こここおおおこれはムムムリリ…」


 カリンの声の震えが止まらない。もう逃げるしかないと覚悟まで決めていた。


「いえ、今日は僕からお誘いしたのですから。僕に全部任せてください。」


 見かねたコーデウスから心強い言葉が掛かった。


「でも、あたしアンタに何も返せないわよ。」

「そんな事無いです!!カリンさんとお食事できるだけで十分です。」


 コーデウスはそう言いながらまた一枚の紙を差し出した。カリンはそれを開いた。


『今、貴方に監視が付いています。重要な事は全部筆談で話すので、口は僕の話に合わせて下さい。』


 監視。その言葉にぎょっとしてカリンはコーデウスの顔を見た。


(またあの眼だ。)


 昨日と同じ冷え切った眼。指を口元に持ってきて静かにとジェスチャーをしている。


「だから、今夜だけは僕との話を楽しんでほしいです。」


 声色は一切変えずに話を続ける。


「…うん。そういう事なら分かったわ。」


 カリンは紙に書かれていた通り、コーデウスに話を合わせた。

 コーデウスがまた差し出す。今度は一枚の紙と折り畳まれた手紙をカリンは受け取った。


「カリンさんは苦手な食べ物はありますか?」

『この手紙は僕たちのリーダーからの手紙です。ベルを鳴らしてウエイトレスを呼ぶので、その後その手紙を読んでください。』


 紙にはそう書かれていたので、カリンはそれらの紙を自分の鞄の中に隠した。


「苦手な食べ物は無いわ。」

「そうですか!良かったです。」


 コーデウスは手元にあったベルを鳴らした。その音は店内に良く響き、直ぐに店員がやって来た。


「お待たせ致しました。こちらクルッペのハリリ包みで御座います。」

「ありがとうございます。」


 ウエイターは料理を二人の前に出すと、礼をして下がって行った。カリンは店員が居なくなったのを見計らい、手紙を一枚取り出し、開く。


「僕この料理、結構好きなんですよ。ハリリの柔らかな触感とクルッペの持つ上品なコクが…」

『はじめましてカリン。俺はライガ。地下街のリーダーを名乗らせて貰っている者だ。訳あってお宅のレインを地下街で匿わせてもらっている。恐らく君は監視されている為、暫くはレインに合わせることが出来ない。此方からの接触もコーデウスを介してでしか出来ない為、このような煩わしい会話しか出来ない事本当に申し訳ない。…」


 ライガと名乗る者からの手紙。そこにはコーデウスがカリンの元にやって来た理由、レインが何に巻き込まれてしまったか、この街で何が起こっているか、自分たちが何を目的として動いているかが分かりやすく書かれていた。


「カリンさん。貴方に出会えたのは運命だと思うんです。是非これからも二人で会っていただけないでしょうか?」

『俺はレインのあの魔法が俺達の作戦にとって重要になると思っている。俺達の勝手な都合で悪いが、しばらく貸して貰うが良いか?』

「…良いわよ。」


 カリンが読んでいる場所に合わせてコーデウスが上手く言葉を投げかけてくる。


「こんな美しい人が旅人なんて信じられないですよ。」

『レインからは君がかなりの手練れだと聞いているのだが本当だろうか。」

「あたしこう見えてもかなり強いの。」


 コーデウスが手紙に合わせて言葉を紡ぐので、カリンは手紙に対する答えをコーデウスへの答えに見せかけることが出来ていた。


「もし良ければ、来週も会ってもらえませんか?」

『もしそうであれば、君に一つ頼みたいことがある。君のその力を貸してはくれないだろうか。一緒に戦って欲しいという訳ではない。子供達が逃げ切る為に助けて上げて欲しい。来月の決行まで大人しくしつつ、答えを考えておいて欲しい。』

「……」

「カリンさん?」


 カリンは手紙からの問い掛けに答えなかった。

 コーデウスは思った。


(やっぱり、こんなこといきなり頼んでも無茶か。)


 ライガから頼まれた最後の手紙。見ず知らずの子供達の為に命を懸けてくれないかという余りにも傲慢なこの願い。コーデウスは無理だと分かっていても、せめてライガの願いは届けて上げたかった。


「…カリンさん。行きましょうか。」


 ゆっくりと食べ進めていたコース料理。テーブルの上にはデザートの乗っていた皿が二つ置かれていた。

 もう店を出ようとコーデウスは席から立ち上がろうとした。しかし、コーデウスは知るのだった。このカリンという女の心の強さを。

 カリンが鞄からペンを取り出した。貰った紙の裏に何かを書き始めた。


「ねえ、コーデウス。」


 書き終えたカリンは紙をコーデウスに差し出した。コーデウスはその内容に目を通した。


「あたし、貴方にお礼がしたいの。」


 コーデウスは紙を穴が開くほど凝視している。


「何処かにショースペースは無いかしら。今度、そこに連れて行って欲しいの。貴方にあたしの舞を見せてあげたいの。」


 コーデウスは顔を上げた。その目に移っていたのは可憐な女性では無かった。

 額には青筋が浮かび、口元は歪むのを必死に抑えた地獄の笑顔、瞼は怒りで痙攣しっぱなしだった。これにはコーデウスも堪らず息を飲む。


「きっと素敵な夜になると思うわ。」

『あたしが殺るから。』

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年4月3日12時です。

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