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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第二章:アウスレイ
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独善の街アウスレイ

「やっと、見えて来た。アウスレイッ!!」


 遠くに見える巨大なアウスレイの姿。馬車の中でカリンは涙を流して喜んだ。


「そんな、泣くほどか?」


 呆れるレインと、もうひとり苦笑いを浮かべる少年が馬車の奥に座っている。

 そんな二人を無視し、カリンはアウスレイまでの苦しい旅を思い返していた。



 森の中でアウスレイに行くと決めた二人だったが、当然ながら行くと決めて直ぐに着けるものではない。

 二人はアウスレイに繋がる大街道、マギドラ大街道まで二日掛けて移動したのだった。

 大街道を歩いて進む二人だったが、レインは照り付ける日差しで、カリンは唸る胃痛に耐えきれずダウンする寸前だった。塩辛い食事と暑さのせいで既に飲み水は尽きてしまっていた。

 道を行く他の人々は二人には目もくれず歩き去っていく。二人が人の繋がりの無情さを噛みしめていると、


「あのお、大丈夫ですか?」


 一台の馬車が二人の隣に止まった。見るからに豪勢な馬車から顔を出したのは、これまた豪勢な服で身を包んだ一人の少年だった。


「よければ、乗っていきますか?」


 少年の恩情により、二人は移動手段と飲み水を手に入れることが出来たのだった。

 そこからは早く、ものの数時間でアウスレイが見える所まで来ることが出来た。

 レインとコーデウスと名乗った少年は馬車の奥で雑談をしていた。


「へえ、縁石に光石を埋め込んでいるのか。」

「はい、そうなんです。アウスレイは朝から晩まで多くの商人がやって来るので、夜でも街を見失わないように街道と街の外観に光石を設置しているんです。」


 辺りは暗くなり始めていたが、アウスレイと街道は夜でもその姿が分かるほどの光を発していた。カリンはアウスレイの輝きを見て恍惚の表情を浮かべている。


「だから、アウスレイは眠らない国と呼ばれているんですよ。」

「ああ、聞いたことがあるな。そう言えば何で国なんだ?ここはマギドラ王国の街だろ。」

「それは、」

「すみません、コーデウス様。」


 馬車が止まり、御者から声が掛かった。


「どうしましたか?」

「車輪の調子が悪いようです。如何いたしましょう。」

「そうですか…」


 コーデウスは二人を見た。


「少し先の休憩所で一泊しましょう。お二人に何かあってはいけませんから。」

「畏まりました。」


 再び馬車が動き出した。


「お二人ともすみません。」

「いや、此方こそ悪い。乗せて貰っているのに気を使わせちゃって。」

「ここまで来たら一泊なんて関係ないわよ。」


 快く了承する二人。こうして一行は馬車の中で一泊することになったのだが、


「……」

「カリン、そんな顔で食べるなよ。…肉が嫌なのは分かるけどさ。」

「すみません、干し肉しか用意していなかったもので。」


 馬車の中で出された干し肉。カリンはこれを死んだ顔で頬張るのだった。



 翌日、調子を取り戻した馬車は快活に進み、二人の眠気が取れる頃にはアウスレイの門の前に到着していた。


「お二人とも付きましたよ。」

「うおお、これは…凄い。」

「何…この大きさ。」


 二人は唖然とした。

 そこには見上げる程巨大な壁が聳え立っていた。天まで届く銀色の壁。

 遠くから見た時にかなりの大きさだということは分かっていたが、いざ目の前に立つとその圧倒的な財力が二人の顔を引っ叩いた。

 今まで二人が経験した何よりも濃密な金の匂い。

 欲望の匂いに酔ってしまったレインがふらふらと壁に近寄り触れた。


「!これ、魔鉄じゃないか!!この壁全てが魔鉄!?この壁だけで国が幾つか成り立つレベルだろ!?あ…」


 信じられない事実を目の当たりにしたレインが後ろに倒れ込む。カリンが咄嗟に支えるが、レインは既に目を回してしまっていた。


「お二人はここに来るのは初めてですよね。初めての人はそちらの入り口から入って受付を済ませてください。時間は掛かりますが、滞在証が発行されますので。」


 コーデウスは巨大な正門から少し離れたところにある小さな入り口を指差した。


「う、うん。ありがとうね。」

「…あの、カリンさん!」

「何?」

「あ、あの…また何処かで。じゃあ、お先に。」


 そう言ってコーデウスと馬車は巨大な正門を潜って行ってしまった。


「あ、行っちゃった。さて、レイン起きて!!」


 カリンはレインの頬をぺちぺちと叩いた。


「うぅん、あれ、コーデウスは?」

「もう行っちゃったわよ。あたし達も行きましょう。お腹もすいたし。」


 カリンはレインの手を引っ張って小さな入口へと入って行った。



「思ったより時間かかったわね。」

「悪かったな。待たせちゃって。」


 二人が街に入れたのはお昼を回る頃だった。

 何をしに来たのかという受付の問いかけに商品を少し売りたいと言ってしまったレイン。観光目的で受付をしたカリンに比べて余計に時間を掛けてしまった。


「もう、いいから。どこかのお店に入りましょ。もう、限界なの。」


 街中に漂う料理のいい香り。酷いものしか食べていなかったカリンはその端正な顔を涎で汚していた。


「あそこなんてどうだ?」


 レインの指差す先には、


『レストラン・ボート』


 と書かれた看板があった。

 年季を感じさせるその外観。普段ならカリンは選ばないだろう店だったが、店から襲い来る屈強な匂いには勝てず、二人揃ってふらふらと店の中に入って行った。

 昼時は過ぎていた為、店内で待たされることも無く、注文を終えて十分後には互いのメニューがテーブルの上に出揃っていた。

 レインの注文は、イザリ貝のエスト風パスタ。ホルタア海で採れた新鮮なイザリ貝をバターで炒め、パスタと共にパニルの実と乳のスープに絡ませたエスト地方でよく食べられる至高の一品。

 レインはフォークを使って器用にパスタを巻き、口へ運んだ。甘酸っぱいパニルと優しい乳の風味が柔らかな麺によく合う。そしてそれに負けない程濃厚な風味のエスト貝が口の中で、我こそが主役だ、と只ならぬ存在感を放つ。

 レインは頬を緩ませた。ああ、こんなに美味しいものをなぜ俺は作れないのかと自分を叱責したところで、


「…カリン。大丈夫か?」


 匙を持ったまま固まっているカリンに意識を移した。

 カリンが頼んだ料理は、ボートオリジナル・スパイスライス。遠国から伝わった穀物、ライスを様々なスパイス、四種の具材と共に炒めた。異国の料理をエスト人の味覚に合う様にアレンジしたオリジナル料理である。レストラン・ボート、いやアウスレイで一番人気と謳われる究極の一品。(諸説あり)

 強気の謳い文句にやられて頼んだその料理を一掬いしてカリンは動きを止めた。

 スパイスライスに入っている具材。触感が特徴的なラニラ、芳ばしい香りを放つギリガリ、柔らかく甘い味が人気のシルク鶏の卵、そして…エスト豚の肉がカリンの匙の上に乗っていた。

 カリンはエスト豚の肉を凝視したまま険しい顔をしている。

 このエスト豚、カリンが散々食べさせられて精神を病んでしまったエストボア、その改良種である。肉の柔らかさや風味は野生のエストボアとは雲泥の差、何より調理や味付けがレインの作った紛い料理とは大違いなのだが、この数日間散々苦しんだ肉を思い起こすその見た目。カリンは葛藤していた。


「ぐ、ぐぐ、ぐ…」


 カリンの唸り声が聞こえ始めた。


「無理なら別の物を頼むか?」


 レインも流石に罪の意識を感じ、カリンに提案をするが、


「はむっ!」


 カリンは勢いよく匙を口の中に突っ込んだ。

 匙を口から引き抜き、ゆっくりと咀嚼する。


「ん、ん、ん、」

「カリン…」


 十分に味わい、飲み込んだ。


「カリン?」


 カリンが天を仰ぎ、目を手で覆った。


「はあぁ…」


 カリンが深く息を吐いた。レインはカリンの様子を見守る。


「…美味っしい。」


 カリンはそう呟いて、皿の上の料理を掻き込み始めた。一気に口に入れた為か咽こんでしまう。

 ほっとしたレインはカリンに水を一杯手渡した。


「…ぷはあ!生き返ったあ!!店員さんおかわりっ!!」


 音を鳴らしてグラスをテーブルに置き、至福の笑顔で叫んだ。店員がやってきて水を注ぐ。


「この柔らかさ、焼き加減、味付け、全部があの塩肉と違う。これこそ料理。これこそ、究極の一品!(諸説あり)」

「元気になったようで。安心したよ。」

「さあ、レイン!食べてこの街を周るのよ!!」


 カリンの力強い言葉と共に二人は食を進めるのだった。

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年3月22日昼の12時です。

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