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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第一章:ミッシュ
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呪いの獣と大魔法

 灰の嵐が晴れた。獣の姿が露になる。

 剝き出しの骨。爛れた肉片の様な肌。蝙蝠や野犬を思わせる異形の顔つき。そして骨の奥に見える肥大化したエネルギー体。


「完全に化け物ね。もう元の面影なんか一つも無いじゃない。」

「でも、見ろよあれ。下半身が無い状態であんな姿になるもんだから、バランス崩してふらふらしてるぞ。」


 レインの言う様に、見た目こそ恐ろしい化け物そのものだったが、下半身が失われている為、上手く体勢を直せていない。

 それでも、彼らにとっては念願の肉体。


「ーーーーーー!!」


 喜び交じりに咆哮する。そして腕を上げた。


「来るぞ!!」


 二人が別々の方向に避ける。間が空いて、二人の居た場所に腕が振り下ろされた。


(動きは遅いが、掠っただけでもやばそうな威力だな。)


 レインがそんなことを考えていると、獣の掌がレインの方を向いた。


「やばっ」


 高速の横なぎ払い。壁際の瓦礫を破壊して、炎の壁にまで突っ込んだ。当たれば即死するその一撃。軌道上に居たレインは、


(危なかった…)


 間一髪、生き残っていた。咄嗟に上体を逸らして後ろに倒れ込んだレインの身体が、掌と地面の間に出来た隙間を通り抜けた事で難を逃れたのだった。

 獣が壁から腕を引き抜いた。その手は熱で焦げていたが、気にする様子も無い。

 獣は両腕で体勢を直す。そして、魔法で攻撃をし続けるカリンに向かって腕を振り下ろした。


「そんなの当たるか!!」


 カリンは後ろに跳ねて躱した。しかし、獣は一撃だけで無く、二撃目、三撃目と腕を振り下ろす。この連撃はカリンも地上では避け切れず、止む無く翼を広げて飛び立った。

 空中で飛び回るカリンを捕まえようと腕を伸ばす獣。カリンは躱し切ってはいるが、どうも様子がおかしい。片翼の動きが鈍いのだ。


(無理、しすぎた。)


 カリンの額を汗が伝う。どうやら、最初に受けた領主の蹴りで骨を折ったにも拘らず、何度も飛んでしまった皺寄せが今来てしまっているようだ。


(カリンの様子が変だ。)


 カリンの異常を察知したレイン。ノーマークの彼は暴れまわる獣に近づき、


「【ブレムズ】!」


 触れながら叫ぶ。すると領主の身体が、


「…ちっ。全然、動かない!」


 人一人分程度の距離を進んで動かなくなった。魔法の効き目は薄かったが、それでも獣の注意を引くのには役に立ったようだ。

 獣の目がレインの方を向いた。上に伸ばしていた腕を下へ叩きつけた。


「ぐうっ!!」


 避けようとしたレインだったが、少し掠ってしまう。


「はああっ!!」


 しかし、注意が逸れたカリンは獣に向かって剣を振るった。斬撃は炎を纏って飛んでいくが、獣に直撃はせず、地面に大きく焼け跡を残した。

 その反動でバランスを崩したカリンは落ちていった。翼をつかって何とか衝撃を和らげながら、カリンは部屋の中心に降り立った。


「レイン!!生きてる?」


 カリンが大声で呼びかけた。獣がカリンが地面に居るのに気が付いた。再び手を伸ばし始めた。


「…ああ、何とか。」


 部屋の隅で声がする。レインは先程の衝撃で吹き飛ばされていた。瓦礫の山の上で力無く手を振っている。


「はぁ、はぁ…終わったあ!!!!」


 カリンが大声で叫んだ。終わったと、それを伝えるために。

 それを聞いたレイン、即座に指を二本立てた。それをあの巨体に向けて…


「【メノギド・リア】」


 その呪文とともに巨体の動きが止まった。


「ーーー、ーーーー…」


 苦しんでいる。それは領主に銀の弾丸を撃ち込んだ時と同じ、獣が最も嫌がる行動だった。


「カリン!!」


 レインがカリンに合図をし時きには既にカリンは行動に移していた。

 カリンが部屋の中心で剣を掲げた。体から魔成素が溢れ出し、剣へと集まり始めた。剣は赤く光を放ち始めた。今までならその時点で魔法が放たれていただろう。しかし、魔成素は未だ剣に流れ込んでいる。


パァン


 許容量を遥かに超えた剣から赤く光る魔成素が迸る。飛び出した魔成素は剣を取り囲み、カリンの身体を取り囲みながらカリンの足元にある炎の爪痕、カリンが最初に放った斬撃の跡へと吸い込まれていった。

 全ての魔成素が地面に流れ込み終わった瞬間、部屋全体が大きく震えだした。

 カリンが部屋に付けた炎の傷跡、炎が未だ激しく燃え盛るものから仄かに熱を帯びている物まで、その全てに魔法の赤い光が灯ってゆく。溶岩の様な煮えたぎる赤黒い光が。

 再び身体から剣に魔成素が入り込む。それを何度も何度も繰り返す。

 その光景にレインは感動していた。


(想像の十倍、いや百倍の規模だ。カリンが秘める力の奥底を俺は理解できていなかった。)


 レインは思い返していた。



「そして提案その二だ。」


 レインは魔方陣の描かれた一枚の紙をカリンに手渡した。


「カリンにはそれを覚えて欲しい。」

「これを?いいけど何に描くの?」

「今じゃないんだ。カリンには戦いながら描いて欲しい。」

「…私そんなに器用なことできないわよ。」

「いや、カリンなら出来る。というかカリンにしか出来ない。」

「どういうこと?」

「魔方陣ってのはどんなものでも描けるんだ。ペンでも、ナイフでも、…炎でもだ。」

「…それってつまり?」

「カリンの炎で魔方陣を描くんだ。部屋の床に大きなやつを。」

「なるほど。でも、炎で描いてたら怪しまれるんじゃないの?」

「直線を多めにしてある。これなら炎で攻撃した流れで描きやすいと思う。ただ如何しても削れない文字がある。そこは何とか描いてもらうしか…」

「この文字?これならあたしのステップに合わせていけると思う。」

「それだ!後は要らない炎を消して、必要な炎を残すように意識してくれたら良い!!」

「それならいけるかも…でも、この魔法でアイツを殺し切れるの?再生するような奴を。」

「それは…無理だな。一度殺せても、聞いた感じ多分復活するだろう。この魔法では一度が限度だ。でも、一度だけで良いんだ。一度でも殺せたらこの館に掛かっている魔法が解ける。外に出られるんだ!」

「…信じていいの?」

「ああ、任せろ!!よし、それじゃあもう一度全体の流れを、」

「あ、一番大事なこと聞くの忘れてた。これどんな魔法?」

「この魔法は…」



(何が一度が限度だ!一度だけ魔成素を取り込むだけの筈なのに、何度も繰り返している。魔方陣のルールを打ち壊すなんて…カリンの体内には一体どれだけの力が…)


 部屋そのものに描かれた魔方陣はカリンからどんどん魔成素を奪い取っていく。


「ううううう!!いい加減にしろおお!!」


 そのしつこさに遂にカリンが切れた。それっきり魔方陣が魔成素を吸い取ることは無かった。代わりに魔方陣から炎が吹き出た。部屋が灼熱の地獄と化した。

 それがこの大魔法の最終段階。それを黙って見ている獣では無かった。

 体は未だに動かないが、今出せる力全てを使って口から銀の銃弾を噴き出した。


「きゃっ!」


 銃弾が綺麗にカリンの剣に当たり、カリンの手から弾け飛ぶ。剣は遠く、手の届かない場所に落ちてしまった。


「【メノギド・ドゥリ】!」


 レインは三指を獣に向けて呪文を唱えた。獣は呻く声も上げずに震え出した。


(やばい!!あの剣が無いとこの魔法が上手く行かない!!でも、ここからも動けない!!どうしたら!?)


 焦るカリン。そうしている間にも魔法は放出の時を迎えようとしている。


「カリン!!これを!!」


 レインが何かをカリンに向かって投げた。カリンはそれを抱えるように受け止めた。


「これ、レインの刀…」

「やれ!!カリン!!!」


 カリンは鞘から刀身を抜き去った。きらりと輝く刀身がカリンの顔を映す。

 カリンは柄を両手で握りしめ、頭上に高く掲げた。

 それを待っていたとばかりに炎が刀に集まり始めた。炎が刀身に吸い込まれていく。

 莫大な量の魔成素を吸って作り出した莫大な炎の塊は、受け皿となる刀の限界を超えて尚、刀に集まり続けている。

 刀に罅が入った。罅から漏れ出る灼熱の光。罅がどんどん大きくなる。刀は形を保てなかった。

 刀身が鋼の粒となって辺りに飛び散った。その中から輝く一本の炎の塊。ぞっとする程の魔力の塊。それは鋼という受け皿が無くなったことで爆発する。

 猛烈な勢いで炎の塊が天井を突き抜けた。館を、街を守り続けた封印の魔法を切り裂いて。渦巻く炎が雲すら焼き尽くした。


(何もかもを焼き斬る究極の大魔法。)


 これはこの魔法をカリンに授けたレインの言葉だ。

 カリンは鞘すら焼き尽くし、全てが炎となった刀を今一度握りなおした。


「くらえ、」


 カリンは炎剣を憎き獣に向かって…


「【ヴォイア・ラ・ミディ・アルザンダ】ああああ!!!!」


 炎が…



 衝撃の瞬間、レインはつい目を瞑ってしまった。

 辺りが静まり返り、恐る恐る目を開ける。


「なんだ、これ。ははっ!」


 レインは何故か笑ってしまった。気分が高揚し、瓦礫から降りて走り出した。


「すごい、すごい!!」


 レインが興奮するのも無理はない。なにせ、


「山が真っ二つになってる!!」


 天井を突き抜けた炎はカリンによって振り下ろされた。その長さおよそ五千メートル。館の裏に放置されていた裏山が真っ二つに焼き斬られていた。

 炎の道は山を突き抜けてずっと奥まで見通せるほど続いていた。


「レイン!!待って!!」


 夢中になっていたレインもカリンの声は耳に届いた。


「カリン、これは」

「あそこ!!」


 カリンが道の先を指差した。


「アイツ、生きてる!!」


 道の先、黒焦げの物体が立ち上がったのをレインも丁度見てしまった。

 その物体はしっかりと揺れることなく立ち尽くす。その姿は黒焦げではあったが、気品すら感じる佇まいだった。

 その物体はゆっくりと敬礼の様に腕を掲げる。潰れ、焼け果てた目はしっかりと二人を見つめている。

 二人には何故かこの黒焦げの物体が綺麗な衣服を身に着けた血色のいい肌を持つ貴族の男のように見え始めていた。

 ぶちぶちと音を鳴らして、黒焦げの物体は口を開いた。


「我が名はリード!マギドラ王国軍副隊長、リード・ジストロックである。この度の働き、誠に素晴らしいものだった、褒めて使わす。レイン、貴様に我らが隊長より言伝を預かっている。心して聞くように!!」

「は、はい!」


 空気感に飲まれて返事をしてしまうレイン。


「“運命の花を背負いし者よ。世界を焦がす呪縛を超え、私の元へ来い。王都で待つ。”以上だ。」

「それだけ…?」


 想像していたよりも短く、首を傾げるレイン。


「何でそんな王国軍に属してるような奴がこんなところに居るのよ!なんであの子達を殺したのよ!!ねえ答えてよ!!」

「そして、個人的に貴様らに頼みたいことがある。」


 カリンの質問を無視して話し始める。


「この屋敷の地下に私がこの百年間、殺め続けた死体が置かれている。それをどうか、外へと出して供養してはくれないだろうか。」

「そんなの!…言われなくてもやるに決まってるでしょ!!」

「そうか…助かる。」


 黒焦げで表情など無い筈なのに二人はリードが笑っていたと理解できた。


「では、貴様らの旅に幸福があらんことを。」


 そう言って物体は腕を振り下ろした。それを合図に物体は完全に灰となって二度と動く事は無かった。


「あ…朝だ。」


 誰かがそう言った。

 その日は快晴。風が吹いて、底抜けの空へと灰は飛んで行ったのだった。

ご閲覧ありがとうございます。

次回一章完結です。

次回の更新は22年3月16日です。

ツイッターもやっています。ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

追記:一部改稿しました。

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