呪い2
(…戦闘舞踊。各地の部族で見られる儀式の一種。拳や剣を使った魅せる戦闘方法、だったか。…だが、戦闘舞踊の本質は戦闘ではなく舞踊。鍛え上げられたその型が強みであり弱みでもある。)
カリンは再び踊りの構えを取る。先程の構えよりも洗練された形、彼女が何年も掛けて自分の為に作り上げた至高の型だった。
(…この女、どう動く。)
領主は完全にカリンの次の動きを待っていた。
ゆっくりとカリンが動き出す。左足を軸にして回転しだす。右足を擦りながらゆっくりと。
すると、カリンの右足が発火した。それはカリンが剣に纏わせている猛火程の強さでは無かった。少なくとも、その程度の炎で領主と戦うことはしないだろう。再びの意図が見えない行動に領主はまた胸が高鳴り始める。
小さな炎はカリンの足から地面へと燃え移る。炎はカリンの足の動きに合わせて、カリンの周りを囲い始める。その光景に領主は少しずつカリンの目的が見え始めた。
(…戦場に自身の炎を広げることで自分の戦いやすい領域を広げているのか。この状況なら悪くない。それにしても…)
美しい。強い炎を大胆に使う上の動きと小さな炎を繊細に操る下の動き。それぞれの炎が型の一部となって舞の美しさを更に高めていた。
(…気を抜くと見惚れそうになる。)
腕を見て、足を見て、相手の全身を、目を、魔法の挙動を見ていた。普通の戦闘と見ている場所は同じ筈だったが、そのしなやかさ、優雅さ、荒々しさが男の心持ちを崩し始めていた。
それが一瞬、領主の判断を狂わせた。
カリンがステップを踏む。地面に足跡が、空中に軌跡が炎として現れる。円が出来、線が出来、点が…
剣が領主の胸に刺さった。
(い、何時の間に!?)
いや、完全に刺さりきる前に領主が後ろに身を引いていた為、浅い傷が出来ていただけだった。炎による焼け傷は出来てしまったが。
領主の目の前に立っていたカリンは一撃を入れると、少し下がって距離を取る。
(目の前に来ていたのに気が付かなかった?…いや、気が付いては、いた、と思う。)
自らの行動に困惑する領主。同様にカリンも今の領主の行動に混乱していた。
(今、コイツ、何で動かなかった!?)
自分の攻撃に対して相手がどう動くか、幾つかパターンを用意していたカリンも、動かないというパターンは想定していなかった。その為、領主に対して追撃を入れられず、引いて様子見を選んでしまった。
(もしやこの女、精神魔法を?いや、炎魔法をあれだけ使っていた。それは無いだろう。それなら…違うな。女じゃない。問題は私か。)
急に領主の手が動き出した。
身構えるカリン。
領主は自分の服を掴み、裂いた。
服の下から領主の痩せた肉体が露になる。
そして領主はそのまま、
「あ、アンタ何やってるのよ!?」
自らの胸に腕を突き入れた。血が噴き出す。そしてその手で体内をぐちゃぐちゃに搔きまわした。
あまりの壮絶な状況にカリンは息を飲むことしか出来なかった。
(…さっき私は何を考えていた?楽しむ?そんな腑抜けたことを考えているから、脳が攻撃を認識しなくなるのだ。楽しむなどという腐った考えなど捨て去れ。私にそんな資格などないのだから。)
悍ましい音を鳴らしながら腕が引き抜かれた。領主の腕は真っ赤に染まり、足元には垂れ落ちた血液が広がっている。
カリンの目に映る領主の表情は、にやついた顔をしていたとは思えないほど硬く冷めきっていた。
「…おい娘。」
領主が口を開く。その口調は以前と異なっており、妙な威圧感があった。
「な、何よ。」
カリンは少し威嚇するように声を出す。
領主の胸の傷は既に癒えており、噴き出した血溜まりも影も形も無く消え去っていた。
「…今度は私から行くぞ。」
そう言うや否や、領主が飛び出した。
蹴りが見えた。カリンは咄嗟に身を守る。構えたガードの上から強烈な蹴りの一撃。
(重っ!!)
余りの重い一撃にガードをしていてもよろめくカリン。引く隙を与えないよう、即座に領主はそのまま振り抜いた足を軸に後ろ回し蹴りへと移行した。
カリンの身体に領主の蹴りが直撃する。しかし、領主には手応えが感じられなかった。
(奴め、いなしたか。)
カリンは身体ごと回転させて直撃を免れる。
(先ずは一発!!)
そのまま無防備になった軸足に炎の一撃を入れた。足の健を切る完璧な一撃。
(このままいけ)
「っぐ!!」
二撃目を入れようともう片方の剣を振るおうとした直前、下方向から予期せぬ反撃が入る。
顎にもろに食らってしまい、後方に吹き飛ぶカリン。幸いにも腰の入った攻撃では無かった。カリンは軽く翼を広げて体勢を整えて着地をした。
何が起こったのか把握出来無かったカリンも領主を見て事態を把握した。
(アイツ、自分の足をぐちゃぐちゃにして無理矢理体勢を変えたっていうの?)
領主の太腿は骨が圧し折られて歩けるような形を成していなかった。それはもちろんカリンによる攻撃の跡では無かった。
領主は骨を自ら圧し折り、体勢を変えることでカリンへの反撃を行った。カリンはその様に推測を立て、事実領主はその方法を行ったのだった。
太腿からは折れた骨が突き出ており、足首には焼けた傷が付いている。
(あの状態なら直ぐには立てないはず…)
そう考えたカリンは油断していたのだ
領主は自らの足首を素手で切り取った。カリンによってつけられた傷を切り取るように。そして、体勢を変え、片足でカリンに向かって跳ねる。
スムーズな一連の行動にカリンは反応出来なかった。いなすこともできず、領主の素手の攻撃を脇腹に食らってしまう。
苦しそうな声を上げて転がるカリン。
領主は両手で器用に着地し、再生の終わった足で立ち上がった。
転がったままのカリンに止めを刺そうと領主が動き出す。カリンも立ち上がろうとするが、傷が痛み上手く力が入らない。
ゆっくりと歩き始めた領主は次第に足を速めていく。拳に力が籠る。
息を荒らげて走り始める。カリンはまだ上体を起こしただけ。
(やられる!!)
カリンが覚悟した瞬間だった。
領主の眼球がぐるんと揺れた。速度が次第に落ち、遂には崩れ落ちた。
焦点がカリンに合っていない。眼球がしきりに動き続ける。
領主の喉からごぽごぽと音が聞こえる。両手で口を塞いだが、手の隙間から黒く染まった血液が零れる。
「…ごぽあ!!」
決壊した。黒い血液が領主の口から噴き出た。距離の離れたカリンの頬まで届く勢いだった。
頬に血液が付いたことで我に返るカリン。
(今、行かなきゃ!!)
千載一遇のチャンスにカリンは走り出した。脇腹の傷が熱を持つがそんな事気にしている暇では無かった。
「ああああああ!!」
カリンの炎剣が領主の首を狙う。領主は震える手でそれを制そうと動く。
「そんな!!」
カリンの剣が領主の腕を払う。
「鈍い動きで!!」
カリンは身体を捻り、もう片方の剣で領主の首を掻っ切った。
「止まるかあああああ!!!」
そこからは完全にカリンのターンだった。
顔を、胴を、腕を、全身を縦に横にと滅多切りにしていく。気持ちが高ぶっているのか炎の威力が高まっていく。
見る者を魅了する舞が領主の身体を刻んでいく。噴き出た血が熱で蒸発する。
余りにも壮絶で、凄惨で、猟奇的な光景だったが、カリンの舞の輝きはそれで霞むことは無かった。
どれだけ血が飛び散ろうとも、どれだけ肉が避けようとも変わらない美しさがそこにはあった。戦いではなく芸術と呼ぶべき乱舞であった。
領主の身体は何とか人の形を保っていたが、傍から見ても分からない程原型を留めていなかった。
領主は見ていた。奇跡的に形を保っていた眼球で。領主は感じていた。赤い肉塊しか見え無いその肌で。カリンの舞の全てを。
(…ああ、美しい。)
「ぐっ!!かはっ!!」
急にカリンの喉を領主の手が掴んだ。領主はそのままカリンを引き寄せる。
(コイツ、まだ動け)
「がっは…!!」
喉を掴まれている為、息が出来ず思考も鈍るカリン。自分を掴む腕に向かって剣を振るうが、領主の反対の手で掴まれた。もう一本の剣は領主の身体に阻まれる。何度も領主の背中を指すが、領主は全く動じなかった。
(こいつ、のめ…)
カリンは一つ残った領主の目を見た。
(やばい…)
領主の腕が崩壊を始めた。何度も見た、あの光景である。
カリンの首を掴む領主の腕は灰となって崩れ始め、中から光の塊が姿を現した。
しかし、今回は以前とは違っていた。崩壊が腕から肩へ胴へと伝染していく。やがて全身が光の塊、エネルギーの塊へと変化した。
カリンは逃げ出せなかった。何も考えることが出来ない程、酸素が欠乏していた。剣を握る力が失われ、からんと地面に落ちる。
光が強まり始めた。もうカリンは一人で逃げ出すことは出来ない。
光が最大まで強まり、領主が勝利が確信したその時だった。領主は自分の脇腹に違和感を感じた。何かに刺された感覚を。
残り垂れる眼球で見る。そこには自分の脇腹に刀を付きたてる一人の青年の姿があった。
「吹き飛べ、【ブレムズ・ドゥリ】!!」
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次回の更新は22年3月8日0時です。
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追記:一部改稿しました。




