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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第一章:ミッシュ
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呪い1

 大広間の扉が開かれる。奥から長身の男の影がふらふらと覚束ない足撮りで現れた。


「…おや、貴方でしたか、呼んでいたのは。御久し振りです。」


 男は広間の扉を閉めると、先の闇に向かってその掠れた声で話しかけた。すると、それに応えるように空中に幾つかの火の玉が浮かび上がる。

 火の玉達は統率の取れた動きで空中を舞い踊った。男がしばらくその動きを目で追っていると、火の玉達はまるで息絶えたかの如く落下し、広間の隅へと散り散りになっていった。

 すると、火の玉の落下地点に突如火柱が発生した。円形の広間の壁に沿う様に発生した火柱は、お前を逃がさない、外には出してやらないと男に明確に語り掛けていた。

 灼熱の火柱は広間内の闇を払い、明かりで満たす光源となっている。広間内は男の記憶とは幾分か違った様相を呈していた。綺麗に並べて置いた筈の机と椅子は端の方へ雑に追いやられており、広間の中央には広い空間が作られていた。まるで、ここで戦おうと言わんばかりに。

 明かりは無残な広間の状況だけを映すだけに留まらず、広間の奥、火柱は中央のスペースを挟んだ反対側に立つ一人の女性を明るく映し出していた。最も、男にとっては暗闇でも関係無く見えてはいたのだが。


「ついさっき振りよ。本当にあんなことで呼べるのね。」


 女、カリンが男、領主の問いかけに答えた。


「…廊下に付けられていたパルティアル信号。魔法によってある一定の跡を付けることで他者に意図を伝える古典的な信号。…私の本でも読みましたか。」


 領主が一歩前に進む。


「…それにしてもこの炎。私の見込み違い?それとも克服でもしたのでしょうか?」


 領主は壁の炎を見てぼそぼそと喋っている。


「声が小さくて聞こえ難いのよ、アンタ。」

「…五月蠅い。…ああ、失礼。こっちの話です。」


 領主は煩わしそうに頭を叩いた。


「克服だかなんだか知らないけど、こっちは今、丁度調子が良いのよ。だから早く殺りあいましょ?アンタもそのつもりで此処に来たんでしょうし。」


 不敵な笑みを浮かべたカリンは両手に剣を持ち、挑発するよう、先端を領主に向けた。


「…やはり克服ですか。…はあ、良いでしょう。今度はちゃんと殺してあげますから。」


 虚ろな目をした領主もまた、カリンへと手を伸ばす。

 カリンが剣を交差させ、頭上に構える。ふと、カリンが目を瞑った。それを引き金に、剣に光が集まり始めた。カリンの胴から腕へ、腕から剣に魔成素が流れ始めた。刀身が赤熱し始める。

 一方、領主の腕にはひび割れが出始めていた。ひび割れの内側から赤くなった灰が噴き出る。


「はああああああ…」


 カリンが深く息を吐く。その顔はとても穏やかだった。ある晴れた朝の目覚めの時の様に。

 その時カリンは思い出していた。あの日、森の中でレインに出会ったことを。この街に来て出会った友人達の事を。館の地下で見たあの光景を。今、対峙している男に完膚なきまでに叩きのめされた時のことを。

 旅の思い出、良いことも悪いことも全部吐き出す。吐き出して、吐き出して、もう吐き出せない。出し切った今、この時に胸に残る想いを抱いて。

 カッと目を見開き、吐き出したもの全部を吸い込む。そして、想いのまま全力で吠えた。


「お前が死ねええええ!!!!このゴミカスがあああああ!!!!!!」


 一番大事な殺意を込めてカリンは思いっきり剣を振り下ろした。

 二本の剣は瞬間的に業火を纏った。黒い炎の混じった炎熱の軌跡がカリンの頭上から弧を描き、地面に突き刺さる。焔は剣を離れ、飛び掛かる斬撃へと変わった。斬撃は空気を切り裂き、地面を割り、溶かし、燃やしながら真っ直ぐに想い人へと向かう。

 実際の所、領主はこの一撃を食らっても別に死ぬことは無かっただろう。不本意ながら、受けた傷は勝手に治ってしまうのだから。

 でも何故だろうか。この時は、この時ばかりは本当に


“死ぬ”


 そう思ってしまったのだ。彼は長き年月を超えて久しく忘れていた恐怖を思い出した。数秒前までは虫けら程も気に掛けるつもりの無かったモノが突然怖くなった。

 だから彼はつい不十分なまま解き放ってしまった。腕に蓄えた必殺の一撃を。それが十分な状態だったら何が変わったかのかは、今となっては分からない。ただ、結果としてあるのは、


「ぐっ、ううう!!」


領主の熱がカリンの斬撃に完全に飲み込まれ、反射で避けようとした領主の右肩から右足までが炎の斬撃によって包まれた。

 バランスを崩す領主。起き上がろうと地面に手を付こうとして、


(…腕が無い。)


右腕が消失していることに気が付いた。そんな状態では体を支えきれず、地面に倒れ込んだ。踏ん張ろうと力を入れた足も空を切った。見ると、右膝から先も既に存在してはいなかった。

 領主の身体は勝手に再生を始めていたが、傷跡から生え始めていた赤黒い触手の動きが鈍く、まだ幾分か時間を必要としていた。


(…参ったな、)


「やああああああ!!」


 声が聞こえる。彼が恐怖を感じてしまったあの声が。


(久しぶりに真っ直ぐ、喰らった。)


 領主は見ていた。部屋を分断するように真っ直ぐ刻まれた炎の斬撃跡を。

 ただ、その先にカリンは既に居らず、倒れ込んだ領主に追撃を加えようと走り出していた。


(アイツ以来だ。)


 剣で地面を削り、炎の線を引く。先の直線的な遠距離攻撃とは対照的に、円形の広間を回り、直接切り刻もうとカリンは領主に向かって疾走する。

 領主は片腕で起き上がった。腕はまだ二の腕の半分ほどしか再生していない。


(…良くないな。これじゃあ…)


 剣は内包した熱によって空気を切り裂きながら正確に領主の首を狙う。何故か領主は動こうとしない。


「あああああああ!!」

(手加減できなくなる。)


 カリンの剣が領主の首に触れる。一瞬にして肌は黒く焼け焦げ、血が沸騰した。

 カリンは剣をそのまま振り抜き、首を胴から切り離す。そうすれば再生に時間が掛かるだろうと考えて。

 しかし、カリンの剣は領主の首を切断しきれず、奥へとすっぽ抜けてしまった。何故か。


(掴まれた!!)

 カリンの腕は領主によって引っ張られていた。カリンは身体ごと引っ張られ、顔が領主に近づく。

 カリンは怯まずもう片方の剣で攻撃すようとするが、急にカリンの身体が宙に持ち上がった。領主が後方へと投げたのだ。

 カリンは逆転した世界に一瞬だけ持っていかれた。上下が不明瞭になり、対応が遅れた。

 逆さだ、上だと認識し、領主の姿を補足したときには既に彼は迎撃の準備を終えていた。

 領主は一見するとただ後方に転んだようにも見える間抜けな姿勢を取っていた。しかし、左腕を顔の横に回してしっかりと手の平を地面に付け、腰を、足を天へと高く上げている。足にはあのひび割れが目立っている。


(不味いっ!!)


 カリンが領主の行動の意味を察知した時には、領主の片腕がまるでばねの様に身体を大きく上へと跳ね上げていた。

 領主は片腕とは思えないほど器用に、また正確にカリンを射程の範囲内へと収めた。

 領主の足がボロボロと崩れ始めた。内側のエネルギー体が外に完全に露出し、不気味な威圧感を放つ。

 カリンは完全に受けに回るしかなかった。剣を盾の代わりに構える瞬間、


「   」


領主の呟きとともに放たれた蹴りの一撃がカリンを襲った。耳を劈く爆音と、視界を遮る閃光。それらが衝撃波とともに周囲に響き渡った。

 一瞬の光が過ぎ去ると、足を振り切った領主の姿だけが空中に存在していた。エネルギー体は完全に消え去り、足は両方とも使い物にならなくなっていた。その為、領主は地面に着地が出来ず、受け身も取れない姿勢のまま墜落した。

 壁際に寄せられた机の山が音を立てて崩れ落ちる。だが、領主はそちらを一瞥もせず、壁や床の炎を見ていた。


「…殺し切ったと思ったんだがな。」


 そう言うと、少し吐血をする領主。時間を掛けて全身を再生し立ち上がった領主の顔は見るからに疲弊し、元々青白かった顔がより一層白さを増していた。

 ふらふらと一、二歩歩き、膝を付く。再び吐血する。


「…はあ、はあ、だからお前らになぞ頼りたくないんだ。」


 悪態を付き口に着いた血を拭った。

 一方、瓦礫の山の中。


「っがはあ!!…はあ、はあ。!ぐうう!」


(ぎっりぎり間に合った。)


 カリンの身体は止まっていた呼吸を再開する。肺に空気が入り込む。体が酸素を求めて胸一杯に空気を取り込み始めるが、その胸から鋭い痛みがやって来る。

 激突の瞬間、剣の防御では間に合わないと判断したカリンは咄嗟に翼を広げた。剣と共に羽毛と、筋肉、軽く丈夫な骨が領主の一撃を受け止めた。しかし、それでは防ぎきれず、翼の骨は折れ、蹴られた箇所の羽は禿げ、貫通した衝撃がカリンの肋骨に損傷を与えていた。


(体中が強烈に痛い。けど、まだマシ。これが無かったら本当にやばかった。)


 体の痛みで動けないで居るカリンの胸に淡く輝く魔方陣があった。


(レインに貰ったこれ。もう使っちゃった。)


 カリンは魔方陣をレインに手渡された時、彼に言われた言葉を思い出す。


“これは衝撃に対して反発を起こす。殴られたり、ぶつかったり、そういうのに反応するように作ってある。ある程度しか弾けないから気休め程度に思っておいてくれ。ただ、もしこれが一撃で壊れるようなことがあったら、)

(死んでたかも、か。)


 パンッと光が弾ける。

 どろりと熱い液体が額を伝った。


「はぁああああ。調子乗ったあ。」


 唇を噛むと、二度目の敗北の味が口の中に広がる。


(持て余すほどの力を手に入れていい気になってた。真正面から馬鹿正直に突っ込むなんてらしくない事平気でしちゃった。)


 カリンは痛む胸を触ってみる。


「いっ、たあ。」


 勝手に涙が出るくらいには痛んだが、幸いにも肋骨が刺さっている感じでは無かった。


(アイツの目、酷く落ち着いていた。あの状況で落ち着いて居られるのはやっぱり人間とは思えない。…でも)


 カリンは強く拳を握った。


(アイツから学べることもあった。悔しいけど。)


 瓦礫の山が火に包まれた。崩れ落ちる火の山の中からカリンが歩いて現れた。服は所々破け、体中に大小多くの生傷が見える。


「…おや、まだ休んでなくて良いんですか?」


 そう言う領主は地面に伏したまま。


「そんな格好のアンタに言われたくないわ。そのままくたばった方が良いんじゃないの?」


 カリンが指を鳴らすと、瓦礫の炎が消え去った。


「…楽になりたいんですがねえ。」


 震えた腕で何とか身体を起こす領主。焼けた服の下から見える白い肌には焼け跡は見当たらない。

 傷だらけのカリンと傷跡の無い領主。二人の様子は対照的だったが、傷だらけのカリンよりも無傷の領主の方が疲弊している。誰が見てもそう見えただろう。本人たちもそう思っているくらいなのだから。


(でも、隙が見えない。どんな状況でもこちらへの警戒を怠っていない。)


 領主は身体を震わせつつも、目だけはカリンを補足して離していなかった。


(首に剣が刺さっても引かない胆力と冷静に事を運ぶ判断力。力押しだけじゃない。対人戦闘の経験量が違う。)


 カリンが再び剣に炎を纏わせた。領主は今まですることの無かった構えを取る。足を一歩前に出し、両腕を眼前に構えた。攻めに来た敵を刈る受けの構えである。


(あたしじゃアイツに勝てない。足りないものが多すぎる。)


 カリンもそれに応じて剣を構えた。しかし、それは、


「…ここで踊るつもりですか?」


戦場を舞い踊ろうとするかの様な優雅な姿勢だった。これから死闘を繰り広げようとする者とは思えない奇怪なその姿勢に、領主は多少呆れ気味に意図を聞いた。


「ええ、そのつもりよ。あたしこれで生きてるんだから。」


 カリンの回答は何処か可笑しいものだった。


「…ここは舞台じゃ無いんですよ。」

「観客がいるだけで十分すぎるくらいよ。」


 カリンは鼻歌を歌い始めた。自分で奏でたメロディに合わせてくるくると回りだす。

 領主はあっけに取られていた。彼の人生にこんな状況で踊りだす輩はいなかったから。

 ふと領主は以前、追い詰められて歌いだした男を思い返していた。あの時の男の顔は領主にとって忘れられない記憶になってしまった。あの絶望しきって崩れ果てた眼がいつまでも胸の内に残っている。だから、目の前で踊る女は、


(…目が戦る気のままじゃないか。)


あの日とは違う。


(この女、何がしたい?何を考えてる?…知りたいな。)


 領主の顔が次第に笑みを浮かべる。不覚にも彼は今、胸が高鳴っていた。

 余計な奴らが騒いでいるがどうでもいい。体の苦しみも知ったことか。


(いいから、私に楽しませろ!!)


 すると、


「…止めるのですか?」


 カリンが踊りを止めた。領主の高ぶった気持ちが落ち着いていく。


「ええ、準備運動はもういいわ。ここからが本番。」


 その言葉に笑みが漏れる。すぐに口元を抑えたが、カリンはそれをしっかりと見てしまう。


(気持ち悪っ!!)


 辛辣だが、無理もない。今まで無表情だった奴が急ににやついたのだ。

 しかし、カリンはそれで確信してしまった。


(やっぱり、あたしじゃ無理だ。勝てない。)


 ずっとバケモノだと思っていた男の人間らしいしぐさが、かえってカリンに自身の敗北を知らしめた。しかし、それはそんなに悲観的なものではなかった


(だからあたしの戦いはここでおしまい。ここからは…あたし達の戦いだから!!)

「見せてあげるわ。あたしの…戦闘舞踊を!!」

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年3月6日0時です。

ツイッターを始めました。更新日には告知、更新の無い日にはテイルに関する様々な情報を呟いています。ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

追記:一部改稿しました。

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