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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第一章:ミッシュ
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前進

 カリンは館の主人を名乗る男に出会ったこと、戦闘になったが歯が立たなかったこと、明確な殺意を持って殺されかけたこと、自分の身に起こったこと全てをレインに話した。

 話している内にその時の恐怖が蘇ってしまったのかカリンは俯き、塞ぎ込んでしまう。


「そうか…なら少し考えないとな。」


 レインは顎に指を当て、考える素振りをした。


「…考えるって何を?」

「そりゃ、この館から出る方法だよ。傷が再生するのなら闇雲に戦うだけじゃダメだろうからな。」


 当然とばかりに答えるレイン。その答えにカリンの顔色が変わった。


「アンタ…!あたしの話を聞いて、まだアイツと戦う気でいるの!?」


 カリンが声を張り上げる。レインは荷物袋の中に手を突っ込んだ。


「もちろん。このままここに居てもただ朽ち果てるだけだからな。戦うくらいしか出来ないだろう。」


 話しながらレインは近くにあった机の上に取り出した道具を並べだす。


「まあ、やるからには勝つつもりだけどな。カリンにも頑張ってもらわなきゃ」

「冗談じゃない!!!」


 カリンは立ち上がり、机を叩いた。


「アイツとまた戦う?ふざけないで!!」

「何もふざけてなんか居ないさ。本気で戦うつもりだよ。」

「それがふざけてるって言ってるのよ!!あたしが手も足も出なかったのよ。このあたしが!!」

「それだけ相手が格上だったってことだろ。俺だってなにも無策でこんな事言ってるわけじゃない。やりようはあるさ。」

「あたしが勝てなかった相手にアンタが何をできるってのよ!!」

「俺一人で戦うんじゃなくて、カリンと俺が協力すればいいだけだろ!…何がそんなに怖いんだ?」

「それは…」

「もう一度言うぞ。俺らが今できるのはアイツと生死を掛けて戦うか、諦めてここで死ぬのを待つかだ。生きて帰れる可能性があるのは戦うことだけだぞ。生きて帰りたくないのか?殺されかけたのがそんなに怖いか?一度負けた相手と戦うのがそんなに怖いか!」

「……」


 レインの言い分に黙ってしまうカリン。


「…ごめん、言いすぎた。」

「ううん、あたしこそ。」


 我に返った二人はその場に座り込んだ。気まずい雰囲気が流れる。


「カリンはさ、やっぱり俺に話せないか?」

「何を?」

「カリン自身の事。喫茶店で話したあれ。」


 カリンは思い出したように、ああと声を出した。


「…うん。」

「そうか…」


 再び辺りに気まずい空気が流れる。しかし、レインの一言がその空気を完全にぶち壊した。


「カリン。」

「何?」

「俺、魔法使えないんだよ。」


 レインのその一言にカリンは眉を吊り上げた。


「何それ。そんな嘘ついてまであたしの気が引きたいの?最悪。」


 気に触れてしまったのかカリンは辛辣な言葉を掛ける。それをレインは無視し、ぽつぽつと話し始めた。


「この前話したろ、心映法と陣映法のこと。心映法が使えないんだ、俺。どれだけ想像をしても、どれだけ願っても手の平に魔法は生まれない。だから、いちいち魔法陣を描いておかないと魔法を使えないんだ。」


 カリンは思い返していた。確かにレインが魔方陣を使わずに魔法を使っているのを見たことがないと。もしかして本当のことを言っているのかと思うと少し胸が痛み、安らいだ。


「それだけなら良いんだけどなあ。」


 レインは話を続ける。話がそこで終わると思っていたカリンは意表を突かれた。


「まだ、何かあるの?」


 棘の有る言い方をしてしまったとカリンは思ったが、気にしていない様子でレインは少し笑い、答えた。


「ははっ、属性の適正も無いんだ。カリンの炎みたいなやつ。」

「は…?」


 カリンは絶句してしまう。レインの顔は嘘を付いている様には見えない。と言う事はカリンが当たり前に出来ていた事がレインには一切出来ていなかったのだ。もしも自分が思うだけで魔法が使えず、炎も出せなかったとしたら…そう考えるとカリンの血の気が引き始めた。


「普通は必ず一つあるんだ。心映法ならそれが勝手に魔法に組み込まれる。でも俺にはないんだ。魔法が使えない人にすら適性はあるのにな。」


 笑って話すレイン。その顔に悲壮感は無かった。だが、カリンはその顔を見れなかった。胸が締め付けられる様な気がして。


「子供の頃は色々試したさ。親が魔法店をしていたから道具には困らなかった。何度も何度も気の済むまで確かめたけど、無理だった。出たのは魔法の要素だけが形になった魔法擬きだけだったよ。あの頃は毛嫌いして全く触らなかった。」


 はあとため息をつくレイン。


「でも、今はこいつに感謝してるよ。本当ならこんなもの何にもならないんだけどな。訳有って住んでた村を出て行かなくちゃいけなくなった時、この魔法擬きだけが俺の手にあった。そうなったらこいつに頼らざるを得ないだろ。だから色々試してみたよ。そうしたら案外悪いものじゃ無かったことに気が付いた。」


 更に笑顔を見せるレイン。


「戦うよりも逃げることに向いていた。癖がない分素人の俺でも扱いやすかった。自分よりも他人の為に使った方が魔法が活き活きとしているような気がした。そうしたら不思議なことにこの魔法が縁になって友が出来た。恋人ができた。みんないい奴らだったよ。…もう会えないけどな。」


 レインはどこか遠くを見ている。きっと遠い遠い何処かなんだろう。


「生まれた頃からだから上手く想像は出来ないんだが、もし俺が普通の人の様に魔法を扱えたら、救えた命もあったんじゃないかって時々思うんだ。」


 何故かカリンの目からは大粒の涙が溢れ出していた。


「何でカリンが泣くんだよ。ったく、ほらこれ。」


 レインは笑いながらハンカチを手渡す。


「あ、りがと。ずずっ」


 カリンは渡されたハンカチで鼻をかんだ。鼻をかむ用じゃないぞとレインは声を上げて笑った。


「はあ…だからさ、今生きている命くらい、俺は見捨てたくないんだ。」

「ぐす、そんな話で気を引くつもり?」


 カリンの言葉は厳しいものだったが、照れ隠しのつもりだったのか言い方に棘は感じられなかった。


「手厳しいな。…実際そんな気持ちがないわけじゃない。ただ、俺の本心を聞いて欲しかった。何で無理にでも戦おうとするのかを分かって欲しかった。それに言ったろ。策はあるって。俺の予想が正しければ、きっとカリンの魔法を」

「レイン!」

「…どうしたカリン?」


 突然立ち上がるカリン。涙を袖で拭いてしっかりとレインを見つめるカリン。


「アンタがそんな話したら、あたしが話さない訳に行かないじゃない。」

「話してくれるのか?」


 レインの問いかけに頷くカリン。


「あたしね…」


 正直、レインは大体分かっていた。カリンが魔法を長時間発動出来ないことを。

 出会った時からやけに短い時間しか炎を出さない。魔法のブレが酷い。他の人ならまだしも、魔法を生業にしているレインには隠し切ることが出来なかった。

 レイン自身も魔法の体質に異常があるからこそカリンの気持ちは分かっていた積もりだ。カリンから秘密を話してくれることを待っていたし、信用してもらう為に自分のあまり話したくない秘密も話した。カリンの体質に合わせた魔方陣も作成済みだった。


「もう…」


 だからこそ、この告白はレインの虚をついた。


「魔法、出せないの。」

「だよな、魔法を出せ…魔法を短時間しか出せないんだろ?」


 レインは聞き違いかと思った。短時間しか出せられないのと、全く出ないのでは大きな差があるからだ。そんな言い間違いするだろうかと。


「やっぱり分かってたか。…あたしは生まれつき、魔法を長く出すことが出来ない体質だったの。里のやつらには類稀な力があるのに上手く使えないなんて、お前は出来損ないだって言われてた。」


 今度はレインが何も言えないでいる。


「でもある時、気づいたの。死ぬ気で、本当に死ぬ気で頑張ればもっと長く出せるって。嬉しかった。もう出来損ないって言われないんだって。でも気づいたの。死ぬ気で使うたびに普通に魔法を使える時間が短くなっているって。」


 カリンは自分の肩をしきりに触れる。


「最初は三十秒くらいまで使えたのが、何時の間にか十秒くらいしか使えなくなっていた。それからは出来るだけ使わないように生きてきたけど、でも旅をしているとどうしても使わないと切り抜けられない時が何度かあって、ついには五秒しか使えれなくなっちゃった。で、さっきアイツから逃げるのに一回、使ったの。そしたらほら。」


 カリンは指先を見せる。カリンの指先に体内の魔成素が集まるのをレインは感じた。次第に指先が赤く光り始めた。が、光が途切れ途切れになり、小さな火の粉がパチッと弾け、消えた。


「これは…」

「これしか出来なくなっちゃった。」


 カリンの目から再び大粒の涙が零れる。


「ずっと大事に守ってきたものでも、こんなに簡単に失くなっちゃうんだって、そんなの…」

「……」

「だからね、レイン。あたしはもう…」

「駄目だ。」


 ずっと口を閉ざしていたレインが口を開く。その顔には先程まで浮かべていた笑顔は無かった。


「うん。もう駄目。戦えないの。」

「そっちじゃない。」


 レインはそう言って机の上の道具を全て床に落とした。


「カリン。俺を、俺の魔法を舐めないでくれ。俺が言ったのはこの理論じゃ駄目だってことだ。」


 レインは袋から一枚の紙を取り出した。その紙にはすでに一つの魔方陣が描かれている。


「元々な、用意はしていたんだ。カリンの症状に似た事例は一応知っているから、その病気を治療する要領でカリンの装飾具から魔方陣を媒介にしてカリンの素の魔法を引き出せるんじゃないかって。その方法なら体への負担も減らせるからな。」


 紙に描かれた魔方陣にレインは少しずつ線を書き足してゆく。


「でも、今のを聞いて分かった。生半可な方法じゃ駄目だ。人に言っておいて俺も覚悟が足りなかった。」


 顔を上げたレインはカリンに向き直り、問いかけた。


「カリン。俺に君の全部を預けてほしい。。」

「はあ!?」


 突然の言葉にカリンは素っ頓狂な声を上げる。


「ぜ、全部って。あの全部?」

「カリンの今後の人生全部を賭けてほしい。俺ならカリンの身体を直してやれる。」

「…本当?」


 レインの言葉に赤く染まった頬も元に戻り、真剣な顔つきになるカリン。


「本当だ。この魔方陣をカリンの身体に彫って、無理矢理魔法の穴をあける。これで問題なく魔法が使えるようになる筈だ。ただし、相応のリスクもある。」


 レインは机の上の魔方陣に手を付いた。


「無理矢理、魔成素の通り道を作る以上魔成素異常になり易い。この魔方陣は俺のオリジナルのものだが、参考にした魔法では失明や四肢の麻痺などが見られたこともある。まず、体に刻むのはおすすめ出来ない類の魔法だ。」


 レインはカリンの目を見つめる。


「正直に言う。俺もこの魔法を使うのは初めてだ。だが、成功させる自信はある。」

「…うん。」

「だから、頼む!!俺にカリンの人生を預けてほしい!!頼む!!」


 レインは頭を下げた。そんなレインの肩にカリンの手が触れる。


「頭を上げて、レイン。本当ならあたしがお願いしなきゃいけないのに。…ねえ、もし治ったらアイツに勝てる?」

「ああ、必ず勝たせる!!俺がお前を、必ず!!」


 レインはカリンの肩を掴んだ。その目は熱く、情熱的にカリンの目を見つめていた。


「…ふふっ。分かったわ。あたしの過去も未来もアンタに全部任せるから。」

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年3月2日です。

ツイッターを始めました。作品内でさらっとしか言わなかった小ネタを気のままに書いているので、ぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

追記:一部改稿しました。

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