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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
第一章:ミッシュ
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決意

  深夜、的外れの館の前に一人の男が立っていた。


「フーコはここで待ってろよ。」


 そう言って男、レインは背中に背負っていた荷物袋から、眠そうに返事をしたフーコと毛布を数枚取り出した。毛布を敷きその上にフーコを乗せると、フーコは直ぐに寝息を立て始めた。

 レインは懐から取り出した手帳を開いた。館の外観と様々な文字がびっしりと書かれていた。


(館の外には特に魔法は掛けられていなかった。とすると館の中から館そのものに認識疎外の魔法を掛けたのか。)


 手帳に羽ペンで幾つもの線を描き、それらが重なった点にバツ印を付けていった。


(女将さんが館の事を中途半端に忘れていたのは、魔法が浅い状態で掛かっているからだろう。当時の住人はもう居ない事を考えると、多分館内に発生源となる魔方陣が設置されている筈…恐らくここ。)


 レインは幾つかの印の中から一つに丸を描いた。


(魔法の強度的に母屋から離れた別館、ここが発生源の可能性が高いか。)


 レインは手帳を閉じ、扉に手を掛けた。


(ん、結構重いな。)


 レインは扉の片方だけを両手で引っ張った。扉は鈍い音を鳴らしながら開き始めたが、レインの腕力では半開きの状態までしか開けることは出来なかった。


「はあ、はあ、こんな扉、両開きにしなくてもいいだろ。こんなの片手で開けられる奴が居たら化物だろ。」


 悪態を付き、服の裾で手に付いた錆を拭った。息が落ち着いてから荷物袋から手持ちのランタンを取り出し、館の中に足を踏み入れる。扉を閉めると、開けていた時には気が付かなかったあることに気が付いた。


(少し煤の匂いがするな。火事になった形跡は無さそうだが。今もどこかで?それなら一度外に出たほうが良いか?」


 そう思い、後ろの扉に手を掛けようとした。しかし、伸ばした手は何故か空を切ってしまう。振り返ると先程まで確実にあったはずの扉が影も形も無くなっている。扉があった場所を叩くが何も変化は起きなかった。


(しまった。館に掛けられた魔法、入った人間を閉じ込める罠…か。くそっ、これで魔法を解除しない限りは出られないってことか。)


 閉じ込められた事に気が付いたレインは、一先ず館を散策することにした。

 取り合えず、館に入る前に怪しいと目を付けていた別館。そこに向かうことが出来ると思われる中央奥、入り口からエントランスを挟んで向かいの扉へ向かったが、鍵が掛けられていた。

 レインが諦めて二階へと向かおうとすると、バタン!と入り口から見て左側の扉が急に倒れた。扉は歪み、蝶番は壊れていた。歪んだ扉は枠に無理矢理嵌められていたようで、バランスを崩して倒れたらしい。


(これは相当強い力で何かが扉に衝突したな。この状態で何年も立っていたとは思えない。とすると、今この館に他に誰かが居る?)


 そう思ったレインはドアの向こう、廊下の奥を見た。しかし窓からは月からの光も入っておらず、手に持ったランタンの光では奥まで見通すことは出来なかった。

 レインは仕方なく、足元をランタンで照らしながらゆっくりと進むのだった。灯りが木製の床を照らす。一歩進むたびにギイギイと軋む。


(ん?なんだこれ?)


 歩いている内にレインは床に黒い跡の様なものを見つけた。レインはしゃがみ込み、その跡に触れてみる。


(これは、炭か。周りには燃え広がってはいないようだ。さっきの匂いといい、魔成素で無理矢理燃やされたこの感じ。間違いなく魔法の跡だ。ただ…)


 レインは辺りを見回すが、炭の跡の付近には怪しいものは無かった。


(並大抵の炎魔法では、こんなに綺麗に炭を作れる程の熱量なんか生み出せる訳ない。出来るとしたら…でもこんな所に来る訳が無いだろうし。)


 レインは立ち上がり再び歩み始めたが、どこか訝し気な顔をしている。


(この辺り、更に酷い焼け方をしているな。この辺りなんか恐らく扉だったんだろうがなあ。)


 廊下の一番奥の床には更に炭の跡が広がり、奥の部屋の扉は扉だと判断できない程焼け爛れていた。


(何かがこの部屋に入ったのか?)


 レインは焼け落ちた瓦礫を跨いで部屋に入り、壁に設置されていたランプに火を点けていった。

 部屋の中は全体に本と焼け屑が散らばっていた。余程力のある者が暴れたのだろう。しかし、そんな部屋の惨状よりもレインの目を引いたのは部屋の奥だった。そこには暗闇へと続く階段が存在していた。

 レインは階段に近寄り、中を覗く。階段は螺旋状になっており奥の状況は全く分からない。だが、レインには一つ大きな確信があった。それを言葉には出来なかったが、ここに入ってしまったらもう穏やかな日々に戻ることは出来ない、そんな予感がしていた。

 レインは葛藤しつつも階段の一段目に足を掛けた。二段目に足を延ばそうとした所でレインは急に足を引っ込めた。数歩後ずさり、階段に背を向けた。


(待て待て、何やってるんだ俺は。こんな所、他の部屋に行ってからでもいいだろ。)


 心の中でそんな言い訳をしつつ、部屋の外へと歩き出すレイン。しかし、運命はそう簡単に彼を手離すことは無かった。


(今、何か光ったか?)


 レインはふと廊下の隅に何か光るものを見た気がした。近寄って確認すると、何か剣の様なものが壁に刺さっていた。どうやら先程は気が付かなかったが、金属が反射した部屋の明かりが偶々レインの目に入ったようだった。

 その剣の柄に既視感を覚えたレインは、急いで壁から刃を抜き取った。

 抜き取った剣をレインはまじまじと確認する。それは柄に赤い石が埋め込まれ、宝石の様に透き通った美しさの刀身をもつ一本の剣であった。観察を続けたレインは一つの結論に至った。


「この剣、カリンのだ。間違いない。…カリンがこの館に居る?この焼け跡も?何で剣を…これは、」


 辺りを見渡すレインは床にぽつぽつと血の跡が落ちているのを見た。

 ぼそぼそと独り言を呟いていたレインはそれを見た瞬間、ばっと振り返った。その視線の先には先程足を踏み入れかけた暗闇の階段が。何も言葉を発することは無かったが、その眼は熱く、煮えたぎっていた。


「冷静に、冷静に、冷静に…」


 剣を袋に入れ、自分に言い聞かせるように独り言を言いながら部屋の中に戻り、階段の前に立つレイン。今度は躊躇せずに足を踏み出した。

 ランタンの火を頼りに階段を下って行く。階段は石で作られており、長い事掃除もされていないのか所々が黒ずみ、苔生している箇所さえあった。空気はどんよりと淀み、湿気により壁に幾つもの水滴が流れていた。

 空間に足音が響く。自分の息遣いや、足音だけが聞こえるこの状況。それが、何故か今のレインには落ち着けるような気がした。余計な事を考えてしまう頭を静かな音で埋め尽くせるからだ。そのおかげか最下層に着く頃には幾分か冷静さを取り戻せていた。

 最下層には古びた扉があった。火の灯された蝋燭が扉を怪しく照らしている。その錆びつき具合がいっそう不気味さを引き立たせている。

 レインは床にランプを置き、扉に手を掛けた。蝶番はひどく錆びついているように見えたが、レインが力を入れると案外すんなりと開き始めた。扉の隙間から中の明かりと空気が漏れ始める。不意に襲い来る酷く甘ったるい匂いにレインは咳き込んでしまう。レインはつい扉から手を離してしまったが、不思議と扉は一人でに開き始めていた。

 涙目のレインは半目で部屋の中を覗いたが、中の光景は予想だにしないものだった。屋敷の他の部屋の何処よりも広い空間なのに綺麗に掃除がされており、蜘蛛の巣どころか床の黒ずみすら無い状態だった。部屋は手前と奥に二部屋あり、手前の部屋には百は超える程の引き出しが壁中に設置されていた。奥の部屋には十個のテーブルの上に、七つの白い布が被せられた謎の物体が置かれている。

 鼻をハンカチで抑えながら部屋に入ったレインは、壁の引き出しを引いてみた。しかし、固く施錠されているのか引き出しが開くことは無かった。他の引き出しでも試してはみるが、どの引き出しも中を見ることは叶わなかった。

 仕方なく引き出しを諦め、奥の部屋へと向かっていくレイン。


「う”っ!」


 奥の部屋に近づくにつれて匂いが濃くなっていく。レインは何度も咳き込み、次第に胃の中の物が込み上げて来た。吐き出しそうになる気持ちを無理矢理抑え込んだ。

 レインはこの部屋の異常な匂いは何が原因かと考えるが、やはり机の上の布の中身が気になった。顔を近づけてみると、想像通り匂いの発生源は布の中のモノだった。レインは冷たい布をまるで汚らわしい物かの様に端を摘み、少しだけ放り投げた。


「---」


 足だった。布の下から痩せこけた小さな足が出て来た。肌は土気色に変色し、生者の潤いは一切感じられなかった。肌には何かの薬品が塗られており、そこから強い匂いが発していたようだ。


「---はあっ!!はあっ!!」


 レインは暫し放心していたが、暫く呼吸が出来ていなかったのか、急に息を荒らげた。しかし、声を発することが出来ず、ただ後ずさることしか出来なかった。目は目の前の足や他の布などを見るために忙しなく動いている。何かを感じて緊張しているのか呼吸は乱れ、脂汗が滲んでいる。それでもレインは勇気を出して近づいて行った。

 レインは震える手で足首の辺りにかかっていた布を掴む。


「---!」


 落ち着こうと唾を飲もうとするが、口の中がひどく渇いてしまっている。一度目を閉じ、落ち着いた頃合いで一気に布を捲りあげた。

 布の下にはやはり人が横たわっていた。身長や部位の大きさから子供だと分かるが、全身が渇き、やせ細っており、その様はまるで木乃伊の様だった。呼吸音や胸部の膨らみは見られなかったが、そんなものを確認しなくとも既に息が無い事は明白だった。

 その子供の死体を見た瞬間、レインは膝を付いた。喉から声が漏れ出ている。足だけが見えた時よりも遥かに動揺が見られ、目の焦点も合っていなかった。

 レインは台に手を付いて立ち上がろうとするが腕が震えて上手く立ち上がれない。時間を掛けて何とか立ち上がったレインは死体の顔に手を触れてまじまじと見つめた。やがて呆然と見つめていたレインの口から羽音のようか細い声が漏れ出た。


「シン…」


 子供特有の丸い頬も、円らな瞳も、艶々の髪も、その全てが枯れ果てていたが、死体の顔にはシンの面影が残っていた。残っていた糸が切れてしまったのか、レインは号泣しながら床に胃の中の物を吐き散らしてしまった。


「何で、何でこんな所に居るんだよ…」


 レインは死体を見るのが初めてでは無かった。見知らぬ人が野獣に食い殺された後の光景を見たことがある。酒場で一緒に飲み交わした仲間が不運な事故に巻き込まれたこともある。もっと身近な大切な人も…。シンとはたった二週間ほど一緒に生活をしていただけだった。しかし、今朝元気に挨拶をしてくれた知り合いが無残な死に方をしている。それだけで十分すぎる程、レインの心は打ちのめされていた。

 一しきり涙を流し、胃液も出なくなった頃、レインは立ち上がった。ハンカチで目元と口元を拭いた。


「…やっぱり、慣れないな。」


 そう言ったレインは、他の台の布も取り払って行った。出てくるもの全てが木乃伊と化した子供の死体だった。シンと同じくらいの年齢の子だけでなく、もっと小さな子供さえもこんな目にあってしまった。レインはこの事実を目の当たりにし、顔をしかめた。

 最後の一枚を取り払った時、死体の横に奇妙なものを見た。台の上に小さな血だまりが出来ており、その中に三つ光るものがあった。血だまりの中に手を入れ、摘み上げる。それは円柱状で、先が尖った形状をしていた。


「これは、銃弾?こんな珍しいものが何で?」


 血だまりの中には三つの銀色の銃弾が落ちていた。レインも見るのは初めてだったが、この道具が人を殺すことが出来る物だと言うことは知識として持っていた。

 この道具によって殺されたのではと思い、血だまりと同じ台に乗っていた子供の死体から銃弾の跡を隈なく探したが、見つかることは無かった。

 しかし、その子の死体に一つだけ不思議な傷跡が付いているのをレインは発見した。


「この子、喉に噛まれたような跡があるな。」


 頸動脈の辺り。干からびてしまっていて分かり難いが、噛まれているような鋭い跡が二つ程見られた。噛み跡をよく見ると犬歯が発達していることが分かったが、歯形が野犬の様な形状では無く潰れた噛み跡。明らかに人によるものだった。他の死体はどうかと確認すると、位置は少し違えど似た跡が付いていた。


「…よし。」


 一通り確認した後、レインはハンカチで包んだ銃弾を懐に仕舞い、シンの死体が乗せられた台に近寄った。


「シン、待ってろよ。必ず、外に連れ出してやるからな。」


 レインはそう言って、部屋の外へと歩き出すのだった。

ご閲覧ありがとうございます。

次回の更新は22年2月24日0時です。

ツイッターを始めました。世界観の設定などを話していくのでぜひフォローお願いします。

追記:一部改稿しました。

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