ミッシュでの日々5
「やあっ!やあっ!」
木刀が振り下ろされる。
「良い感じだ、シン。あとは先端を真っ直ぐ振り下ろすように。」
ベッドの上に座ったレインが指導をするが、シンの年齢ではなかなか真っ直ぐ振り下ろせない。
「うーん、むずかしいよお。もっと簡単に強くなれないの?」
「ははっ、まあこういうのは継続することが重要だからな。」
文句を言い、不貞腐れ始めたシン。
「簡単に強く何てなれる訳ないでしょ。」
その様子を見かねて、カリンが部屋に入って来た。
「何事も継続しないと駄目よ。」
「でもよ、ロディはすぐに剣の達人になったんだぜ。」
そう言うと、シンは部屋を飛び出した。どたどたと足音を立てながら戻って来たシンの手には一冊の絵本があった。
「『ローデウスの冒険』ね。」
カリンは絵本をパラパラと捲り、流し読みをしている。
「懐かしいな。俺も子供の頃読んだぞ。結構ローデウスが行き当たりばったり過ぎるんだよな。」
「それがかっこいいんだよ。分かって無いな兄ちゃんは。」
レインとシンが話している内に軽く読み終わったのか、カリンは絵本をぱたんと閉じた。
「シンが何に憧れているのか分かったわ。確かに内容は子供向けの冒険譚だったわ。でもねシン、剣を初めて握った人間が龍に勝つ、そんなことは絶対にないのよ。」
「そんなことない!ロディは天才なんだ!」
「才能にも限度はあるのよ。やりたいことがあるなら努力しなくちゃ。」
言い合いを始めてしまった二人。見かねてレインは二人の間に割り行った。
「二人とも落ち着けよ。カリン、相手はまだ子供だぞ。」
レインの制止を聞き、二人は黙りこくってしまった。レインがどうしたものかと考えているとカリンが大きく息を吐いた。
「分かったわ。シンとついでにレイン、アンタ達に良いもの見せてあげるわ。」
そう言ってカリンは幾つかの荷物を持ち、二人を連れ出した。
カリンは二人を掴み、まだ賑わいの少ない飲み屋街の上を飛んでいた。初めて空を飛び、街を見下ろすレインとシンはその光景に感動を覚えていた。
そうして飛ぶこと数分、カリンは目的地であろう店の前に着陸した。てっきり空を飛ぶこと自体が良いものだと思っていた為に混乱している二人を置いて、カリンは先にその店の中に入って行った。
店は飲食をすることが出来るレストランスペースに舞台が設置され、食事をしながらショーを見ることが出来るショーレストランの店だった。
「ねえマスター、ちょっと舞台借りていい?」
「ああ、カリンじゃないか。舞台はまだ準備中だがいいのか?」
「ええ、今日はお客さんに披露しに来た訳じゃ無いから。じゃあ準備してくるわ。」
レインとシンにそう言うと、カリンは舞台の裏に入って行った。
マスターからドリンクを受け取り、席について待っていた。
すると、いきなり店内の灯りが全て消え、すぐにステージの中央が照らされる。光の中心には煌びやかなドレスを身に纏い、黄金に輝く翼を広げ、柄に赤い石が埋め込まれ、宝石とも見まがう程の美しさの刀身を持った二本の短剣を握ったカリンが居た。彼女は微動だにせず、今までに見たことの無い穏やかな表情と優雅な姿勢を取り、その佇まいはまるで何百年も前に描かれた絵画の様に、不動の美しさを見る物全てに与え続けていた。
翼が黄金色から段々と変化し始め、赤色に染まった時、カリンはゆっくりと動き始めた。
音楽が鳴り始め、それに合わせて踊り、舞い、剣を振るった。一振りする度に剣が、翼が空中に軌跡を残す。
次第に動きが早まり始める。一秒すらも留まり続ける事の無い軌跡。その軌跡同士が重なり始める程の速さで剣を振るう。それは息を飲んで見ることしか出来ない二人に、まるで本当に何かと戦っている、そんな幻覚を見せる程、鬼気迫るものがあった。
上から襲い来る敵を切り、下から迫りくる敵を捌く。その戦いの動きの全てが一つの舞となる。段々と敵が増え、それが極限に達した時、鳥の足は地を離れ、大空へと舞い上がった。
空を駆け、飛び回る姿はまるで自由を得た鳥そのものだった。立体的な動きで剣を振るい、軌跡が螺旋の渦を描く。敵を次々に撃墜していき、遂には全てを打倒し、地上へと再び舞い戻った。カリンが舞台に座り込むと光が消え、店全体の灯りが付いた。
「ふう、ちょっと待ってて。着替えてくるから。」
そう言ってカリンは店の奥に入って行った。レインとシンは何も言えずにポカンとしていた。そこに喫茶のマスターが近づいてくる。
「どうだった兄ちゃん達。ああ、その顔を見りゃ分かるよ。」
マスターはそう言って既に誰もいない舞台を見つめた。
「あの嬢ちゃんはいつもふらっと来て、今みたいにさらっと演舞して貰うもん貰って、さっさと帰って行くんだ。店に来て三十分もしない内に出てっちまうんだが、その間の空気感ったらすげえんだ。普段なら横目で見ているだけの奴も、おひねりなんか払わんというドケチなんかも、みんな見入ってつい財布のひもが緩くなる。あれは才能だけじゃねえ、相当の努力の賜物だろうな。ずっとこの町で踊っていて欲しいくらいだよ。」
それらを黙って聞いていたシンは努力という言葉を小声で反芻していた。
「マスター良いわね。コイツらにもっとあたしの凄さを教えてやってよ。」
「その性格が無きゃ良かったんだがな。なあ兄ちゃん。」
ホントですねと笑いあう二人と怒るカリン。店内は先ほどとは打って変わって、賑やかさが生まれていた。
「じゃ、そろそろ帰るわ。また明日来るわね。」
唐突にそう言い放ったカリンは、マスターの返答を待たずに二人の手を引いて店の外へと出て行ってしまった。
行きとは逆に歩いて帰ることにした三人。
「ねえシン、あたしの舞踏、凄かったでしょ。」
「うん、凄かった…」
シンは俯きながらそう言った。
「そうでしょ。自慢じゃないけど、あたしって…天才なのよね。」
唐突な天才発言にレインとシンは呆気に取られる。その様子にカリンは気づくこと無く話を続けていた。
「あたしは昔から初めて聞いたり見たりしたことをすぐに実践できちゃうタイプなの。うちの里では何だって一番に出来た。戦闘舞踊だって初めて舞を見た日には既に踊れたもの。でもね、」
快活に語り続けていたカリンだったが、少し顔に影が差した。
「それはずっと皆の前を走ってるんじゃない。少しだけ走り始めが前の方にある。ただそれだけなのよ。他の人の数年先でスタート出来た事に胡坐をかいていたら数年先には追い抜かれる。戦闘舞踊は決まった型があるわけじゃなくて、その時その時で違ったものになる。才能よりも経験が重要なの。それは剣も同じよ。天才でも凡人でももっと上に行くために重要な事、それが努力なのよ。」
力強く言い放ったカリンをシンは目を逸らすことなくじっと見つめた。
「だからね、シンには努力を続けて欲しいの。本当に欲しいものを諦めることの無いようにね。」
その言葉にシンは大きく頷いた。カリンはシンの頭を優しく撫でた。
「うん、宜しい!じゃあご飯でも食べてから帰りましょうか。」
そう言って歩き出したカリンの後姿をレインはただ見つめるのだった。
ご閲覧ありがとうございます。
次回は22年2月18日0時です。
追記:一部改稿しました。