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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
4章:ブランターヌ
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学校見学

「まだまだでしたね。」


 レインの数歩前を歩くジョッシュが呟いた。


「そ、そうでしたか。」


 動揺するレインだったが内心教師は難しい職業だと感じていた為、言葉よりはしっかりと身に染みているのだった。


「ええ、初めの方は緊張で口調がぶれぶれ。少し間が開いて教室内が静まりすぎる事もままありましたし、それに……、」

「それに?」

「いきなり飛ばし過ぎですよ。生徒は貴方の事を、貴方は生徒の事を良く知らないのですからお互いを知る時間を用意するのも大事な事ですよ。次の授業では先ずそこを意識してください。」


 厳しい意見だ。しかし的を射ている。次の魔導工学実習は予定を変更して自己紹介も兼ねたものとしよう、そう胸に決めながらレインは頭を下げた。


「……ご忠告感謝します。」

「ですが、授業の本題に入った後はまあいい感じでしたよ。貴方が大事だと考えている基礎の分野と授業で教えるべき発展分野が程よく混じっている内容で、かつ生徒達にも考える余地のある授業づくり。やはり専門外の指導員に教科書を読ませるよりも専門家の教師初心者の方が生徒の心を掴みやすそうですね。」


 頭を下げているレインはまさか自分の授業に高評価の部分があるとは思っておらず、更に堅物そうなジョッシュからお褒めの言葉を貰えるとも思っておらず、聞き違いでは無いかと顔だけ挙げてジョッシュを見つめた。


「……褒めているんですよ。少しは嬉しがったらどうですか?」

「そ……あ、ありがとうございます?」


 押されたレインが感謝の言葉を口にすると、ジョッシュは眼鏡をくいと上げつつ手に持ったボードをちらと見た。


「さて、次の授業は昼過ぎのようですね。数時間空きがありますが、どうしますか?もしここの居心地が悪いのならば一度帰って頂いても構いませんが。」


 学園の一年生の一日の授業数は五つで、昼を境に午前三つ午後二つの授業が行われる予定だ。

 さて、今は朝一番の授業を終えた所。次のレインの担当授業は昼の二番目の授業である。どうしても五時間近くの長い空き時間が出来てしまう。確かに一度宿に帰ってゆっくりするくらいの暇はあるようだ。

 しかし、レインにはブランターヌ魔導学園の敷地に入ったからにはどうしてもやりたいことがあった。


「もし許してもらえるのなら少し学園内を見て回りたいんですが……いやもちろん各部屋の研究内容まで詳しく見せろって言ってる訳じゃ無いんですよ?ただ学園内の把握とちょーっとだけどんな魔法の研究をしてるのか見せてもらえたらななんて……」


 下手に強請るレイン。しかし、魔法マニアの側面を持つレインはどうしても学園内を歩き回って見たかった。もし叶うならば珍しい器具や不出の特殊魔法なんかもちょっとだけ見られないかと内心期待していた。


「いや、駄目なら駄目で仕方ない、」

「別に構いませんよ。」


 かなり下手に下手に頼み込むレインだったが、ジョッシュは何でもないように軽く了承した。これにはレインもびっくり。


「もちろん簡単にお見せ出来ない部分もあるので、そこは避ける様に私がご案内しますよ。」


 見せられない部分がある、これ自体には何の問題も無い。寧ろありがたい話なのだが、この言いぶりはジョッシュが案内まですると言う事なのだろうか。


「え?案内までしてくれるんですか?でもジョッシュさんにもご自身の研究があるんじゃないですか?」


 幾らサポートを任されているとは言っても授業外の散策にまで突き合わせるのはレインも気が引ける。もしも嫌々なのだとしたら遠慮しようと考えていた。


「その様子ですとリッタ教授は貴方に自身の研究に関して何も話していないようですね。……余り自分の手の内を自分で話したくはないのですが、まあいいでしょう。私達は精神体の構造、及び魔法との関係性についての研究を行っています。」


 レインの言葉を受けてジョッシュは何の説明も無しのリッタに呆れながらも渋々自らの事を語りだした。


「精神体は魔法を生み出す為の人体構造の一部と考えられていますが、その実態は未だ謎に満ちています。精神体を解析し、再現や増幅を行う事で魔法の発展をまた別の切り口で目指していく……それが我々の研究内容です。」

「そうなんですか。……それが案内とどういう関係が?」

「まあ落ち着いて。精神体は肉体と違って人によっての差異がかなり大きいです。特に貴方の様な特殊な体質の方は母数が少なく研究が進んでいません。そこでお手伝いという名目で貴方の身体を解析させて貰っています。」


 衝撃の事実にレインは困惑する。


「え!?そんな……何時の間に!?ていうか勝手に!!」


 レインは自分の身体を探り怪しいものが無いかチェックするが、そもそもジョッシュからの物理的接触は皆無だった筈。


「手口は秘密です。それに貴方にとっても悪い話では無いと思いますよ。我々の研究が進めばその特異な体質の改善も夢ではありませんし。」


 そう言って眼鏡をくいとあげるジョッシュ。自分の身体、と言うより精神体をじろじろと見られるのは良い気分では無かったが、もしも自分や仲間の体質が改善出来るかも、とそう思ったら魔法好きのレインとしては断る訳にはいかなかった。


「まあ……それなら良いですけど。」

「貴方の近くに居る事が私の研究そのものでもあるので、私の負担については気にされなくても結構ですよ。」


 確かに彼の研究が自分の案内に繋がって、一部不本意ではあるものの納得は出来たレイン。


「うぅん……じゃあ案内お願いします。」


 改まってジョッシュにお願いをするのだった。


「畏まりました。では近場の魔法解析棟から案内しますね。」


 そうして二人は魔導工学棟の出口を抜けて青空の下に出た。


「……この学園には全部で五つの棟があります。魔導工学、魔法解析、精神体構造、肉体構造、神秘と魔法はこの五つの分野に分けることができ、それぞれの究極を目指して研究する為の棟が作られました。これから向かうのは魔法解析、端的に言えば心映法によって具現化する魔法を研究する棟です。」


 二人は敷地内の道を歩いて行く。石畳の様に固く、それなのに石の切れ目が見当たらない一枚岩の様な道を。

 レインは魔法解析棟に向かうまでの間、ジョッシュの話を聞いていた。


「肉体と神秘?最初の三つはまだしもその二つは何ですか?」


 話の話題は専ら学園についてだった。短時間だったが聞きごたえのある話題をレインは楽しんでいたが、ある話題の所でいきなり疑問が湧き出た。


「マイナーですからね。その二つについては……後程にしましょうか。まずはこちらの……、」

「うえ!?……おえ。」


 後回しにされて残念がるレインは気づかぬ内に地面に描かれた線を踏んでしまった。途端に視界が歪み、馬車酔いと濃霧を足して割った様な曖昧感に襲われた。


「直ぐに治りますよ。」

「あ、ほんとだ。……でっかなにこれ。」


 ジョッシュの言う通り視界の歪みは五秒ほどで自然に消えて行った。

 視界が明瞭になったレインが顔を上げるとそこには巨大な建造物が鎮座していた。

 元々は道路が引かれているだけの空き地の様な空間だったのが、レインが目を離した数秒の間に巨大なレンガ造りの建物が突如この場に出現したという事か。……否、よく見れば建物の端だと認識していた部分の空間がうねり、まるでカーテンが開かれていくかのように建物は奥に伸び続けていた。


(あれ幻惑魔法だ。パドの所の屋敷と同じ……だけど魔法の規模が桁違いだ。)

「魔法解析棟の中からご案内します。どうぞこちらから。」


 スムーズに扉の前に移動していたジョッシュが扉を開いてレインを迎い入れる。

 建物の中は至って普通だ。何の変哲もない。だからこそ無から発生するような異常では無い、自分が良く知る魔法がこの巨大な建造物を隠していたのだと強くレインに実感させた。


「驚いたでしょう。防犯や景観維持の為に普段は幻惑魔法で覆っているんですよ。」

「はいもう本当に……あの規模だとどれくらいの人手が居るんですか?二、三十人じゃ済まないでしょう?」


 ジョッシュの言葉以上に酷く驚愕していたレインだったが、それはそれとして興味は勝る。自分が設計するならどのくらいの規模になるかと直ぐに技術者脳に切り替わっていた。


「いえ一人も。あの魔法は完全自動なんですよ。」

「じ、自動!?自動ですか?」


 レインは想定を遥かに上回られる奇怪な現実に、より一層胸躍らせた。

 この建物の魔法を再現すべく計算を始めるレイン。しかし、魔法の対象にする物体を大きくすればするほど魔法の複雑さよりも膨大な魔成素動力の存在が必要不可欠になると答えが出てしまった。それも、人間換算でおよそ数万単位の。

 到底人の手で作り上げられる規模感では無いと、そこまで思い至ったレインはここが普通の土地ではないことを思い出した。


「俺が今まで作り上げて来た魔方陣の中に自動で動くものは幾つもありましたが、そのどれもが魔成素の動力源タンクに相当するものが必要不可欠でした。この魔法も例外では無いですよね?」

「やはり鋭いですね。この学園は龍神渓谷の膨大なエネルギーが川の様に流れる脈から漏れ出た溜まりの丁度真上に建てられています。そこから吸収した魔成素だけでこの建物の魔法は形成されている訳です。」


 やはりと思うと同時に龍神渓谷にそれほどまでのエネルギーが流れているのなら、非現実的だったあの魔法もこの魔法も実現できるのではとレインの中に魔が差した。


「へえ……それは色々と利用出来そうですね。」

「ところが、この建物の魔法でバランスが成り立ってしまったようで、これ以上エネルギーを搾取してはいけないと決められてしまったのです。だから他の四つの棟にはここと同じ幻惑魔法が仕掛けられていないんですよ。」


 悪うい顔をしたレインだったが、ジョッシュが差した水は頗る冷たくて途端にレインの悪ぶった思考を飛ばしてしまった。


「ああ……それは残念ですね……。」

「悔やんでも仕方ありません。私の祖父が生まれるより前の話ですから。さ、許可が下りたので行きましょう。」


 ジョッシュは顔の見えない受付から渡された館内用の通行証を懐に仕舞うと、三又に伸びた通路の真ん中を先導して行く。


「この棟は学園の全棟の中で最も広い為、全域の見学許可を貰う訳には行きませんでした。なので、魔法解析学の教授直属である新魔法研究室にアポを取りましたが大丈夫でしたか?」


 このジョッシュの確認にレインは目を輝かせた。


「いえいえ!!!!寧ろありがたいです!!!!俺も自分で魔法を創ることがあるんですがやっぱり発想は一人分だったり手が足りなかったり施設も手作りの脆弱なものしか用意できないのでいつも徹夜で限界ぎりぎりの生活になってしまうんですけどここなら施設は十分だし人手はプロフェッショナルが集まっていてそれぞれが多彩なアイデアを出し合っているのなら相当の魔法が完成すると思うんですよあの魔術師の眼月みたいな!!!!」


 レインは気分が高揚していた。これから向かう場所が如何に魔法にとって重要な施設なのかを一息すら入れずに語り終えたその後には、ぺんぺん草も生えない荒れ地の様に死んだ真顔のジョッシュが口を開く。


「……そうですね。もう少しで着くので少しお静かに。」

「確かにそうでした。今からこんなに興奮していては後に響きますよね。これ以上は着いてからにします。」


 何か言いたげなジョッシュだがあえて言わずにそれ以上は無口で、あの研究室の奇人達とぶつければ昂った気持ちが対消滅でもしてくれるだろうと愉快失礼な事を考えながら歩いていた。


「……。」


 通路は光魔石で明るく照らされている。二人の薄い影が壁の掲示物に映る度にレインの視線は好奇心を持って辺りにちらついた。


「着きました。」


 ジョッシュが立ち止まった。


「ここが……。」


 レインの目の前には木製の扉がある。扉には雑な彫り込みで『しんまほうけんきゅうしつ』と書かれていた。


(なんか他と違くないか?)


 レインは違和感を覚えて近くの他の部屋の扉を見た。他の扉はつるつるとした謎の素材で作られているのに対して、目の前の扉はそこらで拾って来たような黒ずんだ木の板で作られている。場所に似合わない質素さが異様な雰囲気を醸し出していた。


「お先にどうぞ。」


 そう言って助手は一歩……いや十歩程下がった。


「え、なんでそんなに離れるんです?」

「お気になさらず。」

「……じゃあ。」


 嫌な気配を感じつつもレインは扉のノブに手を掛けた。やたら軋む。ぎりぎりと詰まるような感覚を手のひらで感じつつもレインは思い切りノブを捻った。


ぐりん!!


(開いた!!)


どおおおおおおおおおおおおんんんん!!!!


「実験は失敗だ!!」

「またドアが!!」


 扉がレインもろとも吹き飛んだ。壁に激突してあわや気絶しかけたレインの耳が部屋の中からのものであろう慌てる声を捕捉した。


「おや、意識があるんですね。頑丈ですね。」

「じょ、ジョッシュさん。知ってて先に行かせましたね。」

「怪我は嫌だったので。」


 扉に下敷きにされたレインが恨み言をジョッシュに話している様子に部屋の住人が気が付いたようだ。


「ああ!!お客さんが巻き込まれてます!!大丈夫ですか!!」


 心配して駆け寄ってくる声があったので余計な心配はを掛けまいとレインは瓦礫を避けて立ち上がった。節々が痛そうだ。


「あ、大丈夫そうですね。」

「なら実験の続きだ!!」


 様子を確認した二人は直ぐに部屋の中に帰って行った。レインを介抱する訳でも謝罪する訳でもなくただ様子を見に来ただけだったようだ。


「ジョッシュさん?」


 何だ彼等はとのレインの視線をジョッシュは汲み取って、きっぱりと答えたのだった。


「ここは新魔法研究室。各分野の迷惑児が集められた、学園一のトラブルメーカー集団です。」

「なにそれ。」


 てっきりレインのイメージでは意識の高い技術者が潤沢な設備を駆使して研究を行っている筈だった。しかし扉が外れた部屋を見ると古びた木製の机は焦げ跡が目立ち、設備と呼べるほどの機能的なものは無く、研究者は何日部屋から出ていないのか体の汚れが目立ち部屋から漏れ出る香りには鼻を摘まみたくなる。


「相当楽しみにしていたでしょう。さどうぞ。」


 ジョッシュが中に入るように促すがレインの気持ちは想像との乖離で酷く冷めきっていた。


「ええ……。」

「……ふふ、すみませんこれは意地悪です。」


 ジョッシュは少し悪そうに笑った。対するレインは突然の告白にぽかんと呆けている。


「な、なんでそんなことを。」

「ちょっとしたお茶目……もありますが、実際にはこの棟の見学許可はそうそう下りないからですかね。唯一許可が下りたこの研究室へのレイン先生の期待が凄かったので、面白うそうだからここの評判は黙る事にしました。」


 騙された!!と思うとともに、期待を高め過ぎたとレインは項垂れた。


「でもここの技術は本物ですよ。よく新作魔法を外に出しては良い意味でも悪い意味でも話題になっていますし。」


 レインはもう一度部屋の中を見た。壁に貼られた描きかけの魔方陣はレインの目でもぱっと見るだけでは理解が出来ない程複雑に構成されている。


「確かに腕はありそうですね。」

「先程レインさんが言っていた空の眼月の制作者も彼らが有力候補なんですよ。」

「え?あれ……作った人分かっていないんですか?」


 魔法が観光名所になっていると聞いた時から、てっきり学園が主体となって魔法を表に出しているものだとレインは思い込んでいたが、ジョッシュのこの口ぶりでその考えは大きな間違いだと気が付いた。


「はい。とは言え割と何時もの事ですよ。飽きられてきた頃にひょっこり制作者が手を挙げるのが通例のようなものですから。」


 それでいいのかと疑問が沸き上がると共に、記憶の中のあの月がなんだか不気味に見ている気がしてならなかった。


「それはなんか、想像出来ないですね。」

「最も、そもそも町に大規模な魔法を仕掛けるのは一部の狂人だけですよ。我々も理解できている訳では無い事を覚えておいてくださいね。」


 しかし黙認はしているのだろう?その言葉を飲み込むも、この学園と自分の最も大きな思考の溝にレインは気が付いてしまった。


「それで中は見て行かれますか?今さっき失敗したばかりなら少しの間は安全に見学出来ると思いますが。」


 レインは室内から漂う垢の匂いを考えないようにしつつもきっぱりと、答えたのだった。


「遠慮しておきます。」

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