SideB 遭遇
レインが初めての授業に挑戦していた頃、カリンは暇していた(暇ではなかった)ライガを連れて町の病院へと足を運んでいた。
「肌の方はほぼ完治していますな。流石、鳥人含め亜人の方々は頑丈ですな!!」
翼の包帯を解くとカリンの腕が露出する。昨日の昼にはそこに痛々しい咬傷の跡があった筈だが、今の彼女の腕には精々強い抓り跡の様な赤みだけが浮かんでいた。
「ほんと!?じゃあもう踊りに行っても大丈夫?」
「駄目。綺麗に治ったのは表面だけですぞ。骨の罅が治るまでは我慢することですな。」
カリンはゴーサインを貰えると高を括っていたが、まさかのストップに驚愕した。
「ええぇぇ!!あとどのくらい待てばいいの!?」
「この調子なら大体十日といったところですな。まあ気長に待つのが吉ですぞ。」
「そんなあ……。」
医者は淡々と告げる。カリンは余命を告げられたかのような絶望の顔で愕然とするが、そこまでの事じゃないだろうと突っ込む者もその場に居なかったので診察室内は妙に深刻そうな雰囲気が漂っていた。
「塗り薬を出しておくのでそれで気を紛らわしなさいな。」
医者はそう言って椅子に座り込むカリンを診察室から追い出した。
「はぁ……、とんだ災難だわ。」
薬の入った紙袋含めた荷物をライガに持たせて道を歩くカリンがぼやいた。
「なあ、なんで俺は連れてこられたんだ?本当に必要だったか俺の立場。」
朝から連れ出されたライガは病院でも待合室で待機させられていた。カリンの診察に付いて行くでもなくただ待って居たその時間、ライガは自分がそこに居る理由を考えていたのだった。
「そりゃもちろん荷物持ちに決まってるでしょ。怪我人に重い荷物を持たせるっての?」
カリンにそう言われてライガは荷物で埋まった自分の両手を見た。外出用の鞄は確かに腕の骨に異常がある者が持つには少し重量がありすぎるようだが……
「いやまあそれは正論なんだが、お前は何ていうか……あるよな余裕。」
見るからにカリンは元気そうだ。それこそライガの手元の鞄を振り回すことが出来そうな位には。
「あーいたいいたい!!ほねがいたむわぁ!!」
ライガの指摘を得て、カリンは白々しく腕を押さえて痛がり始めた。その様子をライガは氷の様に冷え切った眼差しで見ていた。
「俺、お前のそういう所凄いと思ってるよ。マジで。というかこの量なら荷物持ちすら要らないだろ。」
そもそも片腕は怪我してないんだから、とライガは付け加えてカリンの鞄を突き出した。それをカリンは翼で邪魔そうに払う。
「これから買い物に行くの。面倒事のせいで昨日はなあんにも出来なかったんだから。今日は取り戻すのよ!!」
張り切ってガッツポーズまでして燃え上がるカリン。対してライガはそんなことかと更に呆れるのだった。
「そういうのはレインに……って今日から教師だったな。はぁ、今日だけだからな。」
この面倒事はレインに丸投げしようと考えたライガだったが、生憎レインは今この時初めての授業に挑んでいた。これでは頼りにすることは出来ない。
己の運の無さを嘆きつつ、これ以上時間を掛けるのも返って建設的で無いと気が付いたライガは渋々今日という時間を女王カリンに捧げる事を決めた。
「決まりね。じゃ行きましょ。」
ブランターヌ中心街のブティックの一つ、その一角に二人は訪れていた。
「ねえこの服どう?」
そう言ってカリンが手に取った服は彼女にしては珍しい寒色系。これを着ていたら彼女の印象は大きく変わりそうだ。
「……目立つ色だと思う。」
しかし、ライガの答えは色に関するもののみ。カリンの質問をそのまま捻りなしで受け取ったようだ。
「似合うかどうかを聞いてんのよ。あまり身に着けない色なんだけど印象変わるかしら?」
あまりに女心を分かっていないライガから自分の求める答えを引き出そうと誘導するカリン。それを聞いたライガはそういう事かと何か納得したように頷いてこう答えた。
「似合うぞ。」
「あらほんと?どこが良い感じ?」
ライガはカリンと服を見比べ、刹那の思考の後にはっきりと答えた。
「色がいっぱいで目を引く。」
カリンは眩暈を覚えた。まさかライガが見ていたのがカリン自身では無く髪色だったとは。
「目立つ色だからじゃないの!!アンタもしかして人を色でしか見てないんじゃないの?」
「失敬な。他にもあるだろ……ほら香りとか。」
真剣な顔のライガは香りを嗅ぐように手を仰いだ。
「文明に生きてる人間とは思えない言動ね。……ぷっ!!」
今まで隙を見せて来なかったライガのポンコツ加減を目の当たりにしたカリンは呆れを通り越して面白くなってしまった。
「じゃ、アンタの価値基準に合わせたげる。」
カリンは持っていた服を置くと、悪戯な笑みを浮かべてライガを店の外に連れ出した。
「どう?いい香りでしょ?」
「おお!!これなら分かるぞ。いい香りなんだろ。」
ここはブティック近くの香水店。
カリンが差し出した香水の瓶を受け取ったライガは自信満々に答えると無警戒に鼻を近づけた。
「嫌な香りが売ってる訳無いでしょ。どう?あたしの舞と合うかしら?」
カリンがしなりと腕を揺らすその横で、強い香りに鼻をやられたライガは涙目になりながらも律儀に答えようとしていた。
「いや俺はカリン踊りは見た事ねえから分かんねえぞ。」
「あれそうだっけ?なら今度見せてあげるわ。あたしのが初めてなんて究極の贅沢なんだからね。感謝しなさい。」
「はいはい楽しみに……ん、あれ見てみろよ。」
自分の舞の素晴らしさを自慢に胸を張るカリンを程々にあしらったライガはふと店の外に視線を移した。そして何か目ぼしいものを見つけたのかカリンにも外に目を向けるよう指を差した。
「何よ急に。……あれこの前の変なおっさんじゃない。」
カリンもライガに倣って外に目を向けると、そこには数日前にキルイルで出会った……と言うよりも一方的に迷惑を掛けてきた厄介者の姿があった。名前は……、
「確かシルバだったっけか。」
「よく名前覚えてたわね。あたしは秒で忘れたわ。」
一行に大きな印象を残していった男シルバは店の外の今は明かりの付いていない街灯の下に立っていた。まるで誰かを待って居るかのようにしきりに辺りを見回しながら。
「あいつもこの町に来てたんだな。」
「見つかると面倒そうだから気づかないフリしましょ。せっかくのショッピングが呑んだくれに邪魔されちゃ堪んないわ。」
そう言ってカリンは近くの棚に隠れる様に屈んで顔を出した。
「あの時も酒に酔ってた風じゃなかった気がするが、俺もその意見には同意だ。」
見つかると面倒くさいとライガも続いて棚に隠れた。二人の大人が並んで屈みながら顔だけ出している様は非常に奇怪で、店員が訝しむように見ている事を二人は知る由も無いのだった。
「あ、誰か来たみたい。もう隠れなくても良さそうね。」
シルバを観察する事一分、どうやら本当に待ち合わせをしていたようだ。彼に近寄る大きな影が店内から伺える。
「誰かと待ち合わせでもしてたみたいだな。……なんかあのおっさんが小人に見える程小さな男がやって来たぞ。」
「へえ、ほんとに凄いわね……ってああ!!!!」
急に大声を出して立ち上がるカリン。訝しんでいた店員の目が更に怪しむ目に変わった。
「な、なんだいきなり大声なんてだして。」
「あいつ、あいつよ!!昨日の大男!!
そう言ってカリンはシルバの横の大男を指さした。言われて見てもライガには彼が件の大男だとは分からなかったが、カリンの記憶には鮮明に残っている。間違えようがなかった。
「ちょっと行ってくる!!」
「おい行ってどうするんだよ。礼でも言うのか?」
店を飛び出そうと走り出すカリンを引き留めるライガ。
「逆よ!!文句言ってやんなきゃ!!アンタのせいでまだ耳が痛いのって!!」
助けられたというのに勝手なことを叫びながらカリンはライガの制止も聞かずに店を飛び出して行った。
「……ちっ!!逃がしたか!!」
十秒と掛からず目的の場所へと辿り着いたカリンだったが、既に二人は居なくなっていた。目立ちすぎる体躯の男は見渡せば見つかるだろうに、辺りには影も形も無い。
その場の目的を果たせずに仕方なく元の店に戻ったカリンはライガと共に万引きの疑いを掛けられて、二日連続の嫌なお出かけになったのはまた別の話である。
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