それぞれの始まり
専門用語を用いて長々と語ったチグは非常に真剣な眼差しを見せた。
「……???」
この場で唯一魔法に一切の知識を持たないプルディラは可哀そうに……全てを愚直に聞いてしまい、キャパを超えて目を回してしまっていた。
「……。」
レインとチグの様子を黙って、神妙な面持ちで眺めていたリッタだったが、静かな外見に反して内心テンション張りっぱなしだった。
(そう!!そうだチグいいぞ!!それでこそお前等“特進組”を連れて来た甲斐があったってもんだ!!)
そう何を隠そう今レインに質問を浴びせるチグも、その周りで自分の番を待つ少年少女達も、特進組と呼ばれる魔法の知識と実力を認められた学園内でも有数のクラスに属しているのだ。
(レインどうだ?ガキ共だと見くびっていたか?ここに居る連中はいずれ九割九分が研究員の役職に就くエリートの卵共だ。当然その疑問もハイレベル!!普通に魔法を使う上でまず必要のない高等技術の齟齬をいかに正確に見抜き、訂正できるか。正直専門分野が違うとはいえ俺も正確に答えられる自信は無え!!)
情けない独白を漏らしながらリッタは事の顛末を見守る。レインはどんな答えを彼に送るのか。
(先ずはチックが描いた魔方陣を提出させる。話はそれからだ。)
次の手を読むリッタは困ったように口を開くレインを見守っている。
「えっと、君がどんな魔方陣を描いたのか分からないから……、」
(そう!!)
リッタの思い通りに事が運ぶ。ボードゲームを嗜む時の脳に流れる麻薬物質がリッタの身体を沸騰させる。
(だからチックに魔方陣を!!)
「取り合えず今この場で君のミスを教える。【ミディ】の使い方が下手だ。」
しかし、型が決まりきったボードゲームと現実は違った。
「……何?」
リッタの快楽が一瞬で止まり、代わって気持ちのいい寒気が肌を撫でた。
「【ミディ】の使い方って……知ってますよ!!初歩の初歩じゃないですか!!」
レインが何を言うかと思えば、高等技術を使える自分を馬鹿にするような指摘にチックは怒り心頭であった。周りからくすくすと笑い声が聞こえ、それがチックの若いプライドを刺激した。
「じゃあ【ミディ】が何を意味する魔法言語なのかはっきりと答えてくれ。」
「そりゃあ属性魔法を実体化する魔法言語ですよ!!」
「それだけ?」
腹の立つほど冷静なレインに余計怒りが募るものの、自信のあった回答にはっきり、足りないと宣言されてしまいチグはレインの求める答えが見つからず黙るしかなかった。
「ならやっぱり【ミディ】に間違いがある。本来の【ミディ】は魔法で決まった形を形成するものだ。球や柱、応用的な形では剣や槍のような物質に継続的に纏わせる等のね。でもこの概念はかなり曖昧なもので、炎魔法を普通の炎の様に映し出す魔法だって弱くはあるものの決まった形ではある。だから万能的に魔方陣に用いても思った通りに起動する。」
レインの言葉でチグは思い出した。幼い頃、自分が魔法に魅入られた起源の本に似たような記述があった事を。でも、その記述は本の端に半ばヒントの様に書かれていただけ。そんな細かい事が重要になるとは思ってもみなかった。
「でも万能じゃない。それに近いだけだ。今回のチグ君の場合、高等技術を複数用いて遠隔魔方陣を作成した。魔法は属性魔法の噴出型、つまり【ミディ】にとってはそもそも苦手な形式の魔法を複雑な技術しかも遠隔で作り出せと言われているんだ。無理があるのは分かるだろう。だからミディが記された第二層で止まってしまう。」
確かにいつも魔法が失敗したのはミディが含まれた第二層ばかり。チグはレインの指摘が完全に的を射ている事を思い知った。
「チグ君。君がまずやるべき事は二つ。初歩の基礎分野をしっかりとお浚いする事と、より初歩の技術である見直しを徹底する事。……周りの皆も他人事じゃないぞ!!」
厳しい指摘を食らい俯くチグに向けられた嘲笑へレインは一喝を入れる。
「今の話を聞いて少しでも思い当たる節がある人はもちろん注意が必要だが、一切思い当たる節が無い人はより大事に思えよ。気づかない内に彼と同じ様なミスをしているぞ。この場では初歩的部分を軽視せずに魔方陣を描けていると胸を張って言える人だけ質問を受け付ける。はい、質問のある人はもう一回手を挙げて。」
レインの合図で上がる腕は先程に比べて非常に少ない。チグを笑っていた声よりも遥かに数が無い。
「やっぱり皆自信が無いんじゃないか。魔法は危険なものなんだ。それが分かっているから俺は初歩の技術だって手を抜かない。だから今ここに立っている。君達にも同じ心構えで机に向かって欲しい。……とは言え、全員の答えが初歩の段階で片が付くとは思っていない。チグ君の魔方陣だって本当は他の要素が原因かもしれない。今手を挙げなかった人達はまた後日、魔方陣を持って直接質問に来て欲しい。」
レインがそう言うと、少し重くなった空気に生徒達の返事が木霊した。
「はい、残りの時間はさっき手を挙げた数人の質問に答える時間にします。じゃあ……ミント君どうぞ。」
言ったは良いもののやっぱり大半の生徒の名前が分からず、取り合えず知っている子供を指名したレインを恍惚の眼差しで見つめる者が居た。リッタである。
(おいおい……こいつら特待組だぞ。あのルルイドも制御に手を焼いたってのに、あっという間にこのざまか!!久々に良いもん見た!!……しかしそうか。見誤ったな。熱狂的な魔法ファンかと思ってたけど、こいつはあれだ。魔法が魔法食って生まれた魔法の子だな。あれだけの情報から推測だけで原因を特定できるのは夢の中でも魔法の事しか考えていない様な常識外れだけだ。良かったぁ、俺常識人で。)
あれが魔法しか考えていない顔か……とリッタはレインを眺める。今は丁度ミントの話を聞き終えたレインが解決策を提示している所。当然魔法の事しか考えていない。
(フォレストの爺さんの遺言のせいでもあるが……こんなにも学園寄りの逸材、手放したくねえぇ!!一か月後もっかい頼んだら残ってくれねえかな。無理だろうなぁ。あんま立場に執着しなさそうだもんな、しゃあない。代わりに時間は出来た。俺は“俺のすべき事”を果たすとしよう。)
……
ところ変わって、ここはブランターヌの繁華街。
「感動しました僕はっ!!!!」
周りの一目も気にせず大声を上げたロビーの目には涙が浮かぶ。
「ふふん!!だから言ったでしょ。あたしは名実ともにトップダンサァなのよ。」
隣のカリンは華やかな衣装を脇に抱え、自慢げに鼻を伸ばしていた。
この会話で大まかには分かるだろうが、カリンはこの日市内の劇場に飛び込み営業をしたのだった。カリンの舞はやはりここでも評価が高く、付き添いのロビーもろとも関係者を魅了することに成功した。
「これでお金にも困らなさそうですね!!」
「そうね。ようやくレインから借りっぱなしのお金を返せそうだわ。」
そう言って財布を開き、頭で算盤を弾くカリン。にやりと笑みを浮かべたまま街路の角を曲がった。
すると、
「おいやめろお前等!!」
先の方に何やら人だかり。一般人の慌てる声も響いて聞こえる。
「何かしら。」
「行ってみましょうカリンさん。」
何の騒ぎか気になって二人は騒動の群衆に近付いて行った。
集っていた人々は性別、年齢に統一が無い。ただ通りがかった通行人が何かの騒動へ野次馬のように集まっているだけだろう。
「ねえ、何があるの?」
カリンが群衆の一人にそう尋ねた。
「ん?あれだよ。」
群衆の一人が指差した先を見ると男が二人激しい勢いで殴り合っている様が見えた。
「ええ……何あれ物騒ね。」
「ですね。」
殴り合う二人は死にもの狂いの形相だ。肌が切れて血で濡れた拳を同じく血染めの相手の顔面へ叩き込む。それはもはや喧嘩ではなく本気の殺し合い、決闘と呼ぶに相応しいものだった。
余りの殺意に群衆は皆引き気味に、呆れと焦りの表情を持って遠巻きに見守っていた。
「……行きましょ。」
「え!?……あ、はい。」
関わり合いになりたくなかったカリンはさっさとその場を離れたかった。困惑したままのロビーを連れて別の道から帰路に就こうとしたその時、
どおおおおん!!!!
「え?何、何の音!?」
騒動の中心から凄まじい衝突音が響いた。その後ぱらぱらと割れた石が散らばる音が聞こえた。
「あ、えと……。」
流石にカリンも無視できず群衆の元に戻ったが、群衆の誰も動けずに居る。何が起こったのかカリンが問いかけるもショックで口が開かないようだ。
「もういい!!退いて!!」
カリンは痺れを切らして群衆を押し退けた。そうして出来た隙間から中に入ると見えた。……罅割れ砕けた石壁と倒れ血を吐く男の姿が。
「ちょっと!?大丈夫!?」
男の容態を確認しようと直ぐ様駆け寄るカリンは躊躇なく血だらけの男を抱きかかえた。
「ゴホッ……。」
(酷い出血。多分内臓をやってるわね。)
男は口から血塊を吐き出す。鼻溢れる血は止まりそうになく、段々と顔色が悪くなっていく。
「誰か!!医者を呼んできなさい!!」
立ち尽くす群衆にカリンは怒声を上げる。その声で一人、また一人と我を取り戻し、医者を呼びに走る者や応急処置をしようと血塗れの男に駆け寄る者等が出て来た。
「ちょっとアンタ!!この人、壁に叩きつけたんでしょ!!喧嘩か何か知らないけど、幾ら何でもやり過ぎよ!!直ぐに警察が来るからね。ブタ箱の中で頭冷やしなさい!!」
抱えていた男を引き渡したカリンは肩で息をする相手の男に向き直り、苛立ち交じりの罵声を浴びせた。
「ふーっ!!!!ふーっ!!!!」
相手の男は興奮が全く収まっておらず、腕に網目の様な血管を浮き出させながら荒い息を吐き出している。そしてその血走った眼は倒れ気を失った男を串刺しにしていた。文句を言うカリンなど眼中には無いかのように。
「アンタ!!ちょっとどこ見て……!!」
男は朧気な足取りで進み始めた。怒りを露わにしているにも関わらず自分を見ようとしない男に一層怒りを募らせるカリンだったが、男の行き先視線の先を見て察した。
「まさか……追い打ちを掛けようっての!?」
今まさに生死の狭間を彷徨う血塗れの男に向かって歩みを進める男の顔面には鬼気迫る狂気が刻み込まれていた。
「おい止めろ!!」
危機を察知したのか群衆の中から数人が飛び出して男を羽交い絞めにする。
「ああああああ!!!!」
しかし、歩みは止まらない。三百は超えるだろう錘を全身に乗せながらも男は何も変わらないかの様。
そして男は雄叫びを上げながら纏わり付く人々を振り払った。失礼ながら余り大柄ではない、寧ろ小柄な男が片手で成人男性を振り払うその光景はもはや奇抜な劇を見ている気分になる。
「待ちなさいっ!!」
ただ、これは劇ではない。実際に重症者が襲われかけている現状をカリンは黙って見ていない。人々が振り払われるや否やすぐさま駆け出した。
翼を大きく広げ、一気に男との距離を詰める。男が自分に視線を寄こさない事を逆手に取り、視覚の外から大胆に接近した。
「おら!!じっとしてなさい!!」
大きく広げた翼を目隠しに使い、カリンは男に覆い被さりながら地面に押さえつけた。彼女の逞しい腕力に掛かれば一般人程度身動きも取れなくなる……筈だった。
「な、何この力!?押し、戻されるぅ!!」
上半身を力尽くで押さえつけられているにも関わらず男の身体が次第に持ち上がり始めた。
「嘘っ!?こいつ足だけで起き上がろうとしてる!?」
なんと男は足の力だけで身体を持ち上げ始めていた。腰が地から離れ、カリンの乗った上半身すらも徐々に上がっていく。
「人間の身体ってこんなこと出来るの?信じられ、痛っ!!」
人体の構造的に疑問すら覚える体勢の男に気を取られていたカリンの翼から激痛が迸った。不意の出来事についカリンは腕の力を緩めてしまった。
「しまった!!ううっ!!」
男の身体を抑圧していた腕力が弱まったことで二人の力関係が逆転する。一気に体を前に起こし立ち上がった男とバランスを崩して背中を打ったカリン。形勢逆転、不利になった景色で一つ見えた事態があった。
「こいつっ!!噛んでるっ!!あたしの宝石の如き至宝の翼をっ!!」
男の口はカリンの翼を咥えていた。平たい切歯が羽を噛み潰し、犬歯が肉を裂く。人の食事を遥かに超えた肉食動物の如し狩りの咬合力だ。じんじんとした痛みが絶え間なくカリンを襲う。
「離せっ!!」
カリンは一刻も早く男から翼を取り返そうと手を伸ばすが、男は爪で引っ搔く野生動物の様な抵抗を見せる。
(な、何よこいつぅ!?もう炭にしちゃおうかしら!!良いわよね!!もうめんどくさい!!)
カリンが絶対に良くないことを考え、つい魔が差して手に魔成素を溜め始めたその時、
「やめときな。」
誰かの声が聞こえたと思えば、
どんっ!!
カリンの身体が後方へ突き飛ばされていた。
「きゃっ!!何、暗!?」
尻もちをついたカリンの顔に影が掛かる。まだ夕方少し前、日が沈むには早すぎるとカリンは首を上げた。
巨体。謎の巨体がカリンに当たる日の光を遮っていた。
「え、誰?」
我がレインパーティの中で最も身長の高いライガですら遥か及ばない筋骨隆々の巨漢が目の前に立っている。カリンは一目その男を見ただけで気圧されてしまった。
「……兄ちゃん。おいたはその辺にしとけよ。な?」
(え?)
男は手元の何かに話しかけている。カリンはソレが何か確認し、戦慄した。
(この男……あいつを片手で抑え込んでる!!それも軽々と!!)
先程まで暴れていた男の身体が巨漢の片手でがっちりと、身動きが一切出来ない程がっちりと囚われていた。しかも巨漢は本気の様子ではない。ぐずる子供をあやす位の気楽さで男を掴んでいる。
巨漢のもう片手は翼を咥えていた口の中に突っ込まれている。顎を下に引いているのか、男は噛むことも吠える事も出来ずに空気の様な唸り声だけを垂れ流していた。
すううううぅぅぅぅ……
巨漢が急に息を吸い込み始めた。元から分厚い胸板が空気で膨張してゆく。やがて膨らみ切り、豪肺が風船のように多量の空気を保持する。
「な、何を……!!」
一瞬、にやりと笑みを浮かべた巨漢は手元の男へ顔を向けて一言。
「ばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
爆音と突風と人が飛ぶ。
人?人が宙を舞って居る。
巨漢の叫びは嵐を呼んだ。それも物理的に。
吐き出された息は猛烈な突風と化し、お道化る様に叫んだ破裂音は爆弾を濃縮したかの様な強烈な大気の揺れを引き起こした。遠巻きに見ていたギャラリーのその大半は突風によって地面を転がり、風圧に耐えきった者は爆音によって耳に異常をきたしていた。
(な、なによいまの……。)
カリンは今、猛烈な吐き気に襲われていた。爆音によって脳が揺さぶられ、激しい耳鳴りと眩暈が眼前の景色をビビッドな虹色に染め上げるエッセンスに様変わり。
どしゃ……とカリンの目の前に崩れ落ちたのは暴れていた筈の男の無残な姿。顔中の穴と言う穴から体液を垂れ流し、死体にほど近い気絶姿となっていた。
「ガハハハハ!!!!ちょっとばかしやりすぎちまったなぁ!!!!」
「ちょ、ちょっとて……」
豪快に笑いこける巨漢は背後のカリンに向き直る。初めて見えたその顔は数多の傷で装飾された、まさに歴戦の男と言った風貌。
「よう姉ちゃん。気分はどうだい?」
余りに凶悪な見た目をした男が凄まじい被害を出した後にそんな問いかけをするものだから、カリンも流石に委縮して、
「……最悪よ。」
一言そう答えて気絶した。
ご閲覧いただきありがとうございます!!
今回の更新はここまでです。次回の4章中編?後編?になるかは未定ですが、レインの学園生活とカリン・ライガ組のブランターヌ観光の2画面でお送りします。ぜひ楽しみにしていてください。
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