雇用(買収)
「はあああああああ!!??聞いてねえぞ!!!!何を勝手に!!」
リッタに掴みかかるレインとそれを真顔で見つめるプルディラ、辺りにはくすくすと笑う生徒達。
「いやいや、後で説明はするけどよ、勝手なのは俺じゃなくてフォレストの爺さんの方だぜ。」
「グリーニヤ……。手紙に何が書いてあったんだ?」
中央の壇上で睨みあうレインとリッタ。ざわついていた屋内が徐々に静かになってゆく。
「後で話すって。それよりもほら、子供達。」
リッタが周りに向けて指をさした。視野が狭まっていレインが顔を上げると、子供達からの純真で好奇な視線が肌に突き刺さった。
「見てるぜ。今は流れに乗った方が利口じゃないか?」
何をしているのかという子供達の純粋な心は荒ぶったレインを多少冷静にさせた。
とは言え、いきなり先生として働けという横暴に屈する訳には行かない。レインには魔道具の行商という仕事がしっかりとある訳だからだ。
「分かった。後で話は聞くけど、ここで教鞭を執るのは駄目だ。俺だって自分の魔法の技術に自信が無い訳じゃないが、誰とも知らない子供に教えられる程信頼関係を気にしていない訳でも無い。貴方も技術者なら分かるだろう?そういう事だ。」
そう言ってレインはプルディラの手を取って壇上から降りた。
(基本分野でいいのに。レインは真面目だなあ。)
意思を代えがたいレインを見てリッタは好感を持ちつつも少し手を変えてみることにした。
「なあレイン。」
後方からリッタが声を掛けた。ニヤついた顔が想像できる声色にレインは嫌な顔をした。
「……何だよ。」
「ちょっと相談があるんだ。」
やはりニヤついていたリッタがレインを再び壇上に呼び寄せる。目を細めて手招きするその様子は故郷の有名な置物を想起させて、レインに少しの苦みを与えた。
「この子達には悪いけどやる気は無いって。」
「いやいや、これを見てよ。多分やりたくなるぜ。」
リッタは何か小さな紙切れを一枚、レインへ提示した。しかし、少し距離がある。レインはリッタが何を差し出しているのか確認するため今一度壇上に戻った。
「……何だこれ。数字が書いてある紙切れじゃないか。」
リッタが持ち出したのは紛れもなく紙切れ。それも貨幣でない只の数字が記載された紙。レインはリッタが何故こんなものを出して来たのかよく分からなかったが、取り合えず数字を数えてみる。ひい、ふう、みい……
「くはは、これは小切手っつってな、フォレストの銀行がちょっと前に発行し始めた特別な券だ。」
その情報を聞いてレインは紙を良く観察した。すると、どういう技術か光の当たり方でフォレスト商会の大樹のマークが浮かび上がるではないか。
「ほんとだ。……いやいや、だからってこの紙が何になるんだよ。」
「銀行が発券しているんだぞ。数字が何に変わるかなんて想像もつくだろ。」
そう言われてレインはしっかりと紙を目に焼き付けた。
「んん?……五、ゼロゼロゼロゼロゼロゼロ…………っドラ!!?」
急に跳ね上がったレインの声を拾った魔道具が爆発的な高音を呼び、室内の生徒達は皆揃って耳を塞いだ。
レインは紙に記載されていた数字がマギドラ王国で流通している通貨ドラを単位に持つことにようやっと気が付いた。その額なんと五百万ドラ。
「もしかしてこの券がその金額の代わりに使えるのか?」
「実際には券と金を銀行で交換出来るって話だ。」
リッタはそんな持っているだけで手が震えそうなその券をひらひらと見せびらかす。
「そんな誰もが咽喉から手が出る程欲しがるこれを……はい。」
「へ?」
リッタは五百万ドラと交換できる不思議な券をレインに向けた。その様はまるであげると、リッタは価値の分からない子供の様にレインに券を受け取って欲しいかの様な素振りを見せた。
「一カ月間指導員として働いてくれれば、この券を給料の代わりにお前にやるよ。」
「ご、ごごご五百万ドラだぞ!!?給料にしては高額すぎるだろう!!」
これは何かの罠だ!!と疑心暗鬼の心で券と相対するレインだったが、心持ちとは裏腹に券から目が離せない。
デジットハーブから出費続きだったレインは多少懐に余裕が無くなっていた。魔法の町ブランターヌに着いた事だし露店でも開くか、と考えていた所に一度の売り上げの数十倍の金額をちらつかされた為、決意が俗によって揺らいでしまったのだ。
「うちの指導員なら差ほど可笑しな額じゃないぞ。それだけレイン、お前の技術を買っているんだ。……子供達と今直ぐに信頼を結ぶのは難しいかもしれないが、コレで俺達との信頼は鋼よりも強固なものになるんじゃないか?」
「うううう、おおおおおお……!!!!」
レインは勝手に伸びそうになった右手を左手で押さえつけた。まだ理性が残っていると見て、リッタは締めの追い打ちをかけた。
「……そういやお前、魔道具の行商みたいな事やってたよな?指導員やってくれるならうちの購買でそれ、売ってもいいぜ。聞きたいだろう?自分の作品を手に取った魔導関係者の生の声をさ。」
「ひゅっ!!!!」
がしっ!!
リッタの指先で揺れる券の先をレインが掴んだ。
「お?」
リッタが手を離すと券はレインの手からだらりと垂れ下がり、ふわふわと揺れていた。
「……一月だけだぞ。」
そう言ってレインは大金の種を懐に仕舞い込んだ。買収成功である。
「はい。レイン先生が"快く"承諾してくれたので、このまま、」
「はい。リッタ教授先生。」
レインとの密談を終え、話を再開しようとしたリッタに向けて生徒群の中から一人、手を挙げる者がいた。
「なんだ?ミント君。」
名前を呼ばれた生徒はその場に立ち上がった。髪をきっちりと整え、両腕を体の横にぴったりと付け、顔には大きな丸眼鏡を付けた彼は優等生の風貌をしていた。
「お二人の会話は全て聞こえておりました。生徒の手本となるべき教員のお二人がカネで買収とは如何なものでしょうか。僕はお二方の不誠実な行いを見逃す事は出来ません。」
「うっ!!」
ミントの言葉は今のレインの耳に大ダメージを与えた。直視できなくなったレインは目を逸らしたが、その先にはじっとりとした視線を送るプルディラの姿もあり……
「……。」
「仕方ないだろ。……あっ、そんな「これだから」みたいな反応するなよ。」
レインの苦し紛れの返答に呆れたように視線を背けるプルディラ。その挙動にレインはショックを隠しきれなかった。
「あちゃあ、聞こえちゃったか。」
「白々しい態度は止してください教授先生。」
周りの生徒達もそうだそうだと騒ぎ立てる。ミントの発言によって空間は見事に二分、レインとリッタはアウェーに追いやられてしまった。
「ええい五月蠅い!!大人なんてこんなもんで良いんだよ。ここでは誠実さなんかより実力を評価するって散々言ってるだろ。」
ざわざわと喧しい生徒席に向かって大声を張り上げるリッタ。隣で物理的にも耳を痛めたレインは魔道具を使えばいいのにと考えていた。
「ああもう分かったよ。」
大人の自分が声を張り建てても止まない喧噪に痺れを切らしたリッタが音を上げたようだ。
「つまり君達が不満なのは実力を評価するってのに実力も分からないレインを買収しようってのが気に食わないんだろ?」
「いえ、そう言う訳では、」
否定するミントだったが、多くの生徒達はそうだそうだと新たに吹き始めた風に乗り出した。反乱も一枚岩では無かったと言う事だ。
「じゃあそんな君達が納得出来るようにレイン先生にも一肌脱いで貰おう。」
「あんた、最初からそのつもりだったろ。」
何時の間にかしたり顔を作っていたリッタはきっと初めからこのシナリオを考えていたのだろう。二度もリッタに嵌められたレインはそろそろ順応しつつあった。
「この一カ月の間に、君達の中に堆積した魔法に関する疑問の数々。それをこのレイン先生に解決してもらおう。学生諸君程度のイージー問題なら事前準備もなにも要らずにぱぱっと解決出来るもんな。君達もこれなら満足だろ?」
リッタの誘導にまんまと流された生徒たちはその問いかけに肯定の返事を次々に送る。その中で唯一と言っていいほどに冷静だったミントは周りの熱気を肌で感じながら再び手を挙げた。
「ミント君どうぞ。」
「皆がこれだけ望んでいるのですから、今日はそちらで手を打ちます。」
「寛大な御心に感謝するよ。他の教授にそんな口の利き方するなよ。」
「大丈夫です。不真面目なのはリッタ先生くらいですから。」
生意気な、と呟きながらリッタはレインの背を押して壇上に戻らせた。
「後は頼むわ。」
「また急に……はあ、そういう事みたいなので何か質問のある人居る?」
リッタの無理強いに順応を始めたレインが生徒達に問いかける。すると生徒達が一斉に手を挙げた。
「わっ!!ほぼ全員だな。」
その人数に驚くレイン。一月でこれだけ疑問がこれだけ蓄積するとは、よっぽど魔法についての研究が盛んなのだろう。
今日中に全員は難しそうだなと考えながらも、記念すべき一人目を指名しようとしたレインだったが一つ頭から抜けていた事項があった。
(名前が分からない……。)
生徒の名前が誰一人として分からなかった。急にこの場に立たされたのだから無理もないが。
「はい、はい!!!!」
仕方なく生徒の容姿や特徴でピックアップする事にしたレインは円形の講堂を見回した。その中で印象に強く残った元気一杯の男子生徒が一人居た。
「そこの一番声が大きな君、名前は?」
始め、男子生徒は自分が指名されているとは気が付いて居らず、隣の席の女の子に指摘されてようやく気が付いた彼は急いで立ち上がった。
「はい!!魔法工学科一年、魔法動力亜機械学部所属、チグ・トチックです。」
「チグ君ね。早速、どんな魔法のどんな所に疑問を持ったのかなるべく詳しく教えて。」
「はい!!」
彼の名を頭に刻み、レインはチグにそう促した。するとチグは期待感に染まった息を吐き出し、一つ咳ばらいをして心持ちを整えると……
「僕が所属している魔法動力亜機械学部では魔導機械技術者を目指し、その先駆けとして機械に準ずる装置『亜機械』を魔法による動力で半自律的に稼働させる方法を模索しています。僕はまだ本研究に関われる程実力が伴っていない為、トレーニングの一環として亜機械に搭載する外部魔成素起動型魔方陣を作成していました。具体的には遠隔で魔法を起動出来るように僕の適正属性である雷魔法の噴出型魔方陣をファクセルの最適化理論を用いて最適化し、ププ・アイカ法で増幅処置を行いました。これらの高等理論については参考書を開きながら丁寧に仕上げたので深刻なミスは起きないだろうと考えていたのですが、実際に魔方陣を起動してみると思ったように光らず、魔方陣の第二層が淡く色づいただけで終わってしまいました。この失敗に対しての僕の考察は上記二つの理論の深度不足かと考えていたのですが、仮にその点について修正した場合魔方陣のサイズが現時点の二十大のサイズから数倍に膨れ上がると考えられます。亜機械に搭載する為には現状のサイズに留める必要があり、魔方陣をどれだけ小型に最適化するかを二週間程試行錯誤しましたが解決に至っていません。先生の考察をお聞かせください。」
と大真面目に語った。
「きゅう……」
プルディラが目を回してしまった!!
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次回の更新は2月3日の12時です。
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