ブランターヌ魔導学園の罠
(……俺は何故囲まれているのだろうか。)
ブランターヌ魔導学園の敷地内にある講堂。普段指導員が授業を行うその施設の教壇に立つレインは生徒達に囲まれていた。
手紙を渡しに来た筈のレインが何故このような状況に居るのか。説明する為に少し時間を巻き戻すとしよう。
……
「【オルデ】。凄いんだぞこの魔導機械。呪文一つで好きな階層にひとっ飛びだ。」
ここは学園にある塔の中の一室。リッタはここが目的地だと言い、二人を建物の中に押し込んだ。
塔は校舎と思われる他の建物とは一線を画す高級な造りをしている。フォレスト商会の創設者だったグリーニヤはこんな所にもコネを持っていたのかと感心するレインの姿も見られた。
「へえ、これも魔導機械だったのか。不思議な造りだとは思っていたけど、こんなに身近にあるものとは……。」
「な、何!?その言い分……さてはフォレストにも行ってきただろ!!言っとくけどな、これはそこらに溢れている程安っぽいもんじゃねえよ!!フォレストにあるのは内の提供品だ。つまりこっちが先!!」
学園の技術力の高さにプライドを持つリッタが憤慨を見せた所で、小部屋は最上階到達のアナウンスを鳴らした。
ピンポォーン
「あ、着いたな。邪魔するぞ。」
到着を確認したリッタはノータイムで小部屋の扉を開け放った。扉は大きな音を立てて内側の壁に内当たった後、ぎいいと悲し気に揺れていた。
「はあ……リッタ、静かに入って来いと何時も言っているだろう。」
小部屋を出て真っ先に目に入るのは、ブランターヌを一望出来る超高層の絶景だった。網目模様に並んだ街並みが全面に張られたガラスに遮られる事無く映し出されていた。
その景色を眺めながら悩まし気に溜息をつく男が居た。
「ああ、すみませんね。次は気を付けますよ、学園長。」
「嘘を吐け。それより例の件はどうなっ……誰だお前達は。」
反省の無いリッタの様子に呆れる男、学園長が振り返った。学園長はリッタへの要件を口にしていたが、横に立つレインとプルディラの姿に気が付いて代わりに疑問を声に出した。
「初めまして。レイン・マスベと言います。」
「そういう事を聞いているのでは無い。何故部外者がここに居ると聞いているのだ。リッタ、さっさと摘まみだせ。」
「いやいや、そういう訳にもいかないんですよ。落ち着いて事情を聞いて下さい、学園長。」
あわやレインは用も果たせず追い出される所だったが、怒れる学園長をリッタが宥めることで一端場は収まった。
「……何?おれに用事?」
「はい。亡き友人から貴方宛ての手紙を預かっています。……あれ、どこだ?」
レインはそう言って封筒を取り出そうとしたが見当たらない。レインが荷物袋の中を探している内に、警備員から取り返してそのまま持っていた封筒をリッタは学園長に渡していた。
「はいこれ。住所に間違い無いでしょ?」
封筒の住所を表に向けるリッタ。学園長はそれを一瞥すると再び溜息をついた。
「確かに間違い無いな。だからと言ってアポイントメントも無しに部外者をおれの部屋に入れるなリッタ。ここには重要機密が詰まっているのだ。後で反省文を提出しろ。いつもの倍な。それにお前。」
「は、はい。」
リッタへの説教から鮮やかにレインへと標的が移った。説教慣れしているのか実に見事な移り変わり。レインは反射で返事をしてしまった。
「どう考えてもここは重要施設だろう。こんな高層に階層移動用魔導機械で出入りする部屋が一般開放されているとでも思ったのか?チッ、教授と名乗っていたとしても、怪しい男には着いて行くもんじゃない。反省しとけ!!」
「すみません……。」
「ちょ!?怪しい男って俺かよ!?」
リッタを鬱陶しそうに押し退けた学園長は封筒の頭を掴み、ぱたぱたと振った。
びりぃ!!
そして封筒の頭を細く千切った。掠れる様な音を立てて封筒に出来た口の部分から学園長は手紙本体を取り出した。
「チッ、来ちまったもんは仕方ない。目くらいは通してやるが……大体死んだことを報告に来させるような殊勝な心掛けを持った奴なんざ友達に居ねえつの。若僧が使いの時点で大した身分でもねえだろ。どうせどこぞのパーティかなんかで一目会ったくらいの名前を覚える必要もない……」
学園長はぶつぶつと文句を垂れ流しながら手紙を開いた。
「……グリーニヤが死んだのか。」
手紙の差出人を確認した学園長は目を見開いた。散々友人が、大した身分がとぼやいていたが、差出人がグリーニヤと知ると顔に出来た皺が伸びてしまう程に驚いていた。
「グリーニヤ?グリーニヤと言うとフォレストの?」
「ここの古い出資者だ。……おい小僧、老衰か?」
恐らくグリーニヤの死因を聞いている。ジェイルマンによる死に誘う無慈悲な呪雨で命を落とした彼の死因は……
「悲しい事故です。先日のデジットハーブで起こった大災害が彼の尊い命を奪い去りました。……いえ、不運とは保身の為の言葉でした。本当なら救えた筈の命もあったのに……。」
「……ふん!!一人間風情が大それた事を口にするな。死んだ者達はそれが運命だったまでだ。イライリネスの経典でも読んで己を弁えておれ。」
学園長は苛立ち強めにそう言い放つと、落ち込むレインを無視して手紙の続きを読み進めた。
「……ちっ、あのジジイ半世紀も前の貸し借りを持ち出してきやがった。これだから寿命の違う生物は嫌いなんだ。」
「へえ……こんな秘密をね。」
「勝手に覗くなリッタ!!……だがまあ、おれの弱みが書いてある事はこの手紙が本物である証拠ではあるな。全く腹立たしい。」
苛立ちを募らせる学園長の小言が自然と増していく。手紙を読み進めるごとに眉間の皺がより深い影を見せた。
「……ったく。そもそもおれとあんたの関わりなんざ大してねえだろ。なのにこんなっ……忙しい時にっ!!ちっ、葬式でも上げろってのか?金なら出してやるからんなもの身内でやってろての。……おい坊主、プルディラてのはその娘か?」
急に顔を上げた学園長はレインの隣で暇そうに俯くプルディラを見てそう言った。
「はい。そうです。」
「ほおん、そうか……は?何言ってやがる。あのジジイはここを何だと思ってるんだ。……おいリッタ。こいつを見ろ。」
プルディラがレインの隣の少女だと認識した学園長は再び手紙を読み始めた。が、直ぐに何か異常な文章を見つけたのか顔を歪めてリッタを呼び寄せた。
「ええ、何ですか?……へぇ、これは。」
「どう思う?おれとしては無しだが、この件に関してはおれよりお前の判断の方が多少正確だろ?」
「……どちらかと言うとアリですね。」
二人の声は非常に小さく、レインは内容を聞き取れないままただ不思議そうに見つめていた。
「何故だ?」
「昨日彼の手法を見る機会があったんですが、多少気になる点はあれど技術面は前任に負けず劣らずって感じです。手際だけで言えば上かもしれないですね。」
「ほう……。」
学園長は品定めをするようにレインにじろりと視線を向けた。
「……これはおれの直感何だが、あいつはどちらかと言うとおれ達寄りだろう。もちろん悪い意味でな。」
「くははっ!!確かに。ですが後任の者が学園に来るまでの一月の間、手持無沙汰であるのも事実です。……試して見ませんか?この話を前向きに考えているのであれば、ですが。」
リッタは部屋に置かれた時計を一瞥すると、手帳を取り出して何かを確認した。
「丁度授業も終わる時間です。第一講堂と陣映学の一クラスをお借りしても良いでしょうか?」
「……レイン・マスベと言ったな。」
「はい。何でしょうか?」
学園長の問いかけに多少緊張を残した声でレインは答えた。
「グリーニヤ氏の遺言、しかと受け取った。内容は……まあ氏らしいものだったのだが、我々には少し手の余るものだった。そこで、君さえ良ければ手を貸して貰えないだろうか?聞けば中々の陣映法の技術を持っているそうじゃないか。」
ブランターヌの教授が自分の魔法技術を褒めている。そのことを誇りに思うレインだったが、逆にその教授陣が手に余るその内容が気になった。自分に果たせるものなのかと。
「え?……いや、協力する事自体は全く問題は無いのですが、一体どんな内よ、」
「ありがとう!!協力してくれるのだね?では早速お願いしよう。リッタ君案内してあげたまえ。」
「はいよ。さ、こっちだぞ。」
不安な内容を問おうとするレインの言葉をわざと遮るように押し切った学長とレインとプルディラの背中を押して何処かへ連れ出そうとするリッタのコンビネーションは見事なものだった。
「ええ!?ちょっと!!」
そのままレインはあれよあれよと言うままに講堂に押し込まれ、大量の空の座席に囲まれた教壇に一人立たされてしまった。その間リッタからの説明は無く、今から何をされるのかとレインは狼狽えていた。
「り、リッタ!!一体ここで何を!?」
ガチャン!!
いきなり、講堂の扉が開いた。外の光が逆光になって誰が居るのかレインには影しか見えない。
「よし来たな。好きな席に座れ。仲いい同士でばかりで座るなよ。」
「はぁい!!!!」
謎の魔道具で声を拡げたリッタがそう合図すると、開いた扉から大量の学生服を着た子供達が雪崩れ込んできた。
「え?え?ええええ!?」
てっきりレインは誰か単一の人間が扉を開けたものだと思っていたばかりに、予想の数十倍の人数が入ってきた事に驚いていた。
子供達は皆近しい年齢の様に見える。恐らく十三、四と言った所。この学園は中等部があると以前ロビーが教えてくれた事をそういえばと思い出したレイン。そうするとこの子達は入学して一年に満たないかその位だと分かる。
「よし、皆座ったな。じゃあ先ず、はい。挨拶してくれ。」
「え?あ、ああレインです。どうも。」
リッタから魔道具を手渡されたレインは何が何だか分からないものの、取り合えず自分の名前を言ってみた。
「はいレイン先生、ありがと。」
リッタは挨拶をし終えたレインから魔道具を取り返すと、そのまま話をし始めた。
「先生?」
先生と言うのはあれだ、人にものを教える職業の。語句の意味を理解していたレインはリッタにそう呼ばれる覚えも謂れも無かった。
しかしレインは直ぐに理解する事になる。自分が何故ここに立っているのか。その無茶苦茶な理由を。
「魔導工学科一年諸君。君達も知っての通り、前学期末に魔法道具工学教授及び陣映学の指導員を兼任されていたルルイド先生が退職された。後任の指導員が当校に着任するまでの間、君達には他教科の学習を集中的に行って貰った。しかし、優秀な技師を目指す入学したての君達にとってこの一月はさぞ、退屈なものだったろう。……そこで、後任を待つ残り一月の間、君達技術者の卵を手助けしてくれる先生を特別にお呼びした。」
リッタの話に同調するように生徒たちの一部はうんうんと頷く。退屈とは学園に通っておいて何だとはなるが、案外民意に近いものらしい。
レインはこの話を半ば、というか本質的に関係の無い話だと思っており、どこかで聞いた名前に反応しつつも他人事だと聞き流していた。
しかし、リッタは言った。
「手助けしてくれる先生を特別にお呼びした。」
まさか……レインは嫌な予感を覚えた。
「……なあリッタ。その、」
「そう!!」
魔道具で拡声されたリッタの声がレインの脆弱な地声を塗りつぶした。レインの小さくも大きな問いは形にはならなかったが、
(リッタあいつ……笑ってる。)
リッタはレインの気持ちを理解っているかのように不敵な笑みを見せ、一方でレインもまたその笑みが自分に向けられたものだと理解していた。
「このレイン先生が一カ月間、君達の魔道具制作を手助けしてくれるぞ。」
そう言ってリッタはレインに肩を組んだ。
「……。」
「な!!」
なんと良い笑顔だろうか。堪らずレインもにっこりと……
「はあああああああ!!??聞いてねえぞ!!!!」
「はい。レイン先生には今初めて言いました。この学園ではこういう理不尽もあるので、学生諸君は呑気に流されないようにね。」
はぁーい、と生徒たちの返事が講堂に木霊した。
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