門前払い
「……何か困った事があればまた来なさい。それと、"彼"には宜しくと伝えてくれ。」
「ありがとうございます。では、失礼しました。」
ファビティナに見送られながら二人は元来た小部屋に入りこんだ。
「お待ちしておりました。」
小部屋の中では先程とは違う女性が二人の帰りを待って居たようだ。
「ああすみません、お願いします。」
「かしこまりました。【オルデ】」
女性は例の魔法を唱えた。先の例に漏れなければ十秒も経たずに扉の先がエントランスになっている事だろう。
「なあプルディラ。」
プルディラが何と言いたげにレインを見た。
「……良かったか?話聞けてさ。」
レインは気まずそうに聞いた。
レインは多少不安であった。結局プルディラを怖がらせるだけだったのではないかと。
プルディラの答えを待つレインだったが、彼女の目線は鏡張りの壁に吸い付けられている。
「到着致しました。」
女性が扉を開けるとそこは案の定エントランスだった。やはり肌の合わない空間が展開されていたが、ある意味で息の詰まる空間からの解放を意味していた。
プルディラは黙ってレインに付いて行く。小部屋を出て建物の外に向かって行くレインに引かれてプルディラも足を動かす。
自ずとレインはプルディラの前を歩く。だから彼女の表情を読み取れない。
握る彼女の手も、醸し出す雰囲気も常人の口の様に多くは語ってくれなかった。
(……分かんないなぁ。)
この時初めて分からないと、レインは心からプルディラをそう評したのだった。
……
「着いた……か?」
二人は二通目の封筒が示す住所へ向かっていた筈……だったのだが。
「ここ学園だよな。例の魔法の。」
レインは大きな鉄柵の前で何度も封筒の住所を確認していた。
鉄柵の奥には綺麗な学舎が見える。ブランターヌの学園と言うだけで察するに余りあるが、何より『ブランターヌ総合魔導学園』と金文字で刻まれた銘板が事実を如実に物語っていた。
「住所もここ……というかこの中の一角みたいだけど。」
一度、この鉄柵が囲っている敷地の周りをぐるりと周ってみた。町のど真ん中に位置する割に敷地は非常に広大で、限りある敷地を縦に伸ばしたフォレスト商会ブランターヌ支部とは真逆の様相を呈していた。
周辺地域の住所から考察できるのだが、封筒が示す住所はこの鉄柵が囲う敷地の中にあるようだ。グリーニヤが世界的大企業の創設者だと判明した今、何処に手紙の宛先が向かおうとレインに驚きは無かった。
「部外者の俺達が入って良いものなのだろうか。」
問題はそこだ。封筒を届ける目的があるとは言えレインはこの学園にとっては完全な部外者である。
「そこで何をしている!!」
敷地内を覗きながら考え込んでいたレインを怪しんだ警備員が近付いて来た。
「い、いやちょっと用があって。」
巨漢の警備員は居るだけで威圧感が凄い。目の前に立ち塞がった警備員を前にレインは委縮した。
「用ぅ?」
ぎろりと睨む警備員はレインを隈なく観察している。
「は、はい。亡くなった友人から手紙を預かっていて。……あちょっと!!」
警備員はレインから封筒をひったくると封筒に書かれた住所を凝視し始めた。
「……この住所、この小僧が?」
警備員は何やら呟きながら封筒とレインを交互に見やった。
「あの、通しては貰えませんか?」
レインのこの発言に警備員は鋭い目付きで睨みこう言った。
「駄目だ。貴様の様なみすぼらしい者を通す訳には行かない。ここは神聖な学舎なのだ。」
酷い言いようだ。しかし、警備員の制服や昨日出会った名も知らぬ教授が身に纏っていた上質な衣服と比較するとレインの着古した衣服はもはや雑巾の様に感じられるのだろう。
「そうですか……。」
レインは少し残念に思っていたが、学園の者にそう判断されては仕方がない。
「代わりにこの封筒は私が預かっておく。」
警備員は封筒を服の胸ポケットに仕舞い込んだ。
「分かりました。お願いします。」
封筒が宛先に届くのであればそれで良いか、とレインは警備員に頭を下げようとしたその時、
「あれ?レインだろ?こんなとこで何してんだ?」
後方からレインに話しかける声があった。
「何だ貴様。今私が…………はうぁぁぁっ!!」
声を掛けた人物に睨みを利かせた警備員が素っ頓狂な声を上げ、両鼻孔から洟を噴出させた破顔不可避の面相を魅せた。
「ぷっ!!ヴィリー、お前なんて顔してんだよ。くく、くはははは!!」
「その笑い声……貴方か。」
正体を察したレインは答え合わせの心持ちで振り返った。
「よう昨日ぶりだな。」
「そうですね。ええと……教授さん?」
声の主は昨夜出会った教授だった。レインは挨拶でもと思ったが、そういえば役職名だけ知っていて名前を聞いていなかった事を思い出した。
「くははっ!!何だよその堅苦しい感じ。昨日みたいに「おいてめえ!!」位言っても良いんだぜ。」
「いやいや盛るなよ。……そういや名前、聞いてなかったなって。」
「ああ、確かに。俺はリッタ・ヴォームズだ。ほら名刺。」
教授は取り出した一枚の名刺をレインに手渡した。
「丁寧にどうも。」
渡された名刺をまじまじと見るレイン。名刺には先程彼が言った『リッタ・ヴォームズ』と名前の他に連絡先、所属等が記載されていた。
「な、な、何故貴方がここに!?」
何時の間にか地面にへたり込んでいた警備員が喉から絞り出すように言葉を発した。
「何故って、そりゃここの職員だ。いるに決まってんだろ。」
リッタは怪訝な表情で警備員を覗く。その挙動で警備員は余計に気力を無くしていった。
「も、ももも、申し訳……、」
「あ!!もしかしてお前、俺に生意気な口の利き方しちゃったから首切られるかもって怖がってんだろ。昨日の奴と言い俺達を何だとおもってのかなあ。」
リッタはへたり込む警備員に近付いて行く。警備員は更に顔を青褪めるが、リッタはにこやかに彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「そう怯えんなって。その位じゃ何とも思わねえから。」
「そ、そうですか……寛大な御心に感謝します。」
「……でもな、」
安心したのか胸を撫でおろす警備員の胸ポケットから封筒を取り出すリッタ。
「"客人"を追い返す権利はお前には無いだろ。理由のない変質者なら兎も角な。それに……ははあん、この住所ね。大方何か金目になるかと思って封筒を預かる振りして懐に入れたんだろう。荷物を教員に届けるのもお前の仕事じゃないし、指導員を辞めさせられたその手癖が治っていない事にも失望だよヴィリー。」
「え!?」
まさかの事実にレインは警備員を凝視した。血色を取り戻し始めていた警備員の顔はみるみる青褪めて行った。この反応、どうやら図星の様子。
「あんた、どういう事だよ。」
レインは警備員に掴みかかった。
「な、なななな……何を馬鹿な。」
「は?誰が馬鹿だって?」
警備員の何気ない発言がリッタの琴線に触れた!!
リッタはレインを押しのけ警備員の顔面を鷲掴みにした。巨漢の警備員の顔面は相応に大きく、リットの素手はまるで幼児の様。
「うぐうううう!!!!」
しかし、警備員はリットの赤子の様な手の平の下で苦悶の表情を見せた。
「俺を馬鹿扱い出来るとは良い身分だなヴィリー。……早く次の住処は見つけて置けよ。キルイルにでもな。」
レインには聞き取れない程の小声でリッタは警備員に何かを囁いた。
すると警備員は白目を剥き、青褪めた顔を震わせながら口から泡を吹きだした。そしてそのまま卒倒し地面に横たわった。
「なあレイン。」
「え?……あ、ああ何だ?」
リットと警備員のやり取りを見ている事しか出来なかったレインは怒りも忘れて呆けていた。
「見た所、丁度俺の目的地と封筒の住所が同じだからさ、このまま連れてってやるよ。」
いやに都合が良いが、話を早く終わらせる為にも乗らない手はなかった。
「じゃあ、宜しく頼むよ。」
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