フォレストの猛き咆哮
「どうだ、美味しいか?」
「……!!」
両手に奇抜な色合いをした焼魚串を持ったプルディラが幸せそうに魚の腹に齧り付いた。
「そうか美味いか。」
「!!……。」
幸せのオーラを纏いながら咀嚼していたプルディラだったが、レインの視線に気が付くとぷいと顔を背けるのだった。
「はは、まだお話は出来なさそうだな。」
「……。」
レインは少し寂しそうにプルディラの頭を撫でた。その手から感じられる気は穏やかなものだった。
「そうだ。さっきこの封筒の住所について聞いて来たぞ。」
話を変えるレイン。取り出したのは死に際のグリーニヤから受け取った二通の封筒。レインはその内一方をプルディラにも見える様にピックアップした。
「驚いたよ。まさかあんな所に行くことになるとは。」
レインは遠くを見つめた。
「プルディラもここのは初めて行くんだろ?あそこまで巨大だとわくわくするな。」
「……。」
レインが見つめているのはとある巨大な建物だ。先程は遠くと表現したが、実際の建物との距離はそれ程離れていない。あと角を二、三度曲がれば到着するだろう。
しかし、レイン達と距離があるのはその建物の頂点部分。目算で凡そ二十階はあるだろう建物を見上げるレインと頂点との距離は遠いと表現するのに十分だろう。
「……よし、行こうか。」
二人はこの建物の中のある組織に用があった。しかもその組織はこの大きな建物の頭から爪先まで全てを保有する大企業、過去にレインが旅してきた三つの大陸でも名を馳せていた超大企業、この箱庭世界に生きていれば一度は聞いた事がある程の世界的大企業だった。
「……。」
建物の扉に手を掛けて一瞬止まるレイン。
「いやあ……緊張するな。」
レインは扉から手を放し、手汗を拭って再び扉に手を掛けた。その様子をじっとプルディラは見つめていた。
「……。」
「よし行くぞ。」
気を取り直し、レインは扉を引き開けた。
「いらっしゃいませ。」
扉を開けるとすぐそこに皺一つ無い制服を身に纏った端正な顔つきの女性が立っており、急な訪問者であるレイン達を出迎えた。
「あ、ああどうも。」
「フォレスト商会にどういったご用件でしょうか?」
フォレスト商会。そう名乗った彼女の胸元には金の大樹のエンブレムが煌めいていた。
「ええと、このブランターヌ支部の代表の方は居られますか?会いたいんです。」
「はい。ですが、代表は多忙の身でして。事前の予約はございますか?」
「いえ……でも緊急の用なんです!!忙しいのは分かっています。どうしても会う時間が取れないと言うのならこの手紙だけでも渡して欲しいんです!!」
女性は業務的に突っぱねるが、レインの熱意に押された。
「……分かりました。緊急の御用時との事なので、こちらの封筒を代表にお届けします。少々お待ちください。」
「本当ですか!!ありがとうございます!!」
女性はレインから封筒を受け取ると、奥の小部屋に引っ込んで行った。
「手紙も渡せたし、ここは直ぐに帰れそうだな。」
「……。」
レインは女性が戻ってくるまでの間、もう一つの封筒に記載されていた住所を確認していた。
「西四十五・中央零一か。ここよりももっと中心に近い所か。ちょっと歩きそうだけど平気かプルディラ?」
レインからの質問へ無論とばかりに鼻息を漏らす。
「そうだな。プルディラなら心配も無用だったな。」
自信満々のプルディラを褒めようと近づくレインだったが、気が付いたプルディラに顔を背けられ慌てて足を止めた。
「おっとごめん。」
レインがプルディラとの接し方に迷っている所に先程の女性が小部屋から姿を現した。
「お待たせ致しました。」
「いやいや、こちらこそ無理を言ってすみませんでした。手紙は受け取って貰えましたか?受け取って貰えたのなら俺達はこれで……。」
レインはどちらかと言えばこの空間から早く出たかった。辺りには恐らく商談前の商人達が商人同士でのみ伝わる業界用語を用いて語り合っている。レインはこの空気感が肌に合わなく、さっさと退散すべく話を捲し立てた。
「いえ、お客様方を帰す訳には行きません。代表がお呼びです。」
「え?」
しかし、女性は許してはくれなかった。どうやら忙しいと評判の代表がレインとプルディラに会う姿勢を見せているようだ。
ここでレインは考えた。この女性の言い方は何か不都合な事があったのではないかと。代表の気に触れる何かが手紙に書かれていた、とか……。
(だとすると面倒だな。誤解があるなら解きたいところだが……。)
「では、こちらへどうぞ。」
「分かりました。」
兎も角、その代表に会わなければ何があったのかを知りえない。レインとプルディラは女性の案内に従って先の小部屋へと入って行った。
小部屋の中は鏡張りで何も無い只の空間だった。出入り口も今さっき入ってきた一つしか無い。
「え?何この部屋。」
「【オルデ】最上階の代表室へお願いします。」
(【オルデ】……命令の魔法?)
女性は命令の意味を持った魔法を唱えた。しかしこれと言った反応は見られない。部屋は鏡張りのまま、出入り口は一つ、魔法の意味も分からなかった。
「あの、さっきのは?」
「到着しました。」
戸惑うレインを他所に女性は小部屋の扉を開いた。
「到着ってどういう……?」
レインは口を開いたまま固まってしまった。隣のプルディラも心なしか目を見開いている。
二人は何を見たのか。真相は扉の奥にあった。
「どこだここ……?エントランスじゃ、ない。」
レインは扉の先があのだだっ広いエントランスだと疑いもしていなかった……訳でもない。
女性が唱えた魔法は命令の魔法だった。用途は主に一つ、仕組まれた魔法に対して正確な命令を伝える為に使われる。レインは余り好んでは使わない魔法だったが、この魔法があることで魔法が得意でない者もイメージすることなく魔法作成者の思い通りの魔法を放つことが出来た。
多くの人が出入りするこの建物にはうってつけな魔法だと思いつつも、目に見える範囲で何も起きる様子が無かった事から壁の内部で魔法が発動しているだろうと予想立てていた。
(最低でも音声の遠隔化、もしも遠隔視の魔法を使ってくるのならきっと扉の向こうに映像が浮かんでいる筈。ぜひともものにしたい。)
レインはそう考え、実際に女性が扉を開いた時には心の四肢が小躍りをしていた程だ。
しかし、扉の先に大アップの人の顔は無く、それどころか元居たエントランスが影も形も無くなっていた。
受付の大きなカウンターは執務用に作られた豪勢だが卑しくない質の良い机に変わっていた。魅せる為に有る煌びやかな調度品は深く読み込まれた形跡のある様々な書物が並んだ本棚へと変わっていた。
そして、語り合う商人達も姿を消し、唯一扉の向こうに老年男性の後ろ姿があった。
「代表、お二人をお連れしました。」
「……ご苦労。お前は下がっていなさい。」
代表の言葉へ返事の代わりとばかりの礼を見せた女性は、二人を代表の執務室に入るよう促した。
「さ、どうぞ。」
「……失礼します。」
「……。」
二人が足を踏み入れると、女性は小部屋の扉を閉めるのだった。
ばたん。
「……君たちがレイン君に、プルディラ君だね?」
室内が三人きりになった途端、代表は二人に問いかけた。
「はい。俺がレインです。」
「……。」
「手紙は、読ませて貰った。私には、分かる。この字は、間違い、ない。」
次第に代表の言葉が途切れ途切れになる。
「……う、」
「う?」
その震えの元は怒りか?いや違う。もっと熱く、情熱的な、堪えようのない昂ぶりが溢れだした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!」
「……。」
代表は膝から崩れ落ちた。弩級の叫喚を吐き出しながら。
床に敷かれた高級絨毯には、立てずに震える代表を中心とした淡い涙の染みが広がっていく。
その野太い叫び声は大気を震わし、飲みかけのワイングラスが砕け、窓ガラスに大きな罅が入った。ごうっと風が入り込み、積まれていた書類の山が吹き飛んだ。
「……。」
落ちた書類が涙で滲んでいく光景をレインは眺めている事しか出来なかった。あんぐりと開いた口から声が出せない。いやきっと出せた所で代表の声に搔き消されるだろうか。
プルディラは生まれて初めて目撃した成人男性の号泣に戸惑いを隠せない。戸惑いは表情には出せなかったが、唯一感情を伝えられるその眼が状況の歪さに悶えて四方八方を飛び回る。
執務室は今、簡易的な地獄と化していた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!グリィーーーーーニヤ様あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
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