平和な朝
「お待たせ。ねえあの装置凄くなかった?レイン、アンタもあんなの作れるの?」
一番最後に魔方陣の刻印を終えたカリンがプルディラを連れて出て来た。
扉の向こうはもうブランターヌの町の中。夜暗く、人の薄まる時間帯の街路に佇む三人に大盛り上がりのカリンが駆け寄ってきた。
「あ……ああ……」
「え、何?レインどうしちゃったの?」
珍しくカリンが魔道具関連でテンションを上げているというのに、肝心のレインの調子が悪い。普段のレインなら聞いてもいないことを語りだす筈なのに。
「そっとしておいてやってくれ。今一人の男の夢が一つ潰えたんだ。」
「ええ?……もう、面倒ね。」
ショックで言葉も出ないレインをカリンはえいやと持ち上げた。
「もうお腹ぺこぺこなの。何処か近くにいいお店無いかしら。」
そう言って腹を撫でる。同意するようにプルディラの口から涎が垂れた。
「その状態で行くんですか?」
「反応しないんだもん、しょうがないでしょ。」
困惑するロビーだったが、ライガがそうだなとカリンに同意の形を見せていたので、一人アウェイのまま流されることに決めた。
「……さ、行きましょうか!!」
そうして近場のレストランへ。
……
料理が浮遊するお盆に乗って運ばれてきた。脂が強め、濃い口のソースが満遍なく降り注がれた、年代によっては見る事も嫌がる賛否両論の極太肉厚ステーキが乗った皿を強引にお盆から取り上げ、一心不乱に齧り付く者が一人。
「がつ!!はふ!!くそ!!ばく!!もぐ!!」
肉を口一杯に頬張るレイン。ソースをばら撒き、肉を噛み千切るその目には薄っすらと涙が滲んでいた。
「せっかく出会えたってのに!!あんまりだ!!!!」
レインは今日あった素敵な出会いとその余りな実情に一魔道具技師として涙を流していた。
「何回目よそれ。跳ねるからもうちょっと静かに食べなさいよ。」
飛び散ったソースに不快感を示すカリン。
「と言うか、アンタならもっと安く作ってやる!!とか、何個も魔法が使えるようにしてやる!!くらい言うもんじゃないの?」
「んぐんぐ……無茶言うな。俺の専門は魔道具。あれは魔導機械。鋼と魔法の融合方法も分からないのに専門外の技術においそれと手は出せないよ。」
レインは無理無理、と手をぱたぱたと振った。
「でも意外ですよ。レインさんでも魔法関係で無理と言う事があるんですね。」
デジットハーブでレインの制作技術をまじまじと見ていたロビーが細かく切り分けた鶏肉のステーキをちまちまと食べながらそう言った。
「俺は完璧超人じゃないからな……。挑戦する事も大事だけど、自分の力量を見極めて研究を続けないと気づかない間に潰れちゃうぞ。」
ロビーにはこのレインの言葉は分かったような分からないような、そんな感じ。それでも何を言いたいかはふんわりと理解できた。
「つまり!!潰れないように頑丈な体を持てと言う事ですね!!運動は得意じゃありませんが、これから頑張ります!!」
「いや、そういう事じゃ……まあ本人が良いならいいや。」
空回りし始めたロビーを呆れ半分の穏やかな目で仲間達は見守っていた。
「あ、レインが真面になったから話を続けるわね。」
レインがやっとナイフでステーキを刻み始めたので、今が好機とカリンが話を切り出した。
「あたしそろそろ貯金がきついのよ。だから、しばらくこの町に留まって稼いでおきたいのよ。」
カリンは自分の財布を覗きながら困った表情で財布を振った。ちゃりんちゃりんと小銭の音が響くものの、幾つもの紙幣が擦れ合う魅惑の音は聞こえない。
「あーあ……まあカリンなら一回ステージに立てば当分は暮らせるだろ。」
「あのねえ、女の身嗜みにはお金が掛かるものなのよ。アンタみたいに年中似たような安い格好でステージに立つ訳にもいかないの、よ。」
カリンはレインの鼻っ柱をつんと突いた。
「え!?ステージ?カリンさんはもしかして有名人ですか!?」
話を聞いていたロビーが目を輝かせた。どうやらまだ子供のロビーにとってステージは大人の場所、即ちそこに立てるカリンは有名人と言う式が成り立ったようだ。
「違うわよ。あたしは只の旅の踊り子。有名何てそんな……いやまあある意味では有名か。アウスレイだけでだけど。」
今はこんなに呑気に旅をしているが、一応レイン、カリン、ライガの三人はアウスレイにおいて領主殺しを行った立派な犯罪者であった。
もちろん三人に正義があって行った訳だが、アウスレイの住人達には知られていない話。コーデウスの働きやこの国の情勢的に周りの町まで波及してはいないと願って旅をしていたのだった。
「ま、まあ、仕方ない事だって割り切る話だっただろ。……取り合えずカリンはデジットハーブの時の俺みたいに外に働きに出る訳だな。」
「そういう話なら俺もそろそろ手持ちに不安が出てくる頃だな。この町での用事は全部明日で済ませられるんだから、露天でも開くかな。」
「僕の再入の試験もまだ少し先ですからお手伝いします!!」
「……。」
そうして夜が更ける。
……
翌朝、用意された安宿のベッドの上でレインは目を覚ました。
「んん……、朝か。」
日差しで部屋が眩しい。ふと隣を見るとシーツの跡を顔に作ったロビーがすやすやと寝むっている。
レインはぐるっと首を回し、反対のベッドを見た。そこで寝ていた筈のライガはもう居なく、綺麗に整頓されたベッドだけがあった。
「……。」
レインは徐に立ち上がり、洗面所で顔を冷水で流した。軽く寝癖を整えると滴る雫を宿屋のタオルで拭った。
「腹減ったな。」
レインはベッドのあるリビングに戻ると、ロビーを揺すって起こそうとした。
「ロビー、朝だぞ。」
「うぅん……僕が……栄誉魔導士に……!!」
当分は起きそうにないと考えたレインは一人で食堂に向かうことにした。
「お、おはよう。やっぱりレインが二番目に起きるんだな!!」
パンとジャム、それに青色のサラダ。食堂で軽めのブレックファーストを取りながら新聞に目を通すライガがレインに気が付いたようだ。
「おはよ。いつも早いな。」
「親代わりの俺が寝過ごす訳にもいかないだろ。」
「親て。ここはアウスレイじゃないぞ。ちょっと肩の力抜いたらどうだ?」
レインはライガの向かいに座った。ライガが読んでいる新聞の見出しが目に入る。
「また暴動か。」
「ん?ああこれか。領主による圧政が主な原因だそうだ。毎度の如く王国軍による救済は無かったらしい。……俺達が散々苦しんだアウスレイの圧政なんてこの国じゃさほど珍しい事でもなく、明るみになるのは事が過ぎ去って手遅れになってしまった時だけだ。」
ライガは記事に添えられた戦場の写しを指でなぞった。焼け崩れる貴族の屋敷が虐げられていた者達の勝利を物語り、町の風景に残った抵抗の跡がそれ純粋な勝利では無いことを如実に表していた。
「俺はアウスレイに嫌な思い出ばかり残して来たけれど、それでも余計な被害を出さずに復讐を果たせたのは幸運だったと思ってるよ。お前らのお陰だな。」
ライガは穏やかな笑顔をレインに見せた。息を抜くようなとても穏やかな笑みを。
「朝からこんな話はするもんじゃねえな。ほら、レインも早く朝飯貰って来いよ。今日もやる事多いんだからさ。」
「そ、うだな。よし!!さっさと腹ごしらえを済ませて、やることやっちゃおう!!」
そう言ってレインは自分用のパンとサラダを受け取りに行った。
それから数分後、レインが朝食を食べ終わる頃にカリンとプルディラがやってきた。
「ふああ……おはよ。」
「……。」
起き掛けで降りて来た彼女たちの身なりは酷いもので、特にカリンはその深紅の髪がうねり上がり、まるで本物の炎の様だった。
「ひどい寝癖だな!!」
「うっさい……ごはんもらってくる。」
カリンがのそのそと貰って来た朝食はレインが食べたものと全く同じものだった。仕方ない、それしか用意されていないのだから。
「……。」
「そうか、足りないよなプルディラには。」
食べ盛りのプルディラには物足りなく、既に空になってしまった皿を悲し気に見つめていた。
「じゃあ手紙を渡しに行く前にどこかで間食でもしていくか。」
「……!!」
レインの言葉を聞いた瞬間、プルディラが嬉しそうに面を上げた。
そしてすぐに行こう、と言わんばかりの期待に満ちた目線。レインは彼女の性格が段々分かってきた気がした。
「しょうがないな。予定より早いけどもう出るか。」
「お、そうなのか。気を付けてな。」
レインは予定よりも一時間早く宿を出ることにした。
因みにロビーはレインが出掛ける支度をしている間にも起きることが無かった。学園に戻ってからの寝坊が心配であった
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