魔導機械
レイン事情説明中……。
「なあんだ!!入学希望者じゃなかったのか。通りで練度が高すぎる訳だ!!」
事情を聞いた教授は自分が大きな思い違いをしていた事に気が付き笑った。
「いや本当にすまん!!今が丁度入学希望者の試験の時期に重なってるんだわ。その試験の中に特殊試験ってのがあって、町中にわざと紛れ込ませた未完成魔法を発見、改良を施すことでその内容に応じた試験の点数を付ける枠があるんだよ。」
先程までの威圧感は彼方に消え去り、教授は只の軽薄そうな青年に切り替わった。
「じゃあこの魔方陣の改良はその試験の一環だったのか。それを偶々俺が改良をすると言い出した、と。」
「そゆこと。」
教授はご明察とばかりにレインに指を向けた。お偉いさんなのだろうがその姿はレインに苛立ちの感情を与えた。
「……すみません。紛らわしい事を。」
「いやいや、先にちゃんと確認しなかったこっちも悪いのさ。それに珍しいもんも見れたから十分満足だ。」
レインは首を傾げる。珍しいものを見せた覚えは無かったからだ。
しかし、彼が先程言った言葉が耳に残る。自分も前々から気になっていたあの言葉が。
「なあ俺は、」
「じゃそろそろ戻んないといけないから。レインが作った魔方陣は貰っていくな。代わりに本来の防護魔方陣置いてっから。」
教授はレインが改良した魔方陣を懐に仕舞うと、同じ模様の魔方陣が描かれた薄い透明の板を記録係に投げ渡した。
「君、この人達通してやってよ。奥の部屋入れていいから。」
「は、はい!!」
記録係は板を持ったまま奥の部屋に走って行った。
残された部屋の中で教授は帰ろうと窓に手を掛けていた。しかし、まだレインには用があった。
「ちょっと、まだ聞きたいことがあるんだ!!」
「ごめんな。無理言って来たから仕事が残ってるんだ。これ以上は、」
「一つだけ質問をさせてくれ!!」
それでも、とレインが食い下がると、教授は悩む素振りを見せた後一言。
「……一つだけな。」
「俺は祝福者なのか?実感が無いんだ。」
レインはずっと疑問に思っていた。自分が祝福者なのか。
いや、実際には多少ニュアンスが異なっていた。真の疑問は、皆が異常だと話す自分の魔法技術が本当に祝福によるものなのかと言う事。
自分が祝福者なのは否定も肯定もするつもりは無かったが、自分の属性魔法が使えない、心映法による魔法の行使が出来ない体質に取り合えずの答え合わせが出来るならそれで良しと思っていた。
しかし、その結果得られたものが卓越した魔法技術だと言うのならレインはどうしても否定したかった。それは自分で試行錯誤し培ってきた結晶の筈だったからだ。
だからせめて、祝福について何かを知っていそうなこの男に言って欲しかったのだ。君のそれは技術だと。
「ああ祝福者だろう。俺は魔道具学は専門じゃないが、あれは魔法では片付かない事くらい分かる。」
「……そうか。」
「よし、じゃあ今度こそ帰るわ。この後の事はさっきの奴に従ってくれよ。じゃあな!!」
レインのたった一つの質問に明確な答えを出した教授はさっさと窓から飛び立っていった。
「良かったじゃねえか。ちゃんと答えてくれたな。」
「そうだな。」
レインは薄く微笑んだ。
「……もう帰ったか?」
奥の部屋から記録係が顔を覗かせた。教授がまだ居るかどうかをきょろきょろと確認してから部屋に入ってきた。
「ふぅ、緊張した。……さっさと始めるぞ。一人ずつ奥の部屋に来い。」
「じゃあ俺から行ってくるな。」
記録係に促されるままライガは奥の部屋に入って行った。
「……。」
「ねえレイン。」
座って順番を待つレインの傍らにカリンが近寄る。レインの肩を揉み、そしてぐっと力を込めた。
「いいい!!止めろ万力女!!俺の肉は軟なんだよ!!」
「万力って何よ!!」
カリンはレインの首に腕を回した。流れで見れば首締めに入る姿勢だったが、見ようによっては抱き付いているようなそんな光景。
「何だよ。」
「大丈夫よ。アンタはあんたよ。」
カリンが耳元で囁く。心情を見透かす彼女の体温はレインよりも高かった。
「……お前は気づくな。」
「気づくわよ。だってあたしよ。」
カリンはそう勝ち誇る。カリンの腕から生える羽がレインには少しくすぐったかった。
レインの靄が晴れたわけでは無かったが、デジットハーブの時と同じく安心は出来た。
そうして一瞬穏やかな時が流れる。
「や、やっぱりお二人はそういう関係!?」
静寂を打ち破るロビー。その顔は真っ赤に色づいている。
「やっぱりって何よ!!」
どうもロビーは二人が恋人関係にあると勘違いをしているようだ。いや、悪いのは怪しまれやすい二人の体勢なのだが。
「前から思っていたんです!!お二人の距離感が、その、友人のそれでは無いと!!」
「ちょっとロビー!!恥ずかしいから止めなさい!!」
ロビーがきゃあきゃあとはしゃぎ立て、それを止めようとするカリンが五月蠅いとレインは耳を塞いだ。
「おい煩いぞ。次の奴入れ。」
時間が経って記録係が呼んでいる。ライガが帰ってこない所を見ると出口は奥にあるのだろうか。
二人を放っておくことにしてレインは記録係に付いて行った。
「普通ならここは立ち入り禁止なんだぞ。今日だけの特別だからな。」
そして着いた部屋は殺風景な雰囲気の部屋だった。ただ、その中央にある仰々しい謎の装置が部屋の空気感を破壊していた。
「すごい……。」
レインから漏れ出た装置への感想は実に真っ直ぐだった。
装置はぎしぎしと音を立てながら動き続けている。レインの目には一瞬装置の中の魔方陣が見えた。
「これは魔道具?いやしかし……。」
しかし確証は持てない。なぜなら装置の表面が鈍やかな金属光沢を放っていたからだ。
魔成素伝道率の関係上まず素材として用いられる事の無い純正鋼の光沢と魔法の合図である魔方陣の一見して矛盾となる要素がレインの頭を強張らせた。
「これは魔導機械ってものらしいぞ。」
「魔導機械……!!噂には聞いた事があったけどまさかこんな所で見られるとは!!」
魔導機械。それはレインの知識に微かに存在した。
「魔法と機械、現象と物質で相反する二つを融合させた道の技術の筈じゃないんですか?」
「深い事情なんか知らねえよ。……ま、噂では学園の研究者の一部が開発して外に流しているらしいぞ。魔導機械ってのを隠してな。そのお零れと言うか、過程でできた失敗作なんだとよこれは。……って聞いてんのか!?」
記録係の説明を耳に入れつつもレインの興味はずっと魔導機械から変わっていない。話も恐らく半分程しか頭に残っていないだろう。
「はぁ……時間が掛かってる。早く終わらせたいんだ。」
そんなレインの姿をこの町に蔓延る馬鹿魔術師達の姿と重ね、記録係は得も言われぬ怒りに苛まれた。しかしそれは非常に小さなもので、普段から苛立ちを隠さない記録係のその態度に飲み込まれていった。
「ああ、すみません。」
「ほら、ここに手を突っ込め。片手で良い。」
記録係に促され、レインは魔導機械の謎の穴に片腕を通した。
「危ないから動かすなよ。」
記録係が魔導機械の電源と思わしき大きなレバーを下げた。すると、魔導機械の機械部分がごうんごうんと響きを立てて動き出した。
中を見れるように取り付けられたのか、レインの顔の位置に窓がある。中では歯車が廻っていた。
「あ、あれさっきの。」
レインが気が付いたのは歯車の駆動と共に降りて来た一枚の透明な板状の物質。先程教授が記録係に渡していた本来の防護魔方陣とやらだった。
板がゆっくりと上から下へと降りて行き、窓から見える視界の外へはみ出した。同時にレインの腕にひやりと冷たい何かが触れた。
そして冷たい感触にレインがあ、と思う間もなく装置内部が光り輝いた。
「はい終わり。さっさと出てってね。」
「え?」
光が治まった。
「え、終わりですか?」
「腕見てみろよ。魔方陣がある筈だぞ。」
レインが魔導機械から腕を抜くと、薄肌色の魔方陣が皮膚に焼き付いているのが見えた。間違いなく成功はしていた。
「早い……。こんなに早く魔方陣を刻印出来るのなら他の事にも生かせるんじゃ……。」
「いやこいつはダメダメだ。」
魔導機械の実力に感動を覚えていたレインだったが、それをコケにする記録係の言葉はしっかりと聞いていた。
「なっ!!どこが駄目なんだ!!魔方陣の刻印は非常に繊細で時間の掛かる作業だ。それをこんなにも高い精度で素早く仕上げられるのはまさに革命と呼ぶべきだろう!!」
レインは憤慨した。刻印する魔方陣の扱いの難しさをレインは知っているからこそだった。
それに対して記録係は分かってねえな、と大げさなジェスチャーの後にこう言った。
「時間ならこいつも掛かるぞ。」
「え?」
「魔導機械の為に一時間、一人刻印を行うと熱冷ましの為に十分掛かる。印刷なら一枚一枚に掛かる時間は微々たるものだが、それでも事前準備にもう一時間は掛かる。これが馬鹿にならなくてな。昼間の人の入りに追い付かないなんて事があったら二時間は門が開かなくなる。」
記録係は日頃の不満からか魔導機械のウィークポイントを意気揚々と語る。レインはその内容を聞いて、思った以上に時間が掛かると思いはしたが、それでもまだ許容範囲内だと自分に言い聞かせた。
しかし、記録係は止めとばかりに言い放つ。ブランターヌ製魔導機械の最大のウィークポイントを。
「何より……一台十億ドラ。製作費が馬鹿にならない癖に対応出来る魔法が……なんと一種類だ。」
レインの意識は遠のいた!!
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