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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
4章:ブランターヌ
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教授

「改良?はあ、改良っつったってなあ……。一応この魔方陣を作る魔道具は学園からの提供物だから勝手に手を加える訳にも行かないんだよ。」


「なら学園へ連絡をしてください。この時間でも教員の一人や二人は残っているでしょう?俺たちはこの町に入らなければいけないし、魔方陣を消させる訳にも行かない。だから手を変えると言っているんです。」


 面倒な案件にやる気を見せていなかった記録係だったが、レインの真剣な目付きに威圧された。


「で、でも了承が得られない可能性だってある……何ならその方が可能性が高いだろう?」

「そうなったら別の案を出すだけだ。早くしてくれ。でないと……外の人達が風邪を引いてしまう。」


 その言葉に記録係ははっとした。仕事はまだ山程残っていることに気が付き、こんな面倒な問題は学園に丸投げしてしまおうと考えた。


「おい、おい!!その女の事は後だ。先に外だよ外!!」

「はっ!!そうでした。」


 門番に本来の仕事に戻らせると、記録係は備え付けの小型の魔道具、恐らく魔報の受話器を耳に当て学園にコンタクトを取った。


「……夜分遅くに失礼します。こちら東門です。……はい、実は防護魔方陣にトラブルが……ええはい。どうしても引けない事情があるらしく自分に改良をさせてみろと……え!?ああいえ、はい分かりました。」


 かちゃんと受話器を置いた記録係の額には汗。何か良くないことでもあったのかと空気がぴりついた。


「……これから教授が一人見届け役として此方に来られるそうだ。」

「と言う事は許しが出たんだな。本当に良かった!!」


 記録係の報告に胸を撫でおろす一同だったが、その呑気な様子に記録係は苛立ち、机を叩いて音を立てた。


「良かねえよ!!よりにもよって教授が来るなんて思わなかった!!良いか、普通は指導員が来るはずなんだ。教授自ら出張ってくるなんてありえないんだよ!!」


 記録係はヒステリックに喚いた後、机に突っ伏した。」


「なあ教授ってのは誰だ?そんなに偉い奴なのか?」

「……あんた等何にも知らないんだな。」


 記録係は呆れた物言いで語り始める。このブランターヌを構築する多層の一枚を。


「ブランターヌはそこらの町とは根本から違う。この町の正式名称を知ってるか?」

「いや……ブランターヌとしか。」

「『ブランターヌ総合魔導学園及び学園付属都市』だ。付属、この町は学園ありき、学園優位って訳だ。……まあつまる所この町は学園に逆らえねえのさ。」


 語る記録係の垂れる汗が机に溜まる。杜撰な管理で凹んだ机には汗の湖を受け入れる余裕があった。


「逆らえないって、大げさじゃないか?」

「大げさなもんか。この町の権力は全て学園に集中している。学園の教師陣がノーと言えば魔法も自然現象に変わる。そんな町だよここは。」

「……そうか。あの学園の者が作り出した魔法だからあの月はお咎め無しって事か。」


 シルバから聞いた話の中で疑問に思っていた、魔術師の眼月が何故許されるのかという問題が奇しくも今解決してしまった。


「そしてその学園の中でも階級がある。魔法の講師を務め、町の問題解決を一任された『指導員』。新魔法制作の要であり、町の運営や自治に関わる魔道具制作を任された『研究員』。そして、これからここに来るのが彼らの上司であり、この町の最高権力者『教授』だ。」

「教授……。」


 彼らがこんなにも恐れる存在がここに来る。カリン達は緊張からか唾を飲む。


「いいか!!?絶対に逆らうんじゃねえぞ!!無理だと思ったら噓つかずに正直に言え!!これは別にお前らを案じて言ってるんじゃねえ、そうしねえと俺がこの町に居られなくなるかもしれねえんだよ!!」


 記録係の必死な姿は非常に憐れであったが、権力と言うものの怖さを如実に表しているとも言えた。

 その恐ろしさを知るライガは眉をひそめ、カリンは……ただ真顔だった。


「なあ聞いてんのか!!」


 返事のないレインに業を煮やした記録係は声を荒立てる。


「おい!!」

「貴方の話を聞いて俺はずっと考えていたんだ。どうすればより綺麗に、より長く、より完璧なものに変えられるかを。」

「ああ?」

「そして答えはもう導き出された。大丈夫、貴方はこの職を失わないし、俺たちは無事にこの町に入る。」


 レインの言葉は綺麗すぎて虚勢にすら聞こえるものだった。しかし、この場の傍観者達はその言葉に確かな自信と自尊を感じた。


「へえ、じゃあ見せてくれよ。君の答えとやらを。」


 では、レインの底を推し量るように紡がれた言葉は誰のものか。

 レインを信じる仲間たちのものではない。上から目線で語れるほど記録係は魔法に通じていない。


「誰!?」


 正解は窓。いつの間にか吹き抜ける風に気が付いたカリンが窓に座る人影を見た。


「あ、ああ!!」


 外部からの来訪者。記録係が恐れ戦く。それだけでこの者の正体は自明であった。


「貴方が教授ですか?」

「どうも、不遜なお客さん。話は全部聞いていたよ。」


 人影が降りて来た。遮られていた窓から二つの月の光が差し、人影の顔を映し出した。

 その者は若い男だった。レインよりも多少年上、恐らくライガと変わらない位の年の男が教授としてレインの前に立ちはだかった。


「あ、あ、あの、申し訳ございません。教授様のお手を煩わせてしまって。その……、」

「話は聞いていたといっただろう。もしも、この男が口通りの手を見せられなかった場合は……分かってるな?」

「ひっ、ひいい!!」


 記録係は教授から離れようと後退り、壁に背を付けてへたり込んだ。


「……くくっ!!」

「は?」

「くはははは!!!!」


 教授はいきなり笑い出した。子供みたいに腹から突き出す笑いは間違いなく記録係の現状を見てだろう。


「冗談だって。そんな横暴、教授の爺さん方でもしないよ。」


 教授は悪戯好きの妖精のようににやにやと笑いながら記録係に近付き、彼の肩を持ち上げ椅子に座らせた。膝が笑って立っていられそうに無かったからだろう。


「俺達を権力モンスターみたいに言ってるから意地悪したくなったのさ。ごめんな!!」


 教授は笑いながら記録係の背中を叩いているが、記録係は生きた心地がしないらしく顔色が真っ白に抜け落ちていた。


「で、お前がレイン。この話の発端となった魔道具技師だな?」


 教授は唐突に話を元に戻した。レインへ向いた顔は笑っているようで笑っていない。一抹の不気味さを与える男だな、とレインは思った。


「そうです。仲間が町に入れなくて困っているので、ここの魔方陣を改良します。」

「この魔導都市に対する当てつけの様なその尊大な言葉が気になってここに来たんだ。……来てみて良かったよ。君の言葉が須臾よりも薄っぺらい自尊心から吐き出された綿造りのものでないと直に確認出来て本当に良かった。」


 教授は近くの席に腰を掛けた。佇まいの器は深く、歳以上の何かを帯びて辺りを包み込む。


「御託はいい。君の頭の中に設計図はもう完成してあるんだろ?これからこの教授が見て、思う全てが真実だ。失敗はいい、頼むから失望だけはさせないでくれよ。」

「分かりました。」


 そうしてレインは早々に魔方陣改良へと取り掛かった。

 机に防護魔法の魔方陣を幾つも広げ、その一つ一つに違った要素の籠った意匠を書き足していく。

 当然魔道具に精通していないカリンやライガ、記録係はもちろんの事、まだレインのレベルまで到達していないロビーも何故複数同時に魔方陣の設計を行うのか理解が追い付いていなかった。


(やるなあ。並列試行だ。)


 しかし、唯一人教授だけはレインの技術を盗み、暴く事が出来ていた。


(同じ種類の魔方陣複数に対して別の要素を同時に書き込む事で、面倒で時間の掛かる一次チェックを最短で終わらせる技術。シンプルな見た目だが同時に書き込んでも線がぶれない腕と、同時に流し込む魔成素を均一ではなく魔方陣に合わせた適切な魔成素量に調節できる確かな感覚が必須になる上級の技法。……自信だけでなく腕も確かか。)


 レインの技術が思っていたよりも遥かに高度だった事に驚きまではしないものの、見る目を変えた教授。


(魔方陣から魔法が浮き上がった。……うん、綺麗な形だ。調節技術も並ではないか。そして浮かんだ魔方陣を……そう、取り分ける。元の魔方陣に混入されたノイズを見分ける囮を並列に組み込む事は基本……みたいだからな。)


 教授は頭の中のマニュアルを捲っていく。目次の中の上級と書かれた項目を目安にレインの手際を見極めている。


(この男、見事に正解の順路だけ通ってくるな。マニュアル通りではあるのだが、何より恐ろしいのがその手際と正確性だな。こんな仕事をする男が無名だというのも不気味ではあるが……兎も角、規定に則ると現時点の点数は七十五点だな。)


 男は魔方陣だけでなく、レインの顔を見てどれだけ冷静に取り組めているかを観察する。


(そう、同時処理だ。どんな魔法でも基本はそれだ。他の魔法と合わせて使えないのは同時処理が施されていないせいだ。元の魔方陣の一番大きなミスも削除された。後は要素ごとの魔方陣を重ねて一つに纏めるだけ。もう特に注意も……。)


 そんな教授の期待を裏切る事無く、レインは要素ごとの魔方陣を綺麗に重ねて普段の魔方陣制作の要領で元の魔方陣に入れ込んだ。


(……。)


「……。」


(……ん?今何やった!?)


 教授は目を疑った。手に持っていた筈の魔方陣が机の上の魔方陣の中に吸い込まれるように消えて行ったのだ。


「完成です。チェックしてください。」

「完成だと?……分かった。」


 教授は言いたい事があったが、取り合えず魔方陣の出来栄えを試す為、レインから受け取り魔成素を流し込んだ。


「……重要機能に問題なし。追加機能も問題なく起動中だな。」


 教授はナイフを振り回し、同時に光魔法の行使を始めた。ナイフに防護魔法の泡沫が纏わさり、光魔法は防護魔法に阻害される事無く光を放っている。


「なら!!」

「でも駄目だ。お前は失格だよ。」


 レインは耳を疑った。自分の仕事は完璧だった筈。それをこの教授も確認していたというのに何が気に食わないのか分からなかった。


「何が失格だ!!魔法は完璧に発動していただろ!!」

「お前祝福者だろ。特殊試験の要項に魔法以外の能力の行使は禁止と書いてあっただろう。」

「は?試験?」


 試験なんて受けた覚えはない。ここでレインは気が付いた。この教授が何か思い違いをしている事実を。


「今期初めての特殊試験参加者だと思ってきて指導員を押しのけて来てみたらこれか。……まあ魔道具制作の腕は確かな様だから一般試験で挑戦するんだな。」

「なあ、何か勘違いしていないか?」


 レインの言及に教授は眉間に皺を作った。


「何だ。この俺が祝福の異常効果に気が付かないとでも?」

「いや、俺はブランターヌ学園の入学希望者じゃないぞ。」


 威圧感を発していた教授の頭上に?が浮かんだ。そして口に手を当て考え込む事一分後。


「あれぇ?」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は1月18日の12時です。

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