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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
4章:ブランターヌ
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到着ブランターヌ

「あれが……魔術師の眼月。」


 昏い空に浮かぶ一球の赤い月。間違いなくとも自然ではなく、かと言って人工と言うには妙な違和感を覚えるあの天体がきっと噂に聞く魔術師の眼月なのだろう。


「何かちょっと不気味。ちょっと……ぎらつきを感じるわね。生きる!!って感じの。何となく仲良くなれなそうな気がするわ。」


 カリンが自らの主観性を多分に含んだ感想を漏らしたが、案外その意見に同調する者も多く、ロビーもその一人だった。


「僕は……怖いです。さっきの猛獣なんかよりもよっぽど……その、食欲が強そうで。」


 肉食動物に囲まれた草食動物の様にロビーやその他客の一部は縮こまってしまっている。以外にもプルディラも怯えの空気を出しており、じっと自分の靴を見つめていた。

 一方で畏怖の感情など一切抱かず、むしろ綺麗な光景だ、まるで芸術だとある意味での畏怖の念を抱く者もいた。


「いや、あれは怖いって感じじゃねえよな、レイン?」

「ああ。あんなもの勝手に打ち上げる時点で真面な奴じゃないだろうが、それでもあんな綺麗な魔法を創れるのはきっと気のいい奴だけだよ。」


 レインとライガは其方側だったようだ。天に鎮座する赤い月にある種の芸術性を見出してすらいる。


「不思議なもんで、あの月を見た人の感想がまるで違うんだ。今のあんた達みたいにな。」

「じゃあ人を選ぶ目的で作られた魔法なんだろうな。幻惑魔法を元にした感じの。……でも馬鹿みたいな規模だな。それともブランターヌの魔法学校ではそういう技術も発見されてるんだろうか。」


 レインがいつもの考察に耽ろうとした時、


がこんっ!!


と馬車が急停止した。周りの乗客たちは咄嗟に手で身を守ったが、心此処に在らずのレインはそのまま額を座席に打ち付けた。


「痛あっ!!何だ急に!!」

「おっとすまんねお客さん。ようやく龍神渓谷を抜けたぞ。」


 確かにここ数分レインは車輪のがたつきを感じていなかった。御者の言う通りもうここは龍神渓谷ではないのだろう。


「さて、命の恩人に急いでくれと言われたんだ。やるしかないよなブリエット!!」


 御者はそう言って馬の背を力強く、信頼を込めて叩いた。馬はその至極巨大なその体を震わせて、任せろとばかりに気高く唸り声を上げた。


「ぎょ、御者さん?」

「お客さん!!しっかり捕まっててくれよ。日が沈む前にはブランターヌの門の前だ!!そうら行くぞ!!」


ぶふぉおおん!!!!!


 馬が唸り声をあげて一歩を踏み出した。続いて二、三、四、五と足を踏み出せば、馬の身体はたちまち風の如き疾さを手に入れた。巨大な馬車を引いているとは思えない程、その強靭な肉体は速く重く道を進んで行く。


「うおおおお……!!!!」

「きゃあああ!!!!」


 本当に日が落ちる前にブランターヌまで辿り着きそうな速さだが、それはかえって馬車の中の乗客達には毒であった。皆座席の背もたれに貼り付けにされ、体に凄まじい負荷が掛かる。頑丈な馬車はその程度ではびくともしなかったが、人の骨は軋む軋む。


「おい!!こんな速度出せるなら逃げる時にも全力で逃げろよ!!」

「これでもあの渓谷の奴らには追い付かれんのさ。それに町へ猛獣を連れていく訳にも行かないだろ?」

「ぐっ……そうだけど!!」


 いやに余裕そうな御者を先頭に、馬車は薄明りの街道を駆けて行った。

 馬が一歩目を踏み出した際に舞い上がった砂埃が地面で仲間達と再会を果たす頃、馬車は鉄造りの門の前に止まった。


「はぁ、はぁ……止ま……った?苦しいな。」


 馬車の中は乗客たちの涙と汗の熱気で蒸れ、酷く息苦しい。レインは換気の為に窓を開けた。


「ぶはぁ!!生き返る……。」


 肺に澄んだ空気が雪崩れ込み、視界が鮮明になっていく。レインの視点ではぼやけた視界の中で薄闇に立つ灰色の壁にしか見えなかった鉄壁が急に姿を現した。


「うわ!!いきなり壁が!?……いやブランターヌの外壁か。本当に着いたのか。」


 目の前に現れた見上げる壁は馬車がブランターヌに着いた事を如実に物語っていた。


「はい到着!!言ったろ直ぐだって。町の中に入ったらこれから配る券をもって馬車受付所に向かってくれ。備え付けの宿の鍵が貰えるからくれぐれも失くさない様にな。」


 乗客たちは何が何だか分らぬまま御者から手渡された券を一枚手に持ったまま馬車を降りて行った。


「はい、お客さんも。」

「どうも……。」

「また使ってくれよ!!」


 レインもその例に漏れずとぼとぼと馬車を降りて行った。その歩き方は紛れもなく死屍のそれであった。


「レイン、こんなのでへばってんのか?」

「ダメねえ。そんなのだから鉄そりも乗れないのよ。」

「……。」


 そんなレインを余裕そうな顔で見ている獣人三人。あまりにバイタルに差がありすぎるだろとレインは突っ込みたくなったが、それで増長するカリンを見たくは無かったので口は開かないことにした。


「でも、これでやっとブランターヌに着きましたよ。もう暗いですし、早く中に入りましょう!!」

「ロビーお前……そんな恰好でよく……。」


 元気よく話すロビーはなんとライガの肩の上。馬鹿にされているレインよりもなお酷い体勢だがブランターヌに着いた喜びが身体を超えて飛び出ているのだろう。


「……まぁ、過ぎた事を話しても何にもならないか。中に入ろうか皆。」

「よし来た!!」


 レインの言葉を待って居たとばかりにライガとカリンは鉄壁に開けられた入場門へと駆けて行く。


「元気な奴らだ。ちょっと位落ち着いて欲しいもんだな。さ、プルディラ行こうか。手を取れ。」


 レインは二人の後を追おうとプルディラの手を取った。心なしか力が強い気がする。


「はは、プルディラも元気だな。でもちょっと骨が曲がりそうだから止めてくれるか?……よしいい子だ。さあ行こう。」

「……。」


 プルディラの手が緩んだ所でレインはブランターヌの入り口へと歩き出した。手を繋いだプルディラはレインのその後半歩を歩く形となった。

 門の入り口には列が出来ている。ただ、もう日が沈む間近のこの時間だから、今しがた到着した馬車の乗客以外のブランターヌ観光客はいないようだった。故にレイン達二人は数時間を共にした客仲間達の最後方に並ぶ事になった。


「割と時間が掛かりそうだな。中に入ったら先ず夕飯でも食べに行くか。」

「!!……。」


 じゅるり……

 夕飯と聞いたプルディラの口元から涎が垂れ落ちた。もう少しだぞとレインが彼女の口をハンカチで拭う。


「---!!」


 すると何やら門の方から大きな声が聞こえた。


「……カリンか。」


 明らかなカリンの声に落胆するレイン。着いてそうそう問題でも起こす気かと、頭の痛くなる出来事を放置する訳にも行かないので、レインはプルディラに待機命令を与えるとカリンの声の方へと向かった。


「なんでよお!!!!無理だって言ってるじゃない!!!!」


 大声で騒ぐカリンの後ろ姿が見える。その傍らにはロビーを担いだライガの姿もある。レインは真っ直ぐとカリンに近寄って、


「何を騒いでいるんだこの馬鹿。」


と頭頂部に軽いチョップを与えた。


「あ、レイン!!アンタからも言ってやってよ。それは無理ですって!!」

「は?いきなり何の事だ?」


 普段のカリンなら馬鹿と言われれば馬鹿馬鹿と倍にして返しそうなものだが、それ以上に重要な案件なのかレインの発言に一切触れずに懇願して来る。しかし、レインには状況がさっぱり飲み込めない。


「お連れ様ですか?」


 見かねた門番がレインに問いかける。


「はい。そうですが。」

「この町に入られる方には原則としてこの魔方陣の所持を強制しています。」


 門番はレインに一枚の魔方陣の描かれた紙を手渡した。その造りは非常に簡素なもので、レインは眺めただけでこの魔方陣の内包する魔法の詳細を見抜いてしまった。


「対象の敵意に反応して防護壁を纏わせる魔法だな。動力は……張り付けた対象から吸い取るのか。見た目の割に高度な技術を使ってるな。」

「ああ、以前も来られた事がありますか。それなら話は早いですね。」


 レインの読破の速度に門番は勘違いを起こしてしまった。レインはブランターヌに来たのは初めてだったが、訂正する必要も特に感じなかったのでそのままスルーした。


「この魔法は……、」


 門番は隣に座る記録係の男目掛けて剣を振り下ろした。


「うわあああ!!!!」

「……とまあこの様に。」

「やるならやるって言えよ!!」


 絶叫を上げる記録係だったが、剣の刃は彼の肉どころか服の一繊維すら傷つける事も出来なかった。その理由は至極簡単。


「何だそれ。……剣に、泡沫?」

「のような防護魔法です。そちらのレインさん?が言ったように人を傷つける様な状況で凶器に発生し殺傷事件を起こさせない。この町の治安維持の成果の一つです。もちろん剣だけでなく槍や斧、包丁果てには拳まで、人を傷つける物体であれば柔軟にその効果を発揮します。」


 刃に付着した防護魔法はぷよぷよとまるでゼリーの様に柔らかく、弾力をもった存在として実体化している。確かにこれなら人に危害を加えられない。


「……それでこれの何が無理なんだ?」


 魔方陣の概要を聞いたところで結局カリンが何を拒否しているのかさっぱり事情が掴めないレイン。


「だってこの魔方陣を付けるためにあたしの背中の魔方陣を取れって言うのよ!!!!」

「ああ……。」


 そりゃむりだ。

 しかし、カリンのこの発言だけでレインは大方の事情を察してしまった。


「ですが、その魔方陣があるせいで此方の魔方陣が機能しなくなっているんです。」

「でも、これは大切なものなの!!これが無いとあたしは魔法の一つも使えないのよ!!それに体に彫り込んでいるからそもそも簡単には取れないのよ!!」

「でしたらこの門を通す訳には行きません。この町に入るにはこの魔方陣をきちんと発動する状態で携帯してもらう他ありません。」

「もお!!分からないわね!!」


 カリンと門番の言い合いはどんどんとヒートアップしていく。どちらの言い分にも利があるせいで周りで傍聴している者達が割って入る隙間も無かった。


「なあ、これ同時処理加工とか特定範囲指定をしていないんじゃないか?」

「……は?な、何を?」


 何時の間にか魔方陣を広げ、何やら書き物をしていたレインが尋ねる様にそう呟いた。

 言い合いに夢中で気が付かない門番の代わりに記録係が反応した。


「もし良かったら、俺に改良させて貰えませんか?」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は1月16日の12時頃です。

Twitterでも更新の告知をしているのでぜひフォローお願いします。

https://twitter.com/sskfuruse

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