魔法遊技場『パックの館』
「ほお……ここが魔法遊技場か。」
翌日、一行は昼過ぎの出発の前に少しでも士気を上げる為、ライガが見つけてきた娯楽施設『パックの魔法館』を訪れていた。
外観はかなり広めのお屋敷と言ったところ。町の一角に聳え立つ一商業施設としては破格のスケールではあったが、一方でその外観に華はあまり無く、ライガが町の案内所で貰って来た小さな冊子が無ければこの屋敷が遊技場だと気が付けない程だった。
「人気が少ねえな。本当にここで合ってんのかな?」
「でも扉に営業中って書いてあるわよ。取り合えず入ってみましょ。」
こういう時に真っ先に扉を開くカリンのなんと頼もしいことか。悩む仲間達の前に立ち、カリンは館の扉を開いた。
「お?……おお!!」
扉から溢れる光を一足先に目の当たりにしたカリンは感動の声を漏らした。
「どうした?何が見えるんだ?」
途端に興味が湧き出た一同はカリンの後ろから顔を出して館の内部を覗き見た。
「「「な、なんだこれえ!!!!」」」
三人も思わず声を上げてしまう。それ程までに屋敷の中の光景は別次元のものだった。
華美な装飾が施された鉄の箱がどういう理屈か宙を飛び回り、浮遊する謎の物体が人を乗せて縦横無尽な回転を見せる。
「おやおや、いらっしゃいませ。ここは不思議な遊技場『パックの館』です。初めてですか?五名様ですか?お子様には風船をどうぞ。」
中の光景に唖然とする五人の元へ、顔に白色のペイントを施した小太りの男が天井から何かに釣られるようにゆっくりと降りて来た。手に持った風船を素早く器用にプルディラの手首へ括り付けた。
「あ、貴方は一体?」
「私はルルイド。この館の主であるパック様に使える只の道化でございます。」
男は名乗りと共に芝居がかった口調で語り始めた。どうやらパックという名の貴族が自慢の魔法を世に広める為にこの館を作った……という設定の様だ。
「そういうコンセプトの施設らしいぞ。冊子に書いてあった。」
「なるほど。通りで芝居臭さを感じると思った。」
この施設の情報を持って来たライガはちゃんと冊子を読み込んでいたらしく、レインに耳打ちをした。
「そ、そんな経緯があって……ぐすっ、いい話。」
一方カリンとロビーはピュアに話を真に受けて、涙を流す程の感動を覚えていた。
「お優しいですね。ぜひとも楽しんでいってください。」
「「はいぃ……・」」
涙目の二人に笑顔を向けると、道化のルルイドはふわりと浮き上がって去って行った。
「あれ何の魔法だろ。」
「風……じゃないか。何も感じねえし。」
裏の事情を把握している二人はルルイドが飛び去った方法を推測する事に時間を使っていた。
「レイン!!」
「な、なんだ?」
泣いていたかと思えば急に声を張り上げたカリンに驚くレイン。
「彼の想いを無駄には出来ないわ!!時間の許す限り楽しみましょ!!」
「あー、はいはい。」
気持ちが出来上がってしまったカリンとロビーは遊具が集中している中心部に向かって仲良く歩いて行ってしまった。温度が低いレインとライガを置いて。
「行っちゃったぞ。」
「好きに楽しめばいいさ。俺はちょっとそこで座ってるよ。」
レインは遊具から少し離れた木製のベンチを指さした。
「あ?乗らないのか?」
「後でちょっと乗れれば良いよ。それより今は遊具を見ていたい。」
レインはどうしても宙を飛び回る遊具群に興味が移ってしまった。乗っては見たいが理屈の方が気になる魔道具技師特有……と言うよりもレイン特有の病気が発症してしまったのだ。
「お前は何時もそれだな。分かった。プルディラは俺に任せて、レインはレインの楽しみを好きなだけ楽しんだらいいさ。」
「助かるよ。」
ライガは任せろとプルディラを軽々と肩に抱え上げると、近くの優しい動きの遊具へ歩いて行った。
望み通り一人になったレインはベンチに腰掛け手帳を開き、頭上を飛び回る遊具、一番目立つ走る鉄の箱を眺めるのだった。
「……不思議だな。あんな鉄の箱が線路も無しに宙を動き回るなんて。風魔法ブレムをジャースで制御したとしても周回する動きと人を乗せるための待機行動は作れないよなぁ。……しまった。パドから魔法のコツを聞くのを忘れてた。」
レインはメモを取りながら遊具の魔法の理論を頭の中で組み立てていく。生憎調子が悪いのか、それとも知らない技術なのかは分からないが、上手く魔法を再現出来ないでいる。
「きゃあああああ!!!!」
「あ、カリン達だ。叫んでるけど楽しいんだろうか。」
中々の声量で叫ぶ仲間の声に一抹の不安を覚えるレイン。しかし、下から見えるカリンの顔は非常に楽しそう。よく見れば少ないが他の客も似たような喜び方をしていた。
「速そうに見えるけどそうでもない?もしくは人に当たる風が減少するように反作用の魔法も用意しているとか……いや、結構無茶がある魔成素設計だな。でもあの速度で人が快適に楽しめるようにする為に何らかの仕掛けは施している筈……。」
レインが考察する事、実に一時間程。手帳は数頁に渡って筆者も読み解けるのか怪しい崩れた文体のペンの跡で埋め尽くされていた。
「んー……まあこんな所かな。何か間違いは……。」
一応の答えは出すことが出来たレインは改めて手帳を読み直す。その時だった。
とんとんっ!!
「お客様。」
「わっ!!?」
レインの肩を何者かが突いた。魔法脳になっていたレインは突然の外からの刺激に驚きを隠せなかった。
「……なんだ貴方ですか。ルルイドさん。」
いつの間に近づいたのか、きっと音も無く降りて来たのであろう道化師ルルイドがレインの背後に立っていた。
「驚かせてしまいましたか。ところでお客様、遊具にはお乗りになられないので?」
どうやらルルイドは遊具に乗らずに見ているだけのレインを不審に思って近付いて来たようだ。
「ええと……。」
レインは迷った。店の商売道具である魔法を見ているだけとは言え解析しようとしていた事に一抹の罪悪感を覚えていたからだ。
「?」
答えないレインを不思議がるルルイドは視線を開かれたままの手帳に向け……
(しまった!!)
「ははは!!何だ、貴方魔道具技師ですか。」
魔道具技師か、と納得したように笑うのだった。
「嫌な顔しないんですね。」
「ええ、その気持ちは十分に分かりますとも。私もつい一月前まで魔道具学の教師をしていましたからね。」
何という事だ。母数の多くない魔道具技師にこんな所で出会えるとは思いもしなかったレイン。同じ魔道具技師だからこそレインの驚きを理解できるルルイドはその道化の姿に似合わない太々しい笑いを見せる。
「そうなんですか!!と言う事はここの遊具はルルイドさんが作ったんですか?」
「ええ。多少の手伝いはありましたが、数年かけて一つづつ丁寧に作りましたよ。」
「凄いな。俺はどこか特定の場所に根を張っている訳じゃないからこんな巨大な魔道具は作れないけど、いつか挑戦してみたいと思ってたんですよ。」
レインは羨望の眼差しで頭上を走って行く鉄の箱を眺めた。
「人生は長いですからね。何でも出来ますよ。さて、貴方はこの魔道具をどう評価したのかお見せ頂けませんか?」
「此方が勝手に覗いているだけですから、ぜひお見せしますよ。」
レインが手帳を渡すと、ルルイドは難解な黒色のページをさらさら捲り進めていく。講師をしていたというだけあって魔道具への造詣の深さが伺えた。
「……一部だけ理解出来ない魔方陣の構築が描かれていましたが、恐らく重要なのはジャースで決定したルートにブレムアモンデで作った空気のレールを靡かせ、そこにライラットで軽量化させた乗り物を浮かべ、定量化させたアープで継続した走行を可能にする……と。」
ルルイドはレインが組み上げた魔法理論を口に出しながら要点を掻い摘んで行った。
「うん、素晴らしい。巨大な物体をいかに正確に、いかに最小の力で目的地へ動かすかがしっかりと理論だって記述されている。私の生徒なら満点ですよ。」
「いやいや、俺もこれを生業としていますから。」
「特に、鉄そりを元の位置に戻らせる際のブレーキ機構は目を見張るものがありますね。少し嫉妬してしまいますよ。」
自分の腕を褒められてレインは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「しかし……、」
ルルイドはそう続けた。
「ここのブレムアモンデ、ここだけは私のやり方の方が上かもしれませんね。」
こんな事を言われてしまっては気を良くしていたレインも多少むっとなる。
「浮いているように見せかける透明なレールを作るにはこれ以上のやり方は無いと思いますけど。」
ベンチ周りの和やかな空気が一変する。魔法を生業とする者同士、自分の魔法が一番と信じているのだから、そこがぶつかると多少の諍いは生まれてしまうものなのだ。
「……。」
「……。」
辺りは遊具の動く音や人の楽しむ声で賑わっている筈なのに二人の周りは完全なモノトーン。
「……じゃあ、」
「どんな魔法を使っているのかですか?それはタダでは教えられませんね。」
ルルイドに言う事を先読みされたレインは悔し気に奥歯を噛んだ。
「どんな見返りを求めるつもりですか?」
「ふふ、それはですね……。」
ルルイドはレインの肩に手を掛けると、
「え?……うわっ!!浮いてる!!」
ふわりと風船のように宙に飛び上がった。
「じっとしていて下さいね。」
「ど、どこに連れていくつもりだ!?」
レインはどこか裏に連れていかれるのではないかと心配をしていたが、直ぐに足が地に付く事になる。
「ここは……遊具の入り口?」
レインの目の前にはどうみても空中を走っていた鉄の箱、鉄そりと言う名の物体が鎮座していた。
「教える条件はこの遊技場を存分に楽しむ事です。さすればヒントをお一つ差し上げましょう。貴方はこの遊技場のお客様、貴方に楽しんで貰う為にこの館の扉は開いているのですから。」
そうしてレインはルルイドに背中を押されながら鉄そりに乗り込んだ。
『出発進行お~!!』
係員の軽快な声と共に鉄そりは走り出した。
鉄そりライド終了後、レインには幾つか気が付く事があった。
一つ、鉄そりの走行ルートは他の遊具の上を通らない、近づかないルートとなっていた。
一つ、遊具は非常に強い安全装置が付けられていた。
そしてもう一つ……。
「おええええええっ!!!!」
遊具は快適に楽しむものではなくスリルを楽しむものだった。三半規管の弱い者は乗るべきでは無い。
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