とんとん拍子
「はぁ……休憩の為に入った筈なのにとんだ疲労感だ。」
レインは店のお婆さんに五人分の代金を手渡すと、ぼやきながら仲間が待つ店先へ出て行った。
「レイン、ありがとね。」
「そんないい顔見せても奢ってはいないからな。後でしっかり代金は貰うからな。」
「ケチ!!」
奢ってもらう気まんまんだったカリンを軽くあしらったレイン。彼の下へロビーが寄ってきた。
「レインさんありがとうございます!!お代は後で渡しますね!!」
「ああ、助かる。じゃあそろそろ行こうか。ここに居ても邪魔になるしな。」
そうして五人は事前の打ち合わせ通り三組に分かれて町を巡る事にした。
「俺とプルディラは馬車の予約に行く。カリンとロビーは宿を探しに町の中心街へ、ライガは休めそうな所を探すんだったよな。頼む、さっきの疲れを消し飛ばせる夢のような場所に連れてってくれ。」
「お、おう。ハードルが無駄に上がったみたいだが……分かった。とびきりの探してくるから待ってろよ。」
「あ!!二時間後には一度戻って来いよ!!
町中に向けて素早く駆け出して行くライガにレインは大声でそう伝えた。聞こえているのか怪しい距離だったが、彼は体に獣混じる獣人種。頭頂部に生えたその虎耳は喧噪の中のたった一人の声も聴き分ける。
「手を振っているって事は聞こえているわね。この距離でも聞こえるなんて……本当に動物みたい。」
「カリン、そういうの本人の前で言っちゃ駄目だぞ。気にしている獣人の方もいるんだからな。カリンも野鳥って言われたら嫌だろ?」
「あたしは何も思わないけどね。」
「嘘つけ。お前は必ず殴りかかる。」
……往来でカリンにもみくちゃにされ、髪をぐしゃぐしゃにされたレインの背後に小さな影が立った。
「ん?ああプルディラ。そうだな、そろそろ行かないとな。」
プルディラは早く行こうとばかりにレインを見つめていた。
昼飯を食し、変な騒ぎに巻き込まれて時間は想定以上に経っていた。この後の彼らの行動の諸々を考えればプルディラの言う(?)通り、今から動き始めた方が得策だろう。
「仕方無いわね。じゃ、あたしはさっさと行ってさっさと宿、決めてくるわ。それはそれとしてレイン、この続きは後でね。」
最後の言葉に冷や汗を流すレインを横目にカリンは大きな風を巻き起こしながら大空へと飛び立った。
「ああ!!カリンさん待ってくださいよお!!」
そして飛べないロビーはカリンを走って追いかけて行った。
「お待たせ致しました。マスベ様ですね?」
しばらくの時間が経って黄昏も終わりを迎える頃、馬車乗り場の待合室で眠りこけていたレインとプルディラに一人の女性が声を掛けた。
「ぅうん……はっ!!寝てた!?」
「はい。それはもうぐっすりと。」
女性はにこやかに微笑んだ。
カリンとロビー、ライガと別れて直ぐに馬車乗り場へと向かい、馬車の予約完了を待っていたレインだったがブランターヌに向かう人が余りにも多かった。馬車乗り場の建物内のロビーは観光客でごった返しており、今にも建物が破裂しそうな程だった。
集合時間の一時間を迎えてもレイン達の順番は回って来なかった。仕方なくプルディラに席を温めて貰い、レインは三人の元へ向かった。ロビーが見つけた程々の宿の場所を聞いてから再び馬車乗り場に戻ったレインだったが、着いてみれば状況は一切変わらず。あえて変化した点を語るとすれば、レインと同じ状況に立たされた観光客達の顔から生気が失われ始めた事くらいだろうか。なおレインも全く同じ顔である。
二時間、三時間とレインが虚無の時間を過ごしていると受付の女性がマスベさんと自分の名前を呼び始めたではないか。随分遅くなったとレインが溜息にうきうき混じりで受付へ向かうが、女性が差し出したのは一枚の紙切れだった。レインが促されるまま馬車に乗る人数と行き先と目的を紙に記入すると、受付の女性は予約には審査が必要だと話し、再びレインに座席で待つようにと言った。
再び座席に腰を下ろしレインとプルディラは待つ事二時間、他の客達が予約を終えて帰ってもレインの名前を呼ばれる事は無かった。
暇で虚無な時間を過ごす内に幼いプルディラは活動の限界を迎えてしまったらしく、レインにもたれる姿勢で眠りについてしまった。彼女の寝息を聞いているとレインの瞼もだんだんと重くなって行き……目覚めた時には辺りの客は皆居なくなっており、残されたレインとプルディラと二人の目覚めを待っていた受付の女性の三名だけがこの空間内に残されていた。
「すみません。ちょっと……疲れてたみたいで。」
「いえ、大丈夫ですよ。この時期にはよくある事ですから。」
女性は一日受付の業務をしていたとは思えない程、疲れの見えない端正な顔で微笑んでいた。
「では予約の審査の結果ですが……はい、問題ありませんでしたので、明日の午後三時出発のブランターヌ行き馬車で予約を確定させて頂きました。」
「え!?明日の馬車を予約出来るんですか?あんなに他の客が多かったのに?」
レインは数日は待つだろうと予想を立てていた為に、明日には出発できる事実に疑問の声を張った。その声でプルディラの目が覚めて無駄に不機嫌になったのは言うまでもない。
「はい。他のお客様は皆ブランターヌの観光目当てですからね。偶によくある事なのでふふっ、優先度は下げるようにマニュアルにもあるんですよ。その点マスベ様御一行様の目的は『デジットハーブの騒動で亡くなられたご友人の遺書を届ける為』と、時勢的にも倫理的にも優先すべきだろうと判断致しました。」
「ああなるほど。さっき書いた紙はちゃんと意味があったんですね。」
「ええ、形だけで済ませられればこんなに時間も掛からないですし、お客様を待たせる事も無いんですけどね。ブランターヌがもうちょっと上手く動いてくれればと……。」
余程勤務体制に不満が溜まっているようで、レインは女性の笑顔の裏に底知れない黒い意思を感じた。
「はは……それは大変ですね。」
「すみません気を使わせてしまって。それではこちらの紙に予約完了のサインをお願いします。」
差し出された紙にはしっかりと日にち、予約時間、人数が記載されており、問題が無い事を確認したレインは空白の欄に名前を刻み込んだ。
「これでいいですか?」
「……はい問題ありません。では明日の出発時間の前にはこの紙を係の者へ渡して下さい。それでは私は失礼します。良い旅を。」
女性はレインに紙の写しを差し出し礼をすると、そそくさと裏に下がって行った。
「待った割にはあっさり終わったな。さ、プルディラ。帰ろうか。手を取って。」
六時間掛かりで用事を終えたレインはプルディラへと手を差し出した。まるで深窓の令嬢へ差し出されたその手を……ぐっと握った。
「いだだだだ!!!!痛い!!壊れる、手が壊れる!!何!?怒ってる?何か分かんないけどごめんなさい!!!!」
背の低いプルディラが見下ろせるほどに丸まったレインが痛みに悶える様を見て、プルディラは満足したのか手に込めた力を解放した。
「……」
「はぁ、はぁ……プルディラ……連れてって。」
痛みの余韻に呻くレインはプルディラに弱弱しい声で命令を与えた。かなり弱めの命令だったが、プルディラはそれを一応命令と捉えたようで、レインの手を引っ張りながら建物の外へと走って行くのだった。
「ぜえ、はぁ……」
「おかえり……なんか大変そうだな。」
三人が待つ宿に辿り着いた時、レインは息も絶え絶えで震える膝に手を置かないと体を支えきれなくなっていた。一方レインをグロッキーにさせる程の速度で走行していたプルディラは汗一つ掻いていない。
「随分遅かったわね。で、いつブランターヌに行けそう?明日?」
「カリンさん、それは無茶ですよ。今週中にここを発てたら良い方です。はいレインさん、水です!!」
水を受け取ったレインはコップの縁に口を付けて一気に喉に流し込んだ。しかし、無茶苦茶な飲み方だった為、喉の入ってはいけない管に水が流れ込んだ。
「ごほっごほっ!!はぁー……明日だよ。」
「え明日?何がですか?」
「出発。馬車乗り場が案外しっかりしていてな。」
一瞬の静寂の後、
「ええええええええ!!??」
とロビーの叫びが宿の一室に響いた。
「お、おい!!夜だぞ、静かに!!」
「で、でも、明日って!?」
「ほら見なさい。常識に囚われ過ぎちゃいけないのよロビー。」
もう町は暗く、完全な夜だというのにわーきゃーと騒ぎ立てる仲間二人を諫める元気も無いレインは、状況の説明は明日にしてさっさと眠りにつこうと一足先に寝室に向かった。
「ん?レインもう寝るのか?」
「おぉう……。」
それを目敏く見つけるライガ。レインは眠たそうな返事をしながら扉の前で手を振った。
「なあ明日出発まで時間はあるか?あるならせっかくだし俺が見つけた場所に行こうぜ?」
「ん……そうしようか。じゃおやすみ。」
淡白な返事のレインはそのまま寝室の黒の中へと消えていった。
「ふぅ、明日と聞いたときは焦ったが、なんとかこいつは無駄にはならなそうだな。」
ライガはそう呟くと手に持っていた小さな冊子を机の上に放った。
「……。」
「お?プルディラ、興味あるか?」
その冊子は非常にカラフルで魅力的な絵が描かれていた。幼子であるプルディラがつい見入ってしまう程に子供心の琴線をくすぐる代物だった。
「そこはパックの魔法館っつってよ。なんでも……魔法を使った遊技場らしいぜ。」
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