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箱庭のテイル  作者: 佐々木奮勢
4章:ブランターヌ
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喜劇のシルバ

「危ないお友達お助け制度ぉ?なにその珍妙な名前の制度。」


 男が言ったブランターヌ周辺で行われている謎の制度の名前にカリンが食いついた。レインが話し始めてからは黙っていたのに口を挟む位には名前に興味が湧いたのだろう。


「いやそっちは皮肉的な意味で言っただけ。大事なのは傭兵ギルドの方だぜ赤いお嬢さん。」


 男がそう忠告を入れるとカリンはなんだと言い、興味を失ったのか再び口を閉ざした。


「で、そのなんたら制度は何なんだ?」

「あれ?もうこの子興味失ったの?……えー傭兵ギルド制度はな、一定の規模、実績、実力を兼ね備えた私設の傭兵団体ギルドを町が公式に認定し、周辺地域の環境維持に関する仕事と報酬を与える制度なんだ。元々地域に溜まっていた荒くれ達もしっかり居場所を作られると丸くなっていくもんでよ、今ではすっかり頼れる用心棒さ。憧れて外から来た奴らが新しい団体を作ったりもしてるんだぜ。」


 男は感慨深く、噛み締めるようにうんうんと頷いた。


「商業や工業でのギルドは見た事があるが、傭兵の様な所謂粗暴な者達が組合を作っているとは思わなかった。本当の話ならな。」

「黒髪の兄ちゃん信じてくれよぉ。……で、ここまでの話だと魔術師の眼月って何ぞやってのが何も分かんねえよな?実はこの傭兵ギルドには数年に一度だけ大きな仕事が舞い込むんだ。それも依頼主は……ギルドのパトロンであるブランターヌだ。」


 男はもったいぶったように溜めてそう言い放ったが、そりゃあパトロンなんだから大きな仕事の一つや二つは持ってくるに決まっているだろうとレインは内心呆れの感情を持った。


「あ!!黒髪の兄ちゃん、そりゃ当然だろみたいな面してんな。」

「まあ当然だからな。」

「実はそうでもねえのよ。なんせブランターヌは世界に名を馳せる魔導都市だ。街の外なら兎も角、街の中での諍い程度ならお抱えの学者さんやら魔法部隊やらで容易く鎮静化出来る。普段傭兵ギルドに寄越す仕事の九割十割は街の外への遠征仕事さ。……だが、さっき言った大仕事だけは別。プライドの高いブランターヌのお偉いさんが傭兵風情に頭を下げるのさ。」


 男は話の合間にいつ間にか注文していた炭酸酒をくっと喉に流した。


「くぅう!!はぁぁぁ……でだな、そんなブランターヌがプライドを投げ打ってまで寄越す大仕事てのが……なんと只の警備仕事なんだな。面白れえだろ?」


 そう言ってけらけらと男は笑う。一方で何が面白いのか理解に苦しむ他の面々はただ首を傾げるばかり。


「あんたは事情を知ってるから面白いのかもしれないけど、聞いてるだけの俺達はそんな説明じゃさっぱり分かんねえよ。」

「そうか?ま、虎の兄ちゃんがそう言うならもうちょっと詳しく話してやるよ。」


 男は炭酸酒をもう一口だけ口に含むと話の続きを語り始めた。


「ブランターヌは街全体が魔法を研究するための研究機関とその担い手を育成する学術機関で構成されている。世界各地から集められた研究者が日夜、新たな魔法技術で世界を拡げる為に研究を続けている……とお偉いさんは発表しているんだが、全員が全員同じ考えで活動している訳じゃ無い。世界中から集められているんだ、中にはマッドな奴らも紛れているもんさ。どんな事象が起こるかも不明な怪しい魔法を馬鹿みたいな規模で研究し続ける奴らが居るんだが、自分達でも手に負えないのか偶に外に出てきちまうんだよ。」

「……それ大丈夫なのか?俺も魔法を生業としているから分かるが、魔法の暴発は洒落にならないぞ。」


 レインは思い出した。魔道具技師成りたての頃に魔方陣を暴発させてしまった時の事を。まだ複雑な処理を施していない小さな魔方陣だったにも関わらず、寝泊りしていた小さなテントが吹き飛んでしまったあの衝撃は今もレインの心にトラウマとして残っていた。


「ああ、洒落にならねえからお偉いさん方も必死になって事態を収めようと躍起になるんだ。民衆の安全確保、暴発魔法の破壊、魔法に込められた重要資料の隠匿等々……やるべきことが多すぎて自慢の魔法部隊でも収集がつかねえ。だから数を動かせる傭兵ギルドに厄介ごと……もといお仕事が回ってくるのさ。」

「なるほど。魔法部隊が魔法の破壊に当たっている間に市民を逃がす訳か。つまり魔術師の眼月とは暴走した魔法の名称で、この町が今賑わっているのは眼月から逃げて来た市民がこの町に集まっているからと言うことか。」


 レインの脳内ではキルイルの賑わいと男の語ったブランターヌの事情が上手く繋がった。それを自信満々に語るレインへ男は軽く笑って一言。


「いや違うぞ。」

「へ?」


 レインは予想外の答えに呆け、周りの面々もどういう事だと男の言葉に疑問を覚えた顔を浮かべていた。


「じゃあ……この町に居るのは誰なんだ?」

「この町に居るのは只の観光客だよ。なんせ今は……数年に一度だけのマッドな魔術の絶景が空に浮かび、そしてそれを楽しむ住民による大魔術祭が開催してるのさ!!」


 男は椅子に片足を掛け、拳を天に突き上げながら高らかにそう言い放ったのだ。


「え……っと、馬鹿?馬鹿馬鹿馬鹿。今この町に集まっている奴らは大馬鹿ってことだな?」


 予想の斜め下を行く真実にレインは呆れの閾値を大幅に上回り、一時的な錯乱に陥ってしまった。


「はっはっは!!その通りっ!!ここに居る奴らもブランターヌに残ってる奴らも皆大馬鹿者さ。だが、ブランターヌの魔法の暴走は傍から見れば危険を冒してまでも見る価値があるって事さ。ま、商売にしちまう奴らは商魂逞し過ぎるとは思うがな。」


 暴走の危険さを仲間達の中で唯一分かっているレインは、酷すぎる感性に頭を抱えてしまった。


「馬鹿すぎる……余りにも……。」

「黒髪の兄ちゃん、そう落ち込むなって。そんな馬鹿な奴らを守るためにトップギルドが呼ばれている訳だ。それに市民に危害が加わるような事件は傭兵ギルド制度が出来てからは起こっていないみたいだぜ。お前さん達もブランターヌに行くんなら、もしもの荒事は傭兵ギルドに任せて絶景を楽しんだらいいさ。」

「んな無責任な。」


 男は呆れるレインを見ながらげらげらと笑い転げている。


「つまりアンタはあたし達を見て、そんな馬鹿だと判断した訳ね。……レイン、あんたが間抜けな顔してるからこんな面倒な奴に絡まれるのよ。」

「いやいや、そらこんなに真っ赤な格好してる奴は頭の中も馬鹿みたいに真っ赤だろうってだけさ……姉ちゃん?その剣は人に向けちゃいけないと思うんだ。いやあああ!!熱いから!!近づけないで!!」


 本当の馬鹿みたいに騒ぐカリンと男を横目に、レイン以外の三人は美味しくもない飯を口に運んでいた。


「焼肉にして狼の餌にしてやるわあああ!!!!」

「落ち着けカリン!!こんな所で暴れるんじゃない!!」

「そうだぜ姉ちゃん。一緒に遊ぶのは俺もやぶさかじゃねえが、本物の火遊びはノーセンキューだぜ。さ、お前さん達もそんな湿気た飯なんか食ってないで姉ちゃんを止めてくれよ。じゃなきゃ本当に餌にされちまう!!」


 三人は男を無視して口を動かし続ける。しかし、無視されてなおも男は煩く騒ぎ続けた。

 やがて、この男の煩さに三人よりも先に我慢の糸が切れた者達がいた。周りで食事をしていた他の客達である。


「うるせえぞ!!!!静かに飯くらい食わせろ!!」

「痛ってええ!!!!おい誰だ皿投げたやつ!!出てこい!!」

「それくらい我慢しとけ!!こっちは不味い飯をくってる最中なんだよ!!!!耳からまで不味い声を聞きたくねえよ!!」


 店内が男を中心に賑わいだした。無論爽やかな賑わいでは無かったが、料理の味に落ち込んでいた店内が急に騒がしくなった事に店主のお婆さんもご満悦。

 騒ぎは店の中だけに留まらず、外で並んでいた人々や通行人が物珍しさで店の扉から顔を覗かせる。

 暴れるカリンの攻撃をのらりくらりと躱す男と宥めるレイン。一飲食店内とは思えない地獄絵図だったが、この騒動は急に終わりを迎えた。


「シルバさん何をやってるんですか!!もう時間は過ぎてますよ!!」


 店の入り口から若い男の声が響いた。良く通る声色で、店内の騒がしさをすり抜けて皆の耳に届いて行った。


「ん?……あ、時間忘れて、ぎゃああ!!!!」


 その若い男の声につられて足を止めた男の脳天にカリンの剣の腹が直撃した。


「あ。」

「ぎゃああああ!!!!」


 男は絶叫を上げながら前に倒れ込んだ。騒ぎの元凶であった男が倒れた事で店内の賑わいは次第に収まってゆく。


「ああっ!!シルバさん、すみません!!」


 先程声を上げた若い男が床に倒れ伏す男に駆け寄った。


「ああ、こんなに大きなタンコブまで……まてよ、追いかけられてたよなシルバさん。どうせこの人の事だ。ちょっかい掛けて怒らせでもしたんだろう。きっとそうだ。それなら……。」


 若い男はぶつぶつと独り呟くと、背負っていた背負い袋から一本の綱を取り出した。そして倒れる男に近寄って行き……


「な、なあ君このおっさんの知り合いか?」

「ええはい。すみませんね皆さん、この人も悪気は無いんですよ。デリカシーが無いだけなんです。この人は俺が持っていきますんで。」


 若い男は男の足に縄を括り付け、力任せに引き摺りながら店の扉に手を掛けた。


「それ大丈夫か?外の地面は石造りだぞ?」


 レインは男の身を案じるが、肝心の男は親指を立てながらたんこぶで膨れた微妙に決まり切っていない決め顔を見せた。


「気にすんな、いつもの事さ。それより、お前さん達も来るんだろブランターヌに。俺はシルバ、『喜戟』のシルバってんだ。俺は先にブランターヌへ帰ってる。もしまた会ってお前さん達が俺を覚えているようなら、その時は酒の一杯でも付き合ってやるよ。こんな色男を忘れはしねえと思うがな。ぶわっはっは!!じゃ、あばよ!!」

「お酒飲めないでしょ。いいから行きますよ。」


 シルバと名乗った男はあばよと言ったその決め顔のまま、店の外へ引き摺られて行った。


「……。」


 騒ぎに加わっていた客達は熱が冷めたのか自分達が汚したテーブルの片づけを始めた。一番暴れていたカリンは疲れ切って近くの椅子に腰を掛けている。


「おおおおお……!!!!」


 静かになった店内へ外からの謎の呻き声が響いた。きっと引き摺られたシルバが発した物だろう。


「……はぁ。」


かたんっ


 レインが疲れ切ったような温い溜息を吐き出すと、黙々と食事を進めていた三人が同時に匙を皿に置いた。プルディラの顔は何時もの無表情だったが、ライガとロビーはレインと同じように疲れ切った表情で溜息を吐きながら同時にこう呟いたのだった。


「「「なんだアイツ……」」」

ご閲覧いただきありがとうございます!!

次回の更新は1月6日の12時頃です。今月は偶数日に更新です。

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