裏事情を知っていると嬉しくない竜の番
気分転換に書いてみた短編です。
5月27日「手を回されて〜」の前に「もしも」を追加しました。
レビュー、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
誤字脱字については、一般的な国語辞典を参考にして最初に書いた漢字が許容されている場合は報告を適用していません。また、意図して使った漢字や表現には適用修整していません。
人の世で伝わる「竜の番」のおとぎ話は都合が良い。
騙す竜の側にも夢見る人の女にも。
竜は男しか生まれないから、成人すると番となる女を探しに人の世を旅する。
竜の番に選ばれた女は美しい竜の男に傅かれ、願いは何でも叶えてもらえる。
幸せのあまり人の世を忘れ、里帰りをする娘は誰もいない。
そんな甘い話はありませんよ! 騙されないで、そこのお嬢さん!
竜の男は、それは美しい。人の世ではお目にかかれないほどの美形だ。だって人じゃないし。
番の女を人の世から竜の国に連れ帰るのは合意なくしては不可能だと神が定めているから、愛も囁くし贈り物攻撃だってする。
だけどそこで頷いちゃいけませんよ! お嬢さん!
竜の国に連れ帰られた人の女に待っているのは幸せなんかじゃないんだから。
竜には男しか生まれないというのは嘘。
男は人型で生まれ女は卵で生まれるのだ。そして卵で生まれた女は卵のうちに都市の城壁の外、主に山奥に捨てられる。
竜の女は城壁の中に入ろうとすれば「野生の竜」と呼ばれて同族の男たちから討伐されるのだ。同族だから念話で言葉も通じるし、知能と理性があるのを知ってるくせにだ。
最悪の男尊女卑社会。それが竜の国だ。
連れ帰られた番の女が里帰りしないのは当然だ。
竜の国では産み胎として監禁され、外出の自由はない。
そして老化の速い人の女は十年もすれば、変わらず美しい竜の夫と醜く老いた自分を比べて絶望し、自ら命を断つ。
その死体は、肉体に魂が留まっている出来立てホヤホヤのうちに夫が魂ごと食らうのだ。
番の魂を食らった竜は魔力の限界値が上がり寿命が延びる。その上、魂を食らってしまえば「番の魂」が転生することは無いから、新しい番が発生する。竜の男に都合の良いこと尽くめだ。
新しい番の発生には百年ほどかかるから、人の世で同じ竜が番探しをしていることもバレない。
竜の男はそうやって番の女を魂ごと身の内に取り込み続け、5千年も生きる。竜の女の寿命は5百年ほど。男の十分の一だ。
どうしてそんな竜の男に都合の悪い情報を持っているかって?
私には前世の記憶があるからだ。
私は人の女に生まれ変わる前、竜の女だった。
竜の国が最悪の男尊女卑社会だと思っていたけど、人の世もなかなか理不尽だった。
これなら人の女が綺麗な顔の竜の男に甘い台詞で口説かれ高価な贈り物をされただけで、それまでの人生を投げ打って見たこともない国へついて行くのも仕方のないことかもしれない。
「愛しいターニャ。僕の番。今日こそ頷いて」
目の前に跪く若い竜の男に白い目を向けて私は無視をする。
裏事情を知っているのに頷くわけがなかろう。
手に職のある天涯孤独の平民で良かったわ。
下手に身分があったり家族と暮らしていれば外堀から埋められる。
私は死んだ父親から受け継いだ工房で、ひたすら時計の修理を続ける。
もしも手を回されて取引先を失っても、家の裏の畑で収穫する野菜と森で罠にかけた鳥や小動物の肉で暮らせる。
前世の知識で食用に向く植物や茸の見分けもつくし、多少遠いが川まで行けば魚も獲れる。
前世と今世の男尊女卑社会に馬鹿馬鹿しくなり、結婚する気はおろか恋人を作る気も起きない。
一人で食って行けるなら、生涯独身は気楽で自由だ。
私を番だと口説く竜の男はまだ年若い竜だろう。
多分、成人したてで「番食い」未経験者。
一度でも番を食った竜は爪に印が浮かび上がる。両手両足の爪20本分の番を食い尽くせば、新しい番はもう発生しない。一応伸びしろの限界は決まっている。
この男の手の爪は生まれたままだ。印を隠すための爪用化粧も塗っていない。
足の爪は靴で隠れているから分からないが、番食いの印は右手の小指から始まるから、多分未経験者。
「ターニャ。愛しています。あなたを一生大切にすると誓います。だから僕と共に来ると頷いて」
人の世では王族しか見ることも許されない品種の花や、宝石より高いと言われる魔力を帯びた金色水晶など、手を変え品を変え贈り物を差し出しながら頷けと迫る竜の男。
私が頷くことは決してない。
声を聞かせることもない。
名乗りもしていないのに、勝手に知った私の名を呼びかける不躾な男に返す言葉などない。
「ターニャ、僕の番。愛しいあなたのそばにいさせてください」
何を差し出されても受け取ることはないのに男は贈り物を携えて来る。
売れば城が買えるような値がつく幻と呼ばれる薬草。人の世には現れない幻獣の皮や角を使った装飾品。人では踏破できない遺跡の迷宮から手に入れてきた目が潰れるほど魔力が込められた宝物。
しばらく姿を見せない日が続いたと思えば、竜だとしても入手ルートが謎な稀少品を持って訪ねて来る。
そして跪いて頷けと迫るのだ。
持って来る贈り物のヤバさに、この若い竜の男は竜の国でも相当に高い身分なのではと思い始める。
金で手に入る贈り物を持って来たのは最初の数回だけで、あとは竜でも苦労しなければ手に入らないようなものばかりだ。
力のある竜を動かせる立場の王子でもなければ無理だろう。
まだ「番食い」もしていない若い竜が自分で手に入れるのは命懸けになってしまう。
番のために命を懸ける竜など見たことも聞いたこともない。
時折白い目を向けるだけで一切答えることはなく、頷かないまま数十年が過ぎた。
若く美しい姿のまま、飽きもせずに男は跪いて贈り物を差し出す。
今日は海底神殿の秘宝らしい。内部に太古の海の景色を閉じ込めた虹色の大きな真珠だ。
普通に持って来られたわけはないだろう。
これも拒否して無視をすれば、次は何を持って来るつもりなのか。そのためにしばらく来ない時間に、私の寿命は尽きるだろう。
出来立てホヤホヤの死体でなければ魂は肉体から抜けてしまう。番のものとはいえ死体だけ食らっても意味はない。
抜け殻の死体だけ残してやろうと思っていたけど、もういいやと私は思った。
力のある竜を使役できる立場の王子だったとしても、数十年に渡りこれだけの稀少品を手に入れるのは苦労があったはずだ。
私も人に生まれ変わり、生涯を好きな仕事に捧げて好きなものを食べ、十分自由に生きた。
産み胎になるのは無理だが、この肉体と魂は食って力にすればいい。
「ターニャ。愛しています。僕の心は永遠にあなたのものです。どうか僕と共に来てください」
跪いて請われ、私は初めてきちんと視線を合わせて首を横に振った。
そして、初めて目が合ったことに歓喜する男に口を開いた。
「私には竜の女として生きた前世の記憶がある。竜の男の卑怯で汚い本心を知っているのに頷くわけがないだろう。だが、お前にはお前の事情もあるのだろう。合意を得ようとした努力は認める。私の寿命が尽きたら魂が肉体にあるうちに食えばいい。そうすればお前には力が増え、百年後には新しい番も発生する」
私が言葉を紡ぐ度に驚愕に目を見開き麗しい容貌から血の気を引かせていく男を、無感動に眺める。
自分たちの悪行を人の世に知られているかもしれないとなれば、顔面蒼白にもなるだろう。
私は誰かに話したことはないが、知られているかもしれないという可能性を考えるだけで恐怖は与えられる。
竜の国は人の世から番を得ることができなくなれば滅びるしかない。神の定めで合意なくして竜の国に番を連れ帰ることは不可能。「竜の番」の事実が人の世に広まり合意を得られなくなれば、竜という種族が滅びるのは時間の問題だ。
私が竜の国の男たちにできる復讐は、この程度のもの。
その日から私のそばを離れなくなった若い竜の男は、十日もしないうちに沈痛な面持ちで私を看取った。
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私は再び前世の記憶を持って生まれた。
また人の女だ。
不思議だ。魂を食われたら転生しないはずなのに。
せっかく近くで看取ったくせに、あの若い竜の男は間抜けにも魂が肉体から抜け出る前に食い損ねたのだろうか。
随分と見える景色が様変わりしているから、異なる世界にでも転生したかと思ったが、世界の名前は同じだし、図書館で古地図や年表を見れば、どうやら同じ世界の千年ばかり後に生まれたらしいことが分かった。
人の世の暮らしは平民でもそこそこ便利で豊かだし、相変わらずの男尊女卑ではあるものの、平民は女も職を持つのが普通だし貴族や王族の女が事業を始めるのも珍しくない。
結婚は、王族と高位貴族を除き、古い家柄でもなければ本人同士の意思で行うものと認識されているようだ。
私は生まれ変わっても肉親の縁が薄いらしく、成人するかしないかの年頃で天涯孤独の身の上となった。
幸い森の一角の土地を相続したので、切り出した木材で木工芸品を作ってみたり、森から獲れる食材で食うにも困らなかった。
川や井戸を頼らなくても各家に水道が整備され、生活用水が簡単に得られる今世の暮らしは楽だ。
ますます女一人で生きて行くのに不自由を感じない。
卵のうちに山奥に捨てられて生き延びた竜の女の記憶と、男尊女卑がもっと激しい時代に手に職を持ち逞しく一人で生き抜いた記憶を持つ私は、今の世の中でも自立心が旺盛で気が強い方だ。
男が女に求めるものに可愛げがウエイトを占めるのは時代が変わっても同じらしい。
全くモテない私は喜んで悠々自適のシングルライフを満喫していた。
「やっと会えた。千年は僕にも長かったです。お名前を教えてくれませんか。愛しい僕の番」
そんなある日、前世で見覚えのある竜の男が森で採取中の私を訪ねて来て平穏な時間は終わった。
千年も経つのに、その爪は色も塗らず綺麗なままだ。「番食い」もせずに美しさも寿命も保つ方法があるのだろうか。
「私を、食わなかったのか・・・」
あまりの驚きで言うつもりのなかった言葉が口からこぼれた。
「ああ、覚えてくれているんですね。僕の気持ちは変わりません。この心は永遠にあなたのもの。そう誓ったときのままです」
あんなの、その場しのぎの中身のない口説き文句だと思っていた。
食って自分の力にするだけの番に永遠を誓うなど片腹痛い、魂ごと死体を食って次の番を騙す準備にかかるのが竜の男というものだ、そう思っていた。
「どうして、食ってないのに千年も若いままでいられる?」
どうせ記憶があるのがバレたのならと、疑問をぶつけると、穏やかな笑みとともに答えが返ってきた。
「悪しき習慣に頼らずとも、竜が力を得る方法はあるのですよ。実に単純なことです。努力して経験を積めば強くなります。強くなれば寿命も延びる。竜は本来そういう種族なのです」
「努力と経験・・・」
「はい。僕はあなたが『ターニャ』だったときに贈り物を手に入れるため、幾度も危ない橋を渡りました。そのお陰で『番食い』などせずとも魔力も寿命も増やすことができたのですよ」
「え? あれ、自分で手に入れてたの⁉」
思わず大声を出すと、苦笑された。
「番への贈り物に他人の力を借りるのは格好悪いでしょう。当時、地位のある者はそのようなやり方もしてましたが、僕は番に格好悪い男だと思われたくなかったんです。全部、単独で挑んで手に入れました」
記憶にある差し出された稀少品の数々は、伝説や神話レベルのものも含まれていた。
竜だとしても命がいくつあっても足りなそうなお宝だった。
「恥ずかしいことに、『ターニャ』の言葉を聞くまで僕は、竜の女がどう扱われているのか真実は知りませんでした。『番食い』という悪しき習慣があることは知っていても、年長の竜たちがそれによって力と寿命を得ていることも知らなかったのです。彼らが誇る爪の印が、そんな恥の証であることも。僕のように何も知らない若い竜は他にもたくさんいました。成人して番を連れ帰るまでは教えられない話だったようです」
「今は知っているような口振りだが、『番食い』をしなかったのに私以外の番を連れ帰ることができたのか?」
「まさか。『ターニャ』を看取って埋葬した後、帰国した僕より強い竜はいなかったから力尽くで聞き出しただけですよ」
にーっこり。そんな擬音が付きそうな笑顔を浮かべた男から距離を取りたくなる薄ら寒さを感じたが、すっと手を取られてしまった。
「悪しき習慣を繰り返した齢5千年の竜よりも、番のために努力と経験を積んだ僕の方が断然強かった。逆らう者を全て叩きのめして城の奥の古文書を手に入れたら真相も判明しました」
優しく握られてるだけなのに手を抜くことはできない。
熱っぽく見つめる男の目に囚われたように視線が逸らせない。
「大昔の馬鹿王子が修行が嫌で禁術に手を出したのです。本来、竜の番となる魂は唯一つのもの。その大切な番を手に入れ守るために竜は力を得るのです。番の魂を食らって力を得るなど順番が逆なのですよ。それに、『番食い』では番のために努力と経験を積んで得る力の十分の一も得られません。とても効率の悪い禁術です。おまけに神に背いた罪業の証が爪に浮かぶ。竜の爪は牙と同じく竜の力の象徴です。それに罪業の証が刻まれる恥ずかしさを受け入れるほどの旨味があるとは僕には思えませんね」
旨味があったらやったのだろうか。
ぶるりと震えたのが伝わったのか、安心させるように目を細められた。
「たとえどんな旨味があろうと、僕は唯一の愛する番と生涯をともにする方を選びますよ」
「人の寿命で竜と生涯をともにするのは無理だろう」
「いいえ。番を身の内に取り込む本来の意味と方法も、古文書にありました」
身の内に取り込むって、魂ごと食って力にするという意味じゃなかったのか。
「竜は唯一の番を見つけて愛を受け入れてもらえたら、己の竜珠を番の体に埋め込むのです。竜珠を埋め込んだ番の体は人から竜に変化し、その逆鱗を飲み込んで正式な婚姻は成立。互いの体に互いの命を取り込むことで、決して離れない絆が結ばれます。正式な竜の番となった女性は、人型を取り繁殖可能な竜の女を産むことができるようになります」
「そんな・・・。じゃあ女だけ卵で生まれて捨てられるのは、婚姻が成立していない正式な番じゃなかったってこと?」
力の源であり命より大事と言われる、竜の男の竜珠を番に与えてしまうことにも驚いたけど、竜の女だったときの悲惨な生の原因が隠された古文書にあったことにも苦々しい感情が湧いた。
「番として竜の子を産む女の側が完全体でなければ、完全体の竜の女は生まれません。完全体であれば、竜の女も人型で竜珠を握って生まれるそうです」
「女でも竜珠を・・・」
竜珠は男だけが持つものだと、だから男は力があり偉いのだと、女が男に逆らうなら殺していいのだと、山奥で会った年上の竜の女たちは言っていた。
「今は竜の国でも正式な婚姻しか認めていません。僕が減らした竜の国の人口も、少しずつ戻って来ました。女だからと山奥に捨てられる子供もいません」
あれ? 今なんだか、えらく物騒な言葉が途中にあったような。
「禁術を犯していた竜たちは、印の浮かんだ爪を指ごと切り落として術で得た力を奪い、身の内に取り込まれていた魂も解放しました。力を失ったクズどもは、本来の寿命がとっくに尽きていましたから塵となって消えましたよ」
にこぉっ。そんな擬音が聞こえる笑顔が怖くて後退りたくても手は抜けないし足も動かない。
視線を下に向けると、土と下草が不自然に盛り上がって私の足を拘束していた。
「僕の唯一の番。愛しい人。あなたの憂いは僕が全て払います。あなたを傷つけるものは僕が存在を許さない。お願いします。あなたの名を呼ぶ栄誉を僕に与えてください」
跪いて私を見上げ、懇願する相当ヤバそうな男。
けど、これ、断っても来世も絶対に追いかけてくるような気がする。
いや、確信だ。この男は諦めない。
次に生まれ変わるまでに、もっと強くてヤバい存在になってるだろう。
「グレイス」
溜め息とともに今の名を告げる。
「グレイス・・・」
極上の蜜を口にした甘さを味わうように、男は私の名を呼んだ。
「グレイス。僕の愛を受け入れてください」
片手を私から離して、跪いたままポケットから贈り物を取り出す。
男の手のひらには、月光のような輝きを放つ見たことのない石で加工した耳飾りが載せられていた。
「これは?」
正体が分からず訊くと、事も無げに答えられる。
「僕が流した『竜の涙』です」
私は目を見開いて男の手のひらを凝視する。
竜の涙は命を削るほどの悲しみからしか生まれない。
「前世のあなたを看取った後に量産してしまいました。その分減った寿命は、あなたが生まれ変わるまでにもっと強くなろうと『色々』しているうちに以前より延びましたから大丈夫ですよ」
また怖いことを言われている気がするけど、これは観念するしかないと思った。
私が死んだら竜の涙が生まれるほどに悲しむ存在なんて、今もこの先も現れるとは思えない。
差し出された手のひらから耳飾りを受け取ると、男の顔が眩しいくらい喜びで輝いた。
「グレイス、僕を番として認めてくれますか? 僕の求婚を受けてくれる?」
再び両手で手を握られ、私は頷く。
「ありがとう。帰国して正式に婚姻を結ぼう。ありがとう、グレイス。僕を受け入れてくれて」
立ち上がった男に抱きしめられる。
足元の拘束が解かれた。そう感じた瞬間、私は森の中から竜の国へ移動していた。
え? 転移術? それこそ伝説だよね?
「グレイス、僕の竜珠をあなたの中に埋めるね」
戸惑う私に構わず、何もない空間から見たこともない大きさと強い光を放つ竜珠を取り出す男。
空間魔術も物語の中の便利な魔法じゃなかったの⁉
「愛してるよ。グレイス」
規格外の大きさの竜珠が私の中に吸い込まれるように収まった途端、血が沸騰するような熱さを全身に感じ頽れる。
声もなく倒れ込み、光りながら熱を放つ私を難なく抱きとめながら、男は嬉しそうに囁いた。
「何よりも愛してる。グレイス」
喉の下が熱くてたまらないのに指一本動かすことができない。
私を腕に抱いている男が、その熱い部分に唇を寄せた。ひやりと冷たく感じて気が抜けた直後、激痛に喉の奥から獣じみた呻きが漏れた。
「ぐぅぅぅ」
私の喉に噛みつき体の一部を剥がした男は、それを飲み込み顔を上げた。
私の目を深い底まで覗き込み、唇に触れるだけのキスを落として愛を囁く。
「これであなたは永遠に僕の番。もう離れなくていいんだね。嬉しい。ずっと愛しているよ。いつまでも、どこの世界でも」
この男、異世界に転生しても探し出して捕まえに来そうだ。
無駄な労力を使って逃げ回るより、ここで諦めておいた方が平穏に暮らせそうな気がする。
「僕の名前、覚えてる?」
至近距離で訊ねられ、前世でさんざん名乗られた男の名前を漸く動くようになった唇に乗せた。
「ヴィーカギース」
目の色も溢す言葉も喜びだけに彩られる夫の様子を見て私は覚悟を決めた。
───この世界の平和はきっと私にかかっている。
こんな危険なのを野放しにしたり怒り狂わせたら世界が滅びる。
私が手綱と機嫌を取ろう。
───禁術を使う竜がいなくなっても、竜の番は甘いもんじゃないな。
これからの苦労を思って脳内で溜め息が溢れる。
人の世の「竜の番伝説」は、今の時代もおとぎ話のように都合が良いけれど。
騙されちゃいけないよ、お嬢さん。
私が書くヒーローは最終的にヤンデレ化することが多いようです。