言葉遣い
「へぇー、刄さん、からかわれてたんだー。」
「べ、別に大したことないですよ。」
俺はこれ以上ボロを出さないためにも素早くこの会話から離れようとする。しかし、荒波さんは面白がってどんなことがあったのかを聞き出そうと話しかけてきた。
俺がニヤニヤしながら義姉さんについて何回も聞いてくる荒波さんを無視していると、ポケットへ入れているスマホから通知音が鳴り、スーツ越しに俺に振動を伝えた。
昨日と雪の件があったため、スマホが鳴ったことに対して、少しドキリとしながら内容を見ると、かおりから雪が元気になっていってるとの連絡だった。
「あれ、刄さん。
なんかいいことあったんですか?」
雪が回復に向かっているのに安心したことが俺の表情に現れていたのか、荒波さんは先ほどまでの態度とは一転して、不思議そうな顔で俺を見つめてきた。
「雪...あぁ、娘が順調に回復してるって妻から連絡があって。」
「良くなってるんですか、娘さん。
よかったですね、刄さん。」
俺がメッセージの内容を端的に伝えると、荒波さんは共に喜んでくれているのか、先程とは変わって優しい笑みを浮かべた。
「そうですね。
昨日はどうなることかと思ったんですけど、何とか生きていてくれて本当によかったです。」
娘が順調に回復していることへの嬉しさを全身で深く噛みしめながら、俺は荒波さんへ口角を大きく上げて笑い返した。
「そういえば、刄さん。
私にも悠馬や涼太さんに対してと同じように敬語じゃなくてもいいんですよ?
ほら、役職が上とは言っても私の方が年下なんですし。」
俺がスマホをポケットへしまっていると、突然話題が切り替わり、荒波さんは俺の言葉遣いに対して提案してきた。
「いや、でも悠馬はともかく、涼太だって敬語を使ってるじゃないですか?」
「あぁー...
涼太さんは何回言っても直らなかったし、悠馬以外には誰に対しても敬語だからもう諦めてるんですよ。悠馬に対しては敬語じゃないんですけどね。
アイツ、普段は生意気なところが多いんですけど、そういう人と仲良くするのが上手なところは素直に認めているんですよ?
あとはあの生意気な態度がもう少しだけ改善されたらいいんですけどね。ほんの少しだけでも涼太さんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです。」
突然のタメ口OK発言に対して、普段の様子について疑問に思っていた、涼太の言葉遣いについて尋ねた。
荒波さんは俺の問いに対して、普段の光景を思い浮かべているのか少し思案し、それから口元に微笑を浮かべた。
「アハハっ...
まぁ、それも悠馬の長所だと思うけどな。」
「いや、それはいくらなんでも悠馬に甘いですよ、刄さん。
アイツ、そんなこと言ったら調子乗るんで絶対に言わないでくださいね!
それで話は戻るんですけど、悠馬や涼太に対してはタメ口なのに、同じ年下の私に対してだけ敬語だったら、いくら役職が上とはいえ何か壁感じるじゃないですか?」
俺に対して悠馬を甘やかさないように忠告すると、荒波さんは少しだけ寂しそうな表情をしながら俺にお願いした。
「わかりま...
わかったよ、荒波さん。
...これでいい?」
「はい、バッチリです!」
俺が言葉遣いについて、敬語を使わないことを了承すると、荒波さんは手を後ろに組みながら嬉しそうにニッコリと笑った。
その後、マリさんから出来立てホカホカの食事を受け取った俺たちは、日光が差し込む暖かそうな窓際の席に着き、食事を取り始めたのだった。