邂逅
俺が病院に着くと、雪の手術は終わっていた。
雪が普通の手術室から一般の病室に移されていた様子から、とりあえず何とか一命は取り留めたようだ。
病室に入ると両頬に涙の跡をくっきりと残しているかおりのやつれた姿が、雪の眠るベッドの隣にあった。
「ごめんなさい、
ごめんなさい、刄...」
「大丈夫、
かおりのせいじゃない、
かおりのせいじゃないよ...」
俺がやって来たことに気づくと、かおりは俺の方へ頭を深く下げ、許しを乞うようにひたすら謝った。俺は雪を起こさないように静かに駆け寄り、かおりの背中をさすった。
かおりのせいじゃない...
かおりのせいじゃない...
心の中でも何回も、何回も唱えた。
俺はやつれたかおりの隣に座るとかおりの頭を俺の膝の上に乗せ、膝枕しながら寝かしつけた。
雪が無事だったことからの安心と今まで雪を心配していたことによる疲労からか、数分後かおりは安らかな呼吸とともに眠りに落ちる。
俺たちは雪の病室でかおりを寝かしつけながら一晩を過ごした。
1時、2時...
と時間が流れて行く。
月が西へ、西へと沈んでいく。
そして...
翌朝の午前5時、雪は無事パッチリと目を覚ました。
「パパ?ママ?ここ、どこ?」
周りをキョロキョロと見回してから、最初に今どこにいるのかを俺たちに尋ねる。
「病院よ、雪...
ごめんね、私のせいで...」
少し前に申し訳なさそうに目覚めたかおりが絞り出すように涙を流しながら雪に抱きつく。
昨日だけでも枯れるくらいに流していたはずなのに。
「どうしてママがあやまるの?」
キョトンとした顔をして、抱きつかれたまま、雪がかおりの頭をゆっくりと撫でた。
その後の医者の話によると、特に後遺症などは見られないようだ。念のために、ということで1日入院させることになった。
「じゃあ、雪のこと、よろしくな、かおり。」
「うん...」
ようやく涙が止まり、落ち着きを取り戻したかおりが涙をハンカチで拭きながら答えた。
俺は仕事があるので、今日も出勤しないといけない。
異動して次の日から早速休むのは、社会人としてダメだろう。
俺は着替えがてら少し仮眠を取るためにも早歩きで家へ向かって歩いていく。
すると、目の前を歩いていた茶髪ショートの男性がポケットからスマホを落としたのが見えた。
男性はスマホを落としたことに気づかなかったのか、スタスタと俺がいた方向へ歩いていく。
「すみません、落としましたよ。」
俺はスマホを拾うと、その茶髪の男性に駆け寄りながら声をかけた。
男性がこちらを振り向く。
男性は左腕でジュースの缶が2つ、挟むように抱えながら、
「ありがとうございます。」
彼は軽くお辞儀をしてから、右手で俺の持つスマホを受け取った。
「啓介ー!早くジュース持って来いよー!」
少し奥のベンチに座る、友人らしき人たちに囲まれた、白の患者服を着た男性がそう大声で呼びかける。
「あとちょっとの距離だから、大人しく待てよ、泰斗!」
啓介と呼ばれた目の前の茶髪の彼は、返事をしながら後ろへ振り向くと、駆け足でベンチに座る患者服の彼の元へと向かって行った。
これが俺と彼との出会い。
俺も彼もこの時はまだお互いのことを全く知らない。
でも、いずれまた出会い、知っていくことになる。
もっとも、その時のお互いの立場は敵同士であるのだが...