カートという街
1.カートという街
俺は半魚人。
月家賃2万ガヌのアパートの一室でパソコンに映るうんこにも劣る小説を書き、3食幕の内弁当、ブスなセフレとサブスクで見る映画にアニメ。これが俺のすべてだ。
新島ニイナという名前を使って作った偽物の戸籍。こいつを作ったときに頼ったヤクザに払う金を返す日々。俺が人間じゃないのをいいことに3000万なんて金を要求してきた。当然なんの職にも就けない人外が返せる金じゃない。それでもなんとか盗難車を売ったり、オレオレ詐欺やったりで食い繋いで家賃も払ってるが、未来には濃い霧が充満してる。あのヤクザ共は俺を一生働かせて金を搾り続けるつもりだ。一発逆転を狙って昔から好きだった小説を書いてるが、これが全くと言っていいほど読まれない。
主人公がある日手にした一本の万年筆、こいつで書いたことは現実になる。だがいくつか制約がある。文字数は40文字まで、死人が出る内容は書けない、文字を消されても12時間以内に書き直せば効果は消えない、などなど。この制約のなかで、主人公が世界を正しく導くっていう話だ。
内容は面白いはずだ。というか面白いと思わないとやっていけない。ヒポポニウムの精神だ。自己暗示ほど最強の武器はないってな。
眼鏡からサングラスに替えて俺は叫んだ。
「夢の華とは今にあり!後先は枯れ木と土塊のみ!」
たぶん疲れてる。
「うるせぇ!何時だと思ってんだ!このコンポタ野郎が!」
深夜3時だ。隣の住人の部屋にはどうやら時計がないらしい。わざわざ俺に時間を大声で尋ねなければならないんだから。だが深夜3時に名言を即座に爆誕させて叫ぶ遊びを2年ぶりに再開するとは…。やはり疲れてるんだ。今すぐ寝るべきだ。とりあえず服を着よう。書くときは脱ぐが、寝るときは着る。常識だしな。
毎日この調子だ。戸籍を持った15から数えて3年この生活。今は18歳。というか今日で18歳。今日は俺の誕生日だった。今朝買った幕の内弁当はもう冷え切っていた。
天使と悪魔がケツを舐め合う国、カート。
太平洋戦争の折に、多くの日本人権力者たちの避難場所として使用されていた島が、戦後独立して出来た国である。戦時中、突如出現したシドマタ教という宗教に、戦争というストレスによって精神を病んだ権力者たちがこぞって入信し、この宗教を存続させるために独立させたのだ。
街並みは日本に酷似し、法律も憲法も、日本とほぼ同じものを採用している。違いといえば、国民の7割がアジア系、残り2割がアメリカ系、残り1割がその他の人種という割合になっている点。
しかし大きな違いは他にある。それは治安だ。
カート全域に点在する反社会組織たちは他国には見られない独自の武器を使用し、その武器の特徴にはその組織のカラーがある。また昨今では、異生物の戦力化などにも出資する組織があり、なかには実用化に至ったものもあるという。
数多くある反社会組織によって各地は支配されており、諸外国はおろか、カート政府でさえ取り締まりを行えない。それはシドマタ教会がカートの反社会組織を推奨しているからである。またカート政府のトップである死柄総司とその他上層部はシドマタ教信者。その異様な社会体制と、独自の武器を扱う組織に恐れをなして諸外国もノータッチなのだ。
「ココア様。先日報告にあった例の石ですが、無事回収いたしました。さっそくお戻りになって確認を。」
酔っ払いのゲロや、立ち小便の残り香漂う路地を抜けた先にある古い映画館まえ。そこで電話しているのは、若葉のように鮮やかな緑の髪のクールビューティー・ナイスバディ!フゥ!!…んンッ!とりあえずスーツの似合う端正な顔立ちの女性が、ココアという可愛らしい声の持ち主と電話で話していた。
「そうしたいのは山々なの。だけどねー、本部からの呼び出しをすっぽかすのもめんど〜!でしょ?だからごめーんね?」
「そうは言ってもボス!今回の件は私どもだけでは処理しきれません!石の受け渡しに失敗すれば、それこそ本部からどんな制裁を受けるか…」
「佐武は?あの子なら使えるんじゃない?あなたほどではないと思うけど、戦力にはなるわ。あとあの子、夜は凄いのよ〜?」
「ココア様がなぜそんなことを知っているのかは後日詳しく伺うとして…。ダメなんです。佐武は今ゴーストタウンの件で手が離せません。」
「そもそもあなた1人でどうにかなるでしょ?ルイ?少なくとも私のキッズの中では1番の切れ者であり、武闘派よ。」
「ですがボス!」
「ルイ?…あなた勘違いしてるんじゃないかしら?私はあなた達の親なのよ?親子の間を繋ぐものが愛だけだと思ってるわけ?血よ。絶対的な信頼関係という名の血縁。戦うだけが能のメスが調子こいてんじゃねぇぞ?てめぇなんぞ戦えねぇんなら、野郎供の慰みものにする以外使い道ねぇんだからよ。無駄にデカいだけの両乳切り取られたくなけりゃ仕事しな。ルイ?いい?」
「…承りました。ココア様。私の心はあなたの手のなか…。」
「よろしい。っんじゃー!切るわね!あとよっろしくぅー!」
一方的に切られた電話に頭を抱える美女。彼女の名は鮫島・ルイ・リアナ。日系アメリカ人で、母親は不明、日本人の父のもとで14歳まで育てられた後、父の病死をきっかけに孤児となった彼女はさまざまな経緯をへて、現在の組織に入った。
"青のパン屋”。カートの西側にある街、ボーンのなかでも絶大な力を誇る組織である。
「やれやれ…。どうしたものかな。」
ルイは深いため息を一つかました後、背後に建つ映画館へと姿を消した。