前幕
その原罪がなくなるまで、われらは罪を犯さず記録することしかできない
―――騎士団長
「竜。それは貪欲なる蛇であり、およそ無限の寿命と測り知れない膂力を持つ。山ほどの巨躯を駆り、ありとあらゆるものを食らい、焼き尽くす。彼らと対話することは人間には不可能だ。だから、我ら竜騎士がそれを行うのだ」
それが我ら竜騎士の誇り。ありとあらゆる竜との対話を目的とする集団であり、その一人であるベッチは酒場で竜のうわさを聞いた。
「西の村に竜が出たらしい。ま、家畜を炭になるまで焼くのはイカレ野郎か竜だけだろうという話だ」
「ありがとう」
ベッチは銀貨を、その噂を聞いた男に握らせると店を出た。ベッチは酒場を出たその足で村の出口へと歩き出した。大きな町と村をつなぐ馬車の轍は、必ず村へとベッチを導くだろう。
西か。ベッチが考えるのは竜と出会う事だけだ。どんな竜であろうとも、対話を目指す。
対話とは、対等に話す事だ。いろいろな竜と対話してきたベッチであっても、その全てが成功したわけではない。竜騎士として会話をするために、ありとあらゆる言語を学んだが、それでも伝わらない言語・・・特に文字しか残っておらず、発音のない言語や、凍える国の凍り付く唇の言葉、そういったものを話す竜は少なくない。言葉が通じたとしても、対話に至るには多くの場合竜騎士と竜の差を埋めなければならない。いくらネズミが言葉を話そうとも、それと対話する人は気狂いとしか思えない。そう考えると、竜騎士が行うのは竜を気狂いにするためはりつき、話し続けるネズミのようなものだ。ベッチはこの喩えを笑っていたが、実際に行ってわかるのは自分を気狂いだと信じろということだ。
轍をたどっていると、馬の足音が聞こえてきた。それも、道の両側からベッチに向かって真っすぐ走ってくるのだ。一人で旅をしている者は、必ず路銀を蓄えているもので、竜騎士も例外にあらず。だからこそ野党の恰好の的なのだ。特に、人数が少ない野党などは好んで狙うだろう。
竜騎士は生殺与奪には一切かかわらない。殺しは死んでも行わない。命は必ず救わない。「死なない竜騎士が、生かし、殺し、そんなことを行えば世界は軽く壊れてしまう」それが騎士長の言葉だ。ただし、それ以下はすべて行う。野党などは”道”で邪魔なら”動けなく”なるまで痛めつけるのは許可されている。そして、竜騎士を傷つけるものは竜だけだ。すべからく呪いで変質した竜騎士の体は、菩提樹の葉を知らないのだから。
ベッチは馬の上から振るわれる長槍の切っ先をつかみ、槍ごと野党を地面にたたきつけた。戦意を失い地面に転がる野党に、服だけを貫いて槍を返す。20センチほど地面をえぐった槍は簡単には取れないだろう。
「テメェ、ナニモンだ」一瞬遅れた野党の片割れが狼狽えながら聞く。
ベッチはそれを無視して轍を進み続けた。
竜は殺し、焼き、壊す。なのになぜ竜騎士は殺さないのか。騎士長に聞くと、「竜の行動は天命。しかし我らは天からはみ出た忌み者だ。だから、記録以外に手を出さない。狂った竜と、狂った人間、その原罪がなくなるまで、われらは罪を犯さず記録することしかできない。生まれながらに呪われた我らと、生まれながらに祝福された竜では行動の価値が違うのだ」
第一幕
私の眠りはどこにあるのだろうか。
―――眠れぬ竜