ー砂漠のキツネたちー 4
シャワーを浴びようと、住居用バラックから訓練施設へ移動していたさくらは、
外の訓練用広場の片隅で怪しげな動きをしてる二人──、春人と奏を見つけた
(・・・何してんの、あいつら?)
声を掛けようとしたさくらに、奏が気づき「しーっ!」という動作をすると
奏の動きにつられて、こちらを見た春人が、
さくらの名を呼ぼうとして奏に頭を叩かれた
さくらは近づくと小声で聞く
「何してんのよ? こんなとこで」
二人がこそこそとしてるのは会議室の窓の外、
ただし会議室とは名ばかりで、普段は隊員達の宴会場と化してることの方が多い
でも今は人払いをされ、中にいるのは総隊長である有島とイリア、各班の隊長、
ヒュースとディーテも呼ばれてるはずだ
「そりゃ、もちろん。 盗み聞き!」
「俺は巻き添えだけどな」
二人の返答に呆れた顔をすると、
急に、春人に腕を取られその場に座り込むさくら
「さくらも仲間!」
勝手に決めた春人に、いや、私は・・・と思ったが
イリアが持たらしたであろう情報が気にならない訳ではないので、
まぁ、いいかとその場に残ることに決めた
有島とイリアがどういう契約を結んでいるのかはわからないが、
各地を巡っているイリアは、定期的にここを訪れては有益な情報をもたらしてくれる
「ふーん、フォンフェオンがねぇ・・・」
有島が言う
「頭はシンイェンとか言う女傑だよな?
確か結構美人だと聞いたけど?」
「でも総隊長、フォンフェオンだぜ?」
「ないわー」
「ないな」
フォンフェオンの連中とのいざこざに、常に悩まされている隊長達からブーイングが起こる
「うーん、話を戻そうか?」
穏やかにヒュースが言う、このままほって置くとあらぬ方向に話が脱線していくのがこの部隊の常で
「そのシンイェンが帝国に寄りすぎた為に内部分裂の可能性があると?」
「もうしているな」
簡潔にイリアが答える
「シンイェンは2年以上は本拠地にはいない。
現在、本拠地で部隊を纏めてるのはズーハオと言う男だ」
「ああ、その男なら知ってる。
何度か交渉の席についたことがある、あのフォンフェオンにしては柔軟な思考をもったやつだな」
頭も切れそうだ、そう有島は言うと再び尋ねる
「じゃあ、現在やつらの本拠地にはどれくらい勢力があるかわかるか?」
イリアは一旦黙ると「わからんな」と答える
「帝国が今拠点を置いている場所にシンイェンという女はいる。
フォンフェオンの部隊もかなりいたことは確かだ」
「うーん、早計な行動は自分の首を絞めるか・・・?」
腕を組むんで唸った有島は周りを見る
「俺達はあんたの判断に任せるさ」
春人と一緒に作戦に出ていた2班隊長の神崎は言う
他班の隊長も皆、同意見だろう黙ったままだ
「─よし、もう少し様子を見るか。
とりあえずは現状維持で、出来ればフォンフェオンの本拠地の様子を探りたいが・・・・ディーテ、」
急に名を呼ばれた男は顔をあげるが
「何日も空けることになるなら俺はパス」
「だよなぁ・・・。 じゃあ、さくらも同行する方向なら──、」
「──有島さん!」
ヒュースから声が掛かる
ディーテも渋い顔をこちらに向けていた
「だよなぁ。 ─うん、今日はもう終了しよう」
はい、解散!の掛け声にぞろぞろと出ていく皆
同じく出ていこうとしたヒュースとディーテを、イリアが呼び止める
「ユーリ・アリアスという名を知っているか?」
ぞろぞろと出てくる隊長達を見て
ヤバい、と隠れた3人
「危なかった・・・」とホッと胸を撫で下ろしたところに聞こえた言葉
『ユーリ・アリアスという名を知っているか?』
ユーリ・・・アリアス・・・・・?
その名にさくらの心はひどくざわついた
何だろう?
聞いたことないはずなのに・・・胸を締め付けるその名前
横で固まったように止まったさくらに
「──さくら?」と春人が問いかける
さくらは無言で頭をふると
「何でもない。 話し終わったみたいだし、私ももういくわ」
それだけ言うと急いでシャワー室へ向かった
部屋の中の会話をそれ以上聞かない為に
イリアの問いかけに、一瞬、窓の外に目を向けるディーテ
「何故、その名前を・・・?」
イリアには話してないはずの名が彼の口から出たことに戸惑いヒュースは問いかける
「遺跡にいた」
「遺跡に?」
「通り掛かりにいたので声をかけた」
イリアの言葉は簡潔すぎで逆にもどかしく、苛っだった声でディーテは問う
「やつは何を!?」
「何も。ただ私にエルディアは元気かと」
「──!!」
その言葉の衝撃に眩暈のような感情が巡る
瞬間的に握りしめた拳は爪が食い込み、血が床に滴り落ちた
「・・・──ディーテ」
余程ひどい顔をしてたのだろうか、心配するようなヒュースの声に
「・・・大丈夫、ですよ」
そう絞り出すように言うディーテ、そして
「イリア、もし・・・、 もし今度そいつに会ったら、2度と立ち上がれないようにしてもらえると助かる」と
「しかし、あの男は──・・・、」
珍しく言葉を切ったイリアに、不振な目を向ける二人
「───いや、何でもない」とイリアは言った
部屋に戻ったさくらを、「おかえり、お嬢」と笑顔で迎えるディーテ
どことなくいつもと違う表情を浮かべる男に怪訝な顔をすると、
ベッドに座るディーテに近づき両手で顔を挟む
「何だか顔が変よ?」
「・・・何それ、お嬢酷くね?」顔を挟まれたままさくらを見上げるディーテは、
さくらの両手をそっと離すと、そのまま握りしめた
「──お嬢、さっき外にいたでしょ?」
「!! 」
やっぱり、バレてたか・・・と唸るさくらに
「うん、有島隊長にもイリアのおっさんにもね」
「・・・だよねー、春人の馬鹿たれめ」
さくらは自分を巻き込んだ少年に文句を言う
まぁ、その場に残ったのは自分の意志なのだが
ディーテはさくらの手を握ったままうつ向くと
「・・・・・さくら、イリアが言ったこと聞いてた?」
お嬢、でなく珍しく名前で呼ばれたことに少し驚き、うつ向いた男の赤い髪を眺める
「ユーリ、アリアスって人の名前のこと?」
その名を口にした瞬間、チクリと胸に走る痛み
脳裏にほんの一瞬、背の高い黒髪の男が浮かんだ気がしたが
すぐに消える
「・・・知ってる人、なの?」
「───いや、
お嬢がわからないなら別にいいよ」
手を離すと再び顔をあげる
『知らない』でなく『わからない』という言葉を使ったディーテに疑問を覚えたが
手を離した時に見えた男の手のひらに、赤くついた傷を見つけ
今度は逆にさくらがディーテの手をつかむ
「またそのまま! 治るの早いからって放置しない!
あ、それと肋も──、」
そう言いながらガバッとディーテの服を捲る
見事に割れた腹筋は見た目はなんの変化もない
「うーん、どうしよう? コルセットでも巻くか?」
「いやーん、お嬢のえっちぃー」
と気持ち悪い声をだすディーテは無視することにした




