ー砂漠のキツネたちー 3
コンクリートの壊れた建物が乱立する基地より、
少し離れた何もない大地に所々突き出た鉄塔
そのうちのひとつ、上部に足場の設けられた鉄塔の上で
遠くを眺めていた奏は、
横に立つ望遠ゴーグルをつけた少女に問いかけた
「さくら、春人となんかあった?」
少女はゴーグルを上げ、こちらを見ると
「何で?」と質問を返す
「いや、いつもだったら、さくらと見張りなら絶対名乗り出るでしょ」
さくらは「ん──・・・」と一瞬黙るも、鉄塔の下にちらっと目を向けると
「ディーテがいるから嫌だったんじゃない?」
「仲良くないからねー、あの二人」そう言うと再びゴーグルを掛けた
いや、仲良くないのはさくらのせいでは?と、そう思った奏だが
鉄塔の下、ジープの運転席でのんびり休憩してる赤い髪の男を見て
(うーん、現状では春人に勝ち目はほぼないよなぁ)
見た目も、体格も、身長も、強さも
(あれ?マジ何もないじゃん・・・)
今朝から、何故か牛乳を大量に飲みしだした少年を不憫に思った
「お嬢ー、3時の方角ー」
下から聞こえた声に、奏とさくらはそちらを見るが何も見えない
寝ぼけてるのか?と奏はディーテを見下ろしたが、望遠ゴーグルの距離を調整したさくらが
「──見えた。 距離は・・・まだ、大分向こうね」と
(マジかよ・・・)
ジープの上で片手を額に当てその方角を眺めるディーテを見下ろす
(強化兵士って、超チートじゃね?)
ディーテが強化兵士という存在であることは、部隊の皆は有島隊長より聞いている
詳しく教えてもらった訳でなく
ただ、一般人より頑丈で丈夫で強い、と
(うん、がんばれ春人!)
奏はとりあえず心の中で、不憫な少年に声援を送っておいた
「ふ・・・ふぇっくしょーん!!」
盛大なくしゃみをする春人
「うわっ、お前こっち向いてやるなよ!」
組み合っていた仲間が文句を言う
「しゃーないだろ、出るもんは出る。そもそも組み合ってるんだからそっち向くのは当たり前」
現在、見張りに出ている隊員以外は訓練と称して
有志による隊員同士の勝ち抜き戦をしている
『ザ・ドキドキトーナメントバトル!』──と、何故か垂れ幕までかかっている
緊急時以外は比較的─いや、かなり緩いこの部隊
現に隊長である有島も
「おい、春人。お前に賭けてやったんだから、ちっとは頑張れ」
などと、見物の隊員達と賭け事に興じている
「わかってるけど、生理現象は止められねえって・・・、
ふえっくしょーん!!」
「ちょっ、マジ、タンマ!」
そう言いながら後ずさった相手に
「隙あり!」
春人は、叫ぶと同時に体制を低くとり、片足を軸に半回転し相手の足を払う
そのまま、よろけた相手に詰め寄り背後を取ると、相手の首を腕で絞める
「───参った」対戦相手の言葉に
「うーん・・・、何かズルいけど春人の勝ちー!」
審判役の女性隊員が言う
それに対して意義を申し立てる春人
「ズルいって何だよ、心理的作戦じゃん」
「くしゃみが心理的作戦って」
「フォンフェオンの奴等にもやってみるか?」
「いいぞ、やれやれ、何でもいいから勝てよー」
やいやい言う外野は無視する
(ここに、さくらが居てくれたらなぁ・・・)
「──何だよ、また賭け事してるじゃん」
そう言いながら部屋に入ってきたのは奏、後ろにはさくらの姿も
さくら!と、呼び掛けようとした春人だが、
さくらの後ろから入ってきた人物を見つけると
「イリアのおっちゃん!」
驚きの声をあげて駆け寄る
「おっちゃん、久しぶりじゃん。何? どーしたの?
今度はしばらくいるの?」
そう矢継ぎ早に問いかける春人に
「・・・・・」
無言でポンと頭に手を置くイリアと呼ばれた男
春人からは見上げる程、背が高い
男の後ろから嫌そげな顔で入ってきたディーテより更に高い
横幅もがっしりとした壮年の男
「暫くは居れるだろう」
イリアは寡黙で必要な言葉以外は話さない
ポンポンと頭に手を置かれたことに対して
「おっちゃんまで、子供扱いかよ」
春人は不満げに言う
「イリア──、」有島の呼ぶ声にそちらに移動するイリア
男と入れ替わるようにこちらに来たさくらは
「そういう態度取るからでしょ。 ──で、勝ってんの?」
「2回戦突破!」
さくらの問いに、急に元気になる春人
「さくら、見ていく?」
「うーん。 でも、まだ見張りが・・・」
鉄塔の上でさくらが確認したのは、イリアの大型8輪駆動車だった
案内も兼ねて一度基地に戻って来たのだ
「いいんじゃね? そのくらい、他の場所の奴等でカバー出来るでしょ」
後ろから声を掛けるディーテ
「小僧がどこまで出来るかお手並み拝見しよう」
春人を見下ろすと楽しげに笑う
アホだ馬鹿だと(奏談)言われる春人だが
格闘や戦闘スキルは高い
本能のままに動いてるだけ(ディーテ談)と言うが
それに見合った身体能力も持っている
体格的に不利な相手でも
スピードで上回ると次々と勝ち進んでいった
「おいおい、マジかよー」
「穴馬狙いの隊長一人勝ちじゃね?」
「おい、お前最後だろ、絶対勝てよ」
「勝てなかったら・・・わかってるよな?」
飛びかう外野からの声に、最後の対戦相手である隊員は戦々恐々すると
「──そうだ! 代理立てるわ俺、ディーテ!!」
さくらの横で大きな欠伸をしていた男を指名した
「ん?」と涙を浮かべた瞳で指名してきた男を見る
そして「──は!?」と叫んだ春人を見ると、ディーテはニィと笑い、
「──だ、そうだけど、どうする?」
笑顔のまま春人に問うた
「ディーテ・・・、」
止めようとしてだろう、呼び掛けるさくらを見ると
ぐぬぬーと唸る春人
「くそっー、やってやるさ!」
向かいあってわかる相手の強さを
勝ち筋が全く見えない
春人の本能が言う、戦うな、逃げろと
額に汗が浮かぶ
相手は余裕の表情だ、寧ろ笑みさえ浮かべている
(・・・・くそっ!)
動けないままジリジリとする春人
きっかけは一瞬だった
「───っ!?」
ディーテの体が消えたと思った瞬間、春人は地面に倒されていた
全く動けないまま
(・・・マジかよ・・)
唖然としたまま、立ち上がれない春人の側に勝者の男は屈み込むと、
笑みをたたえた顔でこちらを見下ろす
「その程度の強さでお嬢の横に立とうだなんて、──驕るなよ小僧」と
悔しさに項垂れたまま立ち上がる春人
圧倒的な力の差に外野の隊員たちも
「うん、よくやった春人・・・」と言葉少なげに声を掛けるのみ
「─よし。次は俺が代わろう」
そう言い、戦いの舞台に上がって来たのはイリア
「トーナメントは終わったと思うが?」
眉間にシワを寄せたディーテは乱入してきた男に言う
「まぁ、いいじゃないか」
楽しそうだし、とにこやかな顔で観客席から促す有島
「・・・・・」
ディーテは仕方ないという顔をすると、さくらに向かって
「お嬢、もうちょっと離れてくれるかな?」
その言葉に有島もギャラリーの隊員達を下げると、二人の為にスペースを開ける
トボトボと戻ってきた春人に、さくらは声を掛けようとしたが
横にいた奏に止められた
「今はそっとしてやって」
そう言うと、向かい合う二人に顔を向けた
先程と同じように動かない二人
だが今度は、ディーテの顔には余裕はない
「・・・・ちっ、」
舌打ちするディーテ、今下手に動けば確実にとられる
じっとこちらを見据えるイリア
薄い青い瞳の奥が光る
D1-0013
それがイリアにつけられた識別番号
発見された旧世界のオリジナル──
彼らを元に作られたのが現在のディーテと同じ強化兵士達
イリアは多くは話さなかったので
彼の現在に至るまで経緯はわからない
「意識が散漫だ──」
ふいに近づいた気配に、とっさに後ろに飛び去るディーテ
しまった──、そう思った時にはすでに遅く
予めそこに来るのがわかっていたかのように襲ってくる攻撃
そんなでかい図体のクセに動きは速く
避けられない──!、 腕を交差させ衝撃に備えるが
繰り出された蹴りの威力に、堪え切れず膝をつく
「集中力が途切れがちだな」
そう発するイリア
「・・・・・」
あまりの凄さに無言になる隊員達、
そこに割り込むように
「──うん。流石だなぁ、イリアは」
そう言いながら二人の側に近づく有島
「ディーテでさえ、膝をつくとは」
「イリアのおっさんは加減をしらねぇから・・・、肋何本か逝った」
痛てて、と肋を押さえながら立ち上がるディーテに
「そんなもの2、3日で治るだろう」イリアは言う
「うん、まぁ、そうなんだけどね」
強化兵の回復力は常人とは違う、たが痛いもんは痛い
「じゃあ、2、3日は俺は休養ってことで」
有島に向けてそう言うと、横にいたイリアに
「いや、明日から訓練だ」
「・・・・・」
何言ってんの?このおっさん、ディーテは肋押さえながら思った
「強化兵士ってすごいんだな・・・」
そう呟いた奏の声に畏怖の響きを感じ、さくらは眉を潜める
「ディーテはディーテよ」
「うん、でも・・・」
その先に続けられようとする言葉を遮ろうと、口を開いたさくら──、
「すんげぇー!!」
それより早く春人の声が遮る
「マジ凄くね!? かっけぇー、
俺もイリアのおっちゃんの訓練受けたら強くなるかな?
明日からかぁ、楽しみだな、奏!」
満面の笑みで言う春人に毒気を抜かれたのか、いつもの調子に戻った奏は
「いや、俺は出来れば遠慮したい」
まだ死にたくないと、後ずさる
「なんだよー、友達だろ一緒に行こうぜ!」
奏の肩を掴み、楽しそうに言う春人
「お前の『行こうぜ』が『逝こうぜ』に聞こえる・・・」
「何か違うのか?」
「・・・・・」
春人と奏の会話を聞き、ホッとするさくら
──ん? と思う
それは何処からきた安心?
何に対しての?
自分の心に確かめようとすると、
聞こえる少女の声
───思い出さないで
・・・・・何これ?
戸惑ったように固まったさくらに春人が言う
「さくらも一緒な!」
・・・・・いや、流石に遠慮したい