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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
7/52

ー砂漠のキツネたちー 2

あの崩落の日、

すべての研究資料を破棄してすぐ、ヒュースも二人の後を追ったが

途中、フォンフェオンの兵士に見つかり襲撃されてしまった


深手を負い倒れたヒュースに、兵士達はこの砂嵐なら放ってほいても勝手に死ぬだろうと


失った腕から止めどなく流れ出る血と、立ち去ったはずの人の姿を砂嵐で霞む視界に捉え、ヒュースは死を覚悟した


だがその人物は、助けてくれた上に手当てまで施し、

丸2日意識を失っていた男の願いを聞き届け、敵のいるかもしれない遺跡まで連れてきてくれた



そこでヒュースが見つけたのは

遺跡の底の暗闇の中、重症を負った赤い髪の男の側で


ただなすすべもなく茫然と座り込むエルディアの姿だった──




「色々と大分マシにはなったけど、まだ暗闇にひとりでいるのは無理ですね」


ディーテは少女が出ていった扉を見ながら答える、エルディア─さくらの現状のついてのヒュースの問いかけに対し


「記憶の方は?」

引き継いで問いかけた有島に、男はこちらに向き直り言う

「お嬢が思い出したくないと拒んでいるなら

俺としては無理に思い出さなくてもいいんじゃないかと」


思い出すことにより、またこちらに来るまでの3年前の状況に戻るなら、と




助けだされた少女は、感情をすべて放棄していた


ただ暗闇の中一緒にいた赤い髪の男の側を、目が覚めるまで片時も離れず

男が目覚めたのを見届けると、そのまま一週ほど眠り続けた


目覚めた少女は、喋ることもせず、あらゆる感情を放棄し脱け殻の様になっていた


ただ、暗闇だけは異様に怖がり、赤い髪の男の姿を探して見つけては落ち着くという行動を繰り返した


一年をかけ、少しずつ感情も言葉も戻ってきたが

彼女の記憶だけは戻らなかった


雛の刷り込み現象ごとくディーテには心を開いたが

ヒュースはあくまでも、ふたりを助けてくれた人、という認識のままで

そしてエルディアは自信の名前さえも放棄していた


「私の名前はさくら」だと──



一緒に出撃していた表情豊かな少年と笑いながら出ていった少女の笑顔を思いだし

エルディアの記憶が戻るの願うのは自分のエゴではないのかと、ヒュースは自嘲気味に笑った


「そうだね、エルディアが楽しそうならそれに越したことはないね。

うん、僕は一旦カレッジに戻ることにするよ」


そう答えたヒュースに有島は

「そろそろ、イリアがこちらに来るから護衛も兼ねて一緒に帰ればいい」


「イリアが? 何か用事でも?」

3年ぶりに聞いた名前にヒュースは反応する


「あのオッサンがくる!? ・・・またしごかれるのかよ」

同じく反応したディーテはとても嫌そうな顔をする



イリアは、

ヒュースを砂漠より助けだし、1年もの間3人を庇護してくれた人物

そしてこの─砂ギツネに、渡りをつけてくれた人物なのだ



「さぁ、なんだろう? 一週前に連絡がきていたから明日か明後日には到着すると思う」


まぁ、その時に聞けばいいさ、と二人を誘い食堂に向かった








細い月が出ている


中継基地の一部として使用している、崩れたコンクリートの建物の窓に腰かけた少女は細い月を見ていた


春人は掛けようとした声を止めて少女を見上げる


砂色の短い髪の毛は少年の様だが、月を見ている白い横顔は少女のそれ─整った横顔

(さくらはやっぱり綺麗だよなぁ)


今は戦闘服ではなく、暑いからだろう、短いズボンと半袖のシャツという姿で

スラッと伸びた手足を夜風にさらしている


ふいに、何かに気づいたのか、


太陽の下ではグレーが強くでるが、光の弱い夜には緑色が強くなる瞳をこちらに向けた


(やべっ、見てたのばれた!)

別に見ていただけで、何をしてた訳ではないのだが

何となく焦る春人に


「──何してんのよ」

さくらは不審者を見つけたように緑色の目を細めた


「うん、いや、別に・・・」

春人は目をそらしどもる


さくらはそんな春人を眺めると、呆れ声で言った

「さっさと、上がってこれば?」



建物の横手にあるサビだらけの鉄の階段を登ると、さくらの横に並ぶ


新月の光では、ただ真っ暗な景色が広がるだけだ

所々に光る点は見張りの灯りだろう


吹く風は少し潮の香りがする

「海は見えないよな」

カレッジのすぐ後ろは海でいつでも眺めることは出来たが

内陸のここからはそれを確認することは出来ない


「そうだね、距離もあるし無理でしょ」

さくらはそう言うと、まるで夜の海を眺めるかのように暗い景色を見つめた



春人は横目でそんなさくらを確認し言う


「・・・・・寝れないのか?」


さくらが暗闇が苦手なのは知ってる

苦手というより暗闇の中で目を瞑ることが出来ないのを


「・・・・・」

さくらは何も言わない


さらに勇気を出して春人は言う


「朝まで俺が一緒にいてやろうか?」

多分、真っ赤になってるだろう顔で


「──!!」

驚いてこちらを見るさくらの気配を感じるが、

そっちを向く勇気がない


「・・・・・」


「・・・・・ぷっ、」

あはは、とさくらは笑って言う

「春人、耳まで真っ赤じゃん」


「・・・・・デリカシーがないやつ・・・」


あんたが言うかー、と笑いながら言った後、声を落とし

「でも、ありがと」

ポンと春人の頭に手を置いた


「子供扱いすんなよ」

「私より子供じゃん。年下だし、身長も変わんないし」


(ひでぇ、一番気にしてるのに)

ディーテやヒュースを見ては

身長がなかなか伸びない自分を気にしているというのに


さくらの一言にうちひしがれた春人は

もう、戻るわと、ヒラヒラと手を振り降りていったさくらを見ながら

明日から毎日牛乳飲もうと心に誓った








大切な、大切な存在を守るため、全身を地面に打ち付けられ

身動き出来ず呻いてる自分に

暗闇の中、何もわからない状態で必死に自分を呼ぶ少女の声


大丈夫──、そう伝えたいが全身を巡る激痛は、それさえ許してくれなかった

どこかから溢れでた自分の血液に触れたのだろう

びくっと慄く気配と更に強く呼ぶ声


この大切な少女に、また同じ恐怖を味わわせてしまった自分に怒りを覚えながらも

落ちてゆく意識を保つことは出来なかった──


「 ───っ!」


ガバッと勢いよく起きあがる男

はぁはぁ、荒い息を繰り返えすと、

赤い髪を自らの手で掴み、ため息を吐き出す


「ディーテ・・・?」

傍らからするのは女の声

夢の中の少女の声ではなく


裸のまま無言でベッドを降りた男に女は言う

「お姫様のとこに戻るなら、ちゃんとシャワー浴びなさいね」

同じく裸のままの女はそう言うと再びベットに潜り背を向けた


「──ちっ」

舌打ちし適当に服を着ると、シャワー室へ向かう


男と女の間に愛情があるわけではない

あるのは本能に忠実な欲求のみ

(どうせ体を弄くるのなら、こんな欲求はずしちまえば良かったのに・・・)

男性的な機能は肉体を強くする為には不可欠だ、そう研究者達は言っていたが

ただ単にやつらは男が多いので、その行為─去勢に今一つ乗る気になれなかったのだとディーテは思う



ただ唯一、愛情という感情を向ける相手に

要らぬ本能を向けることがないように


ディーテは定期的に女性とベッドを共にする

決まった相手がいるわけではない

ディーテは見目が良い男なので、女性には困らない

ただ後腐れなく関係を持てる相手ならば

先程の女とも普段は普通に隊員として接している



熱いシャワーを止め、タオルを被ると

火照った体を冷やす為、窓に近づく

見上げた空に浮かぶのは細い月


「───!」

しまった・・・そう呟くと急いで服を着、シャワー室を後にする




コンコンとノックをしたドアは静かなまま


ノブを回すとすんなりと開く

「──お嬢?」


さくらは暗い部屋でこちらに背を向けたままベッドに横になっている


寝ているはずはない

そう確信しているディーテは、誰かを待つ為に開けられていたドアをロックするとベッドに近づく

「お嬢──」

再び呼び掛けベッドにの横に腰かけると


「──香水臭い」

こちらを向かずに答える声


「うん、ごめん。今日新月だったの忘れてた」

「色々とサイテー」

「だからごめんてば」

「・・・・・」


相変わらずこちらを向かないさくらに

「お嬢詰めて俺が入れない」

そう言うと、もぞもぞと向こうを向いたまま動く、さくらが開けたスペースに滑り込む


「・・・・・春人が、」


ポソっと呟いたさくらの声に「ん?」と反応すると


「朝まで一緒にいてくれるって」


あの、くそガキが・・と心の中で悪態をつくディーテに

背中を向けたままのさくらは言う

「・・・早く、ディーテを手離せられるように・・・なるね」


ディーテが全く望んでいない言葉を口にすると

くるっと寝返りを打ち彼の胸に顔を埋める


「だからいなくならないで・・・、目の前から勝手に消えないで」


ぎゅっとしがみつく少女の背中に、腕を回すとそっと抱きしめる

そこに欲望はない

いや──、実際には少女が望むのであれば、ディーテは誰にも渡すことのない深い愛を少女に捧げるだろう


だが少女が向ける感情は、彼とは違うもの


朝までいる、などとふざけた言葉を口にしやがった少年の顔を思い浮かべる

黒髪、黒瞳の少年──この部隊の連中は殆どこの色を纏う


纏う色彩は同じだが、面影は全く違う男を脳裏に浮かべ

ディーテは激しい怒りを覚えた


「んっ──・・・」


いつの間か力を入れていたのだろうか、腕の中で安らかな寝息をたて始めた少女が身じろぎをする


腕を離し、彼女の頬にかかる髪をそっとかきあげるとそこに唇を落とす

寝ている今だけは許してくれるだろう


いつか目覚めて全てを思い出せば

彼女は糾弾するかもしれない

自分の父親を、囚われていたとはいえ殺した男を


せめて今だけは


「・・・いなくならないよ、消えたりしない。

もし、俺がお嬢を護りきれず喪うことになったら、」



「その時は一緒にいくよ、一人にはしない」


絶対に護りきると心に誓うが

それも甘美な夢だとささやく自分もいる


再び愛しい少女を腕に抱くとディーテも眠りについた





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